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中国から始まった新型コロナウイルス危機は、全世界に時間差で打撃を与え続けている。アメリカの戦いの最前線だったニューヨークは第一波の山を越えたとされているが、今になって南部や内陸部の州で感染数が増えてきており、予断を許さない。
膨大な死者数を記録したニューヨークでは、4月7日から11日までのピーク時、毎日750人以上が亡くなっていた。私の身の周りでもスーパー以外は一切外出せず、誰にも会っていないのに高熱を出して寝込んだ友人もいたし、亡くなった元同僚や、顧客企業の犠牲者の話なども入ってきていた。
「自分もいつかかってもおかしくないのだ」と思うようになり、食料の買い出しも10〜14日に1度と決め、あとはオンラインで宅配を頼むようにした。買ってきた食材はすべて消毒して冷蔵庫に入れ、外から帰ったら靴裏も鍵もクレジットカードもアルコールで消毒する。
ニューヨークに住む私の友人たちの多くも似たような感じで相当神経質にやっているが、この話を日本にいる友人や家族に言うと、「えー、そこまでやるのー?」と言われることも少なくない。
「コロナ爆心地」を経験して感じていることの一つは、人のリスク感覚がこれほどまでに違うものなのかということだ。同じ事象を同時に経験しても、どこに住んでいるか(国だけでなく、同じ町の中でも地域によって差がある)、日頃どんなニュースを読んでいるか、どんな人たちと付き合っているか、身近に犠牲者がいるか、過去に呼吸器系の病気をしたことがあるか、体の弱い家族がいるか、どのくらい潔癖症かなどによって、どのくらい「危ない」と感じるかが変わってくる。
また今回ニューヨークやデトロイトで明らかになったように、どのような経済的クラスに属し、どんな居住区域に住むか、どんな職業についているかで、晒されているリスクにも差があることが見えてきた。同じ時代に生きて、同じ危機を経験しているのに、そして真実は一つなはずなのに、その経験や解釈には大幅なグラデーションがある。
生命のリスクに対する感覚の違い
少しずつ収束を見せているニューヨークの一部では、教会も再開された(5月26日撮影)。
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3月1日に第1号の感染者が出たニューヨークでは3月19日、その数字が5000人を超え、ニュースになった。その頃された「イタリアの数値をニューヨークが2週間遅れで追いかけている」という指摘はその通りになった。
日本の感染者確認数が5000人を超えたのは、4月9日。ニューヨークが最も感染拡大のスピードが激しく死者も多かった時期だ。この頃、アメリカに住む多くの日本人は、SNS上や日本にいる家族・友人に向けて、「ニューヨークがイタリアの2週間遅れだったように、日本ではニューヨークの3週間遅れで同じことが起きるかもしれない」と警告していた。
私もその1人で、日本の親に、しつこく「スーパーに行く回数を減らしたほうがいい」「郵便局や銀行に行く時には、自分のペンを持って行って」などと念を押していた。
でも、そんな海外在住日本人からの警告に対して、日本にいる日本人たちからの、「あんなに人が死んでるニューヨークにいる人になんて偉そうに言われたくない」「日本は皆保険だし、アメリカみたいになるわけない」「そんな煽るようなこと言わないで」「親の危篤の時だけいきなり戻ってきてやたら口出しする兄弟みたいでウザい」などという否定的な反応が目についた。
祖国を外から見ているとハラハラするし、自分の親や友達たちに無事でいてほしいという気持ちで「気を付けて!」と伝えたいだけなのだが……。海外にいる友人たちと話すと、日本にいる近しい人々との感覚的な温度差に悩み、フラストレーションを感じている人はこの時期とても多かった。
人の「生命のリスクに対する感覚」には、そもそも個人差が大きい。加えて体験の違いがある。ニューヨークで2カ月間、救急車のサイレンの音を聞き、死を身近に感じながら生きている我々の気持ちをそのまま理解してもらうのは無理な話だろう。
「日本にいる日本人」と「海外にいる日本人」の溝
ニューヨークに住むシングルマザーが公開した、コロナ感染拡大を啓発する動画。
Youtube
4月1日にYouTubeに投稿され、3日間で430万回再生されたという「⚠️ほんまに聞いてほしい⚠️マジでコロナを舐めたらアカン」という約10分の動画も物議を醸した。ハーレムに住む日本人女性があげたこのビデオは、彼女の強い危機感に基づいて、日本にいる人たちに向けたものだった。女優の水原希子がインスタグラムで拡散したこともあって爆発的に話題になった。
しかしSNS上では、「大げさ」「話を盛ってる」「私のニューヨークの知り合いはそんなこと言ってないけど」などというバッシングも噴出した。多くの人の目に触れれば、絡んでくる人はある程度の割合で出てくるが、私が感じたのは想像力の欠落だ。
100人が同じことを経験しても、100通りのストーリーがあるし、それぞれの人が立っている位置によって、見えている景色も得ている情報も100通りある。なのに、ある人が見た景色が自分の見た景色と違うからといって「そんなの嘘だ」「作り話」「私の見た景色とは違う(よって間違っている)」と結論付けるのは、知性はもちろんのこと、想像力が足りないからだ。あるいはエンパシー、共感力と言ってもいいかもしれない。
「自分は直接そういう体験をしていないから分からないけど、そういうこともあるのかもしれないな」と思う力があるかないか。
フェイクニュースの存在のせいもあるだろうが、自分の近年のネット上での体験などを振り返ってみても、自分の理解を超えたものは徹底的に否定し受け入れない態度、あるいは海外に住む日本人の発言は何であれ「出羽守(でわのかみ)」と言って一蹴し嘲笑するという姿勢は、見るたびに残念になるだけでなく、学びの機会を逸しているとも思う。
「日本にいる日本人」と「海外にいる日本人」の間の対立構造は、以下に述べるアメリカ社会に存在する溝の話とは違う性質の話だが、今回強く感じたことの一つだった。
被害重かった「青い州」と「赤い州」との違い
アメリカでは州ごとに感染拡大ペースの差が出ている。背景には各地のライフスタイル、影響を受けているメディアなどがあると見られる(3月20日NYで撮影)。
Dia Dipasupil / Getty Images
アメリカでは当初、カリフォルニアやニューヨークはじめ、西海岸と東海岸の青い州(民主党が多くを占める州)で感染被害が拡大したが、今になって赤い州(共和党が多くを占める州)に感染が広がってきている。また、一つの州の中でも、リベラルな都市部がまず直撃され、後からより保守的な郊外や田舎に感染が広がるという順番になっている。
感染拡大ペースの差異には、ライフスタイルや街の特性(人口密度の高低、世界中から観光客が集まる街か、車社会か、地下鉄に乗るか、家やスーパーの大きさ、どのような社交生活を行っているか、頻繁に海外に出かける人の割合)はじめ、いくつもの要因が作用していると分析されている。
より被害の激しかった「青い州」と、今まで比較的軽く済んでいる「赤い州」では、このたびの危機に対するリスク認識にも明確な差が見られる。そして差の背景には、被害のレベル以外の理由もありそうだ。
一つの要因と考えられるのは、日々見ているニュース、情報ソース、誰の意見を信じるかということだ。例えばトランプ大統領は、危機の初期に、「新型コロナウイルスは、インフルエンザのようなものだ」と言い、恐れる必要はないというメッセージを発していた。マスク着用を勧めるCDC(米疾病予防管理センター)の勧告を一蹴したのもトランプだ。毎日FOXニュースを見ている人々の多くはこれらの発言を素直に信じただろう。
FOXで高視聴率を誇る人気司会者ショーン・ハニティも、3月初旬には新型コロナウィルスを「デマ(Hoax)」と呼び、「新型コロナウイルスのヒステリア」が起きていると言っていたし、別のアンカー(トリッシュ・リーガン)は、「民主党は新型コロナウイルスを政治利用し、トランプ大統領を攻撃しようとしている」と述べた(のちに突然退職した)。これらFOXの報道に対しては、ワシントンポストなど大手メディアからの批判が起き、現在ワシントン州で裁判になっている。
会合や社会的距離に対しても意識差
経済再開を急ぐトランプ大統領。共和党支持者の多い州では、再開を急ぐところも多かった。
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現在アメリカでは州ごとに経済再開に向けて動き出しているが、その考え方も、支持党派によって異なる傾向がある。
Axios/Ipsos tracking pollによれば、「人が集まる会合に出ることには、ある程度の、あるいは大きなリスクがあると考える」という命題にイエスと答えた民主党支持者が78%であったのに対し、共和党支持者の場合は51%だった。また、「ソーシャル・ディスタンシングをいつやめて、経済を再開すべきだと思うか」という質問に対しては、「今すぐ」と答えた共和党支持者が34%、民主党支持者は6%だった。
「必要不可欠でないビジネスは閉鎖したままにし、必要不可欠な活動は制限したほうがよいと思うか」という問いに対して、民主党支持者の約50%がイエスと答える一方、共和党支持者でイエスと答えたのは16%のみだった。「経済再開については、一切の制約が取り除かれるべきである」にイエスと答えた共和党支持者は22%、民主党支持者は3%だった。
WHOに対しても異なる見解
WHOについても党派によって意見が異なる。「WHOをある程度、または非常に信頼する」と答えた民主党支持者は70%、共和党支持者は25%だ。
このような差は、今後赤い州での感染や死者数が拡大するとある程度縮まってくる可能性もあるだろうが、普段から何を読み、どのくらい科学的データを追い、誰の発言を信じているかによる根本的な認識の差異は根深いとも思う。今後、オフィス再開に向けて各企業は、感染者追跡システムの導入などを含め、「プライバシーと安全管理のバランスをどう取るか」というデリケートな問題について方針を決めなくてはならない。その時、こうしたリスク感覚の差は、一つの問題になるだろう。
死者数における人種間の差
エッセンシャルワーカーの感染率が高いと言われていだが、データを見るとそうとも言い切れない。
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今回の危機は、ニューヨーク一つとっても、居住地域、人種によって、受けるインパクトに明らかな差が見られた。
人種による罹患率、重症化率の差があるのかどうかは、まだ解明されていないことが多い。
世界規模で見ると、アジア諸国よりも欧米のほうが圧倒的に多くの死者を出しているわけだが、これにはおそらく複数の先天性・後天性の要因(遺伝子、他のコロナウィルスへの抗体の有無、一部で話題になっているBCG、生活習慣、スキンシップの有無、衛生観念、過去の感染症対策からの教訓、政府の指示に対してどのくらい従順に従う文化かなど)が絡んでおり、それらは今後明らかにされていくだろう。
アメリカでは、今回の犠牲者の人種による比率は、さまざまな分析の対象になっている。ニューヨーク、ボストン、シカゴ、デトロイトをはじめとする大都市では、黒人とヒスパニック系に特に多くの犠牲者を出している。これらは、人口比率を考慮しても高い。
▼死者総数に占める人種別比率(ニューヨーク市、5月24日現在)
ヒスパニック34%(人口の29%)
黒人28%(人口の22%)
白人27%(人口の32%)
アジア系7%(人口の14%)
その他 4%(人口の3%)
理由については諸説あるが、「COVID-19ウィルスには型があり、その型によってかかりやすい傾向や発症しやすい人種が異なる」という先天的な要因の話が一つ。
また後天的な要因として、黒人やヒスパニックの人たちは、在宅勤務のできないエッセンシャルワーカー(病院関係者、交通機関従事者、警官、スーパーや薬局の店員、宅配)であることが多く、地下鉄で通勤しなくてはならない上に、不特定多数の人との接触が常にあり、感染リスクが高いこと。肥満、高血圧、糖尿病などの疾病を抱えている場合が多く、重症化するリスクが高いのでは、という説もよく聞かれる。
教育水準も影響している
教育格差が感染率に影響を与えているのではないか、という分析も。
REUTERS / Andrew Kelly
この問題について、ニューヨーク在住の研究者、牧野百恵さんが書かれたレポートは示唆に富んでいた。彼女は感染率、人種、所得、教育レベルの関係を分析し、「人種そのものに生まれつきCOVID-19にかかりやすい、かかりにくいといった違いがあるわけではなく、背後にある教育水準の違いが感染率に大きな影響を与えているのでは」と結論づけている。「教育水準を考慮すると、人種による感染率の統計的な違いはなくなる」と。
教育水準の高さがプラスに働くのは、一つには、大卒であると在宅勤務が可能なホワイトカラーの職種に就業しやすくなること、もう一つには、高学歴であるほど健康に留意する傾向が高まり、基礎疾患を抱える可能性が低くなるのでは、という指摘は、納得のいくものだった。
教育格差は生まれ育った環境や、親自身の教育レベルの差と直結している。その差が、パンデミックにおけるリスク回避能力にまで影響するものなのであれば、今後の政策策定に際して考慮されなくてはならないポイントだろう。
「健康格差」を放置してきたアメリカ
国民全員が保険に加入していないアメリカでは、今回のコロナ感染で長い間課題とされていた経済格差と健康格差の直結性がさらに浮き彫りとなった。
REUTERS /Brendan McDermid
また国民皆保険ではないアメリカでは、経済力の格差がそのまま医療へのアクセスの格差、すなわち「健康格差」となりやすい。健康はある程度はカネで買えるものなのだ。
アメリカでは、企業を通して保険に加入できない場合、個人で加入すると、通常1カ月に500ドル以上を払わなくてはならない。家族がいれば1カ月当たり2000ドルを超えるのもざらだ。払えないなら、無保険で、病気にならないことを祈って過ごすしかないわけだが、保険がない人が病院に行ったら、それこそ大変な額の請求書がくる。
だから、それが怖くて、具合が悪くても病院に行かない、かかりつけ医もいない、定期検診も受けない、持病があっても致命的になるまで放っておく……という状況が生まれる。
このような「健康格差」の問題を、アメリカ社会は長年ほったらかしにしてきた。オバマ大統領がオバマケアを導入したことで、従来よりも確実にオプションは増えたが、それでもすべての人をすくい取れてはいないし、それがアメリカ社会の弱点になってしまっている。
今回、「アメリカの健康保険制度が皆保険ではないから、保険がない人はコロナの疑いがあっても病院に行けないのでは」と指摘する日本の人の意見をしばしば目にしたが、新型コロナについては、クオモ知事やデブラシオ市長は「健康保険未加入を理由に検査や治療を受けられない事態は避けなくてはならない」と、早い段階で保険会社を巻き込んでのサポート策を打ち出していた(カリフォルニアやワシントン州も同じく)。
意外に低かったエッセンシャルワーカーの感染率
ヴァージニア州で行われているドライブスルーのPCR検査の様子。
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3月中旬には連邦議会も法案を可決し、新型コロナウイルスの検査を無料にしている。ニューヨーク州では、感染状況の実態を把握するため、なるべく多くの検査をする姿勢であり、PCR検査(州内で約170万件の検査済)に加え、大量の無料抗体検査も始めている。
ちなみに抗体検査を大規模に行ったところ、感染者が多いと思われていたエッセンシャルワーカーたちの陽性率が、意外に低いようだというデータが出てきたのは興味深かった。5月9日に州が発表した報告によると、下記全ての職種において、市民の平均よりも陽性率が低いことが判明した。
ニューヨーク市全体の陽性率:19.9%
最前線で働く労働者の職種別陽性率
交通機関従事者:14.2%
医療関係者:12.2%
警察:10.5%
消防・救急隊員:17.1%
抗体検査はまだ始まったばかりなので、決定的な結論を出すのは早すぎるだろうが、このデータは、少なくとも「マイノリティはエッセンシャルワーカーだから、感染リスクが高い」というこれまで語られてきた説に疑問を投げかけるものではある。
大きな政府へのシフト?
アメリカではこの2カ月で既に約3600万人が失業保険を申請しており、今後、大恐慌以来見たこともないような失業率になることが予想されている。今回は2008年の金融危機とは違い、幅広くサービス業に失業者を生んでいる。連邦政府は既に2兆ドルを投じて、中小企業の救済、雇用の確保、失業者への特別給付などの策を講じている。
スペインではこの危機を機にベーシックインカムに舵を切ったが、アメリカでもこれを機会に「大きな政府」が復活するのか? としばしば話題になっており、今年11月の大統領選挙に向けても論点になると思われる。
WSJ: Coronavirus Means the Era of Big Government Is…Back(コロナ
ウイルスで、大きな政府の時代が戻ってくる)
WSJ: Amid Coronavirus, Republicans Embrace Big-Government Solutions(コロナウイルス危機の中、大きな政府という解決策を受け入れる共和党)
ワシントン・ポスト:In the age of coronavirus, big government is back(コロナウイルスの時代、大きな政府が戻ってくる)
ワシントン・ポスト:Big government is about to get really popular(大きな政府は大変な人気になろうとしている)
アメリカは経済活動の自由、個人の人権、自助努力に価値を見出す社会であり、その価値観が文化や政治経済システムの中核となっているので、他の先進国と比べると社会福祉が手厚くない。
しかし歴史を振り返ると、大恐慌、第二次大戦後など「大きな政府」を受け入れている時期がある。今、政府は「大恐慌以来の失業率をどうにかしなくては!」と、超党派の合意の下、膨大な資金を投入しているわけだが、これが単なる一時的なバラマキに終わるのか、本当に「大きな政府」を求める流れになっていくのか。
もちろん「喉元過ぎれば」になる可能性もあるが、私はアメリカがここでシフトする可能性はある気がしている(11月の大統領選によるところが大きいが)。
なぜなら、今ある資本主義に対する疑問は、新型コロナウイルス危機以前からあったからだ。
「社会主義」に肯定的なアメリカの若者
大統領選の候補者の中では、社会主義者を自認するバーニー・サンダースや、「ベーシックインカム」を唱えるアンドリュー・ヤンが若者たちから熱い支持を得ていたし、エリザベス・ウォーレンに至っては「ウォール街を占拠せよ」運動の頃から「もっとEquitable (公平)な資本主義を」と主張してきた。そのウォーレンは現在、バイデンの副大統領候補の一人と見なされている。
近年の世論調査の多くは、「社会主義」という言葉に対して肯定的に捉えるアメリカの若者が増えていることを示している。国際社会でも、「ESGに沿った投資を」という流れや「Shareholder Capitalism(株主中心資本主義)からStakeholder Capitalism(ステークホルダー資本主義)へ」という議論が真剣さを増してきていた。
新型コロナウイルスによって、人間が経済活動を止めればその分環境破壊が止まることも今回分かった。これを機に、今ある資本主義に修正を求め、政府にもっと多くの役割を求めるような流れに弾みがつく可能性はあると思う。今のまま放っておけば、ますます格差と歪みが広がることはもはや明らかだからだ。
「以前よりもっと良く復興しよう」
「Build Back Better」のメッセージを好むクオモニューヨーク州知事。大きな危機を経験したニューヨークが、今まで目を伏せてきた問題に対してどのように向き合っていくのか。
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ニューヨークのクオモ州知事は、最近よく「Reimagining New York」(ニューヨークを再構想する)という言葉を使う。そして、彼は、「Return to Normal」(ノーマルに戻る)ではなく、「Build Back Better」(より良く復興する)と言うのを好む。
今回の危機でニューヨークは一度壊れたわけだが、「元に戻すのではなく、以前よりももっといいものを作るきっかけにしよう」「ニューヨークをもっとタフに、もっと賢く、もっと打たれ強く、もっと団結し、より良い社会にしていこう」というのが、クオモの最近のメッセージだ。公的教育、医療、経済の問題を深刻に受け止め、そこに力を入れていくとも宣言している。
経済格差、医療アクセス、公共インフラの脆弱さ、社会的公平の問題は、アメリカが長い間その存在を知りつつも目を背けて放置してきた問題だ。これらに取り組んでも、政治家にとっては何の得にもならないからだが、今回ここまで可視化されてしまった脆さをなかったことにもできないだろう。
これを機に、健康保険をはじめとする社会的セーフティーネットの必要性、教育や経済機会の格差をどう改善すべきか、企業は社会の中でどんな役割を果たすべきなのか、といった問題がもっと真剣に議論されるようになる可能性はあると思う。これが変革のチャンスにつながるのであれば、この危機にも何らかの意味はあったと言える時が来るかもしれない。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny