6月施行「パワハラ防止法」で被害は防げるか。弁護士「加害者の弁解カタログ」と指摘も

厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館。厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館。

厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館。厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館。

撮影:今村拓馬

6月1日から、職場でのパワハラ防止措置を企業に義務づける「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」が施行される。厚労省は指針でパワハラの具体例を示しているが、弁護士からは「労働者を守るには不十分」と内容への批判も出ている。パワハラ防止法で、本当にパワハラを防ぐことはできるのか。求められる取り組みや課題をまとめた。

パワハラ含む「いじめ・嫌がらせ」の相談、年間で8万超

2018年度に各都道府県労働局などに寄せられた民事上の労働相談のうち、パワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」は8万2797件。相談内容では2012年以来、7年連続で最多だ。

2018年度に各都道府県労働局などに寄せられた民事上の労働相談のうち、パワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」は8万2797件。相談内容では2012年以来、7年連続で最多だ。

出典:厚生労働省

パワハラ防止法は2019年5月に成立。大企業は先行して2020年6月から、中小企業は2022年4月から相談窓口の設置や社内規定の整備などのパワハラ防止策を講じることが義務づけられる。

刑事罰はないが、企業が適切な措置を取らなかった場合、管轄の労働局が指導・勧告を出すことができ、改善が見られなかった場合は企業名を公表できる。

成立の背景には、パワハラが深刻な社会問題となっている現状がある。厚生労働省の資料によると、2018年度に各都道府県労働局などに寄せられた民事上の労働相談のうち、パワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」は8万2797件。相談内容では2012年以来、7年連続で最多だ。

東京労働局の担当者はBusiness Insider Japanの取材に対し、パワハラ防止法の意義についてこう語る。

「今回の法整備は、増え続けるパワハラ被害が根っこにあります。行政はパワハラが発生したこと自体にペナルティはかけられませんが、発生した会社の中にそもそも相談窓口がなかったり、社内でパワハラを防ぐ方針が明確でない事例には指導ができます。

パワハラを判断するには、まずは被害を訴える労働者の話を会社側がきちんと聞くことが大前提です。そのためにも、パワハラが発生してから事後的に相談窓口を設けるのではなく、(平時から)あらかじめ“ここに相談してください”と会社が従業員に周知することが求められます。

パワハラが発生していない会社でも、相談窓口がなければアウトです。トラブルが起きた時、相談窓口がなかった場合は当然指導することになります」

「パワハラ防止法」で定義された「パワハラ」とは?

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出典:厚生労働省

パワハラ防止法では「職場」におけるパワハラについて、以下の3要素を全て満たすものと定義している。

  1. 優越的な関係を背景とした⾔動
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
  3. 労働者の就業環境が害されるもの
    労働施策総合推進法・第30条の2

「職場」とは「労働者が業務を遂行する場所」とし、出張先や取引先との打ち合わせ、接待の席、勤務時間外の懇親会、社員寮、通勤中も「職務の延⻑」と考えられるものは「職場」に該当するとしている。

厚労省は1月にまとめたパワハラ防止法の指針で、「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「過大な要求」などパワハラの6類型と、それぞれの具体例を示した。

例えば、他の同僚もいる場所で威圧的に叱責を繰り返すこと、業務と関係ない雑用を強制すること、性的指向・性自認・病歴・不妊治療などの個人情報を本人の了解を得ずに他の同僚に伝えることなどをパワハラに当たるとした。

1.身体的な攻撃(暴行・傷害)

  • 殴打、足蹴りを行うこと。
  • 相手に物を投げつけること。

2.精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)

  • 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
  • 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
  • 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
  • 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。

3.人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)

  • 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
  • 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。

4.過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)

  • 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
  • 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
  • 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。

5.過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)

  • 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
  • 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

6.個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

  • 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
  • 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

「加害者・使用者の弁解カタログ」という指摘も…

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撮影:吉川慧

指針ではパワハラに「該当する行為」だけではなく「パワハラに該当しない行為」も列挙している。

こうした判断例は、経済界から出た「パワハラと業務上必要な指導の線引きが難しい」「何がパワハラに該当するのかが、はっきりと分からなければ企業も対応できない」などの意見を受けてのものだ。

業務上の指導とパワハラとの線引きが非常に困難なことを考慮し、この検討会で確認した概念を踏まえて、パワハラの定義自体を、より一層明確に、かつ限定する必要があるかと思います。
日本商工会議所の杉崎友則・産業政策第2部副部長、第10回労働政策審議会雇用環境・均等分科会

一方で、指針に記されたパワハラの判断例は抽象的な表現で、解釈次第ではパワハラの被害認定を狭めかねないと懸念の声もある。

「パワハラに該当しない例」をめぐっては、2019年12月に日本労働弁護団が「加害者・使用者の弁解カタログ」と厳しく批判。パワハラを許容し、助長しかねない危険性があると指摘した。

「カスハラ防止」「就活生・内定者、フリーランスの被害防止」は義務化されず

厚労省が1月にまとめたパワハラ防止法の指針。

厚労省が1月にまとめたパワハラ防止法の指針。

撮影:吉川慧

指針の検討段階では、国際労働機関(ILO)の方針を参考とし、顧客や取引先からの悪質な迷惑行為(カスタマーハラスメント)からの被害を防ぐ対応にも法的義務を課すべきという意見もあった。

だが、こうした声は「職場のパワハラとは一線を画す必要がある」とされ、あくまで「望ましい取り組み」にとどまった。

国会の「パワハラ防止法」の付帯決議では、就活生などへのハラスメント対策も求めている。労災保険の対象外である就活生・内定者やフリーランスをパワハラから守るための取り組みも必要だ。

2019年6月、ILOは仕事上の暴力やハラスメントを禁止する初の国際基準となる条約を採択。「仕事の世界における暴力とハラスメント」を禁じる法令の制定を批准国に求めている。

新型コロナウイルス感染症の流行で、小売店の従業員などからはカスタマーハラスメントによる被害を訴える例も出ている中、国も企業も、働く従業員を守るためにさらなる取り組みが求められるだろう。

東京労働局の担当者は、カスタマーハラスメント被害の対応は法的義務ではないとはいえ、企業側が真摯に取り組む重要性を説く。

お客さんから自社の従業員にハラスメントがあった時、“相手はお客さんだから我慢しなさい”という対応ではダメです。

自社の従業員がパワハラやセクハラを受けたとあれば、相手に対して事実確認を求めたり、労働者からの相談をきちんと受け付けることなど、できる範囲できちんと対応しなさいという内容です。

有名企業でもパワハラ、労災認定の迅速化も課題

パワハラを無くすために求められること。

パワハラを無くすために求められること。

出典:厚生労働省

日本を代表するような有名企業でもパワハラの例は報告されている。

2019年には、トヨタ自動車の社員(当時28)が2017年に自殺したのは上司のパワハラが原因だったとして豊田労働基準監督署(愛知・豊田市)が労災認定。被害者は上司から日常的に「バカ、アホ」と言われたり、「こんな説明ができないなら死んだ方がいい」など叱責されていたという。

2020年4月には、パナソニックの完全子会社に内定していた大学4年生(22)が人事課長からパワハラを受け、入社2カ月前に自死したと遺族代理人の弁護士が発表した

うつ病などの「心の病」による労災の申請者は増え続けている。2018年度には、仕事が原因の精神疾患の労災申請が1820件。過去最多を6年連続で更新した。

一方で、実際に労災と認められた人の割合は465件。このうち自殺(未遂含む)は76件だった。労災認定数の少なさはパワハラの立証ハードルが高いことも一因だ。

厚労省の検討会は5月29日、精神疾患に関する労災認定基準を改正。心理的負荷の原因に「パワーハラスメント」を追記した。これにより、パワハラによる労災補償がスムーズに進むことが期待される。

前出の東京労働局の担当者は「企業は“何かあったら相談にのる”という姿勢ではなく、予め相談窓口をきちんと設けて“ここに相談してください”と周知をしてほしい」とした上で、会社側の対応に問題がある場合は各都道府県の労働局に相談してほしいと述べた。

文・吉川慧

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