新しい職場を見学し、一緒に働く仲間に挨拶をした。ベトナム北部・フンイエン省の出身のダオ・ティ・フェンさん(25歳)の顔に、ようやく笑顔が戻った。
新しい職場の仲間と対面するフェンさん
撮影:澤田晃宏
フェンさんは2019年7月に技能実習生として日本にやってきたが、新型コロナ感染拡大の影響を受け、実習先の縫製工場の経営が悪化。3月16日に倒産し、実習も中止になった。
働き始めてまだ半年程度。故郷から旅立った技能実習生は、帰国後に家を建てた。フェンさん自身も農業を営む両親のために家を買ってあげたいと思ったという。4人きょうだいの次女で、妹も技能実習生として働いている。
しかし、故郷に家を建てるどころか、日本に来るために支払った約100万円の借金の返済も終わっていない。
「借金はまだ50万円残っていて、今、ベトナムに帰るわけにはいきません。(技能実習生を受け入れる)監理団体は次の仕事を探してはくれましたが、3カ月間、次の仕事が見つからなければ帰国するように言われていました」
フェンさんはそう振り返る。
50万円はベトナムの農家の年収の2倍近い金額だ。実家の土地を担保に銀行から借金しているため、返済できなければ家族も路頭に迷う。
そんなフェンさんに救いの手を差し伸べたのが、日本国内のベトナム人労働者や留学生の支援にあたるNPO法人日越ともいき支援会(東京都港区)だ。フェンさんの新たな職場を見つけ、「転籍」をサポートした。
詳しくは後述するが、技能実習生に転職は認められていないが、転籍はできる。代表の吉水慈豊さんはこう話す。
「政府はコロナ禍で解雇された技能実習生に対し、特定活動への在留資格変更を認める特例措置を出していますが、そのまま日本で働き続けるにはハードルが高いのです」
1年間で2つの試験に合格することが条件
どういうことなのか。まずは、新型コロナ感染拡大の影響による実習先の経営悪化等で、技能実習の継続が困難となった実習生に対する政府の対応について説明したい。
NPO法人日越ともいき支援会代表の吉水慈豊さん。今回「コロナ切り」に遭った実習生らをサポートした。
提供:吉水さん
出入国在留管理庁は新型コロナ感染拡大の影響を受け、在留資格に関する特例措置を発表。実習先の経営悪化などにより実習が継続できなくなった実習生は、その在留資格を「技能実習」から「特定活動」に変更することができ、新たな受け入れ先での就労を認めるとした。
ただし、これには条件がある。在留期間は最大1年で、その間に2019年に新設された単純労働に就く外国人の在留資格「特定技能」を目指すことが条件だ。
特定技能は単純労働で働く外国人の在留を初めて認める在留資格で、外食業や介護など14業種が対象になっている。
ただ、制度開始から1年経っても、特定技能外国人は政府想定の1割に満たない3987人に過ぎず、受け入れが進んでいない。壁となっているのが、技能と言葉の2つの試験だ。
特定技能外国人の約9割は試験不要の元技能実習生であり、試験が大きな壁になっているのは間違いない。
吉水さんはこう指摘する。
「特定技能の在留資格を得るためには、業界別に実施される技能試験と、日本語の試験(N4レベル)に合格する必要があります。働きながらそれらの試験に合格するのは難しい」
今後の新型コロナ感染拡大の第2波、第3波の影響で試験が実施されない場合などは、最長1年としている在留期間を再度延長することも想定されているが、現在の政府見解はこうだ。
「試験に受からなければ特定技能の要件を満たさず、特定技能への在留資格変更は認められません。ほかに在留資格を変更する道がなければ帰国することになります」(出入国在留管理庁)
そのため、支援現場も特定活動への在留資格変更にすべて前向きというわけではない。
転職はできないが転籍はできる
ベトナムの農村部に貼られた日本の技能実習生募集のポスター。
撮影:澤田晃宏
冒頭のフェンさんは元の実習先の倒産から、NPO法人日越ともいき支援会のサポートを受け、新たな受け入れ先に「転籍」した。実習先での実習継続が困難となり、それでも実習の継続を希望する場合は、別の受け入れ機関に転籍して継続することができる。
ただ技能実習制度は、日本で学んだ技能や知識を母国に持ち帰って生かしてもらうという国際貢献を建前としており、実習生には「日本において従事しようとする業務と同種の業務に外国において従事した経験を有すること」(法務省令)が求められている。
そのため、転籍先は同業種の受け入れ先に限られる。同業種間の転籍となれば、新型コロナの影響も同様に受けている可能性が高く、転籍先を見つけるのは、至難の業だ。
雇用調整助成金を活用して欲しい
転籍先の企業で働くことになったフェンさんを職場に紹介する、アゼリア協同組合の早川理事長(画面中央の男性)。
撮影:澤田晃宏
転籍先に困っていたフェンさんを受け入れたのが、アゼリア協同組合(群馬県館林市)だ。組合員企業であるUNOテック(縫製業)への転籍をサポートする。
UNOテック自体も新型コロナの影響を受けて業務が縮小しているが、新たな実習生の入国の見込みが立たないことなどから、フェンさんの受け入れを決めた。
技能実習生から「日本のお父さん」と慕われるアゼリア協同組合の早川智理事長はこう指摘する。
「倒産すれば仕方ないですが、特例で認められた特定活動への在留資格変更や転籍を検討する以前に、企業は雇用調整助成金を使って雇用を守る努力をすべきだと考えます。若くして海外で働くということは、彼らもそれ相応の覚悟で来ています。その思いに最大限応えるべきです」
転籍先の実習生たちとも記念撮影。
撮影:澤田晃宏
人手不足は再びやってくる
フォースバレー・コンシェルジュ代表取締役の柴崎洋平さん。
撮影:澤田晃宏
技能実習生や支援団体には不評の特定活動への在留資格変更の特定措置だが、それをサポートする動きもある。
フォースバレー・コンシェルジュ(東京都千代田区)はこれまで外国人の高度人材の紹介業をしてきたが、2020年3月から特定技能外国人と企業のマッチングも開始。サービス開始からわずか1カ月で、国内の技能実習生や留学生を中心に4951人の登録(4月20日時点)があった。
さらに5月には、新型コロナの感染拡大の影響で仕事を失った実習生の支援に乗り出した。解雇されるなど実習先を失った技能実習生に無料で企業を紹介し、特定活動に在留資格を変更した後は、特定技能試験合格に向けた勉強のための貸付型奨学金給付も検討している。
フォースバレー・コンシェルジュ代表取締役の柴崎洋平さんは話す。
「現在は新型コロナの影響で企業の採用意欲は下がっていますが、収束すれば一気に人材不足感が高まるはずです。日本での就労継続を希望する外国人を支えていきたい」
(文・澤田晃宏)
澤田晃宏(さわだ・あきひろ):ジャーナリスト。1981年、神戸市生まれ。「AERA」記者などを経てフリー。取材テーマは外国人労働者、農協と新規就農者。著書に『ルポ技能実習生』。https://note.com/sawada078