1982年生まれ。東京工業大学大学院修了後、リクルートHDに入社。Recruit Institute of Technologyを設立して初代所長を務める。2017年、デジタルセンセーションに転じ、合併を機にエクサウィザーズ社長に就任。
撮影:竹井俊晴
2017年に合併で誕生したAIスタートアップ、エクサウィザーズ社長の石山洸(37)はビジョナリーで、スピードの人である。ビジネスのあらゆる局面で、決断を下すのも、結果を出すのも、驚くほど速い。
石山は、新卒で入社したリクルートでキャリアを積んだ。自社のデジタル化を推進した後、社内の新規事業提案制度への提案を機に新会社を設立。事業を3年で成長フェーズに乗せ売却した後、32歳でリクルートのIT部門の執行役員へ駆け昇る。
その後、2015年にはリクルートのAI研究所である「Recruit Institute of Technology」を設立してトップに就任。翌年、米グーグルのトップリサーチャーだった、AIサイエンティストのアロン・ハレヴィを招聘して後任の所長に据える——。
ここまでは、大企業における成功者としての足跡なのだが、石山は3年前、劇的なキャリアチェンジを遂げる。「介護AI」という領域に目を付けたのだ。情報学部の教員経験を持ち、介護にも精通した「おむつも替えられる天才プログラマー」坂根裕(45)との出会いがきっかけだった。
「自分ごと突っ込む」という奥の手
ユマニチュードの創始者、イヴ・ジネストと。
提供:エクサウィザーズ
2017年3月、石山は11年勤めたリクルートを辞め、介護領域にAIを適用する取り組みを進めていた静岡大学発のベンチャー、デジタルセンセーションに転じ、同社取締役COO(最高執行責任者)に就任。社員は10人ほどのデジタルセンセーショナルで社長を務めていたのが、当時、静岡大学情報学部助手としてIT領域の研究を進めていた坂根だった。
坂根は3歳からプログラミングを始めた理系脳の持ち主で、趣味の空手でもコンピュータを駆使した自己解析を試みる。するとみるみる腕を上げ、ついには組み手の部で近畿大会のチャンピオンになるほどの腕前に。
何事にも天才肌な坂根だが、「まったく社会経験がないまま大学の教員になり、いきなり社長になった」(坂根)ため、経営については土地勘がなく、資金調達に難儀した。坂根はデジタルセンセーション時代を振り返る。
「私は資金調達を含めていろいろ困っていたんです。そんな時に手を差し伸べてくれたのが石山さん。彼は、僕らが取り組んでいた『ユマニチュード』の介護メソッドとAIの掛け合わせに興味を持っていて、『この機会にリクルートを辞めるので、個人出資しましょうか?』と会いに来た。当時の取締役が『それだったら、経営を全面的に手伝ってほしい』と依頼したら、ホイっと入ってこられたんです」
フランス発祥の認知症ケア「ユマニチュード」については、この連載の1回目でも少し触れた。150を超える技術から成る体系立ったケアメソッドで、世界の約10カ国の医療・介護施設で導入されている。
石山は、AIを組み合わせることで新たなソリューションを生み出せるところに魅力を感じ、やがては在宅介護者への指導ツールにも発展させられると考えた。
ただ、その時点で既にデジタルセンセーションの経営は赤信号が点り、ファンドからの借り入れもあって「キャッシュフロー的に待ったなし」の状態だった。
そこで石山はこう考えた。
「何か手を打たないと、このまま新たな融資を得られない状態が続くだろう。だったら僕がリクルートを辞めて、『自分ごと(デジタルセンセーションに)突っ込めば』増資できるかもなと。僕はちょうど、AI研究所の所長を務めたりしていて、リクルートでの実績で比較的、知名度が上がっていたということもありましたから。
まあ、増資のやり方にしては奥の手ですけれど」
大企業では取り組みにくいというジレンマ
人工知能で社会課題の解決を事業化する。誰も手がけたことのない未知の分野を、大企業で取り組むことにはジレンマがつきまとう、という。
Reuters /Yuya Shino
「自分ごと突っ込む」というところまでの覚悟を持てたのは、「介護×AI」という新領域に限りない可能性を感じていたから? そう問うと、石山からはこんな答えが返ってきた。
「僕はリクルート時代から、政府の人工知能技術戦略会議に入っていたんですが、その頃から、『人工知能のターゲットは、社会課題だよね』という話はよくしていた。その中の一つのジャンルに、介護ヘルスケア分野が据えられることも決まっていた。『じゃあ、自分が先頭に立ってやった方がいいかな』と思ったんですよ」
「僕はそれまで社会課題の解決を事業化しようと、リクルートの中でもだいぶ模索はしていたんですね。ただ、解が必ずしもない世界を切り拓くわけで、どうしても手間がかかるところに足を突っ込まなければならない。僕は長いこと、『大企業だと正面から取り組みにくいな』とジレンマを抱えていたんです」
移籍にあたり、石山は「経営を健全化するまでは、自分の給料は要らない」と伝えておいた。それでも、他の取締役から「0円というのは、さすがにどうか……」と指摘され、最初の月給は20万円からスタートすることになった。
「減収と言っても、年俸2000万円から240万円へ、というぐらいの落差は、なかなかスリルがあった。そのころは講演料だけはもらっていいよという話でしたので、僕を講演に呼んでくれるところがあれば飛んでいって、生活資金を何とかするという感じでした」
1億円の資金調達と電光石火の合併劇
転身後、石山は電光石火の動きを見せた。
まず、デジタルセンセーションの事業領域を「介護AI」へ絞り込み、他の業務は思い切って畳んだ。資金調達にも早くから動いていた。石山の読み通り、「自分ごと突っ込んだ」という増資の効果は確かにあって、移籍の翌月には、自己資金での綱渡り経営を続けていたデジタルセンセーションが、初めて約1億円の資金調達に漕ぎ着ける。
坂根は、石山のスピード感には圧倒されたという。
「僕は投資家たちの前で何度説明しても融資を断られ続けて、原資を獲得するので精一杯だった。なのに、石山さんは移籍後わずか1カ月で『宿題終わりました!』と報告を入れてきて。何の宿題ですか? って聞いたら、軽やかに、『資金調達ですよ』と」
さらに石山は、ディー・エヌ・エー(DeNA)元会長だった春田真(51)が創業した、ディープラーニングを用いたソリューション提供を主事業とするエクサインテリジェンスとの協業を提案。京都大学や大阪大学のAI研究者たちが関西で立ち上げた会社だ。
石山がこの会社を坂根に紹介したのが、移籍後約2カ月の段階で、資金調達に目処が立った5月頃のことだった。話し合ううちに、「立ち向かうテーマが大きい。個々にやるよりも協力した方がいい」と、合併という形で話がまとまった。
「『春田さんというすごい人がいて』と切り出した石山さんが、すぐさま春田さんと引き合わせてくれて。実際に春田さんとお会いして、確かにすごい実力者だというのが伝わってきて、僕も合併の話に合意。
で、数カ月後には合併して新会社としてエクサウィザーズを立ち上げてと。石山さんって、決断も行動も、めちゃくちゃ早いんです」(坂根)
「CTOユナイテッド」で多領域をマネジメント
Forbes Japan「日本の起業家ランキング2020」授賞式で。
提供:エクサウィザーズ
こうしてエクサウィザーズは、2017年の10月にエクサインテリジェンスとデジタルセンセーションという2つのAIのスタートアップが合併して生まれた。社名にある「ウィザード」はもともとは“魔法使い”の意味で、高齢化の社会課題に立ち向かう“達人たち”の集合体という意味合いから名付けた。
この合併を機に石山が社長を引き受け、 春田が会長に、坂根はケア事業を兼任する形で技術統括部長に就任した。
現在、エクサウィザーズの社員は約200人。その半数がエンジニアであり、達人級のAI人材が揃う。
同社では医療・介護分野のケアテックのほか、金融分野のフィンテック、人事部門のHRテック、製造業における労働人口不足への取り組みとしてのロボット開発ロボテック……と、多様な領域でプロジェクトを展開させており、一人のCTO任せというスタイルは採らない。
それぞれの領域に20代後半から30代前半の若手事業部長を抜擢し、それぞれに権限を与えてマネジメントを任せている。
そもそも、もともとの2つの会社には、それぞれCTOがいた。一方が、ディープラーニングを用いたロボット制御などを研究してきた、現エクサウィザーズRobotTech部長の浅谷学嗣(29)。「AI×ロボット」の達人だ。もともとは大阪大学の生物系学科の出身だが、途中で路線を変更して人工知能を「独学で」習得したという異才だ。
もう一方が、「AI×介護」の達人である、前出の坂根だ。合併後に坂根は、「ユマニチュード」の認定インストラクターの資格を取得し、介護の専門職以外では世界で2人目、コンピューターサイエンティストでは世界で唯一の存在になった。
石山は、こうした自社のユニークな人材の話になると、たちまちテンションが上がる。
「うちにはもともとCTOだった人たちがいっぱいいて、『CTOユナイテッド』みたいな環境ができ上がった。考えてみれば、1人のCTOがいて、介護からロボットまでを見ることって、難しいと思うんです。
うちの場合は、カメラというハードウェアの知識も必要だし、医療や創薬の分野にも切り込んでいるとなると、1人のCTOではとてもカバーしきれない。
CTOのTって、ソフトウェアのことしか言っていないじゃないですか。でも、テクノロジーって、ソフトウェアとリアルの世界が絡むようになってきて、もっと幅を持たせた専門家が必要になってきている時代だと思うんです」
経営者として何を重視している? という問いに対し、石山はこう答えた。
「人ですね。僕はあんまり自分に能力があるという感覚がないんです。社会課題って、すぐには解がないデッドロックに陥りがちだから、いろんな能力の総力を結集しないと立ち向かえない。
だからウィザード(達人)の人たちにいっぱい集まってもらって、彼らの能力をフルに活用解決するためにどういうサポートができるかが、自分の仕事だなって。僕の場合、まず相手に奉仕し、その後に相手を導くという『サーバントリーダーシップ』なんです。人を大切にしなきゃなと思いますね」
次回は、社会課題の解決に邁進する石山の原点を紐解きたい。
(敬称略、明日に続く)
(文・古川雅子、写真・竹井俊晴)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。