1982年生まれ。東京工業大学大学院修了後、リクルートHDに入社。Recruit Institute of Technologyを設立して初代所長を務める。2017年、デジタルセンセーションに転じ、合併を機にエクサウィザーズ社長に就任。
撮影:竹井俊晴
インタビュー中、しばし時が経つのを忘れるぐらい、彼の話術は人を惹きつけるものがある。
2017年にリクルートを辞め、「介護AI」を主軸とするスタートアップに転身したエクサウィザーズ社長の石山洸(37)が繰り出す話題はテクノロジーに留まらず、経済学や社会科学、哲学、文学、芸術にまで及ぶ。だからといって闇雲に知識をひけらかす風でもない。どの話にも、一貫した世界観のようなものを感じるのだ。
そこでふと石山に、「思考の源泉は?」と問うてみた。すると、3歳から愛読していたのは『ビッグコミック』だったと打ち明けた。
「僕の場合、『ドラゴンボール』を読むよりも先に『ビッグコミック』を読んでいたという(笑)。そこから興味が広がり、3、4歳の時にはもう、家に置いてあった本宮ひろ志の単行本をくまなく読み漁っていました」
「社会構造は変容する」という世界観
小学校に上がってすぐに「義務教育は合わない」と感じた。両親もそう訴える石山に理解を示した。
提供:石山さん
平仮名とカタカナの読み書きは同居していた祖父が手ほどきし、3歳の時点でマスター。漢字だらけでも、絵と雰囲気で内容は把握できたという。本宮ひろ志の漫画には大人のエッセンスもたっぷり含まれているが、「父も母も、読むのを遮ったりはしなかったですね。うちは、子どもを子ども扱いする家庭ではなかったんですよ」。
子どもながらに、本宮ワールドから受け取った世界観。それは、後付けであえて言葉にすると、「社会の構造は変容するものだ」というメタファーだという。
「本宮作品って、任侠物にしろ歴史物にしろ、ある種、創造的破壊というようなテーマが含まれている。大雑把に言うと、既存の常識やルールの範疇を越えて、主体者が構造改革していくという話ですよね。
だから既にでき上がったシステムに対して、必ずしも従わなければいけないわけではなくて、それを変革していくという人生のあり方もアリだよね、という感覚をかなり幼い頃から持っていたっていう感じです」
石山は地元の新潟県の公立小学校に入学してすぐに、「自分は完全に日本の義務教育は合わない」と自覚した。例えば「田」という文字を習えば、皆が一律に「田」の文字をつらつらと並べて書くことを宿題に出される。書き順を間違えれば注意される。
「僕にしてみれば『マジか? 書き順みたいなことが、生きていく上で、そんなに大切か?』と。なので、小1の僕はお風呂に入っている時、父にはっきり言いました。『僕は学校が合わないと思う。それでもちゃんと大学には行こうと思っているから、宿題はあまりしないけど許してほしい』と」
「生い立ち、全然天才感ないですよね」
大学ではマーケティングを学び、大学院に進学するときに猛勉強の末、理系に転じた。
提供:石山さん
石山は大学院の時に「理転」している。
小中高時代は一貫して算数や理科が得意だったが、ある時姉から、「女子が多いのは文系。理系は男子ばかり」だと聞いた。石山は「理系に進むと、女子が少ないのはつまらない」と思い込み、勉強のリソースを文系科目に割いた。受験先は、「自分の学校に推薦枠があった」中央大学商学部と的を絞った。
「僕が通っていた新潟南高校って普通の公立高校で、指定校推薦で行ける私立の文系の大学が当時は少なく、家庭科とか保健体育とかの成績と、他の5教科の成績の重み付けがあまり変わらなかった中央大がいいなと。もともと僕は家庭科の先生と一緒に昼ご飯を食べて仲良くしたりすることで、成績は担保できていたんで。
まあ落ちた時の保険で、代ゼミとか予備校も通っていましたけれど。僕の生い立ち、全然天才感がないですよね(笑)」
2001年、中央大商学部に入学。マーケティングの知識は、新卒で入ったリクルートでも、現在も大いに役立つことになる。
転機が訪れたのは大学2年の時。9.11のアメリカ同時多発テロが起きて、「アメリカを訪れてみたい」と強く思った。
ちょうどその時、カーネギーメロン大学でワークショップ形式でのプログラミングコンテストがあり、日本で予選を通過すると奨学金でアメリカに行けると知った。そこで、「プログラミングの知識ゼロ」のところから短期集中で学んで、現地でのワークショップ参加の切符をつかんだ。
そのワークショップで出会ったのが、東京工業大学情報理工学院教授の出口弘だ。出口は理学と経済学の博士号を両方持っている「二刀流」の実に面白い人物だった。彼はプログラミング言語の応用領域を広げ、文系の知識と理系の知識をつなげようと模索していた。
そのスタンスに共鳴した石山は、出口から「君は絶対に理系に転向したほうがいい」と勧められ、東工大大学院総合理工学研究科へ。
「大学院入学には数学が必須だったんで、その時ばかりは猛勉強しました。大学の一般教養の先生に弟子入りして、毎晩通って微積分とか、線形代数とかを叩き込んでいただいて」
コンピュータサイエンスと経済学をつなぐ
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「知能システム科学」を専攻した修士時代の石山は一転して、1日中コードを書く生活に変わった。金融取引の「マルチエージェントシミュレーション(MAS)」を研究テーマに、2年間で18本の論文を執筆。
MASとは、人間のように内部状態や行動ルールを持ち、自律的に意思決定を行う「エージェント」と呼ばれるオブジェクトを多数用いて仮想的な社会を作り、それらを用いて現実のさまざまな事象をモデル化しようという学問分野だ。
「コンピュータサイエンスと複雑系経済学とをつなぐ学びですね。面白いところは、僕が商学部で経済学のイロハのように学んでいた従来のミクロ経済学は、『人間の効用(各消費者が得る主観的な満足の度合い)は全部一緒』というモデルになっている。同じ効用関数を持っている主体しかいないって、そんなわけないでしょ? というのが僕の実感でしたけど。
コンピュータサイエンスを使うと、それぞれの主体の効用が違って『いろんなタイプの人たちがいるよ』という前提でシミュレーションできる。僕はそっちの方がリアリティがあって面白いなと思って」
石山はさらにリアリティを求めて、「人間もログイン」して一緒にトレーディングできるようなプラットフォームを研究。その研究が注目を浴び、アラン・ケイが名誉委員長を務める国際学会「C5」での発表も経験した。
「僕は変化に富んだ社会のダイナミックな構造がどうなっているのかということをモデル化する研究をしていたんですが、実際に人間もモデルに入れていくと、エージェントのAI側も変わっていきますし、人間側も変わっていくという共存感が生まれたりするんですよ。僕なんかは、そういうウェット(人間的)なところが面白いと思っていましたね」
ジャズピアノで鍛えられた「アナロジー」思考
趣味であるジャズピアノでアナロジー思考が鍛えられたという。
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「創造とは新しい何かを生み出すことではなく、『新しい組み合わせを作ること』」とは、スティーブ・ジョブズの有名な言葉だ。石山もまた、文系から理系へと学問領域を跨ぐ中で、他の領域になぞらえて物事を類推する「アナロジー」の思考法が鍛えられてきたという。
「例えば右手に実社会の課題を置いて、左手にいろんなテクノロジーを置いたとします。右手側の問題を解決する時、左手にたくさん置いてあるテクノロジーのうち、どれを持ってこようかな、なんていうのを考えるのが、僕の研究そのものだったんですよ。新しい組み合わせを発想するアナロジーって、人間だからできること。人工知能をやるからこそ、僕はアナロジーをいっぱい使って研究しようと」
アナロジー力を高めた要素として、石山は趣味で続けてきたジャズピアノの即興演奏も挙げた。
「最初はコードをいろいろ変えて、なんて理論的な感じで弾いていた時期もあったんだけど、途中から、左手の伴奏はドとソだけで弾くキース・ジャレットの練習方法を採り入れるようになって。2つのベース音の共鳴に耳を澄まして、倍音として聴こえてきた音の中から自分が弾きたいと思った音を重ねていく。この音とこの音の組み合わせがいい。次の組み合わせはこうだと、瞬時にパッと思いつく。
これで僕のアナロジー力はだいぶ上がってきたという実感がありますね」
かつては女子がいる学部を意識して「無理やり文系を装っていた」石山がマーケティングを学んだのは、幼い頃から本宮ひろ志を読んできて、「人の態度の変容を読み解くのが面白そう」だと思ったから。
それが今では、理転後に身に付けた科学的なアプローチを強みにしながら、ビジネスの場でマーケティングに再び足を突っ込んでいる。
3年前、そんな石山ならではのアナロジー力を発揮する機会が訪れた。石山は日本で開催されたワールドマーケティングサミットで初めてマーケティング界の巨匠、フィリップ・コトラーの前で発表を行ったのだ。お題は、「AIを活用した超高齢化社会のマーケティング」。
「コトラーの前でプレゼンなんて、マーケ出身者としてはうれしいですよね。マーケティングの基本の組み合わせの4P(Product=製品、Place=流通、Price=価格、Promotion=販促)の他に、5個目のPのProgramming=プログラミングが生まれて、それを活用することによって超高齢化社会の問題が解けるんだというお話をさせていただいて。
学生の時に理論的に考えてやりたかったことが、実社会で実践できるようになったと思うと、感慨深いものがありました」
(敬称略、明日に続く)
(文・古川雅子、写真・竹井俊晴)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。