1982年生まれ。東京工業大学大学院修了後、リクルートHDに入社。Recruit Institute of Technologyを設立して初代所長を務める。2017年、デジタルセンセーションに転じ、合併を機にエクサウィザーズ社長に就任。
撮影:竹井俊晴
エクサウィザーズは起業して3年目だが、アドバイザーにはビッグネームが揃う。
2018年、社長の石山洸(37)は、イギリスのマイケル・オズボーン・オックスフォード大学教授を顧問に引き入れている。当時は2社の合併から同社を立ち上げて、1年ほどのタイミングだった。他にケアの技法「ユマニチュード」を考案したフランスのイヴ・ジネストや、「攻めのリハ」を提唱する脳リハビリテーション医の酒向正春、米グーグル社のトップリサーチャーだった、AIサイエンティストのアロン・ハレヴィらも名を連ねる。
同社取締役で技術統括部長の坂根裕(45)は有能な人材が集まる理由について、社会課題の解決を目指すというビジョンが明確なことに加え、石山の「吸引力」に負うところが大きいと話す。
メール1本でも人の心は溶かせる
石山と意気投合しエクサウィザーズの顧問を務めるマイケル・オズボーン・オックスフォード大学教授。
撮影:岡田清孝
同社はオズボーンと、従来の人事業務にAIをはじめとするITを掛け合わせる「HR×Tech」分野で協力関係を築いている。オズボーンといえば、2013年の論文「雇用の未来」で、「10〜20年以内にAIによって現在ある職業の47%はなくなる」と指摘したことで、世界中に衝撃を与えた人物だ。
オズボーンは、自身が創業に関わったAIスタートアップ英マインド・ファウンドリー社以外で民間企業に関わるのは、エクサウィザーズだけだという。
石山がオズボーンと初めて顔を合わせたのは、文部科学省の会合「Society 5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会」でのことだった。オズボーンはイギリスから遠隔で講演を行った。東京の会場には東京大学や慶應義塾大学で教授を務める鈴木寛や、慶應SFC教授でヤフーCSOの安宅和人らテクノロジー戦略に関わる人材がずらりと顔を揃え、石山も有識者の1人として発言した。
もともとマーケティング畑で、「コールド・コール(飛び込み営業電話)が得意」だという石山は、会合後、オックスフォード大学のHPに公開されているオズボーンのアドレス宛てに1本のメールを送った。「HR×Tech」の事業を進める上で、テクノロジーと雇用の研究領域で第一人者であるオズボーンをアドバイザーに引き入れたいと考えていたのだ。
果たして、オズボーンからは「興味深い。まずは、電話で会議しよう」と返事があった。そこから協業へとつながっていく。
「メール1本でも、人の心は溶かせると僕は思っています。と言っても、その手前での“種まき”も結構大切で。
オズボーンは、実は『Society5.0〜』の会合での僕のコメントを気に入ってくれていた。たとえ画面越しで人数の多い会合であっても、相手にいかに印象に残すかは、そこで何を話したかで決まる」(石山)
大事なのは「ファクト」と「インパクトのある質問」
石山は、自分が登壇した講演で得られる聴衆からの反応も重要な情報源と考えている(写真はイメージ)。
Jasmin Merdan / Getty Images
石山の“種まき”とは、「人々の予備知識の深度」の実態を知らせる話の枕として、会合の場で、オズボーン自身のことを話題にしたことを指す。かつて、石山が企業人事向けの講演をした際、聴衆に次の4つの質問をしたことがある。
⑴『雇用の未来』の論文発表のニュースを知っている?
⑵オズボーンの名を知っている?
⑶オズボーンの論文を読んだことがある?
⑷オズボーンの専門領域である『ベイジアン・オプティマイゼーション』についても論文を読んで理解している?
すると、⑴はほぼ100%、⑵については80%が挙手した。にもかかわらず、⑶となると挙手する人はまばらになり、⑷についてはゼロだったと石山は話す。
「結局、人って物事を表面的に理解していることが多い。世界にどれほどインパクトを与えた論文であっても、その論文を著した著者の名が世間に流布していたとしても、著者が論文で主張している具体的な内容まで理解し、アクションプランにつなげている人は少ないっていうことです。
だからこそ、ファクト(事実)と熱意さえあれば、相手にちゃんとメッセージって届くんですよ」
石山は聴衆から得た挙手のパーセンテージを一つの「ファクト」として「Society5.0〜」の会合で提示し、オズボーン宛のメールでは、「質問」の形で引用している。
〈聴衆にヒアリングしたら、80%の人がオズボーンの名を知っていた。だから、あなたは日本ではスーパースターなんですよね。にもかかわらず、論文まで読み込んでいる人はごく少ない。押し並べて人の理解とはその程度、という前提がある中で、企業で雇用を請け負う人事担当者が最初の一歩でどう踏み出せば、いい雇用につなげられるのか教えて下さい〉
このシンプルな質問こそが、オズボーンが胸襟を開くきっかけとなったのではないかと、石山は言う。
「簡単に言うと、インタビューの力です。僕は常に、人と交渉ごとをするなら、その前段階でジャーナリストのようにものを考え、ちゃんと考えて質問をするということが大事だと思ってます。人は核心をついた質問の中に、『自分はこの人に深く理解されている』と感じる要素を見出した瞬間に、信頼関係が生まれる。
オズボーンへのメールは、質問という形式を取りながらも、『あなたのことをよく調べていて、大ファンなんだ』と僕がアピールしているわけで、インパクトがあったんだと思う。しかもさり気なく、『ベイジアン・オプティマイゼーション』のことも聴衆に投げかけたという事実からも、『こいつはコンピュータサイエンスについても、だいぶ理解していそうだぞ』と印象付けられたでしょうし」
イギリス人向けに「シェクスピアの話題だけで、5つはジョークが言える」というほど、石山の脳内はネタの宝庫。そんな石山だけに、オズボーンとのテレビ会議が実現した後は、トントン拍子に協業の話が進んだという。
二刀流、三刀流の人材がワラワラ
自身の成長を楽しみに変える石山のカラーが、職場にも伝わる。同社のクレドの一つは「Elevate Your Craft」(社会課題を解決していく課程を自分の成長にもつなげよう)。
提供:エクサウィザーズ
エクサウィザーズは先端のAIテクノロジーをいくつも備えているが、その手前のど真ん中のところに、解決すべきテーマとして、超高齢社会をはじめとする社会課題を掲げている。だからこそユニークな社員が集まるのだと、石山は言う。
「社会課題解決を目指しているというビジョンがあって、そこら辺にはちょっといない“変なエンジニア”が集積しているという実態があって、会長にディー・エヌ・エー(DeNA)元会長だった春田真さんもいて経営力も高いぞと。ここに入れば、研究開発だけじゃなくて社会実装をドライブしてくれるんじゃないかっていう期待感を持って入社してくる人が多い」
前出の坂根は、こう証言する。
「確かにうちには社名通り、ウィザード(魔法使い)みたいな二刀流、三刀流の人たちがワラワラといますねえ(笑)。まず、うちに来たいという人は、応募してくる時点で『社会課題を解決したい』というマインドが強い。一般的には技術至上主義に陥りがちなエンジニアですらそうです。
僕も研究者で介護インストラクタ―もやってますが、看護師や薬学博士のエンジニアだっているし、もともとはユビキタス分野の研究者で、ソニーでカメラや映像技術の開発に携わった後、小売系のベンチャーでCTOを経験している松下伸行みたいな、もはや何刀流だか分からないぐらいの社員もいます」
人材採用にAI活用と仕込んだネタの共有
石山に、人材集めの秘訣を聞くと、こんな答えが返ってきた。
「普通の会社って多分、自己紹介してくださいっていう面接をやっていると思うんですよね。でも、うちの場合は、オズボーンに僕がアプローチした時の話と通じるところがあるけれど、社員の採用もやはり『インタビュー力』を発揮してます。僕が思うに、うちみたいにここまでちゃんと考えて人の面接を行なっている会社は、実は少ないんじゃないかって」
面接用のインタビューは、例えば受験者が北海道出身だった場合に、「社会課題として除雪のプロジェクトを実施していた時の話を振る」といった「小ネタ」までを含めて、人事セクションでナレッジ化しているという。
使うツールは、同社が提供するAIのFAQ検索エンジン。社会課題を掲げたり、新しいことにどんどん挑めたりする会社の利点は、「アトラクティブな話のネタ」としてツールに落とし込み、情報を整理しておく。土台となる情報は、面接官の何人かがこれまでの採用面談の際にトークスクリプトを入力して蓄積してきた。いわば社内公共の「ネタ帳」だ。
「除雪の話とセットで、北大の出身の子が相手なら、『将来、北大も絡めてプロジェクトをやってもいいかもね』と話をつなげる。あるいは、『自分が大学時代に付き合っていた彼女が北海道出身だった』みたいな些末な話も含めて、ネタを仕込んでおく。
相手が話しやすい雰囲気作りをするウエットな話題から実務寄りの話題まで使い分けられるように。人の採用って、論理で決める部分と感情で決める部分と両方あるから、そこをうまくバランスできる仕掛けは緻密に用意してあるんです」
面接の場で受験者が、「ここなら自分が成長したい方向性と一致する事業に関われそうだ」「ここなら世界が変えられるかもしれない」などと感じたとしたら、面接の場がコミュニケーションの場として生きてくる。
実は、こうした採用のノウハウは、石山がリクルートで入社1年目から人事のミッションを持っていた経験があり「鍛えられた」のだと言う。
エクサウィザーズがここまで人材採用に力を注ぐのはなぜか? 石山は即座にこう答えた。
「社会課題解決を実現しようと思ったら、社会課題を解決するプロダクトをつくる人材こそが解決のための源泉だから。HR Tech(人材)とSaaSメトリクス(プロダクト)はつながっているんです」
石山は、多彩な人材が揃っていることが、同社の最大の強みだと話す。「おかげでやりたい事業の『妄想』をいくらでも広げられる」のだと。
例えば2030年頃に、認知症になった人の貯金が凍結されて使えなくなるお金が200兆になるという課題が持ち上がったとしよう。この問題を解こうとすると、金融課題を解決するフィンテックと介護周りの知識の両方が必要になりそうだ。
エクサウィザーズの場合、両方の研究開発部隊がいる上、介護の実務経験者もいる。近接しそうなHRテックや医療周りのメドテックの事業部門もある。A Iカメラの研究者が撮った映像を使って、別の部隊が開発しているロボットを操ることもできるかもしれない。
「もともと社会課題にはソリューションがないから困っているわけで、すぐには解へつながるルートが見つからずに構想が座礁に乗り上げがち。なので、点と点で問題解決をするよりは、複数のドメインを持つ人材が既に『線』になっていて、線同士で問題解決ができるっていう組織の方が強いはず。
複数のソリューションを網の目のように張りながら社会課題解決ができるっていうところが、我が社の大きな特徴だと思っています」(石山)
「そういう半端な事業って、ダサい」と一喝
もう一つ、クレドとして掲げているのは「Above and Beyond Expectations」(社会課題の先にあるポジティブな世界を実現していこう)。
提供:エクサウィザーズ
石山の視線の先には、あらゆる分野の達人たちの知見を融合させて「AIを用いた社会課題解決」を成し遂げ、幸せな社会を実現するという未来がある。
テクノロジーは儲けの手段ではなく、共有財として世の中に還元するもの——。
石山にそんな意識が芽生えたきっかけは、石山がリクルートのAI研究所である「Recruit Institute of Technology」の所長を務めていた頃、関わりのあったある人物からもたらされた、と石山は述懐する。
「その頃は、一部だけど金儲けのアプリみたいなのも作っていて、自分でもこれはまずいなと。そこで当時、MITメディアラボの助教だったアーティストのスプツニ子さんにアドバイザーになってもらったんです。彼女の当時のマネージャーさんが、元ミュージシャンのマネージャーだった、むちゃ面白い人で。その方に、ビシッと言われました。『そういう半端な事業って、まじダサいよ』と。
その一方で取り掛かっていたメンタルヘルスのためのAIアプリの話をしたら、『これがいい!』と絶賛されまして。これがロックだぜみたいなノリで(笑)」
その言葉を機に、「テクノロジーそのものを追求する以前に『使い道』を考えること。人生で大事なのはそっちだ」と開眼した。以来、石山は紆余曲折を経ながらも、エクサウィザーズ起業へと突き進む。
石山に経営者としての重圧は、もちろんある。それでも彼は、「今の仕事が心から好きだ」と晴れやかに語る。
「僕は今の仕事を現代のロックだと思ってやってるっていうところはあるんですね。もともと本宮ひろ志が好きだし、音楽もすごい好き。だけど、表現手段にテクノロジーがあることって、想像以上にすごいなという実感がある。プロダクトを作って普及させて、社会を変えることができるんだから。
うちには介護士もいるんで、介護に携わる人も恐らくそういうところはあるのかなと。実務をやって、まさに社会を変えるロックをやれるみたいな。空海的に言ったら、即身成仏なわけですよね。今はそういうところが、AIと社会課題を掛け合わせるこの仕事の好きなところです」
(敬称略、完)
(文・古川雅子、写真・竹井俊晴)
古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。