撮影:今村拓馬、イラスト: undefined undefined / Getty Images
これからの世の中は複雑で変化も早く「完全な正解」がない時代。コロナウイルスがもたらしたパラダイムシフトによって不確実性がさらに高まった今、私たちはこれまで以上に「正解がない中でも意思決定するために、考え続ける」必要があります。
経営学のフロントランナーである入山章栄先生は、こう言います。「普遍性、汎用性、納得性のある世界標準の経営理論は、考え続けなければならない現代人に『思考の軸・コンパス』を提供するもの」だと。
この連載では、企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、入山先生が経営理論を使って整理。「思考の軸」をつくるトレーニングに、ぜひあなたも参加してみてください。参考図書は入山先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
さて、コロナ禍は社会のあり方をさまざまな分野で問い直しました。そのひとつが「教育」だと入山先生。しかも、そこで教員に求められる役割は、ビジネスにも示唆がありそうです。アフターコロナは教育の現場にどんな変容をもたらすのでしょうか?
この議論はラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
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オンラインで授業をやってみて思うこと
5月下旬には緊急事態宣言が全国的に解除されましたが、今回のコロナ禍は本当に社会のあり方をさまざまな分野で問い直しました。そのひとつが「教育」です。
僕は早稲田大学に勤めていますが、今回のコロナ危機でオンラインによる授業が一気に実用化されました。早稲田大学の田中愛治総長は意思決定が速く、今年のゴールデンウイーク明けから大学全体でオンライン授業が始まっています。
しかしそれより早かったのが、僕のいる早稲田大学の経営大学院(ビジネススクール)。研究科長が「社会人大学院はゴールデンウイーク明けまで待っていられない!」と、大学に許可をもらって4月20日から春学期をオンライン授業で開始したのです。
実は緊急事態宣言が出る以前の3月初旬ごろから、「これはそのうち在宅勤務になるな」と気づいたビジネススクールの教員の何人かが、Zoomの使い方の勉強会を有志でリアルで始めていました。その蓄積があったおかげで、早い時期からスタートダッシュが切れたというわけです。
自分の所属している組織を手放しで褒めるのもどうかと思いますが、早稲田大学ビジネススクールは本当に意思決定の速い、柔軟でよい組織だと思います。
僕はたまたまカリキュラムの関係で、まだオンラインで百人単位を相手にする授業はやっていませんが、少人数のゼミではオンライン授業を何度も経験しました。また、学生からもさまざまなオンラインの授業の感想を聞いています。
そこで感じたのは、リアルの授業とオンライン授業とでは、教員に求められる役割が明らかに違うということです。
オンライン授業では教員の力の差がより如実に出てしまう
「教員が一方的に教え、学生が講義を聞く」という従来のスタイルは、オンライン授業では成立しない。
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今までの授業では教員と学生が同じ空間にいたため、学生の側にも緊張感があり、教員が一方通行で話していても、それなりに授業が成立していました。
ところがオンラインとなると、画面の向こうにいる学生が本当に僕の講義を聞いているかどうかは分かりません。もちろんお互いの顔は画面に映っているけれど、相手が画面に映らないところでFacebookを見ていても、こちらには確かめようがない。経営学的に言うと「情報の非対称性」が高まっている状態です。
こうなると、教員が一方的にしゃべるだけの講義が成立しなくなります。つまり学生にしてみれば、オンラインでは真剣に講義を聞かなくてもすむ。教員の吸引力も生身の人間が目の前でしゃべる場合に比べて、弱くなる。
結果として、うちのビジネススクールの学生の話ではないのですが、一般に多くの学生に話を聞く限り、興味のない先生の授業は一応ビデオで参加しているふりだけして寝ていることもあるそうです。
そしてオンライン授業の、というよりこれはビデオ会議の特徴ですが、参加者が同時にしゃべれないということも大きな違いです。
リアルではAさん、Bさん、Cさんが思わず同時にしゃべり、それが議論の活性化を生むこともよくある。ところがビデオ会議ではそれをするとまず聞き取れないので、基本的にAさんが発言したらそれが終わるのを待ってBさんが発言し、それが終わったらCさんが発言する番になります。
撮影:今村拓馬
ただ一方で、オンラインでも学生の興味を逸らさない授業ができる教員もいて、そういう教員の授業はちゃんと成立している。したがって、これはある人が言っていたことですが、オンライン授業では教員の能力の差が歴然と出てしまうのです。
僕自身が学生を引きつける授業ができているかどうかはさておき、学生を引きつけるトークができる先生は、オンラインでも学生がよく勉強する。そうでない先生は、学生が寝てしまうので学ばない。以上が問題の1つめです。
教員に求められるのはファシリテーション能力
オンライン教育の2つめの問題は、仲間から学ぶ「ピアラーニング」が難しくなるということです。
仮に先生のしゃべりがうまくて、学生がそれなりに真剣に授業を聞いたとしても、それで得られるのは先生からの学びだけ。でも学習には少なくとも2種類あります。1つが教師から何かを学ぶこと。もう1つが、同じ空間にいる同級生から学ぶ「ピアラーニング」です。実は後者がものすごく重要です。
特に僕の所属するビジネススクールではそれが顕著で、日本中いろいろな業界から来た社会人大学院生たちがひとつのテーマをめぐり、「俺の業界ではこうだよ」「私はこんな経験をしました」と互いの体験を話すことで、横の学び合いができる。ビジネススクールの大きな価値のひとつはそこにあります。
ところがオンラインでは学生はみんなバラバラの場所にいるわけですから、そのピアラーニングが難しくなってしまう。そこで教員の役割がさらに重要になる。このとき教員に求められるのはファシリテーション能力です。
海外で進むフリップラーニング(反転授業)では、授業の時間は主に生徒同士のディスカッションなど「学び合い」に充てられる。
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そもそもコロナ前から、これからの教育では「フリップラーニング(反転授業)」が大事だと言われていました。これは、学生が事前に授業の内容を教科書や動画で学んでおいて、実際のリアルな授業ではそれについて互いに議論し合うようにするというものです。
例えば僕の授業であれば、学生に経営学の理論をあらかじめ動画なり本で学んでおいてもらい、集まるときは学生同士が議論をするようにする。
このフリップラーニングはコロナ前から期待されていた教育手法ですが、実際にコロナになって全面オンライン授業になってみると、フリップラーニングにしないともう授業が成り立たない、ということも多くなっているようです。
なぜなら学生もわざわざ先生の話を聞くためだけにZoomなどやりたくない。どうせオンライン授業に出るなら、ちゃんとしゃべりたい。ただしその場合の問題は、参加者が3~4人ならいいけれど、10人を超えるような人数で議論をするとなると、絶対にファシリテーターが必要になることです。今後、その役目は、当然教官がすることになるでしょう。
教員は、例えばAさんがすごく面白い視点を提示したら、「Aさんがこういう視点を出したけれど、みんなどう思う?」と投げかけ、BさんやCさんから発言を引き出す。Cさんから意見が出てきたら、今度は「じゃあDさん、どう思う?」とDさんに振る。Dさんから話が出てきたら、「Dさんの意見について、みんなどう思う?」というように、全員から話を引き出す能力が求められる。
ファシリテーターの最大の仕事は、自分が中心になってしゃべらないということです。発言していない人にうまく話を振ったり、話の展開をつくる必要がある。逆に言えば、自分がベラベラ喋りすぎて仕切りすぎるファシリテーターはいらない。お笑いで言えば、『踊る!さんま御殿!!』における明石家さんまさんのような役割より、『アメトーーーク!』の蛍原蛍原徹さんのような役割だと思います。
ファシリテーション能力は会議や飲み会でも求められる
さてここで、この連載の担当編集者であるBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんからは、こんな意見がありました。
まさに、そうですね。ファシリテーション能力が求められるのは会社や組織に言えることでしょう。オフラインが残る職場はある意味、「あうんの呼吸」「暗黙知」みたいなものが成立する現場です。一方、オンラインでできる仕事はかなりが「形式知」の世界なので、言葉で伝えないといけない。そうするとますます言葉をうまく使って、全員の考えていることを引き出す能力が必要になる。
さらに言えば、ファシリテーション能力が求められるのは仕事に限らず、例えば「Zoom飲み会」などにも言えるかもしれません。実際、僕が社会人学生たちとZoom飲み会をする時は、少なくとも僕が酔いつぶれるまでは、指導教官の僕がなんとなくファシリテーターになって、会話に参加できない人を会話に参加できるようにしています。
ミレニアル世代であるBusiness Insider Japan編集部の横山耕太郎さんも、やはり話を振られるのは嫌ではないようです。
大学教員、管理職、飲み会の幹事。これからはみんなファシリテーションができないと厳しい時代になる。学生を授業に引きつけるためにも、会議の生産性を上げるためにも、飲み会を盛り上げるためにも、ますますファシリテーション能力が問われます。
ただし「これからの管理職はファシリテーター能力が必要」というのは、そもそもコロナ前から言われていたことですし、「テレワークが必要」というのもコロナ前から言われていた。それがコロナで再認識されただけであり、われわれが向かうべき本質的な方向は、おそらくそれほど変わっていないと思います。
逆に言うと、この変化にうまく乗れない企業やビジネスパーソンは、もしかしたらこれから、より差が開いてしまうかもしれません。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。