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ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。各界の有識者にインタビューをしていくシリーズ。7回目は国連事務次長の中満泉さん。
コロナ危機への対応には国家を超えた協調が必要だと言われる一方で、エゴをむき出しにする大国の指導者。中でも国際機関である世界保健機関(WHO)がその舞台になってしまった。
これからの国際協調で必要なことは? さらにその時に国際機関が果たす役割とは。2回にわたって聞いた。
—— 新型コロナウイルスによる出勤禁止・自宅待機令の中で、国連本部の方々は、どんな働き方をしているのでしょう。
3月末から完全に自宅勤務が始まり、国連本部の会議も基本的に全てオンラインになっています。はっきり言って、新型コロナ感染が終わった後も全員が出勤しなくてもいいようになると思います。私も以前は国際会議の出張が多くて大変だったのですが、将来的に出張は減らせるだろうなと考えています。
——国際機関である国連本部の活動再開は注目されていると思うので、再開の計画を教えてください。
フェーズ0から3まで4段階に分かれており徐々に通常に戻していく計画です。現在の自宅勤務がフェーズ0で、今(取材時点は日本時間の5月30日)フェーズ1を目指しています。どうしてもオフィスに出た方がいい仕事を各部局で調べて、人数も決めています。
「ニューノーマル」について今回は国際連合事務次長・軍縮担当上級代表の中満泉さんに話を聞いた。
REUTERS/Denis Balibouse
フェーズ1で通常の人数の10%、フェーズ2で40〜50%というようにいろいろな条件を考えて。例えば、平和維持活動(PKO)局で海外の現場のミッションを直接サポートしている人たちを最初に戻していくなどというものです。
ただ、完全に正常に戻っても全員が職場に戻る必要は多分ないんですね。今回テレワークでうまく仕事が回ると分かったので、よりテレワークを活用していくと思います。子育てしている職員が、働きやすい職場にするためでもあります。
テレワークを以前より進めることで、予算を減らすこともできるかもしれません。国連本部ビルには入り切らない部局が、ニューヨーク・マンハッタンの本部近くビルに散らばっており、非常に高い賃貸料を払っていますが、コロナ後は、出勤するのは本部に入る人数のみにしたら、ビルを借りなくてもいいのではないかと考えています。コロナ後にオフィスに出る人は、減ることになると思います。
—— 新型コロナ危機において感染防止やワクチン開発では、国家同士はより協調していかなければならないのに、現実的には国家はエゴをむき出しにしています。今後国家間の協調には何が必要で、どうすればいいのでしょうか。
今回の危機では、最初から協調と団結を訴えて、アントニオ・グテーレス事務総長が連日自ら、情報を発信しています。今後の国際協調は、(地理的な)世界中というだけでなく、すべての分野に影響があります。健康、医療という公衆衛生分野だけでもなく、経済、社会的、人権的、環境面など、国連が取り組んでいるすべての分野と関わるという多面性もあります。
ただ、対立の構図もはっきり見えています。一番大変なのは安全保障理事会(安保理)です。特に常任理事国の戦略的な利害に直接かかわる分野での対立が鮮明になっています。
一方、安保理の扱う課題の中でも協調が維持されている分野もあり、「しなければいけない」ことが話し合われ、「そうですね」とお互い理解できる話もあるのです。コロナ危機に関しても、完全に分断されている状態ではなく、まだ第1波を収束させようと各国が頑張っている段階ですが、国際協調の重要性を強調している国が大多数だと思います。
まだ今後どういう形で協調していこうという話にはなっていないのかもしれませんが、期待しています。
—— 一方、世界保健機関(WHO)のあり方について疑問が投げかけられています。
WHOでも非常に大きな対立が目に見える形で出てきています。最終的には、WHOの初期の対応についてきちっと検証をしていかなくてはならないと、テドロス事務局長も言っています。検証は、危機が一段落した際行われるべきもので、実際どのような形で初期の対応があったのか、どういったことができたのかという点をクリアにしていくことになります。
国際機関は、そもそも加盟国が対立している構図の中で、ギリギリの努力を続けて運営され、効果を出さなくてはならないという課題が常につきまといます。
コロナウイルスに関するWHOの初期対応はアメリカから激しく批判されている。
REUTERS/Denis Balibouse
WHOも本来、自らが感染症を封じ込めるために行動可能な機関ではなく、当該国の政府と協力しながら、感染症に対応するという機関で、そういった点が完全に理解されていないのかもしれません。
今、コロナを収束させるのは世界にとって最大の利益です。そういう時だからWHOをサポートしなければいけない、と言っている加盟国がほとんどです。人類共通の敵である新型コロナの危機が一段落したら、教訓を学ぶために検証されることで、将来のパンデミックに備えて何ができるか、改革するべき点があるでしょう。
実は、私は前職が国連開発計画(UNDP)の危機対応局長で、最初の仕事が2014年の西アフリカでのエボラ出血熱危機の対応でした。この時もWHOの初動は遅かった。WHOが今回、中国寄りだったかどうかなどという話ではなく、当該国と協力しながらもグローバルに感染症に対して効果的に機能するためには何が必要か、という点で検証が必要です。
WHOの対応に対して不満を募らせるトランプ大統領。WHOへの拠出金の停止を発表した。
REUTERS/Jonathan Ernst
——しかし、アメリカのトランプ大統領は5月29日(米東部時間)、WHOからの撤退を発表しました。
本当にそうなるなら、とても残念です。どのような形で撤退されるのか、きちんと見極めることも必要です。
感染症は、一国で抑えるのは不可能です。持続可能な開発目標(SDGs)では「誰も残さない」という目標がありますが、それが一番、目に見える形は感染症です。皆が安全でなければ、誰も安全ではないという性格のもので、例えばアメリカだけで感染症を封じ込めても、貿易や人の行き来をしないということは無理です。
世界中でうまく機能しなければならないので、これ以上に国際協調が必要不可欠な危機というのはないでしょう。
——コロナ危機は、所得格差、人種による「感染格差」を生み、国連がこれまで取り組んできた人道支援、貧困撲滅などの問題も密接に絡んでいます。これらの課題に具体的な異なるアプローチも生まれてきているのでしょうか。
エッセンシャル・ワーカーズ(絶対不可欠な職種で医療関係者、交通機関・食品店などで働く人)に多い、つまりテレワークができない黒人、ヒスパニック系の間で感染率が高いという経済格差が、ニューヨークでは問題となりました。
コロナ危機からの復興の社会的な道筋をきちんと考えながら、国連ではよく言われるBuild Back Better(より良い社会に復興する)という考え方を広めていくことが重要です。実はこれらさまざまな課題はコロナ以前からすでにあったものだという自覚が国連にはありましたが、今回の危機によって明らかに目の前にそれらが突き付けられたということだと思います。
——復興に向けて、国連のどんな機関が有効で、機能していくのか教えてください。
国連は大きなシステムで、私がいる事務局のほか、UNDPや国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などコモンシステムと呼ばれるさまざまなエージェンシーがあり、それ以外に専門機関があります。WHO、国際労働機関(ILO)などです。
グテーレス事務総長の指導のもと、専門機関も含めた全体の幹部会議を開き、すべての国連機関が危機に対応するため、復興期にかけてバラバラではなく協同しながら機能していかなければなりません。
政府のコロナ対策が不十分だとして抗議する女性(5月18日、チリ・サンディエゴで)。
REUTERS/Ivan Alvarado
現段階で、事務総長は連日、政策提言(policy brief)を多くの分野で出しています。即座に世界中で起きているさまざまな紛争での即時停戦を提案しましたし、経済社会分野や、子どもや女性への暴力など人権分野など、危機対応期において、どのようなことに留意した政策が効果的なのかについての提言を発信しています。
5月28日にグテーレス事務総長が呼びかけて開かれた「新型コロナウイルス時代とその後における開発資金ハイレベルイベント」という会議は、経済に焦点を当てたものでした。今後復興期には途上国には債務が一層負担になり、復興を妨げることも懸念されます。公的債務は軽減すると同時に、民間金融機関も返済猶予などの措置ができないかという政策提言がなされました。
支援オペレーションとしては、“連帯フライト”と呼ぶチャーター便を出して、アフリカのほぼすべての国にマスクや防護ガウン、フェイスシールド、体温計、人工呼吸器など基本的な物資を運んでいます(後編に続く)。
(聞き手・構成、津山恵子)
中満泉(なかみつ・いずみ):フェリス女学院中高、早稲田大卒。ジョージタウン大学外交大学院で修士号。国連平和維持活動局、事務総長室および国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などを経て、2014年から国連開発計画(UNDP)総裁補・危機対応局長、2017年から国連事務次長兼軍縮担当上級代表。