【ソーシャルワーカー・根本真紀1】コロナで起きた役所の制度崩壊。国家公務員辞めて支援の現場へ

根本真紀

撮影:鈴木愛子

「信じられぬと 嘆くよりも 人を信じて 傷つくほうがいい と、金八先生も言っています」 —— ソーシャルワーカーの根本真紀(40)はフェイスブックにそう書き込んだ。

緊急事態宣言真っただ中の5月中旬、根本は都心のカフェにいた。生活困窮者の居住支援をする「つくろい東京ファンド」からの要請を受け、相談者を待っていた。この団体は、長年ホームレス支援の活動をしている稲葉剛が代表を務める。

ところが、相談者が現れない。2時間以上待ってから場所を離れた数分後、連絡がついたと団体から知らされた。すっぽかされたのに「良かった!」と胸をなでおろした。

「待ち人が現れないなど、よくあること。ただ、彼らがいいかげんなわけじゃない。携帯は持っていても料金滞納で通話ができない。フリーWi-Fiのある場所でネット検索して私たちにつながっても、実際に会うとなると道に迷ったらネット環境がなかったりする。今はコンビニも衛生上イートインスペースをなくし、充電できるところもありませんから」

憤りもせずその人が来られなかった背景を考える。信じて寄り添う姿勢に、心服させられる。

「仕事は5割、課外活動は7割」

フミコム

地域連携ステーション「フミコム」(文京区社会福祉協議会)。ここが根本の“本業”の拠点だ。

撮影:鈴木愛子

普段は、東京都文京区にある地域連携ステーション「フミコム」(文京区社会福祉協議会)で、自治体や地域住民・NPO・企業・大学等と連携して地域の活性化や課題解決に取り組んでいる。最近はコロナ影響で収入が減った区民からの特例貸付の申請を受け付ける応援に入りつつ、業務時間外の支援活動を続ける。

この「課外活動」こそが、彼女の真骨頂だ。

つくろい東京ファンドの活動は宿泊費を渡すだけでなく、困り事を聞き、社協が休みの日であれば必要な窓口に一緒に行く。スタッフやボランティアとともに夜回りもする。「大丈夫ですか?」「何かお困りではないですか?」と都心を歩く。

「自分の中では、仕事は5割ですね。課外の割合は7割かな。あ、12割だ。はみ出ちゃいますね」(笑)

12割のはみ出た人生を、都会で地べたを這うようにして暮らす人たちのために使う。そのエネルギーの源泉は、弱者の上を素通りする社会に対する「怒り」だろう。

nenpyou

撮影:鈴木愛子

この4月は東京23区内の生活保護申請数が前年比4割増。コロナ影響で職を失い、家賃を払えず、放り出された人たちに寄り添う機会が増えた。保護の対象になる人に「実家の家族がいるでしょ」などと言って追い返す、いわゆる「水際作戦」が横行してもいる。一時的に保護し、暮らしを整えてもらってから、再び職を得て自立した生活を取り戻す手伝いをすべきではないのか。

「役所の制度崩壊が起きている。制度というものはそもそも、人を幸せにするためにつくられたはず。困っている人に届けられないのなら、セーフティーネットでも何でもない。守りたいのは何なのか。本当に守らなければいけないのは何か。そこを考えなくては」

窓口の役人も決して悪意があるわけではないだろう。上司に制御され板挟み。その上司もまた谷間であがいているに違いない。「あなたたちはおかしいと正論を吐いても、対立し徒労感だけが残るだけ」と語る根本自身がジレンマを抱えてきた過去がある。

誰のための仕事?疑問感じ官庁を退職

国会

大学卒業後に就職したのは中央官庁。深夜までの国会対応に「誰を幸せにしているのか」と疑問を感じた。

撮影:今村拓馬

根本は17年前まで、中央省庁に勤務する国家公務員だった。ソーシャルワーカーとしては異色の存在である。

中央省庁はどこも残業が多いものだが、特に国会期間中は連日タクシーで帰宅した。議員から質問が出るまで待機、それをどの課に割り振るかが決まると、職員らは答弁を書き、管理職の決裁をとる。OKが出たら、答えと関連資料を何十部も印刷し、すぐにめくれるようインデックスをつけ、バインダーで綴じる。

1日それをやると、帰宅は朝4時になる。そして、翌日は国会中継で自分たちが作ったシナリオ通りに答えているかをチェック。そこまでやってワンクールだという。

「新人は答弁を書くとかではなく下働きに追われます。それでも、くたくたでした。何より、こんなことをしていて、誰を幸せにしているのか? と疑問だった」

質問を作るのは議員本人ではなく、秘書の場合もある。そして、大臣の答弁を作るのは官僚だ。「もしかして、国会は要らない?」と脳内にはてなマークが浮かんだ。

「退職したきっかけは体調を崩したからです。ただ、人のために働きたいと思っていたのに、想像していたものではなかった」

そんな霞が関での経験が彼女の「彼女の怒りのもとでしょう」と言うのは、根本の上司で文京区社協の地域福祉コーディネーターを務める浦田愛(44)だ。

「社会で人々に困り事が起きたとき、普通なら国や行政機関に助けを求めることが多いわけですが、そこが難しいことが実は多いということを彼女は理解してしまった。だったら、誰がやるのか。民間がやったほうがいいね、という理解が早い」

社協という公の機関にいながら、自治体と民間やNPOをつなぐ。国や公という「中」と、民間の支援団体という「外」を経験しているからこそ、自分が枠からはみ出さないと両者をつなげない。それを理解し実践する根本を、浦田は「闘うソーシャルワーカー」と表現する。

nemotoyoko_tkw.001

撮影:鈴木愛子

象徴的な話がある。

2019年1月の土曜日、午後7時。業務を終えて帰ろうとしたら、見るからにホームレスと見られる男性が社協に現れた。根本が「どんな困り事ですか?」と声をかけると、男性は仕事を求め東北地方の某県から300キロ以上の距離を自転車でやってきたという。

「でも、力尽きた。もう限界だ、と言うわけです。なんで社協に来たのかと尋ねたら、困ったら、役所か社協に行けと言われた、と。所持金もほとんどなくフラフラしていたので、コンビニでうどんを買ってきて食べてもらいました」

根本はつくろい東京ファンド代表の稲葉に連絡。事情を話したら、シェルターの空きを調べ男性の分を確保してくれた。うどんを「うまかった」と言う男性に、「うまかったじゃないよ!」と笑って突っ込む。こんなふうに身銭を切ることなんてしょっちゅうだろう。

結局、1時間ほど一緒に電車で揺られ、近隣区のシェルターへ連れて行った。

「仕事なのか、仕事じゃないのか、境目がない。ただ、やらないという選択はないです」

そして、このコロナ禍。根本らが懸命に支援を続ける一方で、電通に再委託した持続化給付金の業務受注団体には20億円もの「中抜き疑惑」が指摘されている。給付金はスムーズに人々の手に渡らない。

後手後手の補償にアベノマスク。やり切れないことばかりのコロナ禍で、人々の叫びに向き合う根本。その原点を追う。

(敬称略、明日に続く)

(文・島沢優子、写真・鈴木愛子、デザイン・星野美緒)


島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み