1979年生まれ。上智大学卒業後、中央官庁に就職するも1年で退職。都内の社会福祉協議会で生活困窮者に対する相談支援業務に従事した後、2017年から文京区社協で働く。
撮影:鈴木愛子
根本真紀(40)が文京区社会福祉協議会での勤務を始めて1年ほど経った2018年3月のことだ。窓口の職員から「何か怪しげな企業の営業が来ている」と連絡が入った。社名は「株式会社御用聞き」。同社の活動を知っていた根本は「あ、私、話聞きます!」と、すぐに取り次いでもらった。
御用聞きは都内を中心に、5分100円からの家事代行を行う会社だ。電球や電池の交換や、5分300円からは家具や粗大ごみの移動、掃除やパソコンの設定サポートなど。リピート率は8割を超える。主な担い手は大学生。研修プログラムをたたき込まれた彼らは時として、高齢者を地域包括支援センターにつないだりもするソーシャルビジネスという側面を持つ。
社長の古市盛久(40)と何度か打ち合わせた根本は、文京区社協とのコーディネート業務に乗り出した。学生向けの活動説明会をフミコムで実施したり、コロナ禍では御用聞きが「文京ソコヂカラ」という区内飲食店の宅配を文京区と区商店街連合会でタッグを組む形で運営している。
「制度だけでは人を救えない、限界があると葛藤していたときに古市さんと出会った。私みたいに(支援する仕組みの枠から)はみ出す人はそうそう増えない。なぜなら自己犠牲だから。御用聞きは、そこに経済合理性を持たせられる。お金は発生するけど、そんなに高いお金ではない。使った人も嬉しいし、担い手も嬉しい。これはウインウインになると感動した」
古市から言われた、こんな言葉が根本の心に響いた。
「指にささくれができましたと病院に行っても、治療はしてもらえない。ところが、消毒もせず放っておくと、出血したり、膿がたまる。人々のそんなささくれのような人生の痛みに一緒に向き合えたらいいと思ってます」
企業と福祉の人の言語が違う
根本は言う。
「古市さんの言葉は、すべての人に刺さるんです。実は企業の人の言語と、福祉の人の言語は違う。例えば、支援が届かない人に必要な人にどう届けていくか。それは企業用語だとマーケティング。でも、そういうキラキラした横文字が福祉の人は苦手で。
話し合っている内容も、目指すゴールも同じことなのに、言葉が分かりづらいと敬遠される。そこを感覚的に理解している人。すごく勉強になる」
株式会社というだけで「儲けたい民間の人」という変なスティグマで分断されてしまう。民間と力を合わせなくては、公だけでは今の日本の閉塞感や課題は乗り越えられない。
「さまざまな支援を俯瞰して見ると、バラバラになっていることが多い。結び目みたいなものがないんです。うちではできないけれど、こういうのがあるよというふうに、俯瞰してみんながつながれるようにする機能の価値を、御用聞きが改めて気付かせてくれた」
企業で副業、「つなぐ意識」を育てたい
撮影:鈴木愛子
根本は2019年度から、御用聞きのスタッフにもなった。名刺は持たないが、肩書はクラウドチームリーダーだ。文京区社協の社会福祉法人内で初めて副業を持つ兼業職員になった。
「半官半民で課題解決を図れる良いモデルケースにしたい」
御用聞きとのコラボは、同社協の中長期的な目標である「新しい社会を創造する」を実現する起点になりそうだ。そのためにも、人々の中に「つなぐ認識」を育てたいと考える。「人をつなぐ」ということは、根本の中ではどんなものなのか。
「支援が必要な人に、『では、〇〇という機関に行ってくださいね』では、つないだうちに入らないと思っています。その人自身が自分はセーフティーネットにかかったなと感じてもらうようにする。それには、相手の言語を理解して、どうしたら納得して進んでもらえるのかを考えてほしい。
自分が連れて行く、もしくは迎えに来てもらう手はずを整える。近い未来は、そこまでできる人を増やすにはどうしたらいいかを考えたい」
つながる。きずな。
東日本大震災後、頻繁に使われるようになった言葉だ。ただ、同質性のある人とはつながりやすいが、つながりづらい人とは逆に分断してしまう傾向はないだろうか。
撮影:鈴木愛子
1年前の今頃。2019年の5月のことだ。
生活困窮者の居住支援をする「つくろい東京ファンド」に、若い女性からSOSが入った。
「私はこのまま死ぬしかないんでしょうか?」
根本が面談すると、生活保護の利用者だった。他者とのコミュニケーションを閉ざす傾向があり、担当のケースワーカーとも連絡を絶っていた。アパートの家賃が高いため、保護を継続させるためには安価な部屋に引っ越さなくてはいけないが、自分では動けないという。軽度の知的障害、発達障害の傾向が見られた。
支援を受ける中で、とある窓口でこんな言葉を投げつけられていた。
「おまえみたいなやつは、施設に行かなきゃダメなんだ」
根本は怒りに震えた。お金を一度に渡すと、すべて使ってしまう。何日分かを渡して、3日後に会う。生活再建に向け、そんな支援を続けた。
「新自由主義の台頭なのか、効率追求なのかは分かりませんが、社会全体がシュリンクしていると感じます。障害は本人ではなく社会の側にあると言われますが、日本の社会の側に許容する力がなくなっている。そこを解決していくのがもうひとつの未来。遠い未来ですけど」
世の中、何が起きるか分からない。それは、コロナショックでの学びのひとつだろう。今はかろうじて穴に落ちてはいないけれど、みんな必死になってしがみついている。なおさら、他者に気を配る余裕は失われていく。
「ブルーハーツのトレイントレインに、弱い者たちが、さらに弱い者をたたく、みたいな歌詞がありますよね。弱い人が、自分とあいつは違うと自分を保つために線引きをする」
「さらに弱い者」に遠すぎる人は、想像も及ばない。人々が完全に分断され、階級社会になっているのではないか。そこをつながなくては、と根本は自分を奮い立たせる。
「つなぐ力は評価されづらいし、見えにくい。だからこそ、そこを社協がやるべき。私たち中間支援の役割だと思う。それに、誰かに認められなくても、支援した人が幸せになれれば、それが私の原動力になりますから」
(敬称略、明日に続く)
(文・島沢優子、写真・鈴木愛子)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。