撮影:今村拓馬、イラスト: undefined undefined / Getty Images
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理するこの連載。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただし本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
さて、今回は読者の方からいただいたご意見に先生が回答します。「リモートワークで従業員のエンゲージメントが低下する」と感じているtokudaさん。それに対する入山先生の見解は……?
この議論はラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:9分32秒)※クリックすると音声が流れます
リモートワークで社員のエンゲージメントが低下する
こんにちは、入山章栄です。「アフターコロナ」の日常が少しずつ始動していますね。しかしこれから社会がどのように変わっていくのか、はっきりしたことはまだ見えてきません。こんな不確実性の高い時代だからこそ、経営理論を思考の軸として、さまざまなイシューについてみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
さて、この連載では毎回記事の末尾に、僕から「問いかけ」を出しています。前回は「このコロナの時代、あなたが感じていることや、身の回りで起きている変化、来るべきアフターコロナ時代に対して思うことを教えてください」と呼びかけました。それに対して読者の方からお声を頂戴したので、さっそくご紹介しましょう。
tokudaさんがおっしゃる通り、これまでは緊急事態だったからいいものの、今後もリモートワークが長く続くのであれば、会社に対する社員のエンゲージメントが低下する人は多く出てきそうですよね。「自分はそもそも、なんでこの会社で働いているんだっけ?」と、ふと我に返る人は多いはずです。
実際、本連載の担当であるBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんによれば、コロナ禍を境に転職希望者も増えているのだそうです。
このように企業によっては、知らず知らずのうちに「転職希望者が大量に続出する」リスクが出てきているでしょう。それにしても、在宅勤務をしている人がサボっていないかどうかを上司が監視するというのは、「ビフォーコロナ」の発想だと言わざるを得ません。
なぜこのようなことが起きるかというと、コロナ前の働き方は、成果よりも、プロセスを重視していたことがあります。もっと言えば、「時間ベース」での評価です。会社に全員が来ていた時代には、夜の11時、12時まで残業していると、「あいつ、がんばってるな」とむしろ評価されることもあった時代でした。
しかしこれからテレワークが一般的になると、その人が何時間働いたとか、どれくらい真面目に業務に取り組んだかは見えなくなります。結果、人の評価はより「成果ベース」になっていくことは間違いない。働きぶりは成果でしか測れなくなり、成果さえ出せば、ずっとパソコンの前にいなくてもかまわない。
そういうふうに意識を切り替えられない会社は、おそらく今後在宅勤務が少なからず定着する社会では、これから厳しくなっていくでしょう。
この問題については、後日、また改めて議論をしたいと思います。
リモートワークでは一層リーダーシップが重要に
撮影:今村拓馬
新型コロナ危機の前は、多くの会社で社員は毎日同じ職場に通い、常に同じ人たちと顔を突き合わせていました。それにより、組織への帰属意識やアイデンティティがある程度は保たれていました。しかしずっと家にいてパソコンに向かって働くようになると、そもそも自分のいる組織に所属する意味とか、今のメンバーとずっと一緒にやっていくことに疑問を抱くようになるのは当然のことだと思います。
さらに言えば、tokudaさんがおっしゃるように、今後、副業がもっとやりやすくなる。今まで通勤時間に当てていた時間を副業に当てられますし、ビデオ通信などの手段でさまざまな出会いが増えているので、そのツテを使って仕事も見つけられます。常盤さんによれば転職を考える人も増えているという。
このような状況でも、自分の会社に必要な人材をとどめておくには、「あなたはこの会社でこういうビジョンを実現するために、われわれと一緒に働いているんですよ」ときちんと示して「腹落ち」してもらわなくてはならない。すなわち「社員のエンゲージメント」を高めることです。それがアフターコロナの世界では、経営者やリーダーにとってさらに重要な役割になります。
この点を考える思考の軸となる理論に、「センスメイキング理論」があります。この連載ではすでに何度か取り上げていますが、人を動かすにはセンスメイキング(納得)をしてもらう、要するに腹落ちをしてもらう必要があるというものです。
センスメイキングは、コロナ前から企業の変革に必要でした。なぜなら、腹落ちしなければ、人は変化しないからです。
したがって、現在のようにリモートワークで働いている人のエンゲージメントを高めるには、彼らに向けて、会社の存在意義とか、これから会社がやろうとしていることを言語化して、進むべき大きな方向性を示し、それを社員に腹落ちさせることがさらに求められるのです。そういうリーダーがいない会社は、これから厳しい現実が待っているはずです。
ところで常盤さんは、ここで別の疑問が湧いてきたようです。
主なコミュニケーション手段がデジタルしかない状態で、社員全体のエンゲージメントを高めるのは、課題も多そうですよね。でもここでぜひ考えていただきたいのは、「その企業の存在意義やビジョンなどに腹落ちしないで入社してきた人のエンゲージメントを高めるのは、そもそも難しい」ということです。
ですから逆説的ですが、社員のエンゲージメントの高い企業にするには、最初からエンゲージメントが高い人に入社してもらうしかないのです。つまり有名な会社だからとか、就職ランキングに入っているからとかではなく、トップのビジョンや想いにちゃんと共感した人に入ってもらう。これがアフターコロナ時代の非常に重要なポイントです。
もう一つは、トップと頻繁に会う機会がない大きな企業であれば、中間管理職にトップの代わりを務めてもらうことです。中間管理職自身がトップの考えをよく理解し、腹落ちしていて、それを現場に咀嚼して伝えられる組織は強い。キリストの下に伝道師のパウロがいるようなものです。管理職がいかにトップのビジョンを伝えるかも今後のカギになるでしょう。
テレワークを進めてもいい会社、いけない会社
2020年末まで社員の在宅勤務を決めたグーグル。
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おそらく今後、テレワークは正式な制度として多くの企業で定着していくでしょう。グーグル(アルファベット)は少なくとも2020年中はずっとテレワークでいいと言っているし、ツイッターに至っては永久にテレワークを許可するとすら言っている。日本でも熊谷正寿さん率いるGMOは2020年1月の時点で全社員のテレワークに踏み切りました。
このように特にIT系の企業では、テレワークを標準的な勤務形態と定める動きが顕著です。
また、僕はお会いしたことはないのですが、孫泰蔵さん率いるMistletoe(ミスルトウ)はコロナ前からオフィスを持たない方針に切り替えています。それはデジタルベースの会社だから可能だという面もあるかもしれません。しかし一番の理由は、やはり孫さんのような素晴らしいリーダーがメンバーにビジョンを示し、それに共感したメンバーが参画しているからでしょう。だからテレワークでも問題なく仕事が進む。
エンゲージメントとは結局「共感」なので、トップの考え方に皆が共感している組織は在宅でも問題なく仕事が進んでいく。しかし逆に、エンゲージメントがないのに「他社がやっているから」という理由だけでテレワークを進めると、おそらく職場が崩壊すると思います。
これを、次のような4象限に分けて詳しく説明してみましょう。
筆者作成
エンゲージメントがある会社は、DXやテレワークをガンガン進めればいい。孫泰蔵さんの組織やGMOなどはここです(第1象限)。エンゲージメントはもともと高いけれどテレワークやDXが進んでいない会社なら、シンプルにそこを進めればいい(第2象限)。第3象限は、エンゲージメントがそもそもないうえに、テレワークやDXが進んでいない会社。実は日本企業の大半がこのゾーンにいます。
いちばん危険なのが第4象限で、エンゲージメントがないのに、DXやテレワークだけを進めようとする会社。他社がやっているからという理由で、とりあえずリモートワークだけを進めると、結局「腹落ち感」がなく、「何のために働いているんだろう」ということになり、離職率が高まるのは目に見えている。
ですから、まずそもそもの前提として、社員が同じ想いをもって長期間にわたり一緒に仕事をできる状況をつくる必要があるわけです。
tokudaさんがおっしゃる通り、ポストコロナの時代において、エンゲージメントは非常に重要なポイントとなることは間違いないでしょう。
【音声版フルバージョン】(再生時間:18分14秒)※クリックすると音声が流れます
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。