撮影:栗原洋平
ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何かを各界の識者に聞くシリーズ。世界的な移動の制限や外出自粛で、ファッションも消費もかつてない転換期を迎えている。
『ViVi』や『VOGUE GIRL』など数々の雑誌を手がけ、時代の最先端を見つめて来たファッションエディターの軍地彩弓氏は「コロナによってグローバリズムの限界が突きつけられた」と言う。
グローバリゼーションに支えられて来たファッションや流通が今後、向かう先とは。
——コロナ以降、消費や購買行動にどんな変化が起きているのでしょうか。
意識の変化は明確に現れてきています。
例えば、とあるEコマース専門のアパレル会社の方と話をしていると、(新型コロナにより)洋服の需要は業界トータルでは減っている(※)けど、この会社の売り上げ自体は前年より伸びているそうです。
※衣服の需要の減少:帝国データバンクの調査では、アパレルを中心とした衣服類販売を手がける上場企業23 社の2020 年 4 月の月次売上高は、9割以上で前年同月比を下回った。前年同月比を上回ったのは西松屋とワークマンの2 社のみ。
在宅で働く人が増え、よりプライベートとパブリックの境界がなくなる中、リラックスできる洋服が売れています。ファッションが廃れているというより、必要なものが変わっている、ということだと思います。
例えば、著名人がインスタで自宅からライブするなど、プライベートとパブリックとが逆転していく時代が来ています。パブリックとプライベート、デジタルとリアル。境界線というものが、どんどんなくなっていく現象が起きている。
もともと、なぜ人は装うか?を考えると、会社、デート、合コンなど、TPO(時、場所、目的)に合わせるというモチベーションがありました。
それがパブリックとプライベートに境界線がなくなっていくと、装うチャンス自体を失うわけです。
その分、より自分の身体的に幸せでラクな方向、身体的にも精神的にもリラックスできるファッションにニーズが移行しているのでしょう。
どう見られるかよりも、自分が気持ちいい、楽しいが重視される。他者からの目線だったり、こうしなくてはならないという会社や世間による外部からのルールが、装いの動機ではなくなりつつある。
在宅で働く人が増え、よりプライベートとパブリック、デジタルとリアルの境界は溶け出している。
GettyImages/Elizabeth Fernandez
——2017年以降、世界的に広がった、#MeTooの流れとのつながりも感じさせますね。
そうですね。#KuTooもそうですが、会社の規定に合わせてハイヒールを履くことより、より個人個人がどう生きたいか、どう装いたいかに軸足が置かれる時代が、すでに来ていました。
ファッションは従来、ブランドが提案して、メディアが発信しすることで、たくさんの人が同じものを着る流行が作られてきました。
ところが今は、何が流行っているか言えないぐらい、個人が好きなものを着るようになっています。
マスメディアがSNSやインスタグラムへと置き換わって行ったように、ファッションも個人に中心が移ってきている。全体正解がなくなりつつあります。
より、個人の生き方やライフスタイルが重要視されていくでしょうね。
撮影:高阪のぞみ
——ファストファッションですら、時代の気分でなくなっている感があります。フォーエバー21が破産し、H&Mも旗艦店を閉店するなど、すでにかつての勢いを失っていますね。これは消費者からの、大量生産大量消費のへのNOなのでしょうか。
ファストファッションはグローバリズムの最たるものです。
生地はトルコから輸送して、縫製はポルトガルで、そこから製品を世界中に発送して——など、サプライチェーンがグローバル化した時代だからこそ、安くものを作って安く提供するビジネスモデルが成立していました。
モノの値段は1980年代から今に至るまでに、相当下がっています。単なるシャツ1枚でも、1980年代より2020年の方が安くなっている。
かつてはシャツも1万円以上じゃないと買えなかったのが、今では500円で買えるわけです。
モノを安く買えるというのは、グローバリゼーションが産んだいいところでもあり、悪しきところでもある。
その500円のシャツができるまでにどういう生産地でどんな労働力で、どういうエネルギーコストがかかっているのかということが、トランスペアレンシー(情報の透明化)によって暴かれるようになり、グローバリゼーションは限界値を迎えようとしていました。
最終的にコロナで突きつけられたのが、まさにこのグローバリズムの限界です。(コロナによって)これほどまでに渡航を制限され、インバウンド客も激減(※)しています。
※日本政府観光局のまとめによると、2020年4月の訪日外国人客は、前年同月比99.9%減。
ヒトの動きも、モノの流通も厳しくなる時代には、ローカルに戻っていく必要が生まれています。
これだけモノの移動が難しい中では、サプライチェーンも立ち行かなくなるので、(ファストファッションの売りだった)低価格自体、維持できるか分からない状況です。
GettyImages/WIN-Initiative
——消費マインドとしても、もう、大量にモノを買わなくていいという心境がありますね。
実はこのコロナのタイミングで、私、まさかの引っ越しをしなくてはならなかったんです。
もともとモノを捨てられない女なんですが、このタイミングでとうとう(衣類や靴など身に付けるものを)10分の1にしました。古着の買い取りサイトに売ろうと思っている洋服が今、事務所に積んであります。
私のような(物資的な消費を謳歌した)バブル期を経験した人間ですら、断捨離せざるを得ないわけです。
「不要不急」が、コロナ以降のキーワードでしたが、何が必要で何が不要なのかを、多くの人が考える機会になったと思います。
1年も着なかった服がある一方で、残すものは思い出があったり、こういう人が作ったという作り手の顔が浮かぶものは、捨てがたかった。
安いから、とりあえず買ってから考えるといった「とりあえず」という感覚が、従来はあった。
ファストファッションが「悪」とは思いませんが、ファストファッションがその人にとって正しいのかどうかを見つめ直した結果、心理的にいらない人が増えてきたのは事実ではないでしょうか。
フィットネスに関連したものやリラックスウェアなど、身体性を重視するものが売れているという。
GettyImages
——不要なものの選別の一方、コロナで背中を押された価値観もありますね。
誤解を恐れずにいうと、コロナを経験したことで「得たもの」も大きい。
直に会わなくても、インスタライブでこんなに人とつながれる。ライブハウスに行かなくても、インターネット上で投げ銭でライブができる。
こうしてデジタルで解決されるようになると、(コロナ流行によって起きた様式の変化は)この地点にまで移動するための、過程だったのかなという気もします。
(コロナによる緊急宣言下で)ご飯を作ったり、家を断捨離したり、生活の基礎をより大切にすることを迫られました。その中で、家族だったりメンタルだったり、食事だったり、本当に必要な要素が見えてきた。
現在、売れているものは、そこに付随するものです。運動不足にならないよう走る人が増えてスポーツウェア、家族としてのペット、観葉植物——。私の周囲では、畑を始める人も増えました。
コロナによって、「人として生きるための基本」への回帰という感覚が、みんなのマインドに入ってきたからではないでしょうか。
コロナ禍の中で聞いた私の嫌いだった言葉に、「経済のV字回復を目指す」があります。
コロナ前に戻るのを理想とするのではなく、コロナは新しい経済圏、新しいサプライチェーン、新しい生活様式を身につけるきっかけになったと捉えるべきです。
その意味で、ファストファッションに象徴されるような大量生産大量消費がベースにあるなど、ファッション業界は古かった。業界としては新しい様式にどれだけシフトチェンジできるか——というところにかかっていると思っています。
仕事仕事移動移動、空いた時間はSNSに埋め尽くされていると、自分の体と向き合う時間はずっとなかった。
GettyImages
——軍地さんは、身体性と精神性が大きなテーマとして立ち現れていると、おっしゃっていますね。
そうですね、一番、エッセンシャルなものは精神と体。今、座禅にはまっていて、京都にいらっしゃる先生が( Zoomを使ったオンライン坐禅指導で )おっしゃるのが、精神を落ち着けるために、五感の一つひとつにフォーカスしてください、ということです。
呼吸だったり、体に触れる風だったり、鳥の声やにおいだったり。そして、頭からゆっくりと背骨に沿って全身をスクリーニングしてください、と。
やってみると理解できるのですが、気づけば、自分の体と向き合う時間がずっとなかったなと。移動移動移動仕事仕事仕事。
考える時間はSNSに埋められて、自分自身と向き合う時間がなかったのが、体を意識することで、一番大切なものが何か。それはつまり、身体性と精神性だと見えてきます。
ラクで体が喜ぶことをしたい。自分を健康に保つために、ヨガだったりランニングだったりが盛んです。そうしてフィジカルが充足することでメンタルが充足する、それこそが大事なんだと気づいた人は多いです。
そうなると、単にモノを買うだけでなく、そこに作り手の思いがあるかどうか。
近所のお店や顔の見える作り手を選ぶコミュニティマーケットだったり、(巨大な流通網に乗せずに)BASEなどの通販アプリを使って、作り手が直接消費者に売る、ダイレクトなモノの売り方だったりが盛んになっていきます。
遠いところから近いものへと関心が移り始めています。グローバルからローカル、ローカルからマイセルフに。
近年、グローバリゼーションによって広がったものが急進的にローカルへと変化しているというのが、アフターコロナのファション、消費で今、起きていることです。
(聞き手・構成、滝川麻衣子)
軍地彩弓:大学在学中から講談社でライターのキャリアをスタート。卒業と同時に『ViVi』でフリーライターとして活動。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、株式会社gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。