撮影:栗原洋平
ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何かを各界の識者に聞くシリーズ。移動や外出の制限で大きな影響を受けた、ファッションはじめ消費やトレンドはこれからどう変わるのか。
大量生産大量消費の時代がいよいよ終焉を迎る気配も濃厚となっている。
『ViVi』や『VOGUE GIRL』など数々の雑誌を手がけ、時代の最先端を見つめて来たファッションエディターの軍地彩弓氏が上げる、これからの価値観を読み解く4つのキーワードは必見だ。
——世界的な外出自粛で、装いや消費の形は大きく変わりつつあります。ファッション業界の最前線で30年以上のキャリアをお持ちの軍地さんは、新型コロナで起きた変化をどう見ていますか。
バブル以前、そして真っ只中から消費の流れを見てきて、現在はファッションの世紀(時代)が切り替わるぐらいのインパクトだと受け止めています。
変わらざるを得ない流れはこの数年で予兆が出てきていましたが、5年分くらい前倒しされた。
例えばレナウンの倒産が象徴的ですが、倒産自体はコロナが原因ではありません。(百貨店での販売比率が高い「百貨店ブランド」という)ビジネスモデルの抜本的な転換ができなかったことが、9割9分と言って過言ではありません。
全盛期からブランド数も店舗数も縮小していたレナウンにとって、コロナの影響よりも大きかったのは親会社である中国の会社の失敗。むしろ、業態を変えてこなかったことの悪が、コロナによって表に出るのが、今の時代だと思っています。
業態を変えてこなかったことの悪が、コロナによって表に出るのが、今の時代。軍地さんは指摘する。
撮影:今村拓馬
店舗で買うことを前提に、物理的なモノをフィジカルに売ってきたファッションですが、ここが転換期になると思います。デジタルを含めて、売り方のチャネル(流通経路)はもっと変わっていくでしょう。
もちろん人が装いたい、身体を使って表現したいというニーズがなくなるわけではないので、「ファッションの終焉」「ファッションはオワコン」みたいな言い方は、外れていると思っています。
——この先、ファッションや消費にはどんな流れが起きると思われますか。
特にミレニアル世代(20〜30代)を見ていて、次の4つのテーマがあると感じています。
- ミニマル
- デジタル
- ローカル
- オネスト
これらの価値観が、世代を超えて広がっていくと思います。
ミニマルは消費者の立場でいうと、必要なものを必要なだけ買うこと。
大量にモノを生産して、日本中、 イオンやららぽーとなど、似たような大型のショッピングモールが 、誰もの生活圏の1時間内にはあるような社会は、今後、 大きく転換点を迎えると思います。
駅周りの商業ビルぐらいは残っていくかもしれませんが、全国各地にできた大型商業施設も淘汰され、 リアル店舗は縮小し、ミニマル化していくでしょう。
だとすると、日本のアパレルのオンラインで販売するEC比率は平均して12%程度ですが 、30%くらいまでには伸ばさないとやっていけない。
若い子のミニマリズムはすごいです。リアルをミニマル化してデジタルに充足のボリュームを置く。不動産でも、4.5畳の物件が人気だそうです。
服をシェアしたり。メルカリ等でリセールすることでモノを置くスペースは極力減らす。一方でスマホやデジタルにお金も時間も費やします。
スペースや場、時間の価値観が大きく変わっています。
リアルがミニマルに向かう流れによって、デジタル化が加速します。
D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー※)の 日本発のD2Cブランド。ALLYOURS がいい例ですが、商品の魅力をインスタライブやライブコマースで伝えるなど、デジタル接客へのシフトが始まっています。
※D2C:Direct to Consumerの略で、生産者が仲介業者や小売店に商品を出さずに、独自のECサイトを作り、直接ユーザーに販売するビジネスモデルのこと。
大型の広告を打たずにSNSなどでブランドの世界観を伝えることで、ファンを獲得。オンラインを通じてユーザーのデータは商品に反映される。
実際、コロナ禍でもインスタを中心に 顧客と接点をとってきたファッションブランドは、インスタライブで顧客とコミュニケーションするなど、デジタル移行しやすかった。
この時期、インスタライブで200枚完売というところもありました。フェイスtoフェイスだけが接客では、もはやありません。
ケイタマルヤマと着せ替えアプリ「ポケコロ」のコラボは、快調な売り上げを記録。
提供:ポケコロ
ファッションデザイナーの丸山敬太さんは、アバターのキャラクターの着せ替えアプリ「ポケコロ」とコラボレーション(※)して、アバターに着せるデジタルのお洋服を売って、10万人が購入し、売り上げは1500万円を突破しました。
※ポケコロとのコラボ:丸山敬太氏によるファッションブランド「ケイタマルヤマ」は5月16日〜6月中の期間限定で、コラボレーション。丸山氏はポケコロのキャラクター着せ替えアイテムをデザイン・監修した。
ポケコロは累計1500万ダウンロード、1日あたりのアクティブユーザー数が20万人を超える。軍地さんが関わるプロジェクト。
マーク ジェイコブスやヴァレンティノとコラボレーションした“あつ森”(任天堂のあつまれどうぶつの森)にしても、今回のポケコロにしても、 アプリやゲームの世界でフィジカルに存在しないものを売ることができています。
これまでのファッションビジネスとは全く違う。在庫もないし、生地も使わない、原価はライセンシーとデジタル制作者のギャランティーです。
——デジタルとリアル空間の境界がなくなりつつあることを感じさせます。
デジタルとリアル、パブリックとプライベートといった境界は、コロナによるステイホーム期間が長引いたことからも溶け出しています。
ポケコロのユーザーである若い人たちにインタビューをする機会があったのですが、 自分のクローゼットより、アバターのクローゼットが優先されていたりするんです 。10万円あったらポケコロに使いたい、と。
私が「10万円あったら高級ブランドのバッグが買えるじゃない?」と言うと、ある女性は「バッグはスペースをとるし、買った日から劣化するんです」と。この価値観の変化には、ひっくり返るくらいびっくりしました。
確かにバッグの価値は買ったその日から、メルカリに売ったら5万円、使ううちに1万円以下にもなってしまう。
物理的なモノは価値が半減したり、毀損したり劣化したりするし、モノ分のスペースも占領される。スペースは家賃であるという考えです。
なので「ものを買うのはリスク」という言い方を(インタビュー相手だったポケコロユーザーの)彼女はしたんです。
スマホのスペースには投資したレアアイテムが並んでいて、それは劣化もしないしなくならない(写真はイメージです)。
Shutterstock
彼女はリアルでは(全身で)1万円くらいのファッションで生きていても、ポケコロの世界が可愛いければ、心が充足する。スマホの中には投資したレアアイテムが並んでいて、それは劣化もしないしなくならない。
日々疲れていても、ポケコロで癒される。いわゆるデジ充ですね。リア充とは対極です 。
嫌な人が来たらブロックできるし、匿名で生きられるから、デジタルの方が安全だと言うのです。(リアルがミニマル化してデジタルへシフトする動きには)リアルでの生きづらさも感じます。
ローカルには2つあります。モノを作るローカルと、コミュニティのローカル。
ものづくりで言うと、グローバルサプライチェーンの拡大によって、これまでに日本のアパレル産業の自給率(国内生産比率)は数パーセントにまで落ちています(※)。
デフレ時代により安い労働力を求めて、生産拠点をどんどん海外に広げて、国内の拠点は激減した。そうした国内産業の空洞化に対し、国は支援してきませんでした。
※国内アパレル産業の自給率…経済産業省などの調べでは、国内アパレル市場の衣類の輸入浸透率は97.7%に達した。1990年代には50%程度は国内生産できていたものが、輸入比率は右肩上がりで、ほとんどが海外生産にシフトした。
ところが、ローカルの縫製工場など生産拠点に今、コロナ以降で需要が戻ってきています。
2月、コロナ禍で中国の工場が止まり、春物商品が輸入できなくなりました。あわてたアパレル各社が日本の縫製工場に振り替えたり、という現象がおきました。
ただ、緊急事態宣言で服の売り上げが大きく落ち込み、工場への発注止めという厳しい状態が続いています。 今後は海外での生産に頼ることなく、日本の工場に需要が戻るようになると思います。
人も原資も東京に集中していたものが、ローカルに戻る傾向になっていくので、より地域の生産拠点の拡充が喫緊の課題です。
政府はこういった地方の生産現場を守る仕組みを作るチャンスです 。
——ものづくりのローカル回帰と同時に起きつつある、コミュニティのローカル化とは?
コロナの影響で若者の中には、都会から地元に戻る人もいました。多くの若者は、より近くの友人と遊んでいます。SNSは盛んでも、 不特定多数のコミュニティに疲れ、心理的に近い友達に戻っていくようです。
私たちの時代は東京に行かなければ、大きな仕事ができないと思い込む傾向がありました。 東京に来て働くと、地元とのつながりが分断されていました。しかし、デジタルの力でリモートワークが進んだ社会では場所の意味が薄まり、住む場所は関係なく質の高い仕事が可能になります。
住環境もコミュニティも充実した地元を選ぶ有能な人材が増えれば、地方の可能性が広がります。
若者たちが地方の良さを作っていく流れを、国や自治体が政策的に支援できれば、何年もかけて東京一極集中を回避しようとして来たことが今、実現できるかもしれないのです。
これまでの社会は三角形。東京一極集中だったり、出世を目指して上り詰めていく組織の構造だったりは、ピラミッド型だった。
freedom100m / Shutterstock.com
——ローカル化によって、一極を目指して成長していくヒエラルキー構造が、崩れていきそうです。
これまでは三角形が中心の社会でした 。東京一極集中だったり、出世を目指して上り詰めていく組織の構造だったりは、 底辺から頂上を目指すピラミッド型でした。
それがだんだんコロナ以降は、丸が連なる社会になって行くのではないでしょうか。何か一つのルートがダメだった時に、オプション(選択肢)の数を増やしていく生き方が今回、投げかけられたと思います。
会社員じゃなきゃダメとか、この仕事しかないとか、副業ができないとか、そういう一方向だけの会社は、コロナのような予測不可能なダメージを受けると、行き詰まる。
じゃあ「会社ごと地方に行きましょう」や「みんなが個人事業者になればいい」など、オプションB、Cを選ぶ、いくつものオプションが丸く並列する生き方が、楽になります。
honest =オネストについて言うと、コロナによって、偽物が表出されることになりました。
倒産したアパレルやアメリカの百貨店の例を見てもそうですが、コロナそのものの打撃というより、勢いで継続してきたものや、表面的にどうにか継続していた事業が、続かなくなっています。
(大量生産大量消費の象徴のようだった)ファストファッションもそうですが、ひずみがあるものは継続できないのだと実感しました。
生産の仕方に対しても、トランスペアレンシーはますます重要視されるでしょう。
どういう原材料を使って、どういう輸送、どういう燃料でCO2をどれだけ出して、廃棄はどれだけで、どう地球負荷をかけているのか——が、より見えるようになってきた。
ただ綺麗な上辺だけでなく、裏のストーリーや企業としての正しさが(消費者から)求められています。
エバーレーンの公式サイトより。全ての商品の価格はそのコストの内訳が開示されている。
出典:エバーレーン
アパレルでいうとエバーレーン(※)やD2Cのシューズブランド、オールバーズのような企業が支持されるのも、合理的な生産体制や原材料に気を配っているという正直さが大事にされるからです。
※エバーレーン:サンフランシスコ発のD2C型アパレルブランド。原材料や人件費、物流など、最終製品として販売されるまでのコストをウェブサイトで開示する、徹底したトランスペアレンシーでも知られる。
——そうした気分や流れがコロナでより高まっていると。
(自粛生活などで)内省的になればなるほど、正しさを選択しようとする思いは強まっています。
衣服も食品もケミカルを避けて、よりオーガニックに。EC事業者と話をすると、美容アイテムでもコロナ以降はオーガニックなものが(売れ筋の)ランキングに入って来るようになったそうです。
ウイルスは自然災害みたいなもの。自然災害を前に、人間は一気に弱者になります。地球環境に関心が向き、資源は有限であると気づくきっかけになっています。
大きなブームや流行を考えて雑誌を作ってきた軍地さんも「マスはもう存在し得なくなっていると感じます」。
Belish / Shutterstock.com
——ミニマル、デジタル、ローカル、オネスト。こうした価値観が重視される社会で、大きな流行やメディアの役割は変わりそうですね。
これまでファッション業界もメディアも、ブームを作り上げ、毎月新しい消費を作ることが目的でした。雑誌が教科書となって、似たようなスタイルを着た読者を大量生産していたのです。
今はお金をかけずに、多様性があり、個性的。工夫もしていて、デジタルファーストでフラットです。自分の居場所やメンタル的にもフィジカルにも、心地よさや思いというものを大切にする。
私もファッション誌の編集者として、大きなブームや流行を考えて雑誌を作ってきましたが、マスはもう存在し得なくなっていると感じます。
昔は読んでいる新聞や雑誌が思想や志向性にかなり影響していましたが、今はそれぞれ個人が違うフレームで生きている。SNSは個人個人でフォローしている人もフォロワーも違うので、見ているコンテンツも違いますね。
そのSNSのレイヤーがその人の個性を作っていると思うと、情報の取り入れ方も一人ひとり違っていて、誰一人として同じ個性の人はいない。
——マスや共通の世論、ブームが存在し得ない社会というのは、周囲にどう見られるかより、個人がどう考えるかが重要になりそうです。
はい、そうした社会で誰が主役かというと、個人です。組織や会社ではなく。
D2C型ビジネスが支持されているのも、好きな企業やブランドを応援できて、作り手とユーザーがダイレクトにつながる手段だから。
ダイレクトにつながることで、メーカーにとっては作りたいものを作れない、ユーザーにとっては欲しいものに出合えない、というジレンマを解消してくれたのです。
今、消費そのものが変化しています。もともと、消えて費やすという言葉だったのが、今の若い人たちは、消費というよりむしろ投資。
Shutterstock
お金を使うときに、 自分にとって必要かどうか、心が充足するのか、より楽しいかを考えます。
コロナの自粛期間にも、 学んだり、体を鍛えたり、料理をしたり、断捨離して、心地いい空間を作ったり。モノを買うだけではなく、形のないモノにお金をかけるという新しい価値観が生まれたと感じます。
どの時代もファッションはリトマス試験紙だったり、炭鉱のカナリヤみたいなところがあります。そこに目を向けることで、これからの社会がどうなっていくのかを、考えることができるのではないでしょうか。
(聞き手・構成、滝川麻衣子)
軍地彩弓: 大学在学中から講談社でライターのキャリアをスタート。卒業と同時に『ViVi』でフリーライターとして活動。その後、雑誌『GLAMOROUS』の立ち上げに尽力。2008年に現コンデナスト・ジャパンに入社。クリエイティブディレクターとして『VOGUE GIRL』の創刊と運営に携わる。2014年に自身の会社、株式会社gumi-gumiを設立。『Numéro TOKYO』のエディトリアルアドバイザー、ドラマ「ファーストクラス」のファッション監修、Netflixドラマ「Followers」のファッションスーパーバイザー、企業のコンサルティング、情報番組のコメンテーター等幅広く活躍。