撮影:三木いずみ
コロナショックによる「在宅シフト」で、会社と個人の関係や働き方が改めて問われている。経営・マネージメント層に、新たに気づいた課題を聞く。7回目はカヤックの柳澤大輔社長。
カヤックは、ゲームや広告、ウェブサービス事業が中心のIT企業だ。直近では「うんこミュージアム」のプロデュースなどの事業だけでなく、給料もサイコロを振って決めるなど、万事自由で奇抜な会社として知られる。
当然、働き方も柔軟でリモートワークは7年前から導入。一見、コロナを機にさらにリモートワークを強化してもおかしくない。しかし、柳澤社長が打ち出した方針は、むしろ逆。「出社の推奨」だ。意図を聞いた。
3密避けるオフィスに改修
Snap Cameraで変身しつつ、オンライン会議を楽しむ柳澤社長。
提供:カヤック
2月末から各自の判断でリモートワークに徐々に移行し 、カヤックも9割の社員がフルリモート体制でしたが、6月1日から出勤を再開しました。各チームの人数を半分以下に抑えつつ、順次、社員が出社しています。これまでもリモートで働く社員は多かったので、外出自粛期間中、仕事に大きな問題は起きませんでした。
むしろ悩んだのが出勤再開になったとき、どういう対策をとればいいのかということ。まだ感染の恐れがあるため、世の中的にも出社を躊躇する人は少なくない段階だろうと思います。
そこで出勤再開にあたって、思い切ってオフィスを3密を避けるレイアウトに大きく変えました。NO密閉空間、NO密集場所、NO密接場面の「NO密オフィス」です。
出社かリモートかで迷うようなら、会社としては出社を推奨もしています。もちろん、子どもの学校など家庭の都合でリモートでないと難しいという場合は、リモートワークも可能です。うちには7年前の2013年から、世界中どこからでも2〜3カ月間、オフィスを借りてリモートで働いていい「旅する支社」という制度もあります。
もともと職住近接だった
一方で、2002年からカヤックは鎌倉に本社を置き、ここ数年は特に「職住近接」を掲げています。自然豊かな地域にオフィスも家もあり、みんなで仕事も生活も楽しもうという狙いです。現在、社員の4割にあたる約120人がオフィスのある鎌倉市内もしくは近郊に住んでいます。
彼らは徒歩や自転車、ローカル電車の江ノ島電鉄線で通勤しています。満員電車で時間や体力を奪われることがありません。結果、生活に比較的余裕がある。いつも何かと仲間がそばにいるので、助けや相談も求めやすい。職住近接には、そんな利点があります。
通勤ストレスの少ない鎌倉市近郊に住む社員の中には、「もう出社してもいいかな……」という人もいます。実際、自粛期間中も、家より集中できるため、会社で働くことを好む社員もいました。基本リモートでも、たまに会社に行くと気分転換にもなりますからね。
それでもまだ、人の集まるオフィスに行くのは躊躇する部分が残る。そういう社員の心理的負担は減らしたほうがいい。そう思って5月1日にすでにオフィスの改修を決めました。
【Beforeコロナ】向かい合って座る形で、3密を体現していた。
提供:カヤック
【Afterコロナ】NO密接場面を目指して変更したワーク・スペース。デスクのレイアウトを横並びから個別に座れるように変更。
提供:カヤック
出勤再開前日の5月31日の時点では、メインの開発棟のワーク・スペースの机の配置を、お互いに真向かいにならないよう、ジグザクに変更。階段も狭いところで対面ですれ違わないよう、一方通行の上り専用と下り専用に分けました。
順次、改修を進め、最も人が密集しやすい会議室は、人数制限を設け、向かい合わないレイアウトに変更。6月末までには、こちらも向かい合わないオンライン専用の会議室も作り、考えられる全ての改修を終える予定です。
新たな社内ルールも設けています。例えば、ワーク・スペースの定期的な換気。特に会議室は、外部と内部のCO2濃度計の差が600ppm以上あったら窓を開け、換気をしてから会議を開始する。
社員も自由参加で、レイアウトやルール変更のアイデア出しに加わってもらっているので、今後も良いアイデアが浮かべば、それに応じて変更を加えていく予定です。
「リモート最高!」の3つの理由
今って「オフィスはもういらない」といった“リモートワーク派”が優勢なイメージがありますよね? リモートワーク疲れなど欠点は指摘されつつも、全体としては「もう出勤したくない」「リモートワーク最高!」といった流れにある。
確かに、あらゆる仕事がデジタル化されつつあるので、効率を考えると、オンラインに移行したほうがいい部分が増えました。日本全体としてはオンライン化とリモートへの移行は加速していくでしょう。それは多分、変わらない。
ただオフィスの改修前に、ちょっと考えたんですけど、今「リモート最高!」と言われる理由には、効率が上がることと、対面での感染リスクの問題以外に、心理面で3つ、大きな理由があると思うんです。
その1、会社の人間関係が嫌。その2、満員電車での通勤時間が嫌。その3、「何時までに出社」など時間のルールが嫌。リモートワークだと一気に3つともなくなる。だから、「リモート最高!」と思った人が少なくないのでは?
クリエイターやエンジニアが比較的「リモート最高!」というのは、よくわかるんです。この職種の人は、人間関係やコミュニケーションが苦手と言われがちですが、コミュニケーションのスタイルが違うのではないか。
うちにもエンジニアが多いのでわかるのですが、彼らは作品を通じてコミュニケーションをする(作品を通じて、自分を知ってもらう)。仕事の性質上、リモートのほうが楽ということになるんだと思う。それ以外の人たちは概ね、先ほどの3つの理由で「リモート最高!」となるのではないでしょうか。
オンラインでは抜け落ちる情報がある
NO密集場面のために、会議室、各オフィスと定員数がわかるサインを設置し、人の密集を防止。
提供:カヤック
しかし、リモートでも「毎日、朝9時半にきっかりオンラインで集合」となると、普通に出勤するのと同じくらい嫌になってくる。「おうち大好き派」もいるでしょうが、移動が全くなく、ずっと同じ場所にいると、つらくなる人も一定程度いる。最初は良いと思っていたけれど……ということがでてくる。
それに、どうしても今のテクノロジーのレベルだと、オンラインでは情報が抜け落ちるという問題が残るんですよね。人は人を相手にしているとき、顔だけを見て全てを理解しているわけじゃない。
全身の動き、気のような空気感、その人の匂いや鼓動、いる場所の環境や周りの人の反応、全部含めて、全人的に情報を集めて理解し、コミュニケーションを取っている。
オンラインでも4K解像度以上の画質を保って話せるとかになれば、肉眼で見たときと遜色のない状態で見られるけど、今はそこまでいっていない。
デジタルの世界は、0と1で作られていて、グラデーションはない世界。知らないところで、いろいろな情報が良くも悪くも単純化し、切り取られています。
でも、カヤックは全人的に情報を集めないといけない人間にフォーカスしている会社です。僕が友達と3人で起業した時点で、働く仲間の人格や人間関係を、どういう事業をするかよりも大事にしてきました。
採用も、職場の仲間が人を蹴落とすタイプの人間だと嫌だから、「誰と働くか」をものすごく重視してきた。
人間関係ありきで仕事をしているので、どうしてもこの欠けた情報を集めるのに、直接会うことが必要になるし、本能的に会いたくなっちゃうというか。出社したい人の心理的負担を減らす以外に、これもあって出社を推奨にしました。
誰と働くかを大事にしている
オンライン専用の会議室も作る予定。人と向かい合わず、鏡のある壁を向く。
提供:カヤック
最近は、職住近接とともに、鎌倉資本主義・地域資本主義を提唱していて、地方創生の事業にも関わっています。こうした事業も、僕や社員の地元の仲間との交わりの中で生まれたもの。事業ありきでやっているものでもない。人にフォーカスしているから生まれたものです。
プロジェクトにフォーカスして仕事をする会社なら、フルリモートでもいいと僕も思います。生産を何もかもデジタルで管理するほうが圧倒的に楽。
ただ、カヤックでは先ほども言ったように、誰と働くかを大事にしている。人と交わることで自分が変化し、そこで生まれる何かを楽しむことを社是にもしています。もっと言えば、事業より先に人間にフォーカスしている。
情報が切り取られているというと、オンライン上での人格もそうだと思いますよ。仕事をしている時みんな、無意識のうちにオンライン上では別人格になっていますよね? テキストベースだと妙に陽気の人とかいるじゃないですか。逆に合理的すぎて冷たい感じになる人もいたり。だけど、会ってみたら、全然違ったみたいな。
あれは、人格を“変えている”のではない。確かにテキストだと感情がわかりにくいから、表現が大げさになったりする。かといって、演じているというのともちょっと違う。
僕が思うに、オンラインではその人の人格の一部が切り取られている。だから、実際と違って見える。その人の中にある人格の一つを見せているだけで、人格そのものが変わったわけじゃない。
言ってみれば、作家の平野啓一郎さんの提唱している「分人主義」です。本当の自分と言えるようなものは存在しない、相手によって人格を変えていいとする論。
全てがオンラインで行われる状態なら、オンラインの人格をプロジェクトごとに使い分ければいいから、リモートでも問題ないと思うのですが、そういうわけでもない。だから今のところ、カヤックはフルリモートにはやっぱりならないかなと思うんですね。
向かい合わないよう、レイアウトを変更したワークスペースの1つ。
提供:カヤック
もちろんデジタル化やオンライン化には、情報量が少ないからこそ、効率がいいという強力な美点がある。それはそれで追求すべき。「2倍速で聞く」などがそれですが、僕も、試しにオンライン会議に2つ同時に出席し、右耳と左耳で聞き分けるというのをやってみたりしています。これは結果として、失敗しましたけど(笑)。
今後もし、すれ違うだけで感染してしまうような強力なウィルスが出てきた場合、フルリモートの会社を作るのも「それはそれでやってみてもいいかな」とか考えたりもします。本当にもう、何が起こるかわかりませんからね。
そうなったら、今のカヤックは全く違う会社に作り変えないといけない。
評価基準も採用基準も変えることになると思う。デジタルの世界になっても「誰と仕事をするか」にはこだわるから、オンラインの人格で一つの方向を決めて、評価基準は数値でしっかり評価することになるのかな。
移住への問い合わせが急増
コロナによってカヤックの事業について起きた変化や今後のことでというと、オリンピック関連は当然全てキャンセルになりました。
一方で、地方への移住をマッチングする「SMOUT」の新規の問い合わせ・登録者が非常に増えています。「SMOUT」の5月の新規登録者は過去最多で、4月と比較して5割増。また各地域のページに対して「興味ある」とした回答数も1.5倍になり、ほんの数カ月の間に、地方への興味関心はより高まっていると見られます。
強制的にフルリモートに移行させられたことで、職場のある土地に縛られなくなり、地方移住を改めて考えるようになったのかもしれません。
当面は都心で働く人たちも、会社の人より地域の人たちや地元の店とのつながりを大事にする方向にいくだろうとも思います。自分を今、最も直接的に支えてくれる人たちですから。併せて、何度も議論されてきた都市一極集中もようやく解消されるかもしれない。僕らが提唱してきた職住近接で、自然の豊かな地域で働き、生活するという動きも広がるかもしれません。
それでも移動の問題はまだ残ります。本格的に今後盛り上がるであろう地域の条件は、交通手段に変化が起きたタイミングで、改めてガラッと変わると予想しています。
今、僕が注目しているのは空の交通網。ヘリポートを持てるだけの、ある程度の広さの土地があるところは有力候補だと思います。電鉄会社もそういう土地に投資をするといいのではないかと思いますね。
(文・三木いずみ)
柳澤大輔(やなさわ・だいすけ):1974年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年、友人と3人で面白法人カヤックを設立。2014年に東証マザーズに上場。神奈川県鎌倉市に本社を置き、直近では「うんこミュージアム」のプロデュースを手がけるなど、事業の他、ユニークな人事・給与制度、斬新なワークスタイルでも知られる。鎌倉市に拠点を置くベンチャー企業の経営者とともに地域コミュニティの活性化を目指し、鎌倉市以外の地方創生も事業として取り組む。近著に『リビング・シフト』。