この連載では過去7回にわたり、「自分で考え、生産性高く成果を出す」うえで役に立つスキルセットをお伝えしてきました。これまではどちらかというと「個人」のスキルに焦点を当ててきましたが、今回から何回かに分けて、「チーム」で生産性を高めるための方法論についてお話ししていきたいと思います。
この方法論を身につけるとあなたのマネジメントレベルが1段階上がり、さまざまな場面でチームの生産性を高められるようになります。
「マネジメント」は誤解されている
「『マネジメントレベルが1段階上がる』と言われても、私は管理職じゃないから関係ない」と思われた方がいるかもしれません。そもそもマネジメントなどやったこともなければ当面その予定もない、という方はそう思うのも無理はないでしょう。でもこれは、「マネジメント」という言葉に対する誤解から来ています。
みなさんはマネジメントという言葉にどんなイメージを持っていますか? マネジメントを日本語に訳すと「管理」と訳されることが多いですね。管理の意味を調べると、「ある規準などから外れないよう、全体を統制すること」などと定義されています。
その語義から連想されるのは、製造する部品などが一定の品質基準を満たしているかをチェックし、基準外のものを取り除くようなイメージ。部品が相手ならいいのですが、これが人間相手、しかもそれが自分自身であればたまったものではありません。
もしそのイメージのままマネジメントという言葉を捉えているなら、たしかにいい印象を持てないのは理解できます。
「マネジメント」と聞いて「=管理」という連想を働かせる人は少なくないが……。
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しかし当然ですが、私が重要視している「マネジメント」はそのような意味ではありません。私の言う「マネジメント」とは、「望ましい状況を実現する」という意味です。「さまざまな状況、環境、課題があるなかで、何とか望ましい状況を実現すること」、それがマネジメントです。
私たちの周りには、たくさんの「何とか望ましい状況を実現」したいことがあります。そして、それを実行するためのスキルが「マネジメント」なのです。
ということは、あなたの「マネジメントレベル」が向上するというのは、「何とか望ましい状況を実現」できることが増えるということ。どうでしょうか、そう考えるとマネジメント力をアップさせたくなりませんか?
マネジメント力は、さまざまなシーンに応用可能です。「セルフマネジメント」は自分が望む自分自身を何とか実現すること。「人間関係マネジメント」なら人間関係を何とか望ましい状況にすることです。
なかでもビジネスパーソンにとって重要なのは、複数のメンバーで1つのゴールを達成する「プロジェクトマネジメント」でしょう。近年では、社内のメンバー同士だけでなく社外のメンバーを交えてのプロジェクトマネジメントも盛んです。バックグラウンドの異なるチームメンバーに持てる力を発揮してもらい、プロジェクトを何とか望ましい状況に進める手腕次第で、チームの生産性は大きく変わってきます。
「マネジメントレベルを上げる」とはどういうことか?
まず、先ほどお話しした「マネジメントレベルを上げる」とはどういうことか、図を使って説明しましょう。
「マネジメントができる≒チームで成果を出せる」と考えた場合、そのスキルレベルは2つの軸の面積として表現することができます。
筆者作成
縦軸は「仕事を進める能力」。私はこれを「PM:Project Management」と呼んでいます。そして横軸は「人にやる気を出させる能力(PE:People Empowerment)」です。マネジメントレベルを上げるということは、この図の面積を大きくすることに他なりません。
この2つの軸のうち、最初はどちらかの軸に焦点を当てて伸ばすことをお勧めします。「どちらも同時並行で伸ばしたほうがいいのでは?」と思った方、心配しなくても大丈夫です。
担当する仕事や組織規模が大きくなったり、メンバーの専門性が高くなると、片方の軸のスキルだけではマネジメントできなくなるもの。そうなれば自然ともう1つのスキルを習得する必要が出てきます。必要でない時には一生懸命学ぶ意欲も湧きにくいですから、必要が生じてから学べば十分です。
ちなみに、かつての私はPMが得意な半面、PEは苦手でした。しかし、担当する組織の人数が増え、メンバーとの距離が物理的に離れてくると、どうしてもPEが必要になりました。人はどのような状態に置かれた時やる気になるかを試行錯誤した結果、PEスキルも伸ばすことに成功したのです。
「やりたいこと」が成長ドライバーになる
PEについて詳しくお話しする前に、私がコンサルティングで関わった、ある店舗ビジネスの事例をご紹介しましょう。
このコンサルティングでは、既存事業の業績拡大と新規事業の立ち上げの2つが主なテーマでした。私はまず、それぞれのテーマを「現状把握→解釈→現場への介入→振り返り」という4つのステップに分けました。つまり2テーマ×4ステップで、合計8つのタスクに仕分けをしたのです。
次にプロジェクトチームの組成です。ある組織開発をしているコミュニティに一緒にやりませんかと打診。そしてメンバーそれぞれに、この8つのタスクのどこをやりたいかを態度表明してもらい、各自がやりたいことを担当してもらうようにしました。
理屈上は、これでプロジェクトはうまく回るはずです。実際、数名はいち早く動き出し、数値分析やミステリーショッパーを自ら実施して、次々に現状把握をしてくれました。
プロジェクトをタスクに分け、やりたいと手を挙げたメンバーにタスクを割り振る。理論上はこれで万事うまくいくはずだ。
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しかし、全員がそうかというと、なかなか簡単にはいかないのが人間というものです。なかには、「すぐに動いたメンバーに圧倒されて動けなくなった」というメンバーや、「もう少し様子を見てから動くので待ってほしい」と言って、なかなか動き出してくれないメンバーもいました。
そこで私は数人のメンバーに対し、「このプロジェクトでやりたいこと」という短期目標に加えて、「ここ数年から人生をかけてやりたいこと」という長期目標を、プレッシャーにならない程度に確認しました。
すると、実にさまざまな意見が出てきました。ある人は「人事のプロフェッショナルになりたい」、またある人は「類似の店舗ビジネスのコンサルタントになりたい」。なかには「中尾さんのマネジメントスキルを習得したい」と言ってくれるメンバーまでいました。
こうして、「短期のやりたいこと」に加えて「中長期のやりたいこと」を把握したうえで、プロジェクトにおける役割分担を修正しました。例えば、当初は担当が不明確だったメンバーには、彼の「ゆくゆくは人事のプロとして独立したい」という長期目標を踏まえ、「人事的視点でアドバイスする」という関わり方をしてもらいました。
このおかげで、プロジェクトはとてもうまく回り出し、「人事のプロになりたい」と語ってくれたメンバーはこの後半年間ほど、人事業務を業務委託として請け負う形でプロジェクトを側面から支援してくれました。
「やりたいこと」と「できること」
あなたはどのような時にやる気になりますか? 「やりたくないことをやらされている時」と答える人はまずいないでしょう。人は、「やりたいことをやっている時」に最も成果を挙げるものです。私が店舗ビジネスのプロジェクトでメンバーに「やりたいこと」を確認したのも、まさにそのような理由からです。
ただしチームで仕事をする以上、メンバー全員が常に「やりたいこと」ばかりをやれるとは限りません。必ずしも「やりたいこと」ではないけれど、前向きな気持ちでプロジェクトに取り組んでもらうためには工夫が必要です。
人にやる気を持ってプロジェクトに当たってもらううえでは、次の3つの方法が考えられます。
- 「やりたいこと」をやってもらう
- 「できること」をやってもらう
- 「やりたい」と「できる」が重なっていることをやってもらう
それぞれのポイントを見ていきましょう。
(1)「やりたいこと」をやってもらう
あなたにも、「ついつい時間を忘れて夢中になってしまった」という経験があるでしょう。「好きこそものの上手なれ」のことわざ通り、好きなことに夢中で取り組んでいると、知らず知らずのうちに技も上達するもの。人にやる気を出させる際の大前提は、「やりたいこと」をやれる状態を実現することです。
編集部作成
やりたいことは人によって違います。同じ人でも、時期や状況などによってもやりたいことは変わります。また、私がやりたいと思うことを、チームメンバーも同じようにやりたいと思うかどうかは分かりません。
メンバーがやりたいことを確認し、それを担当してもらう。そうすれば、そのメンバーの気分も上がり、結果として成果も出やすくなります。
(2)「できること」をやってもらう
とはいえ、なかには「やりたいことが見つからない」という人もいるでしょう。無理やり見つけてもいいのですが、これでは「やりたい」気持ちが長続きしません。
そのような場合は「できることをする」というのも効果的です。「できる」から成果が出る、成果が出るから本人の気分も上がる、というわけです。
編集部作成
ただしこの場合、気をつけないといけないことがあります。「できる」ばかりを繰り返しやり続けていると、飽きてくるのです。これは危険な兆候です。特に、社内や職場でその人だけができる仕事をしているようなケースは要注意です。なぜか?
そのような人は、組織の中ではその業務のエキスパートかもしれません。しかしできることの繰り返しなので、スキルアップの必要はありません。世の中がこれだけスピーディーに変化している時代、スキルは相対的に見ればどんどん陳腐化しているかもしれないのに、同じ組織内に同じ仕事をしている人がいなければ、そのことにも気づけないのです。
私はこのような状態を「代替人材のいない不幸」と呼んでいます。もしあなたのプロジェクトメンバーの中にこの状態に陥っている人がいたら、新しい業務にチャレンジしてもらうことが大切です。
(3)「やりたい」と「できる」が重なっている
一方で、「できる」をやり続けているうちに、それが「やりたい」になる場合もあります。「できる」と「やりたい」が合致しているのですから望ましい状態ですね。これが3つ目のケースです。
編集部作成
しかし最高なのは、「やりたい」と「できる」が重なっていて、しかも現在の「できる」だけではスキルが少々足りず、背伸びする必要がある場合です。
編集部作成
この場合、「できる」ことを広げない限り「やりたい」ことが完全にはできません。自分が「やりたい」ことなのですから、その人は「できる」ことを広げる努力をするはずです。これならば、積極的に能力開発をするためスキルもどんどん伸びていきますし、2つ目のケースで言及した「代替人材のいない不幸」が起きる心配もありません。
繰り返しになりますが、人はやりたいことをやる時に一番やる気を出すものです。PEにおいては、メンバーの「やりたい」ことと「できる」ことを定期的に把握しておくことが重要です。
私がEMS(Essential Management School)の創設者である西條剛夫さんから学んだことのひとつに「方法の原理」があります。ある時にうまくいった方法が、状況や目的が変わるとうまくいかなくなる、というものです。
方法の原理に照らすと、PEもPMも万能ではありません。しかし、チームで能力を発揮することが成果に影響を及ぼすという状況では、かなりの確率で活用できる考え方です。あなたもぜひ習得してください。
なお、PEの「人」の中には自分自身も含まれていることをお忘れなく。自分自身にやる気を出させることができないマネジャーが、他者のやる気を引き出すことなどできないからです。
次回は、PEと両輪である「PM(Project Management)」のスキルを身につける際のポイントについてお話しします。
※本連載の第9回は、7月10日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役も兼任。