下水からコロナ第2波の予測。「2〜3カ月で手法提案を」専門家が語る可能性と課題

芝浦水再生センター

芝浦水再生センター。最寄り駅はJR高輪ゲートウェイ駅だ。

提供:東京都下水道局

緊急事態宣言が解除され、日本では1日あたりに確認される新型コロナウイルスの新規感染者数が数十人程度で落ち着いてきた。東京でも、6月12日に休業要請の緩和がSTEP3へと進んだ。

今後怖いのは、確実にやってくるとされる流行の第2波

いかに早く第2波の到来を検知し、医療体制や検査体制をうまく回していくかが、新型コロナウイルスとの闘いの肝となる。

そこで世界的に注目されているのが、下水中に含まれる新型コロナウイルス濃度をもとにした流行予測だ。

これに対して、日本水環境学会は「COVID-19タスクフォース」を設立。日本でも、下水からコロナの流行を予測するための取り組みを進めていくとした。

今回、実際に下水中からウイルスを検出する方法の開発に取り組む、山梨大学の原本英司教授に話を聞いた。

ノロウイルスでは流行予測が実現

原本先生

山梨大学の原本英司教授。取材は、ビデオ通話で行なった。

撮影:三ツ村崇志

原本教授は、もともと胃腸炎の原因となる「ノロウイルス」などを、川や海、下水中から検出する方法を研究していた。

ノロウイルスは冬場に流行する感染力の強いウイルス。下痢や嘔吐などの症状をもたらすことから、下水中に多く含まれる。

「夏から冬にかけて、下水処理場で検出されるノロウイルスの濃度は、100〜1000倍くらいにまで上昇することが分かっています」(原本教授)

仙台市では、近隣大学と連携して定期的に下水中に含まれるノロウイルスの濃度を調査。市中でのノロウイルスの流行状態を推測し、一定の濃度以上が検出されるとサービスの登録者に対して警告が発信される。

患者が増加するよりも先に下水中のノロウイルスの濃度が高まるため、感染の広がりを早めに検知し、それ以上の感染の広がりを抑止することにつながるというわけだ。

新型コロナウイルスに対しても、基本的な発想は同じだ。

下水中の濃度変化から、感染傾向を把握へ

ノロウイルス情報発信サイト

仙台市では、週に一度下水処理場でノロウイルスの濃度を計測。一定の濃度を超えると、サービスの登録者に情報が届く。

撮影:三ツ村崇志

原本教授は、

「『下水からこの濃度で新型コロナウイルスが検出されたので、何人くらい感染者がいる』という推定ができればよいですが、すべての感染者を把握することはできません。現実的な目標は、下水から検出される新型コロナウイルスの濃度変化から、感染状況が拡大傾向なのか、減少傾向なのかを調べることです

と目標を語る。

ただし、この傾向を把握するのもそう簡単ではない。

まず、仮に下水中の新型コロナウイルスの濃度を調べられたとしても、ウイルスの濃度が患者の数とどう対応しているのかを正確に判断することが難しい。

新型コロナウイルスの患者の数を知るには、PCR検査などの診断が必要だ。しかし、発症から検査までのタイムラグがあることはもちろん、PCR検査の流れにボトルネックがあったり、感染者が若い軽症者ばかりで病院に行く人が少なかったりすると、下水中のウイルス濃度の増減と確認された患者の増減の対応が判断しにくくなることが予想される。

正確な判断のためには、こういった外部因子の影響も十分考慮しなければならない。

コロナウイルス

電子顕微鏡で撮影された、新型コロナウイルスの画像。

国立感染症研究所

また、ノロウイルスが下水からうまく検出できているとはいえ、新型コロナウイルスでもうまくいくとは限らない。そもそもノロウイルスと新型コロナウイルスでは、ウイルスとしての種類がまったく異なる。

新型コロナウイルスは、タンパク質でできた殻の外側にエンベロープと呼ばれる膜をもつ。一方、ノロウイルスにはこの膜が無い。実はこの違いが、かなり大きい。

「エンベロープの有無によって、下水に含まれる成分との吸着性が異なります。そのため、これまで使ってきた下水からノロウイルスを回収する方法が新型コロナウイルスにどれくらい有効なのかが分かりません。それを実験で検証しなければなりません」

と原本教授は今後の実験へと意欲を燃やす。

「2〜3カ月で最適な回収方法を提案したい」

下水採取

芝浦水再生センターの敷地内で、採水しているようす。東京都では、5月13日以降週に1回採水して凍結保存している。

提供:東京都下水道局

ウイルスを下水から回収するには、フィルターなどを使って濾過(ろか)して回収するのが一般的。

ただし、使用するフィルターによっては、目的とするウイルス以外の不純物が多数含まれてしまう可能性がある。

ウイルスの有無は、最終的にPCR法(いわゆるPCR検査と同じ方法)で確認されるため、不純物が多いと分析時に悪影響が出てしまう。そのため、できるだけ目的とするウイルスを正確に回収する手法が求められている。

実際にウイルスの回収方法を開発する際には、まずは下水に実験用の新型コロナウイルスを模したウイルス(普通は下水中に存在しないもの)を一定量入れた上で、回収率などを確かめる。

「ウイルスを回収する方法はいくつかあり、世界各国で同様の研究をしている研究者達の間でも、それぞれ得意な方法や好みがあります。今はまず、世界中の科学者たちが、自分の得意な方法で新型コロナウイルスをどの程度検出できるのかを試している状況です」(原本教授)

また、新型コロナウイルスを模した(エンベロープを持つ)ウイルスをある程度下水から回収できることが分かったとしても、すぐには安心できない。

実際のウイルスでは違う結果が出ることもありうるからだ。

原本教授は

「最終的には、実際に新型コロナウイルスを利用して検証を行なったり、人に対する一般的なコロナウイルス(風邪の原因ウイルス)や猫のコロナウイルス、SARSの原因となったコロナウイルスの毒性を失くしたもので試したりする可能性もあるかもしれません」

と話す。

現在、原本教授もウイルスの回収法を調べる実験の準備を進めている。

「当初、第2波は秋以降に来るのではないかという話がありました。2〜3カ月程度で、下水から新型コロナウイルスを回収する最適な方法を提案できればと思っています」(原本教授)

調べることは山積み。まずはデータの蓄積を

トイレ

Witthaya Prasongsin/Getty Images

仮に、新型コロナウイルスを下水からうまく検出する方法が見いだされたとしても、課題は残る。

そもそも欧米に比べて日本の感染者は比較的少ないため、下水から感染者を予測できるほど十分な濃度のウイルスが検出されるかどうかは分からない。

原本教授は

「 特定警戒都道府県のような感染者の多い地域では、恐らく検出できると思いますが、日本の中でも感染者が多い地域、少ない地域があるので、差がでてくることが想定されます」

と話す。

加えて、胃腸炎を引き起こすウイルスとは異なり、新型コロナウイルスは基本的には呼吸器に症状が出るウイルス。いくら排泄物などに含まれることがあるとはいえ、その量はノロウイルスなどの胃腸炎を引き起こすウイルスと比べて多くはないはずだ。

そういった濃度の低いウイルスをうまく検出するには、下水を濃縮する必要がでてくる。

ノロウイルスを回収する場合には、原本教授は通常100ミリリットル程度、世界的に見ても少なくて10ミリリットル程度の下水を濃縮しているという。

「下水中に含まれる新型コロナウイルスの濃度が低すぎれば、1リットル、10リットルといった量の下水を濃縮して、ウイルスを回収しなければならなくなるかもしれません。そうなると、既存の手法ではそう簡単にはできなくなり、新しいウイルスの回収方法を考案しなければならない可能性もあります」(原本教授)

現状、日本の下水中に含まれる新型コロナウイルスの濃度を研究した事例はない。まずは日本のデータを取り、状況を見て、次の一手を考えることになりそうだ。

1週間先の新型コロナの感染者数を予測する意味

海外の論文

海外では研究が進んでいる。ただし、プレプリント(未査読)の情報がそのまま報じられているケースも多いため、十分に注意しなければならない。新型コロナウイルスの濃度が上昇したあと、1週間後程度で患者が増えてきたという論文も、6月12日の段階でまだプレプリントの状態だった。

撮影:三ツ村崇志

実際に流行を予測するには、下水処理場がカバーする地域の実際の感染者数と比較して、感染者の数とウイルスの濃度がどう対応するのかも調べていかなければならない。

それには、かなりのデータが必要となる。

海外で行われた研究では、新型コロナウイルスの濃度変化が、1週間後に検査で陽性だと判断される人の増減に対応しているという報告もある。もちろん、ウイルスの回収方法などによってこの対応関係も変わってくることが予想されるものの、下水の分析から1週間先の患者数をおおむね予想できるのであれば、その恩恵は計り知れない。

兆候が現れた段階で医療資源を整えておいたり、無症状や未発症の感染者からの2次感染を防ぐために付近に警戒を強めたりといったことが実現できるかもしれない。

原本教授は

「現状、まだかなり理想的な話なので、実際にこのあと実験を進めていったら日本ではどういう状況なのかが分かってくるでしょう。感染率が低いからやはり予測は難しいとなってしまうこともあるかもしれません」

と、冷静に状況を見る。

医療以外の分野でも進み始めている新型コロナウイルスに対する研究。

今後、さまざまな研究報告が出てくることが予想されるが、私達もそれに一喜一憂せずに、冷静に状況を見守りたい。

(文・三ツ村崇志

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