キッズライン、シッターわいせつ事件発覚後も拡大路線。選考の実態とは?

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出典:キッズライン公式HPより

2019年11月に事件を起こし、4月に強制わいせつ容疑などで逮捕された橋本晃典容疑者に続き、キッズラインの登録シッターとして2人目となる、荒井健容疑者の強制わいせつ容疑による逮捕が6月12日、警察より発表された。

この2人目の逮捕者の容疑は、筆者がBusiness Insider Japanで取り上げたシッターXによる被害者Aさんの長女に対するものだ。その被害者証言を取りあげた記事に対して、キッズラインは6月11日に「運営からのお知らせ」を出し、次のように述べている。

「被害届が出ている、当該男性サポーターは、保育士資格も有しており、当社基準で厳格に審査を行いました。残念ながら、小児性愛者であるかについて審査では見抜くことはできませんでした。なお、この点につきましては、専門家も困難であるとの見解を示されました」

確かに、加害者治療にあたってきた精神保健福祉士、社会福祉士の斉藤章佳氏のインタビュー記事によれば、小児性愛者は見た目から判断することは難しく、子育て関係の仕事に就いた後にそれによりパンドラの箱が開いてしまう(=小児性愛者であることを自覚する)こともあるという。

これまで筆者が書いてきた2本の記事では、仮に審査が厳格だとしても、リスク周知や更なる被害の調査などをすべきだった……という立場に立っており、審査自体を問題にしているわけではなかった。

筆者はキッズラインへ質問状も送っているが、弁護士を通じて「厳格な審査をしてきた」という主張をし続けている。

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出典:キッズライン代理人弁護士の回答の一部。

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出典:キッズライン代理人弁護士の回答の一部。

しかし、ここまで強調する「厳格な審査」とはどのようなものなのか。

今回、逮捕者が短期間に続くというショッキングな出来事は、キッズラインで起こるべくして起こったのことなのか。あるいはどんな設計であっても同じように起こり得ることなのか。これらのことは、利用者としても気になるところだろう。

では、キッズラインの選考フローを見てみよう。

11月の事件以降も、進む拡大路線

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公式HPに記載されているキッズラインの登録プロセス。

出典:キッズライン公式HPより

キッズラインの選考フローは、まず登録説明会に応募し、参加。面談を経て、その合格者は実地研修を受けて、さらに合格すればシッター(キッズラインではサポーターと呼ばれている)として活動が開始できるというものだ。

面談について、今回、キッズライン登録シッター男女6人に取材をしたところ、2016年〜2018年に登録したというシッターからは、10分程度だったという証言もあったものの、社員と1対1で対面で面談したという証言が得られている。

2017年の政府向けの資料などでも、キッズラインは「対面」で面接を実施していることをアピール材料としている。

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例外的に会社に赴けないケースや、地方に在住のサポーターなどがオンラインで面接をしたというケースもあったが、その場合、社員と1対1でオンライン通話で話をしたという。

面談が10分程度だったという証言もあり、また 今回の事件の容疑者の1人は2018年に登録しているので、この頃の選考も問題がなかったとは言い切れない。

しかし、東京都の「ベビーシッター利用支援事業」(2019年2月から)などの対象となった2019年前後から、キッズラインは急速に拡大路線を取り始め、選考プロセスは変容しはじめる。

2019年10月の幼保無償化および内閣府ベビーシッター割引制度で、ベビーシッターが公的補助対象となった。これに対応するため、2019年5月28日には、キッズラインは2021年12月までに専業主婦1万人を登録することを目指す プレスリリースを発表。

橋本容疑者の事件が発生した(2019年11月14日)直後には、キッズラインは警察から報告を受けていたが、 11月21日に24時間ベビーシッター登録の面接を受けることができるという「24時間スマホ動画面接」を発表している。

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2020年1月30日、キッズラインの依頼件数は、累計100万件突破を発表。

出典:キッズライン公式HPより。

シッター(サポーター)や元社員、ママトレーナーと呼ばれる面接担当者らの証言を丹念に追っていくと、特に2019年ごろからキッズラインがシッター数を増やしていく中で、関係者の間に選考プロセスへの疑問が広がっていく様子が見えてくる。

5つのポイントから、そのプロセスを追ってみよう。

1. 動画を送信するだけの「面談」

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キッズラインの「面談」は、子どもに対する笑顔や言葉遣いを意識する録画を送信する形式で行われる。

Getty Images/west

2019年春に登録した、女性サポーターMさんは、オンライン式面談についてこう話す。

「私がキッズラインに登録したのは、昨年(2019年)の春です。地方在住ですが、東京に行く予定があったので、その際に本社で説明会に参加しました。 本社での説明会の後に面談の時間がありましたが、社員の方と直接お話したわけではありません。それぞれのスマホから、オンライン形式の面談でした」

「オンライン形式の面談」の詳細は、次のようなものだ。

「説明動画を見た後に、子どもが『どうしてやろうと思ったんですか?一緒に何をして遊んでくれますか?』といった質問をしている動画を見て、それに対してお子さんに話すように笑顔や言葉遣いを意識して動画を撮影して送信する流れでした。

撮り直しも可能でした。入力フォームが多かったので考えながら実施して、撮影含めトータルで私の場合1時間前後かかったと思います。 そのあと追加質問などはなく、1週間ほどで合格通知が届きました 」(2020年4月登録男性サポーターNさん)

キッズラインは派遣型(※)ベビーシッターとマッチング型のベビーシッターとでは、遜色ない審査をしていると主張しており、 そこでも「面接」をしていることをアピールしている (規制改革会議、2020年3月9日資料)。

しかし、キッズラインが行うスマホ動画を送信する審査は、果たして面接や面談と呼べるものだろうか。

※派遣型:ベビーシッター会社にシッターが登録し、会社と依頼主が契約する。これに対し、マッチング型はシッターと依頼主の個人間の契約になる。派遣型は会社が依頼主の希望に応じてシッターのシフトを決めるなどをするが、マッチング型はあくまで個人間で日程や面接なども調整する。

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出典:2020年3月9日 規制改革推進会議第7回 雇用・人づくりワーキング・グループのキッズライン提出資料

さらに、元社員など複数の関係者によれば、この動画を見て審査をしていたのは、社員ではなく、アルバイトだという。特に合否基準などは明文化されていなかったという証言もある。

2.「実地」研修への不安、トレーナーからも

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キッズラインの社員ではない「ママトレーナー」が自宅でシッターの研修・審査を担当する仕組みには疑問の声も(写真はイメージです)。

Getty Images/ AzmanL

1の「オンライン面接」で合格通知が届くと、次は実地研修だ。

通常、実地研修は利用者の中から募集した「ママトレーナー」が、自分の自宅に候補者を招き入れ、子どもの世話を実際にしてもらい、プロフィール用に使う写真などを撮影するという。

ママトレーナーは対価としてキッズラインを利用するときに使えるポイントを受け取る(時期や回数により1000〜2000円相当程度)。

キッズライン側がママトレーナーらに説明した内容によると、登録会エントリー参加後、面接で5割が合格で、残り5割は辞退や離脱も含む不合格だ。しかし、ママトレーナー経験者からは、ここ1年ほどで不安の声が相次いでいる。

「(自分は)保育の専門家でもキッズラインの社員でもありません。シッターの最終試験的な位置づけの審査を、そのような立場の者に任せることに、まず問題を感じます。さらに、ここ1〜2年で、オンライン面談ができるようになり、社員と一度も会わない方を家にあげてのトレーニングに不安を感じ始めました」(ママトレーナーOさん)


「時間を空けて迎え入れの準備をしていても、急にドタキャンする参加者もいます。マニュアルを読んできていないとか、あとは子どもに慣れていないなど、コミュニケーション能力に疑問がある人も…… 」(ママトレーナーPさん)

ママトレーナーになるには研修は受ける必要があるとはいうが、それもオンライン化されていったようだ。いわば一利用者に、研修や審査を任せる体制になっているというわけだ。

3. 一度も社員に会わず、一度も本社に足を運ばずに活動開始も

さらに「実地」のはずの研修は、地方などママトレーナーが確保できない場合は、オンラインでの対応が可能になっていた。 2019年春に選考を受けた、サポーター(シッターとして保育を行う人)Mさんは次のように話す。

「私の家の近くにはトレーナーとなるママさんがいないため、オンラインでの研修でした。オンラインでの研修は『ご家庭に到着したらまず何をしますか?」『この時はどうしますか?」など、社員さんからの質問に答えていきました。


わりと簡単にデビューできてしまったので、少し驚きましたね。 私はたまたま東京に行ったときに説明会に参加したのですが、地方だと一度も社員さんの顔を見ないということもよくあると思います 」(2019年春登録女性サポーターMさん)

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コロナ禍では一度も社員とオフラインで対面することなくシッターとして活動することができる。

Getty Images/ kohei_hara

3月3日からは新型コロナウイルス対応で、大規模集会自粛のため、 関東の説明会もオンライン化した。

休校・休園になったことから、親が働いている間に子どもを見てもらいたいという需要が拡大。さらに4月には内閣府や東京都の補助金を使うと雑所得扱いになっていた割引部分が非課税になったことなどから、4月24日に橋本容疑者が逮捕された前後もキッズラインの宣伝は止まらなかった 。

この頃、コロナ対応で「実地研修」もオンラインになった。

前出の男性サポーターは次のように話す。

「今回はイレギュラーでコロナ対策としてZoomによる実施でした。リモートの研修はトレーナーさんとのやり取りだけでした。子どもがこの状態のとき、なんと声を掛ける?どう対応する?というのをロープレ(ロールプレイング)形式で行いました」(2020年4月登録男性サポーターNさん)

男性サポーターのNさんの場合は1週間程度して合格通知が届いた。

これで一度も社員と会話を交わすことなく、誰かの家に足を運ぶこともなく、登録サポーターとして(キッズライン登録のシッターとして)活動できることになる。

Nさんは活動を開始する前に男性シッターの活動一斉停止が発表されたために、一度も稼働ができていないが、次のように話す。

「やっていく中でのスキルアップが多い仕事だとは思うのですが。大切な命を守る仕事なので、稼働するのも実際、勇気がいるなと今も感じています」

4. 反映されていなかったトレーナーの疑問

キッズライン側からのママトレーナー向けの説明によると、4月時点では実地研修で4割が不合格となっているという。しかし、ママトレーナー経験者たち次のようには打ち明ける。

「子どもが突然部屋を出て行ってしまっても後を追わないとか、子どもの機嫌が悪くなると諦めたような態度を取る人もいます。備考欄に『この人には安心してお任せできない』と書いたのにもかかわらず、その後会社から何か聞かれる事もなく、合格してお仕事を開始されている方もいました。


フィードバックをちゃんと見ているのか? 気になるコメントに対して詳しく話を聞かないのか……合格の基準はなんだろうと、疑問に感じました」(ママトレーナーOさん)


「合否基準は明確化していないと思います。チェック項目とレポートを書く欄がありますが、どこにチェックをいれたから不合格というわけではない。私が見ている限り、資格保有者を増やしたいのか保育士資格がある人には甘い気がします」 (ママトレーナーPさん)

さらに、活動開始をする際にも、ママトレーナーの評価は利用者に伝わらない仕組みであることが分かった。

マッチングプラットフォームは利用者がそれまでのレビューを見て依頼をするシッターを選ぶことから、1件もレビューがないシッターは仕事を得づらくなってしまう。

そこで1件目はトレーニングセンターなど、会社側が評価をすることはよくある。

証言者への取材によると、キッズラインの場合は、 外からは分からないものの、ママトレーナーが1件目のレビューをしている。

しかし、トレーニング内容に疑問があっても、1人目のレビューとなる「トレーナーによるレビュー」は、必ず満点の5点をつける仕様になっているという。

これはキッズライン運営側がママトレーナーに説明した内容によると、低い評価をつけられたサポーターが「ママトレーナー様に報復行為などを行わないための措置」だという。

5. 事件発覚以降も裾野を広げた採用か

選考フローの 合格率は2019年12月時点でキッズラインにより35%と公表されているが、2020年3月には過去最大の月374人が「採用」(キッズライン側の表現)された。

合格率が多少変動している可能性はあるが、逆算すれば1000人以上から応募があったということだ。

6月15日放送の日本テレビ「スッキリ!」では会社側が取材への回答として合格率は15%と説明している。直近では審査を厳しくしている可能性もあるだろう。

しかし一方で、合格率の低さは、手軽なエントリーでパイを思い切り広げた結果でもある。

応募の手軽さゆえに、選考の途中で、離脱やドタキャンをする人も多いという。

キッズライン運営側は、 面接できちんと審査をしてくれているのか不安を覚えるママトレーナーに対し、ママトレーナーらが情報交換をするFacebookへの投稿で、こう説明している。

「登録会エントリーの段階では、正直弊社スタッフも戸惑うような参加者の方も多数いらっしゃいます。恐らくママトレーナー様がトレーニング中に感じていらっしゃるであろう衝撃をはるかに超えるような方の応募も多くあります」

手を繋ぐ親子

オンライン化によって簡素になった選考フローを問題ないと言えるのか(写真はイメージです)。

Getty Images/ kohei_hara

このようなフローで、キッズラインのサービスは猛烈な勢いで拡大をしていった。

社員は2020年に入ってからもポロポロと退職しており、現在20人程度とみられる。

その人数で4500名のシッターを抱え、累計100万件のシッティングの実績を出せたのは、そこに労働集約的なコミュニケーションをはさまずに、スマホ動画面接といったツールを生み出し、ある意味でシステム化した成果ともいえるかもしれない。

しかし、ベビーシッター事業で扱うのは、子どもの命である。

冒頭の論点、小児性愛者を登録で見破れるかについては、性犯罪は保育施設や教員などでも発生している。必ずしも対面であれば見抜けたというわけでもなければ、オンライン化が即、犯罪を呼び起こしているとは言い切れない。

しかし、性犯罪に限らず、事故などの予防も含めて「自分の子どもを預けられるか」といった視点はそこにあったのだろうか。

保育無償化や待機児童に対する補助、コロナの休園化での需要をつかみ取ろうと、手軽に申し込んでくる人たちを大量に呼び込んでいた側面は否めない。

ベビーシッターサービスに風穴を開けたキッズライン

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プラットフォーマービジネスの形をとるキッズラインでは、当事者同士が多くの責任を負う(写真はイメージです)。

Getty Images/Masaru123

従来型のベビーシッターは、 一部直接雇用の会社もあるが、 多くが業務委託だ。 しかし業務委託の中でも、 派遣型では事故などの責任が事業者になるのに対し、マッチング型では当事者間の自己責任となる。

派遣型では、例えばあるシッター側が当日、行けなくなったら、代替のシッターを用意するなどの調整、初回の説明や何かあった時のトラブル対応に社員が訪問するなど、管理にもコストがかかる。当然、 何かあったときの事業者責任を問われるため、採用や研修にも力を入れる必要がある。

その分、利用者に費用が上乗せされることになるため、従来のベビーシッターサービスは、一般の子育てユーザーが定期的に長時間気軽に使えるものではなかった。

多様なシッターの中からスケジュールを確認して選び、事前の煩雑な手続きなしに即日でも来てくれる人を探せるという利便性の点でも、 風穴を開けたのは他でもないキッズラインだっただろう。

プラットフォーマーの責任とは

一方で、キッズラインのようなマッチング型は、運営企業があくまで場を提供しているに過ぎない、プラットフォーマービジネスだ。

プラットフォーム上で取引されるサービスのクオリティに法的な責任を負わず、利用者と働き手(この場合はシッター)が当事者同士で責任とリスクを負う。その代わりに、利用者も費用が抑えられ、働き手の手取りも多くなりやすいという側面はある。

しかし、CtoCプラットフォームであっても、表向きは当事者同士の責任とは言いながらもかなりのトラブル対応をしている。サービス業では採用で必ず対面で社員が会う機会を入れる。 なにかあればすぐに本社に 警告を鳴らせる 「通報」の仕組みがある。表向きは当事者同士の責任とは言いながらもかなりのトラブル対応をしている——。そうした会社もある。

性犯罪に限らず、 悪質なものが紛れ込んでしま て、利用者からその情報がわからなければ、 プラットフォーム全体の質が下がることにもつながり、利用者は不満が溜まれば退出してしまうからだ。

国が検証すべきこと

国としてどのように今後同様の事件を防ぐのかについては、各方面で議論を進める必要がある。

国は幼保無償化など子育てに予算をつけてはいるものの、要件はどんどん緩和する方向に向かってきた。今必要なのは、規制緩和ではなく、むしろ強化だろう。

国や都も、補助金を出すのであれば、事業者がそれを審査や研修、トラブル対応などに充てること——。このような設計を検討していくべきではないか。 。

(文・中野円佳)


中野円佳:1984年生まれ。東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社等を経てフリージャーナリスト。立命館大学大学院先端総合学術研究科での修士論文をもとに2014年『「育休世代」のジレンマ』を出版。2015年東京大学大学院教育学研究科博士課程入学。厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員等を務める。2017年よりシンガポール在住。著書に『上司のいじりが許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』。2児の母。

※編集部より:画像の一部を鮮明なものに差し替えました。2020年6月16日19:20

※編集部より:キッズラインは6月18日、事件の発生を受けて、評価制度や選考プロセス、研修方法などについて「現状の改善及び安全対策」を発表しました。

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