6月14日、ワシントンでの反人種差別デモ。正当な主張も、そこから生まれた先鋭化分子により、新たな暴力の火種になる可能性がある。
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アメリカでの反人種差別デモについて、トランプ米大統領が「テロ組織に指定する」とツイートしたことで(実際には米政府はテロ組織指定していないが)、「アンティファ(Antifa)」が脚光を浴びている。
アンティファとは、指導者も統制もない反ファシズム(Anti-Fascist)の左翼系運動の集合体で、グループや個人がそれぞれアンティファを自任して活動している。
警察の施設や車両を襲撃する過激なアナキストから、デモ活動に徹する穏健リベラルまで、活動のあり方はさまざまだ。
アンティファはいわゆる「組織」ではないのだが、このところイメージ先行で極左過激派グループのように語られることも多い。とりわけデモに反対する右派陣営はアンティファを「極左テロリスト」と呼び、蛇蝎のごとく敵視している。
ブラジルの首都ブラジリアで「Antifaschistische Aktion(反ファシスト)」ロゴのTシャツを掲げる市民。
REUTERS/Adriano Machado
アンティファの強硬派に過激派グループが含まれているのは確かだ。しかし、デモに便乗した略奪行為などで逮捕・起訴された犯人たちの多くは、左翼組織とは関係のない人間だったことがすでに明らかになっている。
また、デモに便乗して破壊行為をくわだて、米連邦捜査局(FBI)が立件したケースをみると、例えば6月1〜11日に公表された13件のうち、組織的な政治活動に分類されたのは1件のみにすぎない。
ただし、アンティファの活動とは別に、リベラルな運動の先鋭化が進んでいることには注意を払っておきたい。警察解体の要求、銅像の撤去、映画「風と共に去りぬ」の配信停止などはその典型例で、そうした運動がアンティファに連なる「より強硬な人々」に牽引されることで極度に先鋭化し、それが大きな暴力的衝突に結びつかないとは言い切れない。
デモ参加者の大半が平和的な活動を望んでいる事実はあるにせよ、混乱と危険は隣り合わせであることは肝に銘じておきたい。
極右勢力の動きに注意
2019年8月、オレゴン州ポートランドでアンティファとの衝突を起こした極右勢力「プラウド・ボーイズ」のメンバー。ヘルメットに「アンテイファ狩り免許」の文字が。
REUTERS/Jim Urquhart
そして、懸念されるのは左翼の暴発ばかりではない。左翼が勢いを持てば、それによって危機感を募らせる人々がいる。もちろん、右翼のことだ。左翼系のデモ運動が盛り上がれば、右翼系も行動を起こすことになる。 彼らからすれば、自分たちは不当に攻撃されているということになり、「自分たちを守らねば」となるからだ。
アメリカでは、白人至上主義、有色人種系移民排斥、反イスラム、反ユダヤ、反同性愛、反妊娠中絶、銃規制反対などを掲げる極右勢力が根強い。白人至上主義団体「KKK(クー・クラックス・クラン)」や、中西部や南部で活動する極右系民間武装組織「ミリシア」などの支持層がそれだ。
また、ヨーロッパでも移民排斥、反イスラムなどを掲げるネオナチ系の組織が多い。反人種差別運動はヨーロッパでも大都市を中心に拡大しているが、そのうち右翼勢力がカウンター行動を起こす可能性もある。
6月13日、ロンドン中央部で警察と衝突した極右活動家たち。
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そんななかで、6月13日、ロンドン中心部の官庁街に数百人の極右グループが集結し、暴徒化して警官隊と衝突する事件が起きた。反人種差別デモの一部から撤去要求が出ていたチャーチル元首相の銅像の死守などを要求し、口々に「アンティファ打倒」を叫んでいたという。
その極右グループの中心は「Democratic Football Lads Alliance(DFLA)」なる組織だった。ヨーロッパでは、試合のたびに暴れる荒くれ者の熱狂的サッカーファン、いわゆるフーリガンが少なくないが、そのなかには政治的な極右思想の信奉者も多く含まれる。
ちなみに、組織名に含まれる「Lads」という言葉は「男子」「少年」を指し、「男らしさ」「ヤンチャさ」の意味も含まれる。しばしば親愛をこめて「ヤツ」というニュアンスでも使われる。 フーリガンのグループには、自分たちを「Football Lads」と呼ぶ人々もいる。
組織名としては邦訳が難しい言葉だが、この衝突事件を報じたTBSテレビが「民主フットボール野郎連盟」という絶妙な命名をしていたので、本稿でもそれを拝借したい。
さて、その民主フットボール野郎連盟だが、もともとは「フットボール野郎連盟(FLA)」という組織だった。
イギリスでIS(イスラム国)支持者によるテロが相次いだ2017年に、反イスラム過激派を掲げる右翼グループとして発足。2018年に分裂し、いまの民主フットボール野郎連盟が創設された。リーダーはフィリップ・ヒッキンという。
民主フットボール野郎連盟は2018年10月にロンドン中心部でデモを行った際、左翼のアンティファのデモ隊と衝突。さらには警官隊との衝突に発展している。その後、イギリスのEU離脱を支持するデモも行っている。 もっとも、同組織自体はテロ行為などは行っていない。
いずれにせよ、今後も欧米各地でこのような左右両勢力のデモが衝突する事態が予想される。どちらにも穏健派と武闘派がいるが、街頭での衝突となれば、いずれの勢力でも武闘派の勢いが増すことが考えられる。
アメリカのテロの歴史を紐解くと…
「反人種差別デモに反対」するデモ隊が練り歩く。6月13日、ロンドン市内にて。
REUTERS/John Sibley
さらに、街頭での衝突以上に警戒すべきことがある。
左右の衝突が続くなかで、その同調者のなかから、過激な妄想をこじらせた個人あるいは数人のグループが、歪んだ正義の発露として敵対勢力の殺害を目的とするテロを行う可能性だ。
とくにアメリカの場合、 こうしたテロの脅威を考えると、実際にコトを起こす可能性が高いのは、劣勢にある極右の側だろう。過去数十年の実績でみると、個人や少人数グループの暴走による大規模テロ事件は、極左よりも極右によるもののほうが多い。
アメリカには前述したKKKやミリシアなどの極右勢力に連なる人脈が確実に存在する。こうした極右人脈には、銃器武装を崇拝する人々もいる。 そうしたなかから、いまこそ自分たちを守らねばと考える人間が出てきてもおかしくない。
もっとも、実際のテロ事件を振り返ると、極右組織というより、極右思想にかぶれた個人もしくは少人数の仲間内グループの犯行が多い。この妄想型「ローンウルフ」(一匹狼)の暴発というパターンが多いのも、アメリカの極右テロの特徴といえる。
有名度だけでいえば、9.11テロ(2001年)やボストンマラソンでのテロ(2013年)のようなイスラム過激派による事件がよく知られるところだが、実際には、
- ウィスコンシン州オーククリークでのシーク教寺院銃撃(2012年、5人殺害)
- サウスカロライナ州チャールストンでの教会銃撃(2015年、上院議員含む9人殺害)
- バージニア州シャーロットビルでの自動車突入(2017年、1人殺害28人負傷)
- ペンシルベニア州ピッツバーグのユダヤ教寺院銃撃(2018年、11人殺害)
- カルフォルニア州エスコンディードのモスク放火とユダヤ教寺院銃撃(2019年、1人殺害)
- テキサス州エルパソでのスーパーマーケット銃撃(2019年、23人殺害)
というように、 ローンウルフ型極右によるテロ事件のほうがはるかに多い。というより、アメリカにおけるテロの歴史をふり返るなら、極右系の暴発こそが主役ともいえるくらいだ。
反人種差別デモに便乗して騒ぎを起こそうとする「アンティファ」系過激派の暴発が危惧されているが、それと同時に、アンティファを憎悪する白人至上主義者などの極右系によるカウンターテロも警戒する必要がある。
最後に。本稿は極右にも極左にも過激分子が存在するという前提のもとに、現実に予想される脅威について論じたものであり、どちらかを擁護するものでないことは言うまでもない。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。