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- ここ数週間、アマゾン社員の間で「『インクルージョン』に関する15番目のリーダーシップ・プリンシプルを求める論拠」と題する文書が出回っている。
- この文書には、アマゾンの有名なリーダーシップ・プリンシプルに「インクルージョン」を加えることを求める運動の概要が書かれている。
- この運動を通して、社員たちは職場で経験した差別(人種差別、性差別のほか、社内における女性比率の低さなど)を共有している。
- 折しもアメリカの経済界では人種差別反対の声が高まっている。そのさなかに生じた今回の動きは、ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動をきっかけにしてアマゾンで起こった、社員主導による変革の最も象徴的な出来事と言える。
アマゾンの経営理念に欠けているもの
アマゾンの社員たちは、同社経営陣によって策定されたリーダーシップ・プリンシプル(重要な決定を下す際に同社が遵守すべき経営理念を14項目に成文化したリスト)に「インクルージョン」を加えることを求めて、職場で受けた人種差別や性差別を発信している。
その文書の写しやメールがBusiness Insiderに寄せられた。それによると、アマゾン社内の活動家グループおよびマイノリティの社員らが作る組織のメンバーは今月、「『インクルージョン』に関する15番目のリーダーシップ・プリンシプルを求める論拠」と題する文書を配布し、その運動への支持を呼びかけた。
6月3日に作成された12ページにわたる同文書には、この運動を起こすに至った背景説明のほか、社員が証言した職場での差別事案も掲載されている。先日行われた社内調査によると、同文書の発表からわずか1週間で、約500名の社員が活動への支持を表明したという。
現行のリーダーシップ・プリンシプルは、「多様な考え方」や「人に対して敬意をもって接する」ことを奨励しているが、具体的にインクルージョンとダイバーシティを啓蒙する個別の項目はない。
上記文書には、「私たちの多くは、アマゾンのリーダーシップ・プリンシプルにインクルージョンを明示的に規定する必要性を感じている」と記されている。
こうした動きは、先月起きたジョージ・フロイド暴行死事件後、アメリカの経済界において反人種差別・多様性促進施策の強化を求める声が高まるなかで起こった。この活動が成功すれば、BLM運動をきっかけとしてアマゾンで起こった、社員主導による変革の最も象徴的な出来事となるだろう。
アマゾンのリーダーシップ・プリンシプルは、同社の文化と意思決定プロセスに深く根づいた基本的価値観だ。ジェフ・ベゾスCEOが特に重視する経営原則「カスタマー・オブセッション(お客様起点)」をはじめ、アマゾンでは一般社員から経営トップまでがこのリーダーシップ・プリンシプルを日常的な規範として活用している。
Business Insiderの取材に応じたある社員は、リーダーシップ・プリンシプルの変更は、稀であること、さらに文化的重大性から、アマゾンにとって「憲法改正」のようなものだ、と語った。
この文書の中で、運動を主導するひとりは「未来志向の企業として、この議論に遅滞なく取り組むことがアマゾンの責務だろう」と述べたうえで、「新たなリーダーシップ・プリンシプルを加えることは、軽々しく下せる決定でないことは認識している」とも語っている。
アマゾンの広報担当者は、Business Insiderに宛てたメールで文書の存在を認めたうえで、職場での不当行為に対しゼロ・トレランス(厳罰主義)方針を掲げていると述べている。
また広報担当者は、「アマゾンは、当社の80万人以上の社員1人ひとりにとってインクルージョンが規範であるという文化を育てることに尽力しており、(文書に記載された)事案は、当社の価値観に相反するものです」とメールに記している。さらに、「当社は職場におけるいかなる差別にもゼロ・トレランス方針をもって臨んでおり、社員からアマゾン人事部に通報される事案、あるいは匿名で当社『倫理ホットライン』に通報される事案のすべてを調査しています」とも書いている。
「私の祖先は奴隷を所有していた」
今回の文書には、アマゾンにおける黒人・アジア系・女性・LGBTQ社員に対する不当な扱いについても匿名でリストアップされている。
ある社員の記述によれば、白人男性マネジャーが黒人女性社員に対し、自分は「いい人」だ、なぜなら自分の祖先は奴隷を所有していて、その祖先は「奴隷の扱いがよかった」から、と話していたという。
また別の社員は、女性エンジニアが男性マネジャーに、求人の応募者の中から面接対象者にもっと女性を増やすよう依頼したところ、「ハードルを下げ」ようとしたとして、女性エンジニアが非難されたと報告している。
異性愛者の白人男性が、自分のチームにいるトランスジェンダーの女性、バイセクシュアルの男性、ゲイの男性の昇進を阻止したという一件も記されている。この男性は、「ここで昇進するためには、男らしくなくてはならない」と話したという。
アマゾンには全社的に女性が少なく、直属の女性部下が1人もいないマネジャーがいることを指摘する声も複数挙がっている。
アマゾンの社員たちは今回の運動で、全社員に対して行われるセクハラ研修と同様に、差別・反人種者別主義に関する研修を必須とするよう求めている。さらに、社内・対外文書に用いる言葉のガイドラインの改善、すべての採用チャネルと昇進審査における最低限のダイバーシティ要件の導入も提案している。
競合のテック企業同様、アマゾン社員の黒人・ラテン系比率は著しく低い。同社の報告によれば、2019年末現在、白人社員は米国アマゾン管理職の60%近くを占め、アジア系が21%いる一方、黒人・ラテン系はそれぞれ約8%だという。米国アマゾン全従業員に占める黒人比率は26.5%で、管理職における比率より高い。その理由は、黒人従業員の多くが、倉庫や配達といった低賃金の職務に就いているからだ。
グローバルでは管理職の72%超が男性
アマゾンにおいてダイバーシティが最も進んでいないのは、「Sチーム」と呼ばれるベゾス直下の最高幹部グループだ。23人いるメンバーのうち、黒人は皆無、有色人種は2名のみ、女性は3名のみだ。ベゾスは以前、Sチームが白人ばかりで占められているのは同チーム内の退職者が少ないため、と述べていた。
一方、アマゾンの取締役会はというと、2019年にスターバックスCOOのロザリンド・ブルーワーと前ペプシCEOのインドラ・ヌーイが選任されて以降、大幅にダイバーシティが進んだ。
リーダーシップ・プリンシプルの変更を求めるグループは、この運動を盛り上げるために協力してほしいとアマゾンの社員に要請している。この活動を運営し、意識啓蒙のための社内メーリングリストを作成してくれるボランティア委員会の設置を計画している。また、経営陣に申し立てるためにさらなるデータと証拠も集める計画だ。
今回の文書にはこうも記されている。「誰もが独自の強みを持っている。そのすべてを結集し、インクルージョン、ダイバーシティ、アクセシビリティという最も大切なものに対するより高い基準を勝ち取ろう」
アマゾンからの抵抗
この運動が実際の変革に結びつくかどうかはまだ分からない。アマゾンではこうした社員による活動が活発化しているものの、その取り組みの成果はまちまちだ。
昨年、社員グループが同社の環境への取り組みの改善を求めた際、アマゾンはカーボン排出量実質ゼロ施策と、ジェフ・ベゾスによる100億ドルの寄付を発表した。また、コロナ禍におけるアマゾンの安全対策が劣悪だとして倉庫スタッフが抗議した際には、マスク着用の義務付けや一時的昇給などを実施した。
しかし、こうした活動はいずれも、アマゾンからの仕打ちに遭った。倉庫での抗議運動を主導したクリス・スモールズや、同社の環境方針を批判したマレン・コスタとエミリー・カニンガムなど、耳目を引いた社員たちがここ数カ月のうちに解雇されている。
2020年5月1日、アマゾンを解雇されたクリス・スモールズは新型コロナの被害が深刻化するなか、スタッフたちの職場環境改善を訴えた(ニューヨーク市スタテン島のアマゾン物流倉庫付近で撮影)。
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さらに、アマゾンは今年に入って、社員たちの活動を妨害するため、抵抗運動を呼びかける内容のメールを社員の受信トレイから削除し始めた。気候変動に対する活動を呼びかける社員らは最近、新規メンバーの登録画面を社外で立ち上げたという。アマゾンが「社内の通信を検閲している」ためだ。
アマゾン幹部は、BLM運動に関しては比較的オープンに社員の意見を聞く姿勢を見せている。同社の小売担当責任者ジェフ・ウィルケは、部下に宛てた最近のメールで「話を聞く機会をもっと増やす」と書いている。ハードウェアの責任者デイブ・リンプも、アメリカ国内の人種差別問題を解決するためのアイデアを提案してほしいとメールで書き送っている。
アマゾンの社員たちは、同社のリーダーシップ・プリンシプルにインクルージョンの意義を正式に加えることで、より公平な企業文化が確立されることを望んでいる。
今回の文書には、「インクルージョンがあればそれで十分という段階は過ぎた」「単に『インクルージョン』があるというだけでなく、社員が仕事上『公平な待遇』を受けられる状態を確保しなければならない」と記されている。
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)