撮影:鈴木愛子
Business Insider Japan読者にも多い「30代」は、その後のキャリアを決定づける大切な時期。幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。
この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
夏のボーナスシーズン到来。しかし、コロナ禍で多くの企業が業績を落としている今年は「期待できない」という人が多いのではないでしょうか。
私が転職相談をお受けしている皆さんからは、「収入が減るかもしれない」「IPO計画が頓挫し、ストックオプションが望めなくなった」といった声も聞こえてきています。
さて、今、転職による「年収アップ」は可能なのでしょうか。
企業が採用に慎重になるなか、前職年収を維持できるかどうかも微妙になってきているのが実情です。そこで今回は、転職時になるべく自分の希望年収額を通すための交渉術についてお伝えします。
年収交渉に応じてもらえるケース・応じてもらえないケース
転職時の焦点のひとつが「年収」。提示された額では飲めない場合、どこまで交渉できるのだろう?
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まず、志望先企業は年収交渉によって希望が通る可能性があるのかないのか。年収交渉が受け入れられにくいケースとしては、以下のような背景があります。
- 大手企業など、給与体系や給与テーブルがきっちり定められている企業では、年齢・階級をベースに給与額が決定される。基本給において、個人の能力や事情が反映されにくい。給与水準が高い業界・企業に移れば年収アップの可能性もあるが、その逆もあり得る
- 既存社員と同等のポジションで入社する場合、明確なスキルの差がない限り、既存社員の給与レンジと差をつけにくい
- 最近、スキル・階級が同レベルの社員を採用しており、その人の給与額が基準となっている
一方、年収交渉の余地があるのは次のようなケースです。
- 企業が「どうしても必要な人材」と判断した場合、既存社員の年収水準に関わらず、希望に応じることもある。基本給は規定の給与テーブルに合わせるにしても、「入社一時金」などの体裁で上乗せするケースも
- 中小企業やベンチャー企業など、人事制度に融通がきく会社、あるいは「トップの一声」で物事が決まる会社では、希望が通るケースも多い。また、ストックオプションの付与などは、経営者の判断で決めることができる。自社にない経験・スキルを持つ人材なら、既存社員との公平性を気にすることなく待遇を決定する
年収交渉をうまく運ぶためのポイントは?
では、年収交渉に臨むにあたって意識したい、5つのポイントをお伝えしましょう。
1)交渉のタイミングは「内定前」
内定を告知されるタイミングでは、すでに採用企業側で給与額が決定しています。内定後に「もう少し上げてほしい」という要望は受け入れられにくいのです。交渉を持ちかけるなら、内定直前くらいのタイミングを狙ってください。
2)希望額の「根拠」を、相手が納得できるように説明する
こちらから希望した金額が、相手企業の想定額を超えている場合、その金額の「根拠」の説明を求められることもあります。特に、「前職よりアップ」を希望する場合はなおさらです。
根拠を明確にしたからといって希望が通るとは限りませんが、例えば住宅ローンなどがあり、「子どもが保育園に入れず、妻が復職できない」「親の介護のため妻が会社を辞めることになった」など、相手が納得できるような理由をきちんと説明できれば、考慮してもらえる可能性はあります。
「保育園に入れず妻が復職できない」といった家庭の事情も話してみよう。相手が納得できる理由であれば考慮してもらえることも。
撮影:今村拓馬
3)入社後どのように貢献できるか、具体的にプレゼンする
企業側に「どうしてもこの人が欲しい」と思わせることが大切です。これまでのキャリアを話すだけでなく、「私が入社すれば、こんな貢献ができる」「これくらいの利益を生み出せる」といったことを、より具体的にプレゼンしましょう。
4)他社からのオファー額を提示する
かなり注意が必要な方法ですが、並行して選考が進んでいる他社から提示されている金額を出すのも一つの手です。
ただし、これは「他社に奪われたくない人材」という評価を受けていてこそ通用するもの。それに、他社との比較交渉に対してはマイナスイメージを持たれることもありますので、嫌味を感じさせない伝え方をすることが大切です。
転職エージェントを介している場合は、エージェントから伝えてもらうといいでしょう。
5)「給与だけで決めない」という意思を見せる
「給与交渉を持ちかけることで、マイナスの印象を持たれ、不採用になってしまうのでは」と心配する人は多いようです。そのリスクを軽減するためには、希望給与額を提示した後、こう付け加えてください。
「希望を申し上げましたが、もちろん給与額だけで入社意思を決めるつもりはありません。御社のご事情も踏まえ、ご判断ください」
このように「私はお金だけを重視する人間ではない」というメッセージを伝えておけば、印象ダウンは免れると思います。
年収交渉は転職エージェントに任せればリスクが小さい
年収交渉は伝え方に気を遣うもの。「転職エージェントを通すメリットはこういう時にこそあります」と森本さん。
撮影:鈴木愛子
どうしても希望の年収額を通したい、という場合は、転職エージェントを活用することをお勧めします。
個人で直接交渉しようとしても、気後れしてなかなか切り出せないことも多いですよね。逆に、強気の交渉をしてしまうと心証を損なうことも。最悪の場合、「そこまでの金額を出すほど欲しい人材ではない」と、内定が白紙に戻ることもあり得ます。
年収交渉で転職エージェントを活用するメリットには、次のようなものがあります。
- そもそも「交渉の余地がある企業か」「交渉することが選考にマイナスにならないか」を判断してくれる
- 応募者と企業、双方の期待値を調整しながら、落としどころの金額を探ってくれる
- 企業は、これまで採用したことがないキャリアの人物に対しては「相場」が分からないもの。そんな時、「このキャリアの人なら年収〇〇円が妥当」など、客観的評価額を企業に伝えてくれる
- 給与額を上げられない事情がある場合、「入社一時金でカバーできないか」などの交渉もしてくれる
こういう時こそ、転職エージェントをうまく活用してはいかがでしょうか。
大切なのは「入社後」。人事評価制度を確認しておいて
「自分のほうが成果を出しているのに、同僚のほうが高い年収をもらっている」。これもよく聞く“転職あるある”だ。
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これはある人が抱えていた悩みです。
「企業から提示された年収額を承諾し、入社。ところが入社まもなく、僕と同じくらいの年齢・ポジションの既存社員は僕より給与が高いことに気づいた。僕のほうがパフォーマンスが高いのに、納得できない。今からでも給与アップ交渉をしていいものだろうか」
これは、実はよくあることです。
ベンチャー企業などでは人事評価制度・報酬体系が確立されておらず、「前職年収額をそのままスライドさせる」というケースが少なくありません。
こうした場合、同じ職種でも、前にいた会社の給与水準によって差がつきますので、上記のように整合性がとれていない状態が生じるわけです。
しかし、入社時の一時的な待遇に惑わされ、業務に集中できなくなる……なんてことは避けたいものです。こうした疑問が生じるのを未然に防ぐためには、内定を承諾する前に「人事評価制度」を確認しておきましょう。
肝心なのは、入社後、成果を挙げることでどれだけ報酬に反映されるか。人事評価制度は企業によってさまざまで、なかには四半期ごと・半期ごとなどの短期スパンで評価し、給与額を見直す企業もあります。
入社前に、評価制度に納得できるか、目標を明確に持てるかを考えてみてください。
この方のケースに限らず、「入社時の金額にこだわりすぎない」ことは大切です。場合によっては、「年収ダウンすることになっても踏み切ったほうがいい転職」もあります。その点については、次回詳しくお話ししましょう。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひアンケートであなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合がございます。
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※本連載の第22回は、6月29日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。