北朝鮮が弱腰・韓国にやたらと強気な理由。南北連絡事務所を爆破、非武装地帯に部隊配備へ

南北共同連絡事務所 爆破 北朝鮮 開城

6月16日、北朝鮮は同国の開城(ケソン)にある南北共同連絡事務所を爆破した。

North Korea's Korean Central News Agency via REUTERS

北朝鮮が矢継ぎ早に韓国への挑発行動を重ねている。

6月17日、軍総参謀部報道官は、軍事境界線に設置されていた「非武装地帯」に含まれる開城(ケソン)工業団地と金剛山(クムガンサン)観光地区に監視所を再建し、軍を進駐させることを発表。

同時に、地上と海上の軍事境界線の前線で砲兵部隊を増強し、訓練を再開するとともに戦闘態勢を上げることも宣言した。

前日の6月16日には、開城工業団地内の南北共同連絡事務所を爆破している。これらの措置は、かねて韓国で脱北者団体が対北宣伝ビラを飛ばしていたことに対する報復として、以前から予告していたものだ。

韓国はその間、宣伝ビラの規制強化方針を打ち出すなど、何とか北朝鮮の機嫌を損ねないようふるまってきたが、北朝鮮がそんな文在寅政権からのラブコールを無慈悲に「切った」かたちだ。

これらによって、2018年9月の南北軍事合意は事実上、破棄されたことになる。とくに非武装地帯に軍を進め、最前線で戦闘態勢に入るというのは、明らかにケンカ腰の対応だ。

北朝鮮のこうした対韓強硬姿勢は、6月に入って加速していた。その動きを主導していたのは、金正恩委員長の実妹である金与正・党第1副部長である。

金与正 朝鮮労働党 第1副部長

金正恩委員長の実妹で、朝鮮労働党第1副部長の金与正氏。

South Korean Ministry of Unification via Getty Images

まず、5月31日に韓国の脱北者団体が宣伝ビラをまいたことについて、金与正氏自らが6月4日に談話を発表している。

「南朝鮮当局は、軍事境界線一帯におけるビラ散布など、すべての敵対行為を禁止することにした板門店宣言と軍事合意書の条項を知らないとは言えないはずだ」

「もし、南朝鮮当局が今回、同族に対する悪意に満ちた雑音が出たことについて応分の措置を伴わせないなら(中略)開城工業地区の完全撤去になるか、あっても面倒なことしかない北南共同連絡事務所の閉鎖になるか、あってもなくても同じの北南軍事合意の破棄になるか、とにかく十分に覚悟をしておくべきであろう」

この時点ですでに、南北共同連絡事務所の閉鎖と南北軍事合意の破棄は、具体的に示唆されていたわけだ。

もうひとつ具体的に言及しているのは「開城工業団地の完全撤去」だが、これまでの有限実行ぶりからすれば、今後そこまで進める可能性も当然ある。

「南北共同連絡事務所の破壊だけでは終わらない」

非武装地帯 DMZ 韓国

韓国・坡州(パジュ)にある非武装地帯(DMZ)のフェンス。再統一を祈る色とりどりのリボンが結わえられている。

REUTERS/Kim Hong-Ji

北朝鮮は翌6月5日、党統一戦線部報道官の談話として、脱北者団体のビラ散布を罵倒している。

「金与正・第1副部長は去る4日に談話を発表し、クズの連中とそれを放置した南朝鮮当局が事態の重大さと(そこから起こりうる)破局的結果を深く認識し、やるべきことをまともにせよという深刻な警鐘を鳴らした」

「(韓国は)くだらない法螺を吹く前に、対南事業を総括する第1副部長が警告した談話を慎重に肝に銘じ、その一字一句をよく踏まえてものを言うべきである」

「金与正・第1副部長は5日、談話で指摘した内容を実務的に執行するための検討に着手することについて、対南事業部門に指示を出した」

盛んに金与正氏の指示であることが強調されている。また、次のような文言もある。

「順番としてまずは、やることもなく開城工業地区に居座っている北南共同連絡事務所を撤廃し、引き続きすでに示唆したさまざまの措置も実施していく」

南北共同連絡事務所の破壊だけでは終わらないことが、明確に宣言されている。

さらに9日には、北朝鮮は南北間のすべての通信網を遮断。同日の朝鮮中央通信は、金与正氏と党中央委員会の金英哲・副委員長が指示したと報じている。金英哲はおそらく金与正の補佐的な立場にあるのだろう。

「次の対敵行動の行使権は、わが軍の総参謀部に手わたす」

続いて6月13日には、再び金与正氏本人が談話を発表した。

「南朝鮮の連中と決別するときが来たようだ」

「私は、委員長同志と党と国家から付与された私の権限を行使して、対敵事業関連部署に次の段階の行動を決行することを指示した」

「遠からず、無用な北南共同連絡事務所が跡形もなく崩れる悲惨な光景を見ることになるであろう」

「われわれのこのあとの計画についてもこの機会に示唆しておく。次の対敵行動の行使権は、わが軍の総参謀部に手わたす。わが軍隊が人民の憤怒を多かれ少なかれ静める何かを断行してくれると信じている」

今回の南北共同連絡事務所の破壊も、軍の行動も、まさにこれらの予告を実行したことになる。

ここで注目すべきは、金与正氏の発言が明らかに「指導者」の語り口だということ。北朝鮮で指導者は金正恩氏ただ一人のはずだが、公式なポジションは党第1副部長にすぎない金与正氏が、指導者としての立場をアピールしているのである。

なお、北朝鮮側による一連の好戦的な行動に対し、文在寅(ムン・ジェイン)政権は関係改善のために北朝鮮への特使派遣を申し出ているが、それに対して、金与正氏は6月17日に長文の談話を発表している。

そこには、韓国政府と文在寅大統領を非難する激烈な文言が並んだ。

「南朝鮮当局者の演説を聞いていると、我知らず胸がむかつくのを感じた」

「ずうずうしさと醜悪さが南朝鮮を代表する最高執権者の演説に映ったのは、実に驚愕(きょうがく)すべきことだ」

「今後、南朝鮮当局者らができることは後悔と嘆きだけであろう」

韓国からすぐに反撃される懸念はほとんどない

韓国 文在寅 大統領

南北融和路線を貫いてきた韓国の文在寅大統領。

Lee Jin-man/Pool via REUTERS

このような北朝鮮の強硬姿勢から顕著にうかがえるのは、金与正氏の突出した存在感だ。

金正恩委員長の動静が伝えられることがめっきり減っていて、その代わりに前面に出てきている。金正恩氏の健康不安説の真相は不明だが、少なくとも妹が名実ともにナンバー2の地位を不動のものにしたといっていい。

そんな金与正氏を、前出の金英哲・党副委員長や、金与正氏に次いで談話を発表する機会の多いチャン・グムチョル党統一戦線部長らが補佐しているものと推測される。

今回の一連の行動は、北朝鮮にとってそれほどリスクの高いものではない。韓国の文在寅政権は徹底的に南北融和路線の政権であり、北朝鮮側がある程度強めの敵対的行動をとっても、すぐに反撃されるような懸念は、北朝鮮側にはほとんどない

そういう意味では、北朝鮮の強硬な態度には、政権ナンバー2としての金与正氏の地位を固めるうえで、指導力をアピールする面があるともいえる。

韓国には強気、アメリカにはどう出るか

金正恩 朝鮮労働党 委員長

健康不安説もささやかれる北朝鮮の金正恩委員長。この写真は6月7日の党政治局会議で撮影されたとみられる。

North Korea's Korean Central News Agency via REUTERS

なお、北朝鮮は今回、脱北者の宣伝ビラへの怒りと、それを取り締まれていない韓国政府を一貫して口汚く罵っている。同時に、韓国が南北合意の成果を台なしにしたという責任追及の言葉も多い。

2年間の北朝鮮側の努力が無駄になった、としつこいほど強調されているが、それは要するに、2年間の停滞の自分たちの責任を回避するため、韓国に責任転嫁しているわけだ。

北朝鮮は金与正氏の存在感を誇示するパフォーマンスを強行し、弱腰な韓国に対してきわめて強い態度を貫き通している。

そうした状況を見ていて気になるのは、やはり、北朝鮮問題の本丸である米朝関係について、北朝鮮側が今後どういったことを仕掛けていくのかという点だ。

6月12日に李善権(リ・ソングォン)北朝鮮外相が談話を出し、北朝鮮側が核実験場の廃棄、米兵遺骨返還、拘束されていたアメリカ人の釈放、核および大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実験中止などの措置をとったにもかかわらず、トランプ大統領はそれを「自慢の種として言いふらした」だけだったと強く非難している。

さらに、「もうわれわれは二度と、何の代価もなしに米執権者に実績宣伝の種という風呂敷包みを送らない」と関係改善を拒否。5月23日に開催されたとみられる党中央軍事委員会拡大会議で決定した「アメリカの長期的な核戦争脅威に対処するための、国の核戦争抑止力の強化」を進めると強調している。

北朝鮮が実際に何をやるかはいつも国際社会の状況に左右され、現時点では判然としないが、核やICBMの実験を再開する日に備え、自己正当化のための口実づくりを着々と進めていく可能性が高い。


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み