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パナソニックコネクティッドソリューションズ(CNS社)は5月20日、アメリカのソフトウエア会社ブルーヨンダーの発行済み株式の20%を8億ドル(約860億円)で取得すると発表した。
ブルーヨンダーは機械学習を用いたサプライチェーンマネジメントで優位に立つ企業とされる。その企業価値は55億ドル(約5900億円)にのぼるとの評価を受けている。
ブルーヨンダー側は、今回の資本提携をどう受け止めているのか。同社の最高経営責任者(CEO)ギリッシュ・リッシ(50)と日本法人の幹部らが取材に応じた。
リッシは、パナソニックとの資本提携をこう振り返った。
「パナソニックは、企業向けソフトウェアの能力を持つ我々のようなパートナーを必要とする一方で、我々が持っていないエッジデバイスやIoTの能力がある。両社は補完的な関係だ」
ブルーヨンダーのギリッシュ・リッシCEO。モトローラ・ソリューションズなどを経て、2017年に就任した。
提供:ブルーヨンダー
日本法人の社長を務める桐生卓(46)も「外資系の本社と日本企業がガッツリ組んでパートナーシップを結ぶのは、最近はあまり聞かなかった。その一翼を担えるのは、非常に楽しみだ」と話す。
リモートで取材に答えるブルーヨンダーの日本法人の幹部たち。桐生卓(左)、執行役員の白鳥直樹(右上)、シニアチャネルセールスディレクターのギャリー・コリンズ(右下)。
撮影:小島寛明
ブルーヨンダーは4カ月前まで、JDAソフトウェア(JDA)の社名で知られていた。JDAは1985年創業のアメリカ企業。ブルーヨンダーは2008年にドイツで創業した機械学習で注目を集めていた企業の名で、JDAは同社を買収し、買収先の社名であるブルーヨンダーを新たに自社の名とした。
日本法人執行役員の白鳥直樹(47)は、企業のサプライチェーンの構築を支援する仕事に長く携わってきた。10年前、所属していたソフトウェア企業がJDAに買収された縁で同社に加わることになった。白鳥はブルーヨンダーの技術の優位性をこう表現する。
「このままでは部品が予定通り供給されない可能性があって、影響があるかもしれない。そういう状況を見えるようにするのが可視化。そこからAIの力を借りて、これから発生しうる問題をどう回避するかを考える。ここまでできるテクノロジーを提供している企業は、ほかにはない」
サプライチェーンの自動運転
ブルーヨンダーのシステムの特徴を説明する資料。ブルーヨンダーのスライドより。
撮影:小島寛明
新型コロナウイルス感染症の拡大で、ウェブ会議を導入する企業が増え、パソコン用のカメラの需要が跳ね上がったと言われる。
例えば、この急激な需要の変化に、ブルーヨンダーはどう動くのだろうか。白鳥は「おそらく、このような緊急事態にできることは3つぐらいしかない」と説明する。
- カメラのメーカーに緊急で発注する
- 船便で時間をかけて運んでいた場合は、航空便で急いで届ける
- 自社の別部門の在庫に同等品があれば、必要な部門に送る
システムはこうした選択肢を示し、それぞれどの程度のコストが発生するのかを人間に提案する。
システムの提案に対して、企業の経営層が意思決定をする。あるいは、あらかじめ予定された追加的なコストの範囲内であれば、AIが自律的に意思決定をする。
こうしたシステムを、白鳥は「サプライチェーンの自動運転」という言葉で表現している。
ただ、AIが選択肢を示し、必要に応じて自律的に判断をするサプライチェーンの実現には、条件がある。
ひとつの製品はメーカーが部品や材料を調達して製品をつくり、倉庫に運び、最終的に小売店で消費者の手に渡る。業種も規模も異なるさまざまな企業がそのプロセスで関わることになるが、そこでシステムが正しく動くには、必要なデータが共有されていなければならない。
「日本市場は難しいところもある」
ブルーヨンダーが提供するサプライチェーン・マネジメント・システムの説明資料。ブルーヨンダーのスライドより。
撮影:小島寛明
桐生は「サプライチェーンマネジメントは、1990年代後半ごろから出てきたが、いまだにうちのサプライチェーンは盤石だという企業にあったことがない。日本市場はなかなか難しいところもある」と話す。
企業の枠を越え、必要な範囲でシステムを共通化し、データを共有する取り組みは、簡単には進まない。システムは最先端でも、その導入には人間くさい組織間の合意形成が必要になる。
日本市場でブルーヨンダーがプレゼンスの拡大を目指すうえで、こうした調整の難しさが壁になると考える関係者は複数いる。
それでも桐生は、人口が減っていく日本で、サプライチェーンの高度化への需要は高まっていると考えている。
これまでサプライチェーンを効率的に動かすため、工場に1日に3回トラックが来ていたが、必要な運転手を確保できず、2回や1回への減便を余儀なくされている企業もある。
「制約条件が増えている中で、ビジネスに必要なコストを最小化するには、企業の垣根をまたいで最適な解を見つけていく必要があり、そこに貢献できるはずだ」
クラウドにかじを切ったJDA
35年前に創業したJDAは、工場、倉庫、店舗といったサプライチェーンに関連する各分野のソフトウェア会社の買収を繰り返し、拡大してきた企業だ。
資本提携の前はパナソニック内部にも、JDAの提供するシステムは個別には優れているが、全体から見るとバラバラという厳しい見方もあった。
JDAはこの3年で大きく変わったと受け止められている。多くの人の意見が一致する変化のきっかけは、ギリッシュ・リッシのCEO就任だった。
3月から日本法人に赴任しているギャリー・コリンズは、リッシ就任前のJDAを知るひとりだ。
「それまで私たちは、顧客にフォーカスせずに物事を進めてきたが、ギリッシュはそうした会社のカルチャーを変えようとしている。ギリッシュがもたらした最も大きな変化だと思う」
リッシは2017年1月、モトローラ・ソリューションズの上級副社長などを経て、旧JDAのCEOに就任した。その理由についてリッシは次のように話している。
「今後10年以上、サプライチェーンは形を変えていく。そこに、チャンスがあると考えた」
リモートで取材に答えるブルーヨンダーCEOのギリッシュ・リッシ。
撮影:小島寛明
リッシがCEOに就任して以降、旧JDAはクラウドをベースとしたシステムに大きくかじを切る。
2017年末には、ブルーヨンダーの買収に向けた検討を始めた。サプライチェーンや小売業向けのソリューションを提供するブルーヨンダーに注目したのは、AI、機械学習分野の専門性の高さだ。
「110人の従業員のうち、90人がPhD(博士号)を保有している。チーム全体が非常に印象的だった」
とリッシは言う。
旧JDAは、2018年8月に同社を買収。さらにその半年後には、社名をブルーヨンダーに変更した。
社名変更を前に、旧JDAは顧客企業、協力企業、自社の従業員を対象にインタビューなどの調査を実施している。
「調査の結果、長期的には社名変更は我々にとって良いことだとわかった。JDAに長く勤めている社員の中には、社名に愛着を感じている者もいたが」
パナソニックと共通する動き
旧JDAに参画して以降のリッシの動きを見ると、パナソニック側の動きとも共通点があることがわかる。
リッシが旧JDAのCEOに就任したのは2017年1月のことだ。その3カ月後には、パナソニック内部の組織再編でCNS社が設立され、日本ヒューレット・パッカード、ダイエー、日本マイクロソフトの社長を歴任した樋口泰行(62)がCNS社の社長に就任した。
CNS社と旧JDAが新しいトップを迎えた約1年後、両社の幹部が交渉を始めている。リッシは、最初の会合をこう振り返る。
「初めて会って、両社には文化の面で共通点があることが印象に残った。優れた製品への情熱や、未来への長期的な視点が共通する」
以後、両社は段階的に協業のステージを上げてきた。まず、2018年夏にはパナソニックが旧JDAの顧客となり、2019年1月にはパナソニックと旧JDAは共同開発について覚書を結んだと発表している。
そして、2020年5月の資本提携へと至る。リッシは、パナソニックとの協業に期待感を述べている。
「世界中で、子どもたちもパナソニックの名前を知っている。そのブランドネームはとても強い。我々にとっても大きなアドバンテージになる」
(敬称略)
(文・小島寛明)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどで執筆。取材テーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。