撮影:竹井俊晴
新型コロナウイルス下の政治や行政のあり方には、さまざまな意見が飛び交った。
いわく、縦割り組織の弊害が露呈した。硬直した組織図が対応を遅らせたなど。実際、特別給付金の遅れやPCR検査の拡大がなかなか進まなかったことなど、検証しなければならないことは多いし、批判されるべき点もあるだろう。
けれども知ってほしい。
とかく縦割りを指摘される日本において、都道府県を超えたつながりを生かし、この危機の対処に当たった若手公務員たちがいることを。
「官僚きっての人たらし」
日本はこれまで何とか医療崩壊を免れ、各国と比べても感染者数を抑え込んできた。その最大の功労者は感染の最前線で働く医師や看護師だろう。
一方で、このコロナ禍はこれまで社会にすでに存在していたさまざまな課題を浮上させることになった。そうした課題の向き合い、何とか今ある制度の中で奮闘してきた公務員も、ある意味最前線で戦ってきたと言えるのではないか。
これまでに経験したことのない危機には、これまでのやり方や経験は通用しない。そんな中、行政に共通する課題をいち早く共有し、集合知で解決しようとする公務員同志のつながりがあった。
「よんなな会」。47都道府県の公務員たち5000人を超えるコミュニティだ。
この会を10年かけて作ったのは、脇雅昭(38)。彼を知る人はみんなこう口を揃える。「官僚きっての人たらし」。
よんなな会オンラインより
話は、緊急事態宣言が発表される1カ月ほど前に遡る。
2020年3月8日。
日本がコロナウィルスの影響に揺れ始めたこの時期、日本全国からオンライン上に300人の公務員が集まった。もともとは東京・丸の内で開催される予定のイベントだったが、コロナの影響を鑑みて、オンラインでの開催となったのだ。
北海道から沖縄まで。ほとんどは、都道府県や市町村の20代、30代の若手の公務員、よんなな会のメンバーだ。
よんなな会は、結成当時総務省の官僚、現在は神奈川県庁に出向する脇の呼びかけで、2010年にスタートした。現在は、中央の若手官僚や自治体職員などが定期的に集い、つながっている。
この日のイベントは、認知症の人がホールスタッフを務める業態が話題を呼んだ「注文を間違える料理店」をプロデュースした小国士朗によるトークで、課題共有の方法を学び、コピーライターの阿部光太郎による「『I Love You』をどう訳す?」の講演で、「人の心のつかみ方」を勉強するなど、バラエティに富んだ内容だった。
会は、「地域や立場を超えた情報共有で、コロナ危機を乗り越えよう」というメッセージのもとに、閉会した。
フェイスブックグループで知見を共有
新型コロナウイルスの感染が広まるにつれ、各自治体ごとに前例のない対応が求められた。
Musashi akira / shutterstock.com
このメッセージがただの掛け声ではなかったことを参加者たちが実感するのは、数日後のことだ。コロナの勢いが、あっという間に日本中に広がった。本来は別の業務を担当する脇も、3月中旬に急遽神奈川県コロナ対策本部に異動になり、最前線で対応策を迫られることとなった。
感染者の数が増えるに比例して、よんなな会のフェイスブックグループ上で運営する全国の公務員の情報共有の場「オンライン市役所」でやり取りされる情報量は、爆発的に増えた。刻々と変わる状況に、これまでの制度やルールが通用しない。最初は公務員の側からも不安や戸惑いが漏れていた。
「地域の人たちを守らなくては」「医療を崩壊させてはならない」「事業者への補償はどうする?」
すべての決断が重要で、すべての決断が急がれていた。
これまでないスピード感で決定しなくてはならないことが山積する状況で、よんなな会のつながりは、有機的に働いた。次第にやり取りが具体的になり、課題が明確になっていく。
「給付金のアナウンス、どんなふうにした?」「自治体のイベント、いつまで延期にする予定?」「高齢者が家から出られない問題、何か解決策考えたい」「宿泊療養施設の患者さんのQOLを上げるアイデア募集!」「協力金を効率的に配布する方法あるかな? 隣県同士、意見交換できるかな?」「補助金の仕組み、事業者の方に分かりやすく告知できるツールがほしい」
次々と課題が挙がり、すぐさま意見が交換される。
オンライン市役所に所属する公務員が拾ってきた情報は、すぐにそれぞれ自治体の議題に挙げられ、対応策に生かされていった。
よんなな会でデザインが共有された給付金のチラシ。写真は神奈川県のチラシ。
例えば、ある県で作った給付金や給付金や補助金のチラシ。どういう人がどんなサービスを受けられるのか一目で見て分かるように、プロのデザイナーに作ってもらったものだ。他の自治体でも活用したいという要望を受け、すぐにチラシのデータを共有した。ゼロから作れば、時間もお金もかかる。データを共有されることで各地でアレンジされ、住民に配られた。
緊急事態宣言において、力を入れるべきところに力を入れ、協力できるところは協力し合うことができたのも、オンライン市役所での意見交換がきっかけだった。
助成金モデルを作るため、県をまたいだミーティングをアレンジしたのも、「よんなな会」のメンバー同士だ。
オンラインでのやり取りにいち早く慣れたよんなな会のメンバーたちは、自治体がオンライン会議などを導入を進める際の核となっていった。
公務員にしかできないことが、ある
この期間、家に帰れないほどの激務だったメンバーも多いという。脇も自宅に帰れず、県庁そばのホテルに寝泊まりする日もあった。メンバーの中には、陽性者と接触するレッドゾーンに近い現場で働いた人もいる。
「安心、安全、安定の職業」と言われた公務員が、感染の最前線で働くことを余儀なくされた。その緊張感はこれまでに味わったことがないものだったが、「歩みを止めたら事態はすぐに悪化する」「今こそ公務員が動くべきとき」という使命感がよんなな会のメンバーには共有されていた。
公務員にしかできないことが、ある。
この時期、その役割とやりがいを再認識したメンバーが多かったという。
撮影:竹井俊晴
よんなな会を発足させた理由をこれまで、脇はメディアの取材に、このように答えてきた。
「日本にいる388万人の公務員の志と能力が1パーセント上がったら、世の中はめちゃくちゃ良くなるんじゃないか」
否応なくコロナ対策の渦中に投げ出され、これまでよんなな会で育まれた公務員同士の集合知が、目に見える形で結実し始めている。
「すべての出会いがつながっていると、今感じています。これほど真っすぐ、公務員の仕事の価値と向き合えたのも初めてです」
と、脇は言う。
撮影:竹井俊晴
今回の取材は、まず2月25日に対面で、2回目の取材は6月4日にオンラインで行った。
数カ月の間で、あらゆる価値観が変化した。それまで「安定の職業」と言われてきた公務員という職業に対する価値観も、激変した。
働くとは。つながるとは。
公務員の価値をエンパワメントし続ける、脇に話を聞いた。
(敬称略、明日に続く)
(文・佐藤友美、写真・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)
佐藤友美(さとう・ゆみ): 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。