1982年生まれ。東大法科大学院卒業後、総務省に入省。入省後に司法試験に合格。熊本県庁出向後、総務省で人事採用などを担当。2010年によんなな会を発足。2013年から神奈川県庁に出向。
撮影:竹井俊晴
脇雅昭(38)がよんなな会を発足させたのは2010年だ。
2008年に総務省に入省した脇は、すぐに熊本県庁に出向。2010年に本庁に戻ったとき、「霞が関に出向で来ている地方自治体の人たちが、地方に帰ってからもつながりを持って働くことができたらいいのに」と考えた。
「出向で霞が関に来る人たちって、20代、30代の若手のエースなんですよね。地方に戻ると地方創生の要になっていく人たちなんです。その人たちが、東京にいる間にいろんな人と出会える場を作りたいと思ったのが始まりでした」
自分自身が熊本県庁への出向で、さまざまな縁を得ることができた。その恩返しをしたいという気持ちもあった。
年間400回の飲み会で人をつなげる
「よんなな」は、47都道府県を指している。
中央省庁で働く官僚と、47都道府県地方自治体の若手をつなぐ。その目的でスタートしたこの会は、もともと小さな飲み会の積み重ねがベースになっている。
脇自身が「この人とこの人が出会ったら楽しいだろうな」と思って主催してきた飲み会は、年間約400回。脇がつなげた人たちが、それぞれ仲間を呼ぶようになり、今では年に2回の大規模な交流会をはじめとし、地域ごとの分科会なども行われている。
最初は中央省庁に出向してきている公務員や官僚をつなげる飲み会からスタートした(写真はイメージです)。
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その名の通り、47都道府県すべてから県の職員だけでなく市町村の職員まで、霞が関の全省庁から参加者が集まる。
会でのつながりをきっかけに、都道府県をまたいださまざまなプロジェクトや施策が生まれた。 地域金融機関と地方公務員、そして金融庁が協力して地方創生のプロジェクトに取り組むきっかけを作ったり、よんなな会で出会った若手のつながりから首長を説得し、遠く離れた自治体が一緒にイノベーションに取り組んでいく協定を結んだこともある。
それらのプロジェクトは、時に華々しく取り上げられることもある。しかし脇自身には、そんな華やかな「成果」よりも、大切に感じている「価値」がある。
それは、「よんなな会」に参加する若い公務員からもらう、「明日から、仕事がもっと頑張れそうです」という言葉だ。
公務員の仕事は、あって当たり前の仕事。ミスがなくて当然。人から褒められることもあまりない。だからこそ、モチベーションの維持が難しい部分もある。けれども、一つひとつが本当は誰かの役に立つ大事な仕事。華々しくなくてもいい。同じように頑張る全国の公務員に出会うことで、それぞれが与えられた仕事を頑張ってくれたら世の中もっと良くなるんじゃないか。
これをつくって誰が喜ぶのか
全国に影響を及ぼすような仕事は大きすぎる故に、誰のためになるのか実感が持てなかったという。
撮影:今村拓馬
今でこそそう思う脇も、20代の頃には忸怩たる思いがあった。
熊本県庁から総務省に戻ってきた脇の仕事は、病院や地下鉄の会計制度をつくること。 全国に影響がある大事な仕事だが、大きすぎるが故にこれをつくって誰が喜ぶのか、実感があまり持てなかった。自分の命を削るほど毎日遅くまで仕事をしているが、自分の仕事の価値が見えにくい。自分はこのまま公務員として生きていくべきなのか……。
人生で何をなすべきか。それを考え始めた脇は、その答えを省庁の外に求めた。終業後の時間を使って、民間企業で活躍する若手や、社会起業家と呼ばれる人たちと会うようになったのだ。
しかし、ここでの出会いも脇の苦しさを増長することになった。
例えば学校の先生の負担を少しでも減らせないかと、教員向けSNSを立ち上げた「SENSEI ノート」の浅谷治希。
「彼は、誰からも頼まれていないのに『1人の先生が変われば、数百人の教え子の人生が変わる。教育が変われば日本が変わるはずだ』と言うんですね。全てのリスクを1人で背負いながら、『社会の課題を解決したい』と真っすぐに言う彼らは、僕にはとても輝いて見えました。
命がけで何かをかなえようとしている同世代がいるのに、『俺って何をしてるんだろう。本気で仕事をできているのかな?』と、さらに考え込んでしまうことになりました」
モヤモヤする自分を持て余していた脇はまず、自分が人生を賭けられるビジョンを探そうとしたが、簡単には見つからなかった。
撮影:竹井俊晴
しかし、30歳を目前にしていよいよ転職を考え始めたとき、ある人から言われた言葉が転機になった。
「民間企業の中で、おまえみたいな人はたくさんいる。でも、そういう民間の人たちの志を分かった上で、一緒に世の中を良くしていこうと考えてくれる人が、行政にいることは大きな価値だよね」
脇は自分の仕事を振り返った。
「僕は今、自分がいる場所の価値をむしゃぶり尽くしているだろうか」
そう思ったら、まだやれることがあると感じたという。
脇はこの頃から、公務員であるからこその価値に真剣に向き合うようになった。
行政にいるからこそ生み出せる価値は何だろう。利益を追求しなくていい組織だからこそ、できることがあるかもしれない。公務員だから信用してもらえていることもある。
そう考えると、よんなな会の価値も、もっと拡大できるように感じた。
よんなな会は、公務員が集まるコミュニティだからこそ、民間のいろんな人が警戒せずに参加しやすい側面があるだろう。自分はそんな場のコミュニティマネージャーになれないだろうか。
行政だけでできることは限られているが、行政にしかできないこともある。そして民間だけではできないこともある。中央の官僚と地方の公務員をつなぐだけではない。行政も民間もNPOも、自由に意見交換できる場を作れないだろうか。
そう考えるようになって、よんなな会が、広がりを持つようになっていった。
それから数年後、脇は
「338万人いる公務員が、今目の前にあることをもう少しだけ頑張ろうと思って、その志と能力が1パーセント上がったら、この国はもっともっと良くなるんじゃないか」
と、口に出して語るようになった。
探しても探しても見つからなかったビジョンが、動いた後についてきた。
(敬称略、明日に続く)
(文・佐藤友美、写真・竹井俊晴)
佐藤友美(さとう・ゆみ) 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。