宗教への思い込みがどれだけ無知なことか知ったシマオ。「救いの集合知」である宗教を知ることで、この不安定な世の中を生きるヒントが少し分かるかもしれない。そんなシマオに佐藤さんは信仰の学びと危うさを教える。
新型コロナによるアイデンティティ・クライシス
シマオ:これまでのお話で、宗教の影響の大きさが分かってきた気がします。これから、宗教ってどのような道をたどっていくんでしょうか?
佐藤さん:長い目で見れば、伝統的な宗教の力は弱まると思います。先進国では、むしろ形を変えた宗教が広まっていくと思いますよ。
シマオ:形を変えた宗教?
佐藤さん:伝統的な宗教ではないけれど、宗教的な要素を持ったもののことです。
シマオ:例えば、どんなことでしょうか。
佐藤さん:以前、マルクスが『資本論』で、お金が「神様」になることを指摘したという話をしました。資本主義の社会では、まさに「拝金教」という宗教がはびこっています。
シマオ:第7回でおっしゃってましたよね。本来は紙切れや金属の塊にすぎない「お金」を信じている、ということですね。
佐藤さん:もう一つ、これも話しましたけど、ビジネスパーソンのほとんどが信じている「出世教」があります。
シマオ:肩書きが全てであるかのように思ってしまう。僕も、そんなことはないと思っていても、長年同じ会社に勤めているとそうなってしまうのかな……。
佐藤さん:似たようなものに「学歴教」もありますね。しかし、これら全ての前提が今回の新型コロナの影響で崩れてきているんです。テレワークで最も要らなくなったものは何でしたか?
シマオ:えっと……あ、承認のハンコを押すだけの中間管理職、ですかね。
佐藤さん:そうです。テレワークが広まれば、成果主義が徹底される。そうなれば、出世教の信者たちが信じていた肩書きの価値は崩壊するわけです。拝金教についても似たような影響があります。シマオ君は自粛期間中、お金を使いましたか?
シマオ:いえ、これまでに比べると飲み会も外食もなくなったし、外に出ないから無駄なものも買わなかったな。正直、こんなにお金を使わないで生活できるんだ、というのが発見でした。
佐藤さん:だから、これまで出世すること、お金を稼ぐことに生きがいを感じていた人ほど、アフター・コロナの世界では深刻なアイデンティティの危機に陥る可能性があるんです。
日常の中に潜んでいる“何か”への信仰
シマオ:そうなると、これまで拝金教や出世教を信じていた人たちは行き場がなくなってしまいませんか?
佐藤さん:だから、そうしたフラストレーションを抱えた人たちのよりどころとしての宗教の価値が高まってくると考えられます。それは伝統的な宗教かもしれないし、新たな形の宗教かもしれません。
シマオ:新興宗教ってことでしょうか?
佐藤さん:それもあるけど、もっと身近なところに宗教的なものはあるんですよ。いま、若い人たちにオンラインサロンが人気ですよね。
シマオ:成功した経営者とかのサロンには月額数千円払って、セミナーというか、むしろ受講者たちの働きで運営されているものもあるらしいです。
佐藤さん:そうやって100人、1000人単位の「ミニ教祖」みたいなのが生まれてくる。オンラインのおかげで比較的アクセスが簡単で、一度入ればインナーサークルの結束感を得られます。これはまさに宗教的なものです。
シマオ:サークル的な感じならいいですけど、たまにちょっとうさんくさいのもありますよね……。
佐藤さん:そういうのも出てくるでしょうから、見分けることが必要でしょうね。日本人は自分たちのことを無宗教だと思っていることが勘違いだというのは、こういった面からも言えることです。実はあちこちに「宗教的なもの」は転がっています。それを宗教的と感じられないのが、大きな問題です。
宗教は恐れず、崇拝せず
シマオ:宗教について学ぶのって、どうしたらいいんでしょう?
佐藤さん:まずはそうですね。日本人は宗教について知らなすぎるから、過剰に怖がったり、逆に変な憧れを抱いたりする危険があります。ロシアでは宗教教育を「精神的安全保障」として、義務教育に組み入れているんですよ。ただし、宗教学では信仰心については学べません。
シマオ:どうしてですか?
佐藤さん:宗教学というのは、宗教について客観的に研究するものです。信仰心について知りたければ、やはり宗教のことを簡単に説明している書籍を買ったり、お寺や神社、教会などに行き、お坊さんや牧師さんなどに話を聞くのが一番でしょう。
シマオ:勧誘されないか心配です……。
佐藤さん:ちゃんとした宗教指導者であれば、無理な勧誘はしないはずです。宗教を知るのに、信者になる必要はないんですから。むしろ怖いのは、宗教が世俗化することによって強い影響力を及ぼすことです。今、神道がその方向に向かっているのではないかと危惧しています。
シマオ:国家神道は、敗戦でなくなったんじゃないですか?
佐藤さん:敗戦で、神道は数ある宗教の一つになりました。けれど今、国家神道が復活する危険性があります。その例が、国有財産払い下げで話題になった森友学園の問題です。
シマオ:幼稚園児に教育勅語を読ませたりする、「右」寄りの教育をしていましたね。
佐藤さん:実はポイントはそこではなく、理事長の籠池泰典氏が「神道は宗教ではなく、日本人の習俗である」という教育をしようとしていたことにあるんです。
シマオ:宗教ではないから、いいんじゃないですか?
佐藤さん:戦前の伊勢神道も、自らを宗教とは宣言していませんでした。むしろ日本の「文化」だからこそ、誰もがそれに従う必要があるという論理になる。それは太平洋戦争までの国家神道に連なる考え方なんです。日本人は、その危険性を認識しなければなりません。
占い、パワースポットなども一種の信仰と呼べる。「人の信仰心がどこから来ているのかを知ると、世の中を見る目がまた変わってくる」と言う佐藤さん。
創価学会が「世界宗教」になる可能性
佐藤さん:今回の新型コロナの件で言うと、宗教的な価値観が実際に政治を動かしているとも言えます。今回の新型コロナの件で一律10万円給付が実行されたのは、公明党の影響が大きいからだと思います。
シマオ:そこに宗教が影響しているんですか?
佐藤さん:創価学会は、もともと日蓮宗の一派でした。日蓮宗には、疫病や災害などが起きるのは、仏法的に正しい政治が行われていないからだという考え方があります。だから、そうした時には政治を正さなければいけないという信念があるわけです。
シマオ:それが、一律給付につながった、と。
佐藤さん:その点では私は創価学会の動きは、大変興味深いと思っています。これから世界的な宗教となって行く可能性がある。私がキリスト教が世界宗教となった過程を研究する上でも、大きな参考になると思って見ています。
シマオ:どの宗教も最初は新興宗教だったわけですものね。
佐藤さん:そうです。キリスト教だって最初は新興宗教として、煙たがられたんですから。といろいろ、宗教に関して言いましたが、宗教というのは出合うものであって、無理に信じたり、信じさせるというものではありません。特定の宗教を信じていなくても、あるいは違う宗派であっても、そこから学べることはたくさんあります。
シマオ:はい。
佐藤さん:例えば、伝統的な仏教では、現在起こっていることを過去からの因果関係で捉えます。だから、現在を変えれば、未来が変わるとも考えられる。キリスト教は、ある意味で世界は変わらないという考え方ですから、その点は仏教に学ぶべきところだと思います。
シマオ:人生の危機を乗り越えるためにも、変な宗教にだまされないためにも、知っておくことは大切ですよね。宗教なんて怖いと思ってましたけど、見え方が変わった気がします。
※本連載の第21回は、7月1日(水)を予定しています。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。昨年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)