2018年秋から「新生」Evernote(エバーノート)を率いるイアン・スモール最高経営責任者(CEO)。
Evernote
- メモアプリのEvernote(エバーノート)はシリコンバレーで最初にユニコーン(評価額10億ドル)を達成したスタートアップだった。しかしその後、成長は減速した。
- AndroidアプリとiOSアプリにデータ互換性がないなどの欠陥が見つかり、ユーザーの不満が高まるにつれて売り上げを伸ばすことが困難になっていった。
- 2018年末にEvernoteの最高経営責任者(CEO)に就任したイアン・スモールは、根本的な改革が必要と判断し、アプリのリニューアルに乗り出した。
- 同時に企業文化の改革にも力を入れ、部門間の協力や社内の透明性の強化を進めた。
Evernoteの物語はジェットコースターだ。非常に高いところまでのぼり詰めたが、激しい急降下も経験している。
熱狂的なファンを集め、 2012年にシリコンバレーで最初のユニコーン、つまり企業価値の評価額が10億ドル(約1100億円)を超えるスタートアップとなったものの、2015年には泥沼にはまった。 2018年秋には経営幹部の離職が続き、死の淵に近づいた。
同年秋、Evernoteの取締役会は新たなCEOとしてイアン・スモールに白羽の矢を立てた。スモールはその後、アプリの全面的な再構築をはじめ、復活に向けて(スピードは遅いものの)着実な努力を積み重ねた。
スモールはBusiness Insiderのインタビューに対しこう語っている。
「シリコンバレーの企業では、いつも『基本に立ち返る』ことが大事だと言われます。なぜなら、プロダクトはそもそもなぜそこに存在するのか、理由を忘れてしまうことがたびたびあるという調査結果が出ているからです。それはまさにEvernoteで起きたことでした」
当初の栄光とファンを取り戻すべく、スモールは1年半かけてアプリの完全なつくり直しに取り組んだ(現在も進行中だ)。
「結局のところ、ユーザーがそもそもプロダクトを使うようになった理由にフォーカスすることが肝要なのです」(スモールCEO)
抜本的な改革へ
Evernoteは「すべてを記憶する(Remember Everything)」というキャッチフレーズとともにデビューした。
Evernote
2008年、「すべてを記憶する」というキャッチフレーズとともに、Evernoteはローンチするやいなや大きな人気を獲得した。
学生たちは講義のノートを取るのに使い、会社員たちはミーティングでの議論を書きとめた。調達した資金は2億9600万ドル(約325億6000万円)にのぼり、セコイア・キャピタル、セールスフォースに加え、アレクシス・オハニアン(Reddit共同創業者)も投資家に名を連ねた。ピーク時の評価額は12億3000万ドル(約1353億円)に達した。
しかし、Evernoteのビジネスはその後なかなか売り上げを伸ばすことができなかった。無料ユーザーを有料プランに移行させる「決め手」を見つけることができなかったのだ。
一時は「Evernoteマーケット」を立ち上げ、洒落たバックパックやウォーターボトルなどライフスタイル商品の販売にまで手を広げたが、アプリの欠陥が露呈するにつれ、ユーザーの反応は次第にネガティブに傾いていった。
なかでも深刻なのは、iOS版のEvernoteアプリがAndroid版と機能面で食い違っていることだった。しかも往々にして、機能だけでなくデータにも互換性がなかった。マルチプラットフォームで複数のOSを利用しているユーザーにとっては使い勝手が悪すぎる。
Evernoteにジョインしてまもない2019年1月、スモールは自ら投稿したブログ記事で、「iOS版とAndroid版の機能が微妙に異なるだけでなく、それぞれ特有のバグに悩まされていることに気づいた」と書いている。
ユーザー数は増え続けていたものの、そのスピードは大きく低下し、既存ユーザーがEvernoteに関心を失いつつあることを示していた。
「Evernoteのように、ファンの熱狂的支持の上に成り立っている会社は、ユーザーが『この会社は自分たちの声を真剣に聞いているのか?』と不信感を抱くようになると苦しい」(スモールCEO)
スモールは先のブログ記事で「抜本的な変革を実行する」と約束している。
アプリの再構築
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スモールがまず手をつけたのは、いわば水門を開いてユーザーの不満、苦情、提案を最大限に受け入れることだった。
続いて全社員を対象に、どこを修正すべきか提案を募った。改善すべき点を(ユーザーと社員に)クラウドソーシングしてかき集めた結果、膨大なリストができ上がった。
経営陣はひとつの部屋に何日か閉じこもり、この膨大なリストにすべて目を通した。修正が必要な問題点を整理して優先順位をつけ、関連する問題点をグループ化して小規模なプロジェクト単位にまとめた。スモールはこう語る。
「この修正計画は全社員に公開しました。自分たちの提案がどのように取り上げられ、実施されるのか、社員に知ってもらうためです。計画はトップダウンではなく、ボトムアップでつくられたのです」
その後、それぞれのプロジェクトを担当するチームを決め、計画は動き出した。修正はゆっくりと、しかし着実に進んでいき、プロダクトの根本的な基礎となる要素すべてに及んでいった。
当時のアプリのベースとなっていたテクノロジーは5〜10年前のものだった上に、バージョンアップするごとに大部分のコードを新たに書いていた。つまり、バージョンを5回アップデートするために、同じ機能を5回つくり直していたのだ。それはつまり、異なるバグが5回生まれる可能性があることを意味する。
具体的に何を改善したのか
「未来を発明する:新CEOよりごあいさつ」と題した、スモールCEO就任時のブログ。
Evernote blog
そのような非効率はいまや過去のものとなった。
Evernoteは現在、新しいiOS、Android、Mac、Windowsアプリのプレビューを、6言語2万人のユーザーに2週間ごとに配布し、テストを続けている。
同社はユーザー数や増加率などについて詳細な数字を公開していないが、2020年のロードマップには膨大な改良予定が含まれており、準備中のアップグレードもリストされている。
例えば、数百箇所に散らばっていたデータベースを2カ月かけて集約し、Google Cloud BigTableで運用するアーキテクチャに更新した。同時に、検索機能も大幅に改善された。ウェブアプリのエディタもリニューアルした。
いずれも決して簡単な作業ではなかったが、それに見合う効果があった。スモールはこう強調する。
「私たちのサービスは再びユーザーから期待されるものになりました。デスクに腰かけて会社のお飾りになっているだけでいいなら、経営者は気楽な仕事です。
しかし、社員たちを抜本的な修正のような困難なミッションに引き込むのは簡単なことではありません。『基本に立ち返る』と口で言うのは簡単ですが、実にやっかいな仕事なのです」
完璧なサービスを目指す旅は現在も進行中
Evernoteは数カ月にわたってテクノロジーのアップデートに取り組んできた。ただし、完璧なサービスを目指すための旅は現在も進行中だ。
ゼロからすべてのプロダクトをつくり直す努力に加え、同社は企業文化そのものも改革しようとしている。例えば、目標を透明化し、いっそうわかりやすいものにする努力を進めている。
スモールによれば、企業はとかく顧客のニーズより会社の都合を優先して意思決定しがちだ。率直かつオープンな企業文化づくりは、こうした失敗を回避する上で役に立つ。プロダクトを特に優れたものとするためには、そうした努力が不可欠だという。
「継続的で信頼性の高い、一貫性のある文化を私たちは求めています。
長期的に私たちが目指しているゴールは、過去にない高い生産性をユーザーにもたらすことです。それと『基本に立ち返る』ことは矛盾するように思われるかもしれませんが、私たちが再び前に進んでいくためにはどうしても必要なことなのです」
(翻訳:滑川海彦、編集:川村力)