5月30日午後11時30分頃、2人の人間がレストラン「ジェイド・ガーデン」に押し入る様子をカメラが捉えていた。
Courtesy of Eric Chan
- アメリカのワシントン州シアトルにあるレストラン「ジェイド・ガーデン」は3月以降、2度襲撃されている。オーナーは、どちらも人種問題が動機だと考えている。
- ジェイド・ガーデンは、ジョージ・フロイドさんの死をきっかけに広がった抗議活動の最中に破壊された、チャイナタウンにある21のレストランのうちの1つだ。オーナーのエリック・チャンさんは、自身のレストランが狙われたのはチャンさんがインスタグラムで人種差別的なメッセージを送ったというオンライン上のデマのせいだと考えている。
- チャンさんは、ソーシャルメディアに出回っている人種差別的なメッセージの画像はフェイクだと言い、この画像のせいで彼の評判や店が標的にされていると話した。
- チャンさんのストーリーは、多くの黒人とアジア系アメリカ人の間の複雑な関係性を表している。「アジア系アメリカ人は奇妙な社会的立場にあります」とインディアナ大学のアジア研究の責任者エレン・ウー(Ellen Wu)氏は指摘した。「わたしたちは白人ではありません。そして、明らかに黒人でもありません。黒人でないことから、わたしたちは恩恵を受けているのです」と言う。
エリック・チャンさんは、壊れたガラスを片付け続けなければならなかった。
チャンさんは、アメリカのワシントン州シアトルにある点心レストラン「ジェイド・ガーデン」のオーナーだ。Business Insiderが4月上旬に初めてチャンさんに取材をした時、レストランは襲撃された直後だった。チャンさんは人種問題が犯人の動機だと考えている。この頃、トランプ大統領は新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び、アジア系に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加していた。ジェイド・ガーデンのあるシアトルのチャイナタウンでは、2月頃から売り上げが減り始めていた。
6月に入って再び連絡を取ると、チャンさんはジェイド・ガーデンが5月30日に再び襲撃されたと語った。ジョージ・フロイドさんの死をきっかけに広がった抗議活動の最中のことだ。今回狙われたのは、自分がアジア系だからではなく、反黒人と見なされたからではないかとチャンさんは疑っている。
社会変革と人種差別反対の抗議活動が広まる中、多くのアジア系アメリカ人の立場は微妙だ。チャイナタウン周辺に住んでいたり、働いている人々にとっては、抗議活動による物的損害は"過去の傷"を思い起こさせる。1992年、ロサンゼルスでは黒人青年ロドニー・キングさんを暴行した4人の白人警官が無罪放免になったことで暴動が起き、その結果、コリアンタウンが破壊された。韓国系アメリカ人の店のオーナーが15歳の黒人少女ラターシャ・ハーリンズさんを射殺したちょうど1年後のことだった。
「アジア系アメリカ人は奇妙な社会的立場にあります」とインディアナ大学のアジア研究の責任者で歴史学の准教授エレン・ウー氏は指摘する。「わたしたちは白人ではありません。そして、明らかに黒人でもありません。黒人でないことから、わたしたちは恩恵を受けているのです。わたしたちは黒人の人々のように、絶えず暴力を恐れて生活する必要はありません」と言う。
ジェイド・ガーデンがまた襲撃されたのは、こうした"傷"に関係しているのではないかとチャンさんは考えている。彼の評判や家族で経営するレストランを台無しにしてやろうと考えている1人の"ネット荒らし"から始まったと、チャンさんは信じている。
「お前、チャウチャウ犬麺を作るんだろ」
チャンさんを悩ませようと、インスタグラムのチャンさんと愛犬の古い写真にあるユーザーがコメントした。
Courtesy of Eric Chan
5月23日午後3時頃、チャンさんの携帯電話にインスタグラムにコメントが付いたと通知があった。確認してみると、チャンさんが愛犬を抱いている古い写真に見ず知らずのアカウントからコメントが投稿されていた。
「お前、チャウチャウ犬麺を作るんだろ」
チャンさんはショックを受けた。
どうにかオンライン上で事を収めようとしたが、事態はさらに悪化する。
チャンさんが投稿相手に接触すると、相手はすぐにチャンさんのものに見える人種差別的なメッセージのスクリーンショットを拡散し始めた。メッセージの最後には「Black Lives Matterなんてクソくらえ!」と書かれていた。
このスクリーンショットは、フェイスブックとインスタグラムですぐに激しい怒りを招いた。自身を黒人またはそのアライだというソーシャルメディアのユーザーたちは、チャンさんを非難し、彼のレストランをボイコットするよう呼びかけた。大量の嫌がらせ電話やメールが主に匿名で来るようになったという。ただ、スクリーンショットは不正に細工されたもので、誰かがチャンさんの写真を加工し、チャンさんの名前と送ったこともないメッセージを付けたと、チャンさんは話している。
ソーシャルメディアで拡散された、チャンさんのものとされる人種差別的メッセージ。
Courtesy of Eric Chan
チャンさんは最終的にこのインスタグラム・ユーザーを特定し、この人物に対し、法的な手続きを進めているという。
こうした一連のストーリーを地元テレビ局やフェイスブックのグループで語ると、チャンさんのもとには同じインスタグラム・ユーザーから嫌がらせを受けたと3人の女性からメッセージが来たという。
それでも、嫌がらせの電話やメールは続いた。警察からはソーシャルメディアのアカウントを無効にするよう言われ、チャンさんは指示通りにした。
そして、ジョージ・フロイドさんが死亡した。
「今、押し入られてる。急げ、急げ、急げ!」
破壊された店のドア。修理には少なくとも2000ドル(約21万円)かかるという。
Courtesy of Eric Chan
フロイドさんが死亡した後、シアトルのダウンタウンでは週末にかけて抗議活動がエスカレートし、デモ隊と警察が衝突した。抗議活動の最中、シアトル警察が少女に催涙スプレーを使用したり、警察バッジの番号を隠したり、デモ参加者を殴り倒したり、ターゲットの店の窓を壊したといった報道が相次いだ。シアトル警察はこうした疑惑についてコメントしなかったが、Business Insiderの取材にOffice of Police Accountabilityのウェブサイトにあるデモに関するダッシュボードを紹介した。一部のデモ参加者は石やビンを投げた。5月30日夜までに、複数の警察車両に火が放たれ、多くの店が破壊されたり、略奪された。略奪者が抗議活動に関係していたかどうかは分かっていない。
そして、30日午後11時30分頃、2人の人間がジェイド・ガーデンに押し入り、レジを持ち去った。
「通りの向かい側に住んでいる仲間が11時30分に電話をかけてきて、『今、押し入られてる。急げ、急げ、急げ!』と叫んだ。携帯電話を確認したら、驚いたことに3人の人間がうちのレストランに押し入っているのが見えた。正面のドアを壊して、店中を物色していった」とチャンさんは話した。チャンさんの店に設置された監視カメラの映像は、携帯電話から見ることができるという。
チャンさんと家族は銃をつかんで車に乗り込み、店へ向かった。だが、到着すると略奪者の姿はなく、レジが盗まれていたという。チャンさんは、レストランが狙われたのはソーシャルメディアで拡散している人種差別的な画像のせいだと考えている。
「彼らはうちのレストランを狙ってやって来た。そして、抗議活動をその言い訳に使った。その夜は待機している警察官が文字通りいなかったからだ。警察官は皆、シアトルのダウンタウンに出払っていた」とチャンさんは言う。
ただ、ジェイド・ガーデンがたまたま襲撃された可能性もある。地元テレビ局の報道によると、シアトルでは30日、50件の店が破壊され、このうち21件がインターナショナル・ディストリクトにある店だった。
チャンさんは、略奪が始まると警察はすぐに群衆をシアトルのダウンタウンからインターナショナル・ディストリクトの方向へ追いやり始めたという。「人々は破壊し続けた。そして、警察官が群衆をコントロールしようとし、チャイナタウンへ追いやり、チャイナタウンが破壊された」と話した。
生まれた時からインターナショナル・ディストリクトに住んでいるというデーブ・カバネラさんは、デモ参加者たちをその方向へ追いやった後、市はこの地区を守らず、見捨てられたように感じたとBusiness Insiderに語った。
「わたしたちは市に無視されている」とカバネラさんは言う。落書きや破壊された窓、ジェイド・ガーデンのボロボロになったドアの写真をフェイスブックに投稿し、「(デモ参加者たちが)わたしたち少数派が住むエリアに入ると、市は明らかに守るのを止めた」と書いている。
シアトルのインターナショナル・ディストリクトに起きたことは、1992年のロサンゼルスで起きたこと —— ロドニー・キングさんに対する暴行をきっかけとした暴動が、警察によって裕福な白人が暮らす地域からコリアンタウンへと追いやられ、韓国系アメリカ人の店が破壊された —— によく似ている。
シアトルのジェニー・ダーカン市長の広報担当者は、デモをもともと始まった地点へ戻そうとするのは、警察にとって一般的な対応だとBusiness Insiderに語った。 「金曜の夜はいくつかのデモがチャイナタウン・インターナショナル・ディストリクトから始まっていて、警察官は慣例に従い、群衆をチャイナタウン・インターナショナル・ディストリクトへ戻そうとした」という。
これに対し、チャンさんのレストランに押し込み強盗が入ったのは金曜(29日)の夜ではなく土曜(30日)の夜で、30日のデモはダウンタウンにあるウェストレイク・パークから始まったとBusiness Insiderが指摘すると、広報担当者は文書で「シアトル警察(SPD)は、憲法で保障された言論の自由を人々が表現する権利を支持する。SPDはイベント主催者とオープンにコミュニケーションを取り、安全な群衆マネジメントのプランを立てることで、こうしたデモや抗議活動を支援する」と回答した。
白人でも黒人でもない
元警察官のトウ・タオ容疑者。ジョージ・フロイドさん殺害の教唆・ほう助で訴追された。
Hennepin County Sheriff's Office/Handout via Reuters
黒人コミュニティーとアジア系アメリカ人コミュニティーの関係は、しばしば緊張感を伴う。そして、この緊張感は報道やポップカルチャーにも表れている。
スパイク・リーの1989年の映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』の終盤では、黒人男性が警察官に窒息死させられた後、黒人が多く暮らす地域の住民が暴動を起こし、韓国人が経営する食料品店を襲う。
店主は彼らを追い払おうとほうきを振って「白人じゃない!白人じゃない!おれは黒人だ!」と叫ぶ。1人の黒人が彼を見て「お前がどうして黒人なんだ?おれが黒人だ!おれが黒人だ!」と言うと、店主は「お前とおれは同じだ!」と叫ぶ。
アジア系アメリカ人と黒人は「マイノリティー」や「BIPOC(黒人、先住民、有色人種)」といったカテゴリーでひとくくりにされることが多いが、その連帯感はそれほど強いわけではない。アジア研究をしているウー准教授によると、アジア系アメリカ人は"アンチ黒人"の上に成り立っているアメリカの白人至上主義の構造から長きにわたって恩恵を受けてきた。アジア系アメリカ人はしばしばこうした構造の維持に加担してきたという。
ジョージ・フロイドさん殺害の教唆・ほう助で訴追された元警察官の1人、トウ・タオ(Tou Thao)容疑者はアジアのモン族系アメリカ人だ。そして、ニューヨークで2015年にカリブ海系アメリカ人アカイ・ガーリー(Akai Gurley)さんが警察官の発砲で死亡した事件では、一部の中国系アメリカ人がガーリーさんの死の原因となった警察官ピーター・リャン(Peter Liang)容疑者(当時)を支持する集会を開き、容疑者は責任を取るべきだと考えた他の中国系およびアジア系アメリカ人の反発を招いた。また、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で"反アジア人"の風潮が広まった時、多くの黒人は自分たちを差別してきた人々をサポートする責任はないと感じていた。
1960年代以降、モデルマイノリティーの俗説は黒人に対するネガティブなステレオタイプを強固にする一方で、白人社会の中でアジア系アメリカ人により高い、とはいえ二流の地位を許してきた。その結果、アジア系コミュニティーと黒人コミュニティーの間にはしばしば緊張が走った。黒人とアジア系の連帯を高めるためには、共通する歴史を理解することが重要だと、ウー氏は言う。
「アジア系アメリカ人研究のアイデアは、1960年代のブラックパワー運動と反戦運動から来たものだ」とウー氏は語った。そして今、アメリカ社会における自らの立場を見直そうとする、これまでにない意志をアジア系コミュニティーから感じると、ウー氏は言う。
「同化とはどういう意味なのか?わたしたちは何に同化しようとしているのか? そして、今あるこの社会がアンチ黒人の白人至上主義だと理解した上で、同化は本当にわたしたちが目標にすべきものなのか?と尋ねるには良いタイミングだ」
「今、わたしに起きていることは彼にも止められないだろう」
チャイナタウンでは、ボランティアや住民たちが一緒になってデモで被害を受けた街を清掃、美化していた。
Courtesy of Dev Kabanela
チャンさんは今も嫌がらせメールを毎日受け取っている。このような状況が続くなら、両親が開いたレストランを閉めて、シアトルから遠く離れたどこか —— もしかしたら中国 —— に引っ越そうかとも考えているとチャンさんは話した。インスタグラムで嫌がらせをした人物は、自身の行動がチャンさん一家に及ぼした影響を理解しているのだろうかと考えたりもするという。「今、わたしに起きていることは彼にも止められないだろう」とチャンさんは語った。
ジェイド・ガーデンとチャイナタウンにある少なくとも20の店が略奪されたり、破壊された後、片付けをするためのボランティア・グループが立ち上がった。
ボランティアは、店やレストランに板を打ち付けるのを手伝っていて、アーティストたちがそこにイラストを描いている。店内で扱っている食べ物や商品を描いたものもあれば、Black Lives Matter運動への連帯を示す「Asians for Black Lives」を描いたものもある。また、さらなる被害から店を守るために、"見回り隊"を組んだ住民とボランティアもいる。
「コミュニティーが団結して、ガラスの破片を片付けるわたしを手伝ってくれた」とチャンさんは語った。ただ、少なくとも2000ドルの損害が出たと言い、ベニヤ板のドアのまま営業しているという。
「(Black Lives Matter)運動には賛成だが、暴力と略奪には賛成できない」とチャンさんは話した。ただ、葛藤もあるという。「店が破壊されたと不満を漏らした経営者は、人種差別主義者だと言われる。運動よりも自分の財産を気にかけているからだ、と。でも、それはフェアじゃない。自分の店を守ろうとしているだけだ」
(翻訳、編集:山口佳美)