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「冬眠に似た状態を再現」する“Q神経“の衝撃…「人工冬眠」研究に大きな一歩

リス

リスといっても、中には冬眠しない種類もいる。冬眠する動物と冬眠しない動物の間で何がちがうのか、よく分かっていなかった。

TomReichner/Shutterstock.com

冬、寒くなると大量の食べ物を確保して巣穴にこもり、春に暖かくなるまで冬眠する。

できればそんな動物のような生活を送りたい……そう夢見たことのある人には、朗報かもしれない。

6月5日、筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)と理化学研究所は、「冬眠状態を促す神経回路を発見した」と発表。6月11日、イギリスの科学誌Nature(オンライン版)に掲載された。

冬眠のきっかけは謎に包まれていた

砂川玄志郎博士

理化学研究所の砂川博士。

撮影:三ツ村崇志

「冬眠に興味を持っている研究者は多いです。ただこれまで、いつ、どこで起きるのかまったく分からなかったので、研究しようがなかった

そう話すのは、共同研究者として研究に携わった、理化学研究所の砂川玄志郎博士。

クマやリスなど、冬眠をする身近な動物は比較的すぐ思いつく。

しかしこれまで、彼等がどうやって冬眠しているのか、そのメカニズムは全くの謎に包まれていた。

今回の発表は、動物はもちろん、将来的には人間までも意図的に冬眠状態にする技術を開発することにつながるかもしれない、第一歩目の研究成果だともいえる。

「神経が活性化して冬眠」を確かめるには?

マウス

通常時(左)と冬眠に似た状態(QIH中)のマウス(右)とサーモグラフィー(下)を同時に撮影した。サーモグラフィーはミラーイメージにして合成した。青色から赤色になるにつれて、温度が高いことを意味している。

提供:筑波大学

今回の研究は、筑波大学で睡眠について研究している櫻井武教授の研究グループによる実験がきっかけとなった。

櫻井教授の研究グループが、睡眠や体温などを司る脳の中枢に存在する特定の神経に注目して行った実験の中で、マウスの動きが止まり、さらに体温まで低下している、まるで「冬眠」のような状態が確認されたのだ

当然、体温が低下したからといって、冬眠状態になっているとは限らない。そこで、約2年半前の2017年12月、砂川博士に共同研究がもちかけられたという。

「嬉しかったし興奮したのを覚えています。本当だったらすごい話だったということは、その瞬間分かったので」

と、砂川博士は当時を振り返る。

では、「冬眠」とはどういう状態なのか。

「冬眠中は食べ物をほとんど食べない」「長期間巣にこもって眠り続ける」といったようなイメージもつ人は多いかもしれないが、砂川博士は、

「その考えは概ね正しいのですが、加えて生物学的にいうと、体温を下げてエネルギーの消費量を落とし、体温を下げているのが冬眠状態です

と話す。

私たち人間をはじめ、あらゆる動物は生きるだけでエネルギーを消費してしまう。その最低消費エネルギーを「基礎代謝」という。冬眠中の動物では、この基礎代謝が大きく低下しているのだ。

中には冬眠中の代謝が通常時の1%程度になってしまうものもいるという。

いわば冬眠は、究極の省エネ機構というわけだ。

実際にその動物が冬眠しているかどうかを確かめるには、体温の低下などとともに、エネルギー消費量を測定しなければならない。

マウスでエネルギー消費の減少を確認。体温の設定温度も低下

セットポイントの変化

通常のマウスとQIHのマウスの基礎代謝は、酸素の消費量で計測される。さまざまな「室温」で、基礎代謝の大きさを計測すれば、体温を何度に設定しているのかが分かる。

提供:筑波大学・理化学研究所

砂川博士は、櫻井教授の研究室の学生である髙橋徹さん(現:博士課程3年)と、今回注目した神経が活性化したマウスの基礎代謝を測定。

すると、この神経を興奮させた(活性化した)ときには、数日にわたり基礎代謝が低下し、さらに恒温動物として基準となる体温の設定温度(体温セットポイント)が、通常時よりも低くなっていることが確認された(画像参照)。

実験では、ほかにも冬眠中の動物のようすと非常によく似た特徴が確認された。

そこで研究グループは、今回の実験で確認した神経を「休眠誘導神経:Q神経」、その影響で起きる「冬眠のような状態」を「QIH:Q neurons-induced hypometabolism」と名付け、発表したのだ。

今回の成果について、砂川博士は

「マウスはそもそも冬眠しないので、厳密には今回の研究で冬眠を引き起こしたわけではありません。ただし、今回見つかった神経によって、『冬眠のような状態』をいつでも好きなときに引き起こせる可能性が出てきたということは、非常に大きいです」

と語った。

自由に「冬眠のような状態」を起こせるようになる意味

実験用マウス

KseniiaVladimirovna/Shutterstock.com

これまで、冬眠の研究を行なうためには、動物を冬眠状態にするためにエサを抜き、冷たい部屋に入れて何カ月も待つ必要があった。ただしこれでは、いつ研究を始められるのか分からず、冬眠研究を進める上での大きな障壁となっていた。

また、仮にうまく冬眠状態にできたとしても、体温の変化やエネルギー消費量などは調べられるものの、具体的に動物がどんなメカニズムで冬眠状態に移行するのかを知ることは至難の技だった。

今回の研究成果は、ここに大きな風穴を空けるきっかけになるものだといえるだろう。

では、この先、冬眠研究はどこへ進んでいくのだろうか。

砂川博士は、

「冬眠中に細胞の中でどいういった機能が保たれているのかがポイントになる」

と話す。

『命の最小必要条件』が分かるかもしれない

植物の種

何年も放置した種を植えても植物が成長することがあるように、植物は種の状態ではほとんどエネルギーを消費していないとされている。いわば、冬眠状態だ。

Dan Kosmayer/Shutterstock.com

冬眠状態の最大の謎は、エネルギーの消費を極端に落とした状態で長時間経過したとしても、再び通常の状態に戻ることだろう。本来、エネルギーが不足すると細胞は死んでしまうため、長時間エネルギー不足が続くと、いずれ組織としての機能を失ってしまう。

冬眠中にわずかしか使われていないエネルギーが、細胞のどの機能を維持するために使われているのか、現在の科学技術では分かっていない。

「これが分かると、動物が死なないためには、『最悪これを守れば良いのではないか』という生き物にとっての命の最小必要条件が分かってくるのではないかと思っています。

その『省エネ機構』をどうやって動物が実現しているのかが分かれば、人間への応用も考えられるようになると思います」(砂川博士)

細胞の仕組みが分かってしまえば、人類がこれまで培ってきた科学技術によって、それを誘導する方法を編みだすことができるようになるかもしれない。

少なくとも、植物は「種」という形で、エネルギーをほとんど使わない状態でも生命を維持することを実現している。哺乳類という比較的複雑な生命体でも冬眠を実現できている動物が存在する以上、ヒトでもできるようにしたいというわけだ。

「きっとその先には、『生命とは何か』という根源的な問いに答えられるヒントのようなものが隠されているのではないかと思います」(砂川博士)

我々は既に、冬眠している人を目撃しているかもしれない

冬眠状態

冬眠状態を再現できるようになることで、これまで想像の世界でしか実現できていなかったような技術を、現実の技術として研究開発できる可能性が出てきたと言えるだろう。

提供:筑波大学・理化学研究所

実際、人類の中には「冬眠状態なのでは?」と思えるような人は稀にではあるが存在する。

例えば、雪山で遭難した人が、通常では死に至るような低体温でみつかって生還した話を聞いたことがあるだろう。こういった奇跡的な生還が起きる理由は、よく分かっていないことが多い。

一般的に心臓が停止した場合に、救急車が到着する前に心肺蘇生などの救命処置が重要とされるのは、人為的にでも血液を無理やり循環させることで、全身の細胞に多少なりともエネルギーを届け、組織としての機能が失われるまでの時間を稼ぐためだ。

こういった生命の緊急事態において、もし『冬眠状態』になれるとすると、細胞が必要とするエネルギーが大きく削減され、その分、命が助かる確率や、生命維持に欠かせない組織が保存される確率が上がることは想像に難しくない。

砂川博士は、

「雪山で遭難した人が助かる例の場合は、運良く冬眠状態になるために必要な遺伝子を持っていたのかもしれません。我々はその遺伝子が何なのかまだ知らないですし、人類にそのような機能を実装できるかどうかも分かりません。でも、そういったことを冬眠動物を使って調べていきたいと思っています」

と話す。

冬眠状態になることで、長時間にわたってエネルギーを消費せずに生命機能を維持できるようになれば、今の医療現場における影響は計り知れないだろう。

今回、冬眠に必要な1パーツといえるQ神経が発見された。これで、今までほとんど手つかずだった冬眠のメカニズムに関する研究が大きく動き出すことになることは間違いないだろう。

もしかしたら私たちは、数十年先に華開くかもしれないとんでもない技術のきっかけとなる基礎研究が萌芽した瞬間に立ち会っているのかも知れない。

文・三ツ村崇志

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