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中国の「618セール」が終了した。
中国EC2位のJD.com(京東商城)が自社の設立日「6月18日」に引っかけて2008年に始めたネットセールは、これまで日本ではさほど報じられなかったが、2020年は中国のアフターコロナを占う商戦として、プレイヤーがEC企業以外にも広がり、世界的な経済ニュースになった。
商戦に参加したEC企業は6月19日、“戦績”を発表。JD.comが始めたセールのはずなのに、アリババのECサイト「Tmall」の6月18日までの取引額が過去最高の6982億元(10兆6000億円)を記録し、2692億元のJD.comは3倍近い差をつけられた。
数字だけを見れば、アリババがJD.comのふんどしで相撲を取った感が満載の618だったが、もう少し深く見ていくと、JD.comが決してアリババに引けを取らない存在感を示していたことが分かる。
「海外での知名度拡大」一旦棚上げ
2019年2月にドローン配送などで楽天と提携したJD.com。しかしこの1年、日本ではプレスリリースも途絶えている。
撮影:浦上早苗
日本で「JD.comという会社が面白い」と耳にするようになったのは2017年ごろだ。Business Insider Japanで同社の記事が最初に出たのも2017年10月だった。
日本のメディアで特定の中国企業が話題になるときは、だいたい「伏線」がある。単刀直入に言うと、日本法人の設立か日本の広報代理店との契約だ。会社情報、プレスリリース、現地事情を知らないと確かめようのない「すごい数字」が日本メディアにばらまかれ、突如「話題になっている感」が醸し出される。
スマートフォンなど「現物」を生産するメーカーや、誰でも入れる飲食店などは本当に好きなライターやブロガーが紹介してくれるが、外国人をターゲットにしていないITサービだとそうはいかない。中国EC業界では「拼多多(Pingduoduo)」が台風の眼として2強を脅かしているが、この企業について原稿依頼が来たことは一度もない。ユーザーが地方都市に分散していることと、日本にPR部隊がないことが、大きな理由だろう。
JD.comに話を戻そう。同社は2017年に国際広報部署を新設し、日本法人を設立した。同時期に日本の大手PR会社とも契約している。当時、JD.comの広報担当者は筆者の取材に対し、「(アリババと違い)当社は中国を出ると全然知名度がない。中国の市場は大きいが、グローバル企業に脱皮する必要がある」と語った。
2018年から2019年初めにかけては、楽天との提携や日本での購買センターの設立など次々に話題を仕掛けたが、2018年に月に何本も出ていた日本語のプレスリリースは、2019年5月を最後に途絶えている。広報担当者が退職し、日本の広報代理店との契約も終了した。
2018年8月に創業者でもある劉強東CEOが逮捕されたり、前述した拼多多の追い上げが激しくなったことを背景に、海外でのPRより国内での立て直しを優先したとも見られている。
投資重ねた物流網、コロナ禍でアリババに勝つ
2020年2月、北京で荷物を配送するJD.comの配送員。
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劉CEOの逮捕以降、残念なニュースが多かったJD.comだが、2020年は“いい意味で”話題が尽きない。
年初には、新型コロナウイルスが拡大する中国で、配送力の強さを示した。
物流はアリババとJD.comの違いを語る重要なキーワードだ。アリババは物流子会社「菜鳥網絡」を擁するが、「他の企業と利益を分け合う」理念の下、配送そのものは協力会社に委託している。菜鳥網絡の役割は、ビッグデータや人工知能(AI)を活用した配送の最適化だ。
対してJD.comは「実態は物流企業」と言われるほど物流網の構築に投資している。倉庫や配送センターは自社で建設・運営し、無人配達車、ドローン、倉庫の自動化などAIやビッグデータを活用した物流改革にも熱心だ。自社に物流を抱え込むコストは当然大きく、赤字の主要因にもなっている。
アリババとJD.comのどちらが正解なのか、長年議論が続いているものの、それぞれ一長一短で今後も決着はつかないだろう。
ただし、コロナ禍の配送においては、明暗が分かれた。最新技術で最適な配送方法を提案できても、末端の運送業者が身動きできなければ物流は滞る。1月下旬、菜鳥網絡の配送網は相当混乱した。同社は2~3月にかけて、配送の回復率を定期的に発表したが、裏を返せばそれだけ麻痺し、回復に時間がかかったとも言える。
一方JD.comは感染拡大の中心地となった武漢でも配送ルートを確保し、救援物資の輸送で力を発揮した。
JD.comは2020年初めに起きたコロナ禍において強みを打ち出せたことで、好発進を切ることができた。
業界首位追撃のための2位連合
無人配送に早くから力を入れていたJD.comはコロナ禍でも物流体制が崩れなかった。
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新型コロナを物流力で追い風に変えたJD.comは、アフターコロナ商戦となる自社発の618セールで、再び注目を集めた。
2020年の618は「従来の4大EC企業(アリババ、JD.com、蘇寧易購、拼多多)に、ショート動画アプリ2社(抖音と快手)を加えた4プラス2の戦いになる」と予想されていたが、各社が618の取り組みを発表していた5月下旬、JD.comと快手(Kuaishou)は提携を発表した。動画配信とECを組み合わせた「ライブコマース」への注目が高まる中、業界首位を追撃するため、EC2位とショート動画アプリの2位が共同戦線を張ったのだ。
前々回の記事で、台湾出身のトップ歌手ジェイ・チョウ (周杰倫)が5月29日に快手でアカウントを開設したことを紹介したが、同社はその後、人気女優のキティ・チャン(張雨綺)をアンバサダーに起用した。
JD.comと快手は6月16日、「ダブル100億元(約1500億円)クーポン」を配布。快手のインフルエンサーが宣伝したJD.comの商品を購入すると、両社からそれぞれ値引きを受けられるサービスなどを展開し、張雨綺も16日に快手で初のライブコマースを開催した。彼女はiPhone 11を定価より400元安く販売し、4時間で2万2500台を売り上げた。
海外版TikTokで知られる抖音(Douyin)とアリババも提携しているが、提携の期限が6月末となっており、7月以降も共闘を続けるのか注目されている。
コロナ禍でユーザー層が一気に広がったライブコマースで勝つために、どことどのように組むかもアフターコロナ商戦の焦点になっている。
里帰り上場、個人投資家の人気集める
JD.comの劉強東CEO。2018年には女性関係を巡りアメリカの警察に拘束された。
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順調に2020年を歩んできたJD.comは、設立記念日でもある6月18日に香港市場に上場したことで、景気よく1年を折り返そうとしている。
アメリカで上場する中国企業の香港回帰は2019年から活発化している。きっかけは、香港証券取引所(香港証取)が2018年、経営陣に強い権限を与える「種類株」を発行する企業の上場を認めたことだ。
種類株を発行するアリババは香港証取の制限を嫌い、2014年にニューヨークで上場した。香港証取はアリババを横取りされた経験を教訓に制度を改め、以降、種類株を導入しているスマートフォンメーカーのシャオミ(小米科技)、出前アプリの美団点評(Meituan Dianping)が香港で上場した。さらにアリババも2019年11月、香港で重複上場し“里帰り”を果たした。
2020年も香港では中国企業の“里帰り”上場が続くが、その理由は「トランプ政権による締め付け」へと変質している。米上院が5月、中国企業による米証券取引所への上場を禁止することにつながり得る法案を可決し、リスクヘッジのため香港での重複上場を模索する動きが活発化しているからだ。6月11日にはナスダックに上場する中国2位のゲーム企業ネットイース(網易)が、香港で上場した。
JD.comは香港で個人投資家の人気を集め、募集枠に対する申し込み倍率は179倍に達した。18日の初値は239香港ドルと公開価格(226香港ドル)を5.8%上回り、300億香港ドル(約4200億円)を調達。香港で2020年最大のIPOとなった。
日本ではあまり話題にならなくなったJD.comだが、むしろこの数年では最も、戦略と強みが鮮明な1年となっている。「海外での知名度向上」を棚上げにしただけの成果が出ているのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。