自民党広報が投稿した4コママンガ。
自民党広報Twitter/@jimin_koho
自民党広報の公式Twitterが6月19日、憲法改正の必要性を主張するために「チャールズ・ダーウィンの進化論」の言葉とする文章を用いた4コマ漫画を投稿したが、引用された言葉がダーウィンの言説ではないとして、生物学者を中心とした人々からTwitter上で非難の声が上がっている。さらに、過去の国会議事録をさかのぼると、国会議員の間でこの誤用が定着している様子が垣間見えた。
どんな内容だったのか?
誤用が明らかになった投稿は、6月19日に憲法改正について投稿した4コマ漫画だ。6月22日午前9時現在で1121リツイート、「いいね」は6000を超えている。
漫画では「もやウィン」というキャラクターが「ダーウィンの進化論ではこういわれておる」とした上で、以下のようなセリフが記されている。
最も強い者が生き残るのではなく最も賢い者が生き延びるのでもない。
唯一生き残ることが出来るのは変化できる者である。
その上で、もやウィンが「これからの日本をより発展させるために いま憲法改正が必要と考える」と述べている。
ところが、この4コマ漫画に用いられた言葉は、ダーウィンの言葉として誤用される有名な例だった。
「ダーウィン・コレスポンデンス・プロジェクト」では「ダーウィンが言ったことのない6つのこと」として誤用例を紹介している。
ケンブリッジ大学「ダーウィン・コレスポンデンス・プロジェクト」
英ケンブリッジ大学図書館と米社会学会が共同し、ケンブリッジ大学歴史科学哲学部に所属するダーウィンの書簡研究チーム「ダーウィン・コレスポンデンス・プロジェクト」によると、自民党広報が投稿した言葉は、ダーウィンによる言葉ではないとして紹介している。
科学史家の松永俊男氏も、その著書『チャールズ・ダーウィンの生涯 進化論を生んだジェントルマンの社会』の中で、ダーウィンの著作物にこれらの言葉はないと指摘している。
そもそも「進化論」とは?
ダーウィンと『種の起源』の表紙案。
Hulton Archive/Getty Images
「進化論」とは生物学の学説で、生物は神によって創造されたものではなく原始生物から環境に応じて次第に変化してきた……とする考え方だ。
近代における「進化論」の萌芽は、1809年に『動物の哲学』を発表したラマルクの「用不用説」に代表され、その50年後に『種の起原』(1859年)を著したダーウィンが学説を体系化し、確立。「自然選択」「適者生存」による進化論を主張した。
例えば「キリンの首はなぜ、長いのか?」という問いに対し、「たまたま首が長いことが生存に有利にはたらき、生き残っていった」と考えるのがダーウィンの進化論だ。「高い所にある葉っぱを食べるために、首を長く伸ばした個体だけが生き残った」という考え方ではない。
誤解されがちだが「弱肉強食」を主張したわけではない。「退化」もまた、進化の一つだ。生物の進化に科学的な法則を見出そうとした、それがダーウィンだった。
ダーウィンのいとこが創始 「優生学」が生んだ悲劇
「優生学」を主唱したフランシス・ゴールトン。
Hulton Archive/Getty Images
だが悲劇的なことに、ダーウィンの「進化論」に影響を受けたダーウィンの従兄(いとこ)フランシス・ゴールトンが「優生学」を主唱することになる。
優生学とは、遺伝学的に「劣った人間」を減らし、「優秀な血統」や「優れた人種」を増やすことを唱えたもの。ここから、遺伝的に優れた性質を持つ子孫のみを残そうと“生命の選別”をする「優生思想」が生まれた。
イギリスで生まれた優生思想は大西洋を渡り、アメリカで広がった。1907年にはインディアナ州が世界初の断種法が制定、やがて各州へ。1930年代末までには米全土で3万人が強制的に断種(中絶)をされたという。
アドルフ・ヒトラー。
Topical Press Agency/Getty Images
「優生思想」は、ヨーロッパにも暗い影を落とした。1933年、ドイツではヒトラー政権が成立。ナチス・ドイツはアメリカ・カリフォルニア州に範をとった厳格な断種法を制定した。
ナチス・ドイツでは、ダーウィンの進化論と「優生学」を結びつけ、優れた素質の人間だけで社会をつくるという差別的な思想が推し進められた。
精神障害者、知的障害者、依存症などの患者、目や耳の不自由な人など社会的弱者が断種され、命を奪われ、やがてユダヤ人やシンティ・ロマの虐殺へと至った。
日本にも1996年まで「優生保護法」があった
優生保護法の原本。
国立公文書館
日本も例外ではない。戦時下だった1940年には「国民優生法」が制定され、「悪質な遺伝性疾患の素質を持つ者」の増加を防ぐためとして不妊手術を促し、「健全な素質を持つ者」には中絶・不妊手術を制限した。
戦後になると、国民優生法は「優生保護法」(1948年)として改定。「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的」としたものだった。
この法のもと、優生思想に基づき遺伝性疾患、精神障害、さらにはハンセン病を理由とした強制的な不妊・中絶手術が容認された。
優生保護法は、1996年に「母体保護法」として改正されるまで残り続けた。今からたった24年前のことだ。それまでの強制的な不妊手術は1万6000件以上にのぼる。
ヒトラーのみならず、さまざまな国・勢力が、政治・社会・経済変革を正当化するために、「進化論」やダーウィンの名、そこから後世に派生した「優生学」を利用してきた経緯がある。
権力者や為政者が「進化論」を持ち出したときは「誤用ではないか」「誤解を招く内容ではないか」と、より注意深く見定める必要があると、歴史は伝えている。
政治家には便利な言葉?「ダーウィンの進化論」として紹介例が複数回
小泉純一郎首相(2004年10月)。
Koichi Kamoshida/Getty Images
日本の政治家の間では与野党を問わず、自民党広報がダーウィンの言葉として紹介した言葉を国会質疑・答弁で用いた例が複数例あった。何らかの変革を訴えたい場合、使い勝手の良い言葉なのかもしれない。
近年で代表的なのは、自民党の小泉純一郎元首相だ。小泉氏は首相在任中の所信表明演説(2001年9月27日、衆院本会議)で以下のように述べている。
いよいよ、改革は本番を迎えます。我が国は、黒船の到来から近代国家へ、戦後の荒廃から復興へと、見事に危機をチャンスに変えました。これは、変化を恐れず、果敢に国づくりに取り組んだ国民の努力のたまものであります。私は、変化を受け入れ、新しい時代に挑戦する勇気こそ、日本の発展の原動力であると確信しています。
進化論を唱えたダーウィンは、この世に生き残る生き物は最も力の強いものか、そうではない、最も頭のいいものか、そうでもない、それは変化に対応できる生き物だという考えを示したと言われています。
私たちは、今、戦後長く続いた経済発展の中では経験したことのないデフレなど、新しい形の経済現象に直面しています。日本経済の再生は、世界に対する我が国の責務でもあります。現在の厳しい状況を新たなる成長のチャンスととらえ、改革なくして成長なしの精神で、新しい未来を切り開いていこうではありませんか。
このほか、同様に用いられた例を過去10年間の国会議事録から紹介する。
茂木敏充経産相(当時)[自民]
ダーウィンは進化論の中で、生き残る生物、これは最も大きなものでも最も強いものでもなく、最も環境に適応できる生き物だと、このように言っております。さまざまな支援策であったりとか支援の体制、活用していただいて、小規模事業者、これが地域の経済環境の大きな変化にしっかりと対応していくことを期待をいたしております。
(第186回国会 参議院 経済産業委員会 第17号 平成26年6月17日)
茂木敏充経産相(当時)[自民]
ダーウィンは進化論の中で、生き残っていく生物は、最も大きなものでも最も強いものでもなく、一番環境に対応できるもの、このように語っております。小規模企業者が事業環境の変化にしっかりと対応できるよう、国としても全面的な支援をしてまいりたいと考えております。
(第186回国会 衆議院 経済産業委員会 第20号 平成26年5月30日)
茂木敏充経産相(当時)[自民]
ダーウィンも進化論の中で、生き残っていく生物は、大きなものでも強いものでもなく、一番環境に対応できるものということです。地球上の歴史を見ても、カンブリア紀に生命の多様化が進む、その後、ジュラ紀そして白亜紀を経て、恐竜が闊歩する時代でありますけれども、地球に隕石が落ちることによって氷河期に入り、哺乳類が出てくるわけでありますけれども、そこで新しい新陳代謝が生まれるわけです。卵で産まない。新しい種の残し方として、そのまま胎盤の中に胎児を残すということになってくるわけであります。
さまざまなオプションというのを、これからはやはりエグジットの中でも持っていかなければいけない、こんなふうに考えておりまして、IPO以外でも、M&A、そしてベンチャー企業の経営者による買い戻し、こういった方法が有望であると考えております。
樽床伸二氏[旧・民主]
かつて、「種の起原」を著し、そして進化論を唱えたダーウィンは、最も強い種が生き残るのではない、最も変化に対応できる種が生き残ると断言したわけであります。
(第178回国会 衆議院 本会議 第2号 平成23年9月14日)
山口壯氏[自民]
進化論を説いたダーウィンは、なぜ、大きな恐竜たちが滅び、小さな哺乳類が生き延びたかについて、強いものが生き残るのではない、賢いものが生き残るのでもない、みずからを変えるもののみが生き残ってきたのだと言ったと言われています。この言葉は、今、我々国会議員の胸に深く突き刺さるのではないでしょうか。まず、国会の私たちが変わりましょう。
(第177回国会 衆議院 本会議 第21号 平成23年5月19日)
山口壯氏[自民]
この第三の危機というものを乗り切るために国の活力をどこに求めるかという答えは、私はそこだと思います。進化論のダーウィンというのが、適者生存という中でこういうふうに言っているんですね。生き残る種というのはどういう種か、それは、強い種が生き残るんじゃ必ずしもない、あるいは知性のある知的な種が生き残るのでも必ずしもない、みずからを変えることができる種のみが生きていく、生き残っていくんだと。これは大事な言葉ですね。
(第177回国会 衆議院 予算委員会 第2号 平成23年1月31日)
甘利明氏[自民]
そこでは、社会経済情勢の変化に対応したものとする、つまり、これは国内外のいろいろな変化についていける日本にするんだ、そのための改革なんですね。
よく引き合いに出されるのがダーウィンの進化論、正式には「種の起原」であります。この「種の起原」ではどういうことが言われているか。釈迦に説法だと思いますけれども、生き残る種とは、体の大きな種でもなければ、力の強い種でもない。生き残る種とは、環境の変化に対応できる、その種こそがまさに生き残ると言っているわけですね。
(第174回国会 衆議院 内閣委員会 第5号 平成22年4月9日)
今年はダーウィン生誕211年、「種の起源」発表から161年にあたるが、いまなおダーウィンや「進化論」をめぐる言説は誤用されつづけている。
(文・吉川慧)