撮影:竹井俊晴
ポストコロナ時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。独立研究者で著作家の山口周さんに聞く後編。
前編で、山口さんはもはや「上へ上へと登る発想の経済成長はない」とし、登ることを止めた上で、社会や企業や国家を考えるべきだと指摘した。これまでと逆の価値感によって、人々の仕事に対する価値付けが変わった時、求められる能力とは何か。
——コロナによって「本当に価値のある仕事とは何か」が問われ、そこから国の概念も変わるかもしれないということでした。どういうことでしょうか?
強制的にリモートワークに移行したことによって、どこに住んでいても働けることが改めて分かりましたよね。これって、必然的に国という概念も変わってしまうということだと思うんです。
なぜなら、日本に生まれたから日本に住むという制限がいよいよなくなるからです。自然に囲まれたニュージーランドに住みながら、日本の会社に週2日勤め、シンガポールの会社にも週2で勤めて、両方から給料をもらい、地元のコミュニティーでもちょっと働いていてというのが当たり前に多くの人ができるようになる。
職と住の場所が分かれることで、住の環境が個人にとって重要になり、どこに住みたいかを職場のある場所にとらわれず、自分で決められるようになる。
半面、「自分で決めなさい」と言われることでもあるので、なかなかハードでもあるのですが、いずれにせよ自分が住む自治体だけでなく、国を含めて住む場所に関して、どういう環境で、どういうコミュニティーなのかを皆がシビアに問うようになるでしょう。
住む場所に市場原理が強烈に働くことにもなります。それぞれの地域のリーダーは、そこに住む人たちにどういう人生や暮らしの価値を提供したいのか。よく考えて訴えていかないと地域としても国としても立ち行かなくなる。
何をアピールするかはそれぞれですが、例えば「うちは所得税は高いけれども、それは社会基盤のサービスを担ってくれる人たちに対して、しっかり感謝を表し、支えるためです。ベーシックインカムも打ち出して、住む人を絶対に貧困にはさせない。そういうことが大事だと思う人は来てください」というアプローチをする国や地域のリーダーも出てくるでしょう。
そうすると私たちは、こういう価値観を持っているからここに住むというようになる。その意味でも、やはり国の概念が変わるわけです。
コロナ危機を経てリモートワークへの移行を強いられた今、好きなところに住みながら働くという選択肢ができた。
撮影:高阪のぞみ
——当然、企業もそのリーダーも変わらざるを得ませんね。
労働市場でも市場原理が働くようになって、「毎日会社に来て」なんていう会社はどんどん優秀な人が採れなくなるでしょう。週5日の出社が義務だと、自由に住む場所を選べませんからね。「毎日通勤しないといけないなんて、そんな会社にしか入れなかったの?」と言われてしまう世の中になるかもしれません。
全翻訳のテクノロジーがもっと向上したら、それこそどこの国でも働けるようになりますよね。
今何となく東京がいいとか、東京に近いから千葉や神奈川の一部のエリアが人気ですが、会社の集積場所が東京でなくなったら、価値ゼロになりますよ。武蔵小杉のタワーマンションとかどうなるのかと本気で思います。
——集積によって価値を高めてきた都市の価値が暴落することも考えられますね。もっと進めば「労働」という行為自体を考え直す必要が出てきそうです。
アメリカの作家であり生化学者のアイザック・アシモフは、1964年にニューヨークタイムズに50年後の未来を予測するエッセイ「Visit to the World's Fair of 2014(2014年の万国博覧会を訪れよう)」を書いています。
全体的にポジティブな予測をしているのですが、ただ一つだけ心配があると彼は予言しています。いろいろな発明がされて便利になるだろうけれど、ものすごく暇になって暇に耐えられない人が出てくるのではないかと。つまり人間のする仕事が少なくなって、余暇が強制される世界になるのでは、と。強制された余暇というのは失業のことです。
失業率が5%から10%に上がれば、みんな「問題だ」と思うわけですが、これが20%、30%、50%、70%と上がっていって100%になれば、それはユートピアを意味する。そういう世界になっているだろうと。そして、この余暇が強制される世界で最も輝く言葉がworkである。最も贅沢なのが「クリエイティブな仕事を持っていることだ」と書いているんです。
失業率100%の世界はもう遊びと労働の枠組み自体が溶けてなくなっている世界です。オープンソースのLinuxは世界中のエンジニアが関わって作り上げたわけですが、労働なのかと言うと誰も報酬をもらってないから違う。でも遊びなのかと言うと、それも違うでしょう?
これからは、遊びのような仕事に時間をかけられるようになって、熱心なアマチュアが一所懸命にやるときに最も重要なものを生み出すようになる。イギリスはこうしたアマチュアリズムをすでに大切にしていて、プロフェッショナル(専門家)を信じていなかったりします。そういう世界になっていくのかなと思いますね。オールドタイプ(旧世代型の価値観)の世界観とは真逆です。
世界では「労働」の価値について議論され始めている。
Getty Images / itsskin
——確かに自分のアイディンティーに基づいて、本当に好きな仕事だけしようという人が増えるとは思うのですが、日本は同調圧力が強い社会です。旧世代的な価値観のオールドタイプと新世代的なニュータイプとが、実際に拮抗するまでにはどれくらいかかると思いますか?
少なくとも2050年くらいにはと考えます。今回のコロナで非常に多くの人に一気にリモートワークが浸透したからです。世の中で最初に動き始めるのはイノベーターと言われる2.5%ぐらいの人。次にアーリー・アダプターと言われる人たちが13.5%いる。この2つを合わせるとだいたい16%ぐらいになる。その次にアーリー・マジョリティという層がいます。
アーリー・マジョリティと先の2層の16%の人たちの間にはキャズム(溝)があると、ジェフリー・ムーアが言ってきたわけですが、実際の肌感覚としても、物事は2割から3割ぐらいの人たちに浸透し始めると、急速に変化が起きると感じます。今回は、一気に世の中の50%ぐらいにリモートワークが浸透しちゃったような感じだと思うんですね。
50%は言い過ぎと思う人もいるかもしれませんが、在宅勤務を経験した6割、調査によっては7割くらいの従業員が「もう元の働き方に戻りたくない」と言っています。さすがに、市場原理が働いて、変化が起きるのではないかと思います。
大数の法則(数多くの試行を重ねることにより事象の出現回数が理論上の値に近づく定理)が働いて、みんながやりたいことをやる“高原社会”ができるんじゃないか。より豊かでみずみずしい社会になるのではないでしょうか。
——そうした時代に改めて必要なスキルとは何でしょうか?
自己決定能力です。
会社が働き手を選ぶのではなく、働き手が会社や仕事を選ぶということは、働き手自身も考える必要があるということ。自分が脚本家になって自分が主人公の映画を作るとしたら、この主人公はどこに住み、どんな家に住んでいて、その家の窓からはどんな景色が見えているのか。自分でロケハンして場所を探し当てるだけの自己決定能力、自己決定責任みたいなものが求められる。
自分で考える力のない人は「他人と同じこと」をするしかない。そうなると、全然豊かな人生を送れない。ある意味すごく残酷な状況です。なぜなら、今までそういう教育はされてこなかったからです。「普通がいい」って親御さんは、今でもよく言いますよね。
でも、普通という概念が溶けてなくなるような社会になりつつある。一人ひとりの人生はスペシャルだと考えた時に、自分という主人公にどういう人生の脚本を与えるのか。舞台を与えるのか。自分で考えなくてはいけない。
逆に言えば、「普通がいい」という病気が治らない限り、社会の多様性はおぼつかないとも言えますね。「普通であれ」という強迫に屈服して自分を殺した人は、その罪深さの自責から「普通でない」ことが許せないから。
これからの時代で働くのに必要なのは「自己決定能力」。自分自身で考え、行動する力と問われる。
Getty Images / monzenmachi
——自己決定能力を高めるために必要なものはなんでしょうか。
これはもう「幸福感受性」です。
どういう状態のときに自分は幸せか。どういうところに身を置いたときに本当に自分らしくいられるのか。自分が知っていることが大事になってきます。スピノザの提唱した「コナトゥス」という概念があるのですが、本来の自分であろうとするエネルギーのことを言います。変わろうとするエネルギーではなく、外側からの圧力に反発して自分らしくいようとするエネルギーのことです。
まだ多くの人が、世の中的な成功者像に引きずられて、この幸福感受性が麻痺している。自分の本当の幸せを感じ取るより先に、人をうらやましく思ってしまう。だから、つくづく「自分の感情に忠実に生きている人は強い」と思います。「感情」は人間が進化の過程で獲得した一種の武器ですから、それを押し殺して経済合理的な生きざまを志向することは、むしろ生物個体としての戦闘力・生存力を毀損することになります。
余談ですけれど、コロナで時間ができて、いま経済学の復習をしているんですが、この領域は「コペルニクス以前の天動説」みたいな状況になっていますね。いろんな「流派」がお互いにディスり合ってるんですが、どれ1つとして現実をきちんと説明できていない。先ほど話したGDPにしてもそうです。専門家ですらこの体たらくなので、これはパラダイムシフトが近いと思いました。
(聞き手・浜田敬子、構成・三木いずみ)
山口周:1970年生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。World Economic Forum Global Future Council メンバー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了後、電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで経営戦略策定、組織開発に従事した。東京に生まれ育つが、現在は神奈川県葉山町に在住。