治験の実施計画を発表。
撮影・三ツ村崇志
ロート製薬は6月23日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症者を対象に、早ければ8月から「他家間葉系幹細胞」を用いた再生医療の企業治験を開始する予定だと発表した。
この治験では、同社が肝硬変の患者に対する治療薬として開発を進めている細胞製剤「ADR- 001」の適応を拡大することで、COVID-19の重症肺炎患者の治療薬として活用することを目指しているという。
再生医療として期待の「間葉系幹細胞」とは?
ロート製薬、代表取締役会長の山田邦雄氏。
提供:ロート製薬
間葉系細胞(MSC)とは、さまざまな細胞に変化(分化)できるiPS細胞やES細胞などと同じ「幹細胞」の一種。iPS細胞などほどに分化能力は高くはないが、長年研究が続けられてきた細胞だ。
「他家間葉系幹細胞」の「他家」とは、「他の人」という意味。
つまり、今回使用する治療薬は、他の人の体由来のMSCを培養して薬にしたものだ。
実は現在、COVID-19用の治療にMSCを用いた治療薬が有効ではないかとして、世界各国で研究が進められている。
ロート製薬会長の山田邦雄氏は、今回の治験の経緯について、
「ロート製薬は、(脂肪由来)間葉系幹細胞の研究を重ねてきました。現在、肝硬変の治療薬として治験が行われているところです(安全性質に関する治験は終了)。
幸い、確立された(間葉系)幹細胞が準備できておりますし、(COVID-19に対して)役に立てないかということで今回の治験を企画するに至りました」
と話した。
8月〜12月に治験予定。承認メドは「結果次第」
治験における評価項目。まずは安全性の確認を主目的として、副次的に重症肺炎に対する治療効果の有無を評価するとしている。
出典:ロート製薬
今回の治験対象となるのは、COVID-19によって肺炎が重症化した患者。
治験では6人の患者に対して、1カ月(4週間)にわたり、同社が開発した治療薬を1週間に1度の頻度で静脈に点滴で投与する予定だ。
その後、2カ月程度の経過観察期間を経て、まずは安全性について評価することを目指すとしている。
ただし、治験対象者がCOVID-19の重症者であることから、ロート製薬臨床研究グループマネージャーの高尾幸成氏は、
「あくまでも安全性をメインにした試験をさせていただきたいと思っています。ただし、患者様に投与するということから、初期の薬効評価という形で、どのような有効性を示すのかを探索的に調べさせていただく治験です」
と話す。
治験の具体的な日程はまだ明らかになってはいないが、6月中には申請を済ませ、2020年8月〜12月にかけて実施したいとしている。
なお、実際に治療薬として承認される時期については、「臨床試験の結果次第」という表現に留められた。
早期承認制度などの枠組みを利用して治療薬としての認証を得ようとする試みについても、記者会見では明らかにされなかった。
MSCの効果、副作用は?
今回の治療薬について話す、大阪大学の澤教授。
提供:ロート製薬
また、記者会見では、大阪大学大学院医学系研究科の澤芳樹教授から、MSCを用いたCOVID-19の治療薬の効果についてもレクチャーがあった。
COVID-19による肺炎の重症化は、免疫細胞のはたらきが制御できなくなる「サイトカインストーム」という現象によって引き起こされていると考えられている。
この現象が起きると、肺が過剰に炎症を起こし、その結果、ECMO(エクモ、体外式膜型人工肺)や人工呼吸器と言った装置を使用せざるを得ないほど、状態が悪化してしまうのだ。
「インフルエンザウイルスでも、重症化すると肺炎が起こります。ただし、免疫が適正にはたらけば、軽症の肺炎でリカバリーできます。COVID-19の場合は、免疫機能が崩壊につながるような重症化をもたらす患者さんがいらっしゃいます。(この現象は)COVID-19に限った話ではないのですが、(新型コロナウイルスは)こういった病態を起こしやすいウイルスだといえます」
と、澤教授は話す。
ロート製薬が事前に実施した細胞の培養器内での予備実験では、MSCを使うことで、免疫細胞からの炎症物質の放出を抑える効果を期待できる結果が得られているという。
画像はイメージです。
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今回の治験では、治療薬が静脈から点滴によって投与される予定だ。
治療薬に含まれるMSCは、血流に乗って肺付近に到達し、そこである程度が留まると想定される。
澤教授は、
「ばらばらと細胞が肺にトラップされると、免疫抑制効果がある物質をたくさん分泌するのではないかと思います。これがARDS(肺炎などによる重度の呼吸不全)を抑えると期待されています」
と、治療薬の効果について期待を話す。
国内ですでに承認されている治療薬「レムデシビル」や、効果が期待されている「アビガン」などは「抗ウイルス薬」。基本的に、ウイルスの増殖を防ぐことを目的としているため、肺の炎症を抑制する効果はあまり期待できない。
そういった意味でも、重症化した肺炎を治療できる可能性をもつ治療薬の登場は、今後も続くであろう新型コロナウイルスとの闘いにおいて非常に重要だといえる。
なお、「現時点で想定されている副作用は何か?」という、Business Insider Japanからの質問に対して、ロート製薬からは以下のような回答があった。
「現状、重篤な有害事象は確認されておりません。
一般的に細胞の静脈投与の懸念は肺塞栓(肺の血管が詰まってしまう現象)になりますが、動物試験から安全域を設けておりますので、本治験の投与量では発生しないよう設定しております。COVID-19の患者様特有の安全性にかかる問題もあろうかと思われますので、本治験で確認したいと思っております」
少なくとも、肝硬変の治療薬としての安全性に関する治験において、問題がないという結果が得られていることから、薬としての基本的な安全性は満たしていると考えられるだろう。ただし、対象疾患が変われば、それに応じて安全性を確かめなおす必要がある。
今回の治験は、まさにその試験の場と言える。
未承認薬による治療に警鐘。科学的エビデンスのある治療薬に期待
出典:ロート製薬
間葉系幹細胞(MSC)をCOVID-19を対象に投与する治験は、今回のロート製薬の取り組みが日本では初のものになる。
つまり、COVID-19の治療を目的として薬事承認された「幹細胞を用いた治療薬」は、現時点において少なくとも国内では存在しない。
実は6月4日、学術誌「Cell Stem Cell」に、一部の企業がCOVID-19に対する「幹細胞治療」「予防療法」などと称して、科学的に効果が検証されていない治療薬を提供しようとしていることを批判する論説が掲載された。
記者会見でも、澤教授から「自由診療でこういったことをやられている人がいらっしゃる」との発言もみられた。
未承認の薬の使用は、効果があるかどうか分からないばかりか、逆に患者を危険にさらすことにもつながりかねない。
また、COVID-19に対する治療薬の開発でも、迅速性が求められるあまり、科学的な検証が不十分になる可能性が度々懸念されてきた。
こういった懸念を払拭するためにも、治験によってしっかりとした科学的なエビデンスの担保された治療薬の登場が期待されるところだ。
記者会見の様子。記者会見では、澤教授から、科学的な根拠にもとづいた薬の開発が重要であることが何度も指摘されていた。
提供:ロート製薬
一方、薬の開発にはそれなりに時間がかかるのも事実だ。
開発が完了する頃には、すでに感染症の流行が収束していたり、ワクチンができたりしている可能性もある。
COVID-19では重症患者数も限られていることから、製薬企業にとって、感染症の治療薬の開発に取り組むことは、ビジネスとして一定のリスクのある選択だともいえる。
この点について、ロート製薬の山田会長は、次のような製薬企業としての社会的責任に関する見解を述べて、会見を締めくくった。
「当初、感染症(に対する治療薬の開発)の優先順位を落としていました。
ただ、世界をみればまだまだ猛威を奮っています。また、新型コロナウイルスではないウイルスが出てくるかもしれません。そういったときに、肺の症状というのは心配されるわけです。
急ぎたい気持ちもあるが、将来を考えれば着々と準備をしておき、いざというときに役に立てるような種を育てておくことは、有意義ではあるだろうと思います」
(文・三ツ村崇志)