撮影:今村拓馬、イラスト: undefined undefined / Getty Images
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理するこの連載。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は昨年末に発売されて瞬く間にベストセラーになった入山先生の『世界標準の経営理論』。ただし本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
今回も読者の方からの声をご紹介します。「この時代にこそ心の在り方が重要」というご意見に、入山先生は「ウェルビーイング」という切り口から回答します。
この議論はラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:9分35秒)※クリックすると音声が流れます
こんにちは、入山章栄です。だんだん「アフターコロナ」の世界が見え始めましたね。大きなパラダイムシフトを経験した今、この連載の読者のみなさんはどう感じ、何を考えているでしょうか。今回も、読者の方からいただいたこんなご意見をご紹介します。
ありがとうございます。ナカさんはカウンセラー・コーチをされていますから、おそらくメンタルについて研究してこられたのでしょうか。そういう方から見ても、今はやはり重要な時期なのでしょうね。
自分にとっての幸せを形式知化する
ナカさんからは「心の在り方」というキーワードをいただきました。僕がこれからの心の在り方として重要だと思っているのは、「セルフリーダーシップ」です。
これは僕のつくった言葉ではなく、経営学の用語でもありません。予防医学者として有名な石川善樹さんから教えてもらった言葉です。予防医学とはいわゆるウェルビーイング(well-being)、つまり「幸せで健康である」ということなどを研究領域とした学問です。
石川さんとは以前から親しくさせてもらっていますが、コロナ前にあるところで彼の講演を聞く機会がありました。
彼は予防医学者・社会科学としていろいろな知見を整理して話してくれたのですが、ウェルビーイングに何が必要かというと、現時点での彼の結論は「セルフリーダーシップ」なのだそうです。中でも重要なのはセルフリーダーシップ、要するに、「自分で自分をリードできること」が重要ということですね。
実は僕も以前から、「自分のビジョン」という言葉を使って同様のことを主張していました。
つまりウェルビーイングになるには結局、「自分がどうありたいか」が重要であり、どうありたいかが分かっているからこそ、それが実現すると幸せを実感できるというわけです。
逆にどうありたいかが分からないと、そもそも自分をどこにリードしていけばいいか分からない。そうすると宙ぶらりんになってしまう。
私がここで注目したいのは、経営学の「センスメイキング理論」と「SECIモデル」です。
センスメイキングはこの連載でも何度が触れていますが、これは「腹落ち」の理論です。自分自身のやりたいこと、進みたい方向に腹落ちしていないと、人は自分をその方向にリードできない。セルフリーダーシップにつながる考えですよね。
加えて重要なのは、SECIモデルです。これは世界的な経営学者である一橋大学名誉教授の野中郁次郎教授が提示して以来、よく知られる理論です。
(出所)野中郁次郎「組織的知識創造の新展開」(DIAMONDハーバード・ビジネス 1999年1-2月号)をもとに筆者作成。
この理論のポイントは、「人は本来、暗黙知に満ちあふれており、他方でそれをなかなか形式知化できていない」というものです。自分はどうありたいのか、何をしたいのかということは、感覚としては自分の中にあるものです。しかし多くの人はそれを言語化できていない。
だから幸せになるためには、自分が何をすると楽しくて、何を実現したいのかということを、しっかり咀嚼して言語化する必要があるはずなのです。それによって、自分の方向感に腹落ちできて、そちちの方向に向けて、自分自身を導いていける。
ポストコロナの時代は不確実性が高く、変化は絶対に必要です。そう考えると、やはりこのセルフリーダーシップという心のあり方が、ますます重要になるのではないかと思います。
他者からの問いかけを通じて自分を見つめる
コーチをしているナカさんのご意見を今回紹介したからではありませんが、それこそ「コーチング」を利用するのはひとつの方法だと思います。
ナカさんはよくご存じだと思いますが、コーチングの仕事というのは、何かを相手に教えることではありません。ひたすら相手に質問をする、逆に言えば他者から質問を受けることです。
自分が本当にやりたいことは何か、自分にとっての幸せとは何かなんてことは、自分だけで考えていてもよく分からないものです。他方で、第三者から「あなたは何をしている時が一番楽しいの?」となどと問いかけてもらうことで、「私がやりたいのはこういうことかも」と分かってくる。
ですから、せっかくいま在宅勤務で比較的時間に余裕があるのであれば、例えばネットを利用して、いろいろな人から質問を受けてみたらどうでしょうか。
仲のいい友達はもちろん、以前から話をしてみたいと思っていた人とか、自分より10歳以上若い人とか、多種多様な人たちからどんどん質問を受けてみる。「コロナが明けたらあなたは何をしていきたいですか」というテーマで話し合ったりするのもいいかもしれません。
撮影:今村拓馬
ポイントは、何かを教えてあげるのではなく、ひたすら質問をして相手に深く考えてもらう。これを繰り返すことで、その人の内面にあったモヤモヤしたものが形式知化され、それに腹落ちし、やがてセルフリーダーシップにつながるはずです。
今回はナカさんからいただいた投稿をきっかけに話を展開してきましたが、いろいろなコメントをいただくのはわれわれにとってもたいへん学びになります。これからもどしどしコメントをお寄せください。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。