BI Daily Newsletter

【慶應大医学部教授・宮田裕章1】 データで社会をより良く変える。コロナ厚労省・LINE調査の設計に奔走

宮田裕章

撮影: 竹井俊晴

ビッグデータでコロナと闘う。その手法に注目が集まったのは、厚生労働省とLINEによる新型コロナウイルス感染症対策のための全国調査だ。

初回(3月31日~4月1日)は日本の人口の2割に近い約2500万、累計では9000万以上(4回の合計)の回答を集めた。数の規模で言えば、国の施作の中でも国勢調査に次ぐ大規模な調査となった。

仕掛け人は、慶應義塾大学医学部教授でデータサイエンスや医療政策が専門の宮田裕章だ。宮田を知ると、人は2度驚く。1度目は大学教授というよりはミュージシャンのような風貌に。そして2度目は、データで「社会をより良く変える」という熱き志に。

起点はポジショントークなき誠実な議論

宮田は現在、東京・信濃町にある慶應大医学部の研究室を含めて、7カ所の仕事場を持つ。走らせるプロジェクトは、「ざっと200以上に上る」と言う。

コロナ調査

3月31日〜4月1日に実施された厚労省とLINEによる「新型コロナ対策のために全国調査」。

メインで関わる仕事は、臨床現場と連携して膨大なデータを分析する日本の手術症例データベース「NCD(National Clinical Database)」。そこで得られるデータは臨床現場へフィードバックし、医療の質を上げるために活用する。

宮田はNCDだけで100以上のプロジェクトに関与している。三井記念病院元院長の髙本眞一・東京大学名誉教授は、自身が立ち上げに尽力した「心臓外科データベース」(NCDの前身)に初期から参画する宮田の仕事ぶりを、こう評価する。

「東大の医療品質評価学講座で助教をしていた宮田君が手術症例から得られるデータのリスク分析を担ってくれたことで、医療データベースの仕事は飛躍的に進みました。その後、全外科領域が加わるNCDへと発展して、日本の医療施設の外科症例、ほぼ全例を網羅するまでになった。今や世界最大級の治療成績データベースに育っている。ここまで発展したのは、宮田君のおかげですよ」

もう一つ、宮田の主軸となる仕事が、慶応大学殿町タウンキャンパス(川崎市)における、ウエルビーイング社会の実現に向けた研究、社会実装だ。地域自治体や大学、企業と連携しながら、社会課題解決への新しいイノベーションを生み出していく。

宮田は言う。

「私はこれまでずっと、研究機関、企業、行政の人たちと膝を交え、『今、何が社会に必要なのか』をディスカッションしてきた。そのディスカッションにおいて参加者に求められるのは、所属する組織のポジショントークではなく、社会の1人のメンバーとして、今何が必要かを誠実に考えることです。データ収集の起点はそこにある。

そうした議論の土壌があったからこそ、新型コロナ対策としてのLINE調査実現につながったと思う」

PCR検査の外の実態把握する「プランB」

PCR検査のイメージカット

新型コロナウイルスのPCR検査は、当初海外の国に比べて検査数が圧倒的に少ないことが問題視された。

REUTERS/Issei Kato

2020年2月以降、首都圏を中心に感染経路不明の新型コロナ感染者が徐々に増え、その数は拡大の一途を辿った。宮田は2月中旬の段階で危機感を募らせていた。

〈この様子だと、ウイルスが市中に入っていくシナリオは、かなりあるな。その場合、実施数を絞られているPCR検査の外側の実態を把握するような『プランB』を立てていかないと、打ち手が少なくなる〉

これまでの自分の研究の主軸は感染症ではない。でも、日頃から広く医療政策に関わる1人の研究者として、何か貢献できることはないか——。

宮田の脳裏に浮かんだのは、LINEの活用だ。全国で8300万人の利用者がいるこのサービスを、「使わない手はない」と考えた宮田は、LINEには調査のプログラムの開発と実施、AWS(Amazon Web Service)には集めるデータの保管への協力を呼びかけた。

すると、ほとんど二つ返事で「無償で協力する」と両社からゴーサインをもらった。同時に、北海道大学教授で厚労省クラスター対策班にいた西浦博にも構想を打ち明けると、「それ、絶対やったほうがいい」と賛同を得られた。

国より先に神奈川県に話を持ちかけたのは、迅速性を重視したからだと宮田は打ち明ける。

「いきなり国に話を持っていくと、契約や倫理審査やらさまざまなプロセスがあって、数カ月待ちとかになりかねない。想定を超える感染力を持つ新型コロナウイルスの場合は迅速な施策が必須で、機を逃したら無意味になる。入り口は、フットワークの軽い地方自治体がいいと」

コロナという差し迫る危機を前に、行政、企業、大学が三位一体となり、わずか1週間でプロジェクトチームを結成。分析・研究を担う核になるのは、宮田率いる慶應大医学部の医療政策・管理学教室のメンバーだが、他大学からも、トップサイエンティストが「志で」集まった。アンケートフォームの開発はLINEのプログラマーチームが担った。

当初から、宮田の頭の中に調査の「完成図」はあった。だが、前例のない調査だけに、そのイメージの共有には苦労した。

「雪玉が転がって弾みがついてからは速かったですが、最初のひと転がしまでは試行錯誤でした。私がコンセプトを話しても、なかなか伝わらない。だから今回は、『ユーザーの皆さんに、どういう文言でフィードバックをするのか』といった具体的な文言やプログラムの設計図も自分でも描きました。

独り相撲みたいなのを2イニングぐらいやった段階で、皆もストンと落ちたみたいで。そこからチームプレイが始まったという感じです」

調査に協力してもらうために“恩返し”

宮田裕章

撮影: 竹井俊晴

LINE調査は、2種類の方法で行っている。

一つは3月5日に神奈川県でスタートし、その後、他の自治体にも広がった都道府県単位のプロジェクト。LINE利用者の一人ひとりに自治体が取得した情報アカウントの「友だち」になってもらい、長期に渡って調査していく方法だ。6月時点で25都道府県380万ユーザーが登録している。

データを取るだけの調査ではない。「パーソナルサポート」としての役割を兼ねているところがポイントだ。

ユーザーは体調に変化があった場合に、アプリのチャットボットでの対話やいくつかの追加アンケートを通じて、「医療機関の受診をお勧めします」などと個々に合わせた情報が得られ、フォローアップが受けられる。

宮田はこのフィードバックにこだわった。調査に協力してもらうためには、何かしら“恩返し”が必要だと考えていた。

発熱というごくシンプルな指標を手がかりに、宮田ら分析チームは、公衆衛生学的観点から流行状況の輪郭を浮かび上がらせた。

神奈川県の調査では、発熱の症状を訴えた人の割合は、3月中旬にかけていったん下がった後に、下旬から上昇。3月2日から行われた学校休校を皮切りに社会全体で自粛が行われたものの、桜が開花した3月中旬とその後の3連休で自粛が緩んだ、というような社会活動の量との連動を可視化する手がかりとなった。

「発熱=コロナの感染は意味しない。でも、不確実な現実の中で多角的にデータを取りながらベターを探るのも、ゴールデンスタンダードなき時代には大事な実践。実践の中で、改善策を常に回し続けていくということが必要ですよね」

ないデータは「取りに行くもの」

master_tsukuriite_quote.001-2

撮影: 竹井俊晴

もう一つは、厚労省の全国調査だ。

宮田が言うには、「スナップショットの調査」。刻一刻と変化する状況の中で、その時点での発熱者や症状がある人がどれぐらいいるかを把握するために、プッシュ通知で一斉に調査を行う方式だ。発熱の有無や職業など、ピンポイントの質問に絞る。

初回の調査では、4日以上発熱していると答えた人が全体の0.11%、2万7000人に上った。また、職業ごとの発熱者の割合も可視化。長時間の接客を伴う飲食などの対人サービス業、外回りをする営業職などで平均の2倍近以上も発熱の症状があると分かった。

宮田が調査の構想段階から行政や企業を巻き込み、これまでにない規模での官民一体の調査を具現化したのは、「ないデータは、待っていないで取りに行くもの」と常々考えているからだ。

「我々データサイエンティストが有事に問われるのは、方法論など何もない中で最善を尽くそうとする意志です。視界不良の中でルートを見つけ出す登山家みたいに。

新型コロナウイルスに関しては、誰もが未経験者。どうしたら情報を得られるかという収集の方法からデザインして、自ら必要なデータを取りに行く。そこの努力から始める必要がある」

宮田はなぜ、データによる「社会変革」を目指すのか? 2回目以降はその思想の源泉を追っていく。

(敬称略、明日に続く)

(文・古川雅子、 撮影・竹井俊晴、デザイン・星野美緒)


古川雅子:上智大学文学部卒業。ニュース週刊誌の編集に携わった後、フリーランスに。科学・テクノロジー・医療・介護・社会保障など幅広く取材。著書に『きょうだいリスク』(社会学者の平山亮との共著)がある。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

あわせて読みたい

新着記事

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み