コロナ危機で「忘れられた」働き方改革。人手不足、就職氷河期問題の放置が日本を破たんに追い込む

働き方 品川 新型コロナウイルス

コロナショックで、以前から日本の労働政策の抱える最も大きな課題とされてきたいくつかの問題が忘却の彼方に追いやられようとしている。

撮影・竹井俊晴

新型コロナウイルスの流行を機に、働き方に関する社会の関心事が一変した。

一気に広まったテレワークにより職場の景色が一変し、メディアに踊る働き方関連のテーマは「在宅勤務の維持」「新しい働き方の中でのマネジメント」などに軸足を変えた。

一方で、近年盛んだった労働政策に関する話題は、めっきり息をひそめている。コロナショックによって図らずも問題が解決されたのならばよいが、ただ忘れただけならば、またいつか鎌首をもたげることになるだろう。

たった数カ月前に、これからの働き方を考えていく上での最重要課題とされていたいくつかのテーマについて、その現状と企業人事の認識を併せてふり返っておきたい。

コロナ以前は「人手不足」が最大の問題だった

コロナ以前、働き方に関する最大のテーマは間違いなく「人手不足」だった。覚えておられるだろうか。

少子高齢化により、世界的にも歴史的にもまれな人口減少局面にある日本では、今後も毎年1%以上、働き手が減り続けていく。

このままではさまざまな産業が維持できず、年金や健康保険など社会保障の需給バランス(=払う側と受け取る側の構成比)が大きく崩れてしまうし、ひいては未来のない社会に突き進んでいくことになる。

akiyama_forgotten_graph_1

内閣府資料で示された、生産年齢人口の減少。「2030年にかけて、生産年齢人口の減少が加速。国際的にみても、日本の生産年齢人口の減少率は大きい。労働参加が進展しても、2030年までに就業者数は減少する見込み」との指摘。

出典:平成29年第1回経済財政諮問会議「2030年展望と改革タスクフォース報告書(参考資料集)

問題の解決に必要とされた政策は、シンプルに言えば、「社会保障のもらい手を減らし、働く人を増やす」ことだった。

「定年延長」により中高齢者を、「技能制度」で外国人労働者を、「残業減やテレワーク」で子育て世代を、「緊急対策」で氷河期世代を、というようにそれぞれのターゲットごとに労働参加率を高める政策が組み立てられ、まさに実行フェーズへの移行段階だった。

配送サービスの遅れやコンビニの営業時間の縮小など、人手不足が消費者の目につく状況になり、社会全体が施策の必要性を広く認識したことも後押しになったのだろう、厚生労働省は2020年度、「多様な就労・社会参画の促進」として5500億円超の予算を計上している。

2011年に発生した東日本大震災の緊急雇用対応事業の予算ですら2000億円だったことを考えれば、政府の「本気度」はご理解いただけるだろう。

akiyama_forgotten_graph_2

令和2年度厚生労働省予算における重点事項。「多様な就労・社会参画の促進」にかかわる部分は5539億円にものぼる。

出典:厚生労働省「令和2年度予算案の概要」

コロナ後の環境悪化で「それどころではない」状態に

ところが、新型コロナウイルスの流行によって有効求人倍率が低下した(=2020年4月は2016年3月以来の低水準)ことで、人手不足問題への取り組みは一気に緊急性が失われた。

人手不足感は雲散霧消し、むしろ人手余剰への懸念が生じ、労働政策のニーズは一変した。

「定年延長」は中高齢者の労働参加を促すキーワードだったはずだが、いまやニュースを検索してみても、出てくるのは黒川弘務元検事長(ひいては公務員全般)の定年延長問題に関するものばかりだ。

そうした状況変化を受けて、企業人事の認識も変わってきている。

「来期の定年延長を計画していたが、労使協議も実質的に中断している。数年は先送りだろう」(大手製鉄業人事)

「氷河期世代問題については、いまやそれどころではない状況。特定の職種をのぞけば、氷河期世代から積極的に採用したいという環境にはしばらく戻らないのではないか」(大手スーパー人事)

「テレワークの浸透で、図らずも働き方改革が一定程度進んだ感じがある」(大手SIer)

「アフターコロナの(介護)現場では、外国人労働者に対するニーズは複雑なものになると皆が感じている」(大手介護人事)

職種や従業員の年齢構成、コロナ後の環境など、企業によって状況はさまざまだ。しかし、上のような現場の声を素直に受け止めれば、政府が人手不足を追い風として一気に進めようとした各種政策は、コロナショックによって導入期を逸したように映る。

政府はコロナ後の雇用維持、就職支援のため、異次元ともいえる2兆4300億円超の補正予算を組んだ。先に紹介した厚生労働省の「多様な就労・社会参画の促進」予算5500億円超もかすんで見える数字だ。その差がまさに施策の優先順位を示している。

定年延長や同一労働同一賃金、氷河期世代の活躍支援などは、コロナ以前は「努力義務」「行政指導」といった言葉が用いられ、企業に対して一定の執行力をもって推進することが計画されていたが、その「ムチ」はどうやら弱々しいものになりそうだ。

参考までに、以下は2019年に開設された内閣官房就職氷河期世代支援推進室のTwitter公式アカウント。当初はセミナーやイベント情報などを発信するとしていたが、いまや細々と地方公務員の求人がつぶやかれるばかりになっている。

この先に訪れる日本の姿

働き方 横断歩道 サラリーマン

撮影・今村拓馬

コロナ後の景況を無視して当初予定していた施策を貫くべきというつもりは毛頭ない。とはいえ、このまま無策で突き進んだなら、社会保障のバランス解消が先送りになることは間違いない。

とりわけ、いまなお長期失業者30万人を抱える就職氷河期世代の問題は、これまで自己責任のひと言で片づけられ、この世代の充実が社会全体の豊かさに深くかかわるという事実は見過ごされ、対策が後回しにされてきた。

「平成が生んだ時限爆弾」とも呼ばれるこの問題は、就職氷河期世代が中高齢を迎える2040年以降、20兆円規模の生活保護費を追加で発生させるとの試算(NIRA総合研究開発機構)もあり、予断を許さない状況だ。

アフターコロナの世界ではJOB型雇用が進むので、一律的な救済策や定年延長策は不要との意見もある。しかし、それはあくまでも正論、あるいは机上の空論にすぎない。

この国の雇用慣行が、一律的・強制的な統制なくして変わらないのは、コロナで驚くほど導入が進んだテレワークがまさにその証左ではないか。

日本の労働政策の主要課題は、テレワークの推進とJOB型雇用だけでは解決しない。コロナショックのどさくさにまぎれて必要な施策まで投げ捨てるのは非常にまずい。

また、企業人事の側も、行政指導のゆるみを期待したり、緊急施策に左右されたりすることなく、すべての世代に対して長期的な視野をもって人材や社内制度と向き合ってほしい。

企業人事が狭小で短期的な思考に陥れば、1990年代のバブル崩壊後に生まれた氷河期問題と同じように、コロナショック後にも新たな「令和の時限爆弾」を生み出すことになりかねないのだから。


秋山輝之(あきやま・てるゆき):フォーラムエンジニアリング常務取締役。1973年東京都生まれ。東京大学卒業後、1996年にダイエー入社。人事部門で人事戦略の構築、要員人件費管理、人事制度の構築を担当後、2004年からベクトル。組織・人事コンサルタントとして、のべ150社の組織人事戦略構築・人事制度設計を支援。2020年4月よりフォーラムエンジニアリングに参画し、エンジニアのキャリアサイトcognavi事業を担当。元経団連(現日本経団連)年金改革部会委員。著書に『実践人事制度改革』『退職金の教科書』など。

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み