アップルの「脱インテル化」が極めて合理的なこれだけの理由…「規模の経済」を読み解く

apple01

WWDC2020の基調講演で語るアップルのティム・クックCEO。

出典:アップルWWDC2020基調講演より

アップルの開発者向けイベント「WWDC2020」(会期:現地時間6月22日〜26日)で発表された、Macの「脱インテル化」の発表が大きな話題になっている。

なぜアップルは、自社のPCに利用している半導体を、インテルが製造しているものから、自社製品に乗り換えようというのだろうか。その背景には、PC市場を巡る環境の変化が大きく影響している。

アップルが地道に進めていた地ならし

AppleSiliconMac-14

出典:アップルWWDC2020基調講演より

アップルは、現在同社が提供しているPC(本記事ではPCをパーソナルコンピュータの意味で使っていく、WindowsとMacの両方を合わせた総称をPCとする)「Mac」シリーズのSoC(System on a Chip、1チップでコンピューターを構成できる半導体のこと)を、これまで採用してきたインテルから、Arm社の技術に基づく自社製SoCに変更する計画を明らかにした。

アップルの発表によれば、Armの技術に基づいたアップル自社製のSoC(Aシリーズ、iPhoneやiPadに採用されているものと同じもの)への変更は、今後投入する予定の次世代OS「macOS Big Sur(ビッグサー)」の導入にあわせて行なわれ、アップル独自半導体(Appleシリコン)を搭載したMacは2020年末までに発売する計画だ。

アップルによると、このインテルからArmへの移行は、今後2年という時間をかけて行なわれる。いきなりインテルベースの製品をなくすのではなく、今後しばらくは、インテルベースとArmベースの自社製の両方のSoCを搭載した製品が共存することになる。

インテルベースの製品は、今後数年にわたり、同社が提供するmacOSの複数世代に提供していく計画だ。

新しい技術を導入するときには、上から下まで一挙に一新するようなイノベーションを積極的に取り入れるアップル。それでも、こうして移行に数年単位の時間をかけるのは、それだけプロセッサーの仕組みが複雑にできているからだ。

apple02

開発キットの性能。心臓部はiPad Proと同等の性能で、メモリーは10GB多く積んでいる。

出典:アップルWWDC2020基調講演より

原則として、インテルに対応したソフトウェアは、インテル(とその互換品を製造しているAMD)のSoCを搭載したコンピューター上でしか動かないし、その逆にArmに対応したソフトウェアはArmに対応したコンピューター上でしか動かない(エミュレーションなど動作させるさまざまな手法はあるが、速度の低下などの影響がほぼ必ず出る)。

このため、ソフトウェア開発者は、そのための準備(Armに対応したソフトウェアを作ること)が必要で、Armベースのプロセッサを搭載した最初の製品発売が2020年末までにとされたのは、Arm版Mac用ソフトウェア開発のためのリードタイムをソフトウェア開発者に与えるためだ。

ただし、Arm版Mac立ち上げの準備は既にかなり進んでいる。

PC向けソフトウェアの最大手であるマイクロソフトとアドビは、WWDCの基調講演でそれぞれの「Arm対応版Mac用ソフト」を公開した。

マイクロソフトはWord/Excel/PowerPointといった生産性向上ツールを、アドビはPhotoshopやLightroomなどのクリエイター向けツールのArm対応版を公開し、動作するところをみせた。

こうした大規模なプラットフォーム移行の最大の問題が「代替の難しいアプリが動くかどうか」だということを考えれば、この2社がArm版Macに積極的な姿勢でいる意味は極めて大きい。

15年前に「インテルへと乗り換えた」時の決め手は「規模の経済」だった

AppleSiliconMac-4

アップルが語った過去の大きなプラットフォーム以降。PowerPCの採用、MacOS Xというまったく新しいOS、インテルCPUへの移行。そしていま、iPhoneで培った技術で独自のArmベースのSoCへとMacを移行させようとしている。

出典:アップルWWDC2020基調講演より

半導体技術を追いかけてきた筆者の目線からは、今回、アップルがインテルからArmへの乗り換えることを決めるに至った背景には、PC向け半導体を取り巻く状況が大きく変化していることが影響していると考えられる。

前回アップルが、Macに搭載するCPUを変更したのは15年前、2005年のWWDCの発表だった。このときは、モトローラ/IBM連合が開発した「PowerPC」からインテルへの変更を決断した。当時も、やはり数年をかけてPowerPCからインテルへの乗り換えが行なわれ、ソフトウェアベンダーもPowerPC向けのソフトをインテル向けに作り直した。

当時、アップルはなぜPowerPCからインテルへと変更したのか? その理由は、シンプルに「数」だ。この時点でアップルの市場シェアは10%を切っており、PowerPCは、市場で少数派になっていた。

少数派になるとなぜ困るのかと言えば、半導体産業というのは規模の経済であり、規模が大きければ大きいほど、開発コストをかけることができ、より強力な製品を設計することができる。

そして規模が大きければ大きいほど、製造コストなどを引き下げることができる。つまり、「競争に打ち勝つには、規模を大きくする」ことが重要なのだ。この2005年の時点で、インテルとIBMには大きな差がついており、既にIBMにはインテルと同じレベルで強力な性能を持ち、かつ低コストな製品を作るのは難しいと考えられていた。

実際、その後のPowerPCは、主戦場だったデータセンター向けの製品もインテルに押され続け、現在ではかなり小さな市場で使われる程度になっている。事実上データセンター向けではインテル(とそしてその互換品を製造しているAMD)の一人勝ちのような状況だ。

今や市場は3つの市場をたして1つのデバイス市場として見る時代になった

AppleSiliconMac-14

出典:アップルWWDC2020基調講演より

「だとすれば、インテルは今でもPC市場の勝者じゃないか、その原則が正しいなら、インテルから他のアーキテクチャに替えるのはおかしいじゃないか」という反論も出てくるかもしれない。

PCだけで見るならば、その通りだ。PC市場におけるArmの市場シェアは1%以下と非常に小さい。

だが、見方を変えれば、今やPCもインターネットに接続してクラウドベースのサービスを使うデバイスに変化した。Microsoft OfficeがMicrosoft 365になり、PhotoshopやLightroomがCreative Cloudになり、サブスクリプション型でかつクラウドストレージ上にあるファイルを編集するツールに脱皮しているのが、その何よりの証拠だ。

つまり、今やPCはクラウドという大きな木の下に、スマートフォンやタブレットと並んでぶら下がっているデバイスの1つなのだ。

その視点で、市場を見ていくと、別の構図が見えてくる。

以下はIDCが発表している2019年の市場の出荷台数と、そのうちのアップルの内訳だ。

list

出典:IDC調べの調査データをもとに筆者とBusiness Insider Japanが作成

スマートフォン、タブレット、そしてPCをクライアントデバイスとして市場をみると、市場全体では17億8179万台となる。

ここでインテル系とArm系の比率をみてみよう。

スマートフォンはほぼArmが100%、PCはインテル(およびその互換であるAMD)が100%、タブレットは(いわゆる2-in-1型と呼ばれるWindowsベースのタブレットも含まれているが)そのほとんどはArmベースのタブレットなので、ざっくり8:2だと仮定して計算した。すると、Armが14億8628万台、インテル(およびAMD)が2億9551万台となる。

それぞれの市場シェアを計算すると、Armは約83%、インテル(およびAMD)は約17%という計算だ。

この試算から言える事は、市場の大多数はArmであり、アップルがArmを選ぶのは「半導体は規模の経済」という原則に立って考えれば、経済合理性として正しい選択だということだ。

そしてもう1つ言える事は、アップルが販売しているデバイス数全体「2億5858.4万台」から見れば、Macは「わずかに6.8%でしかない」という事実だ。こちらから見ても、アップルがmacOSのプロセッサをArmベース自社製品にするというのは、既に理に適った選択といえる。

最大の課題は「前人未到の高性能なArmベースのSoCをアップルが作り出せるか」

apple03

アップルが目指す、PC向けのAppleシリコンで目標とする仕様。

出典:アップルWWDC2020基調講演より

さらに重要な点は、今回アップルが既にiPhoneやiPadに採用しているAシリーズの自社製SoCに乗り換えるのは、驚くほど低コストでできるからだと考えられる。

近代の半導体製品は、CPUやGPUといった演算器の数を伸張(スケーリング=増加)させることで、複数のカテゴリーの製品をカバーできるように設計する。

ハイパフォーマンスのPC向けに「多くのCPUやGPUを搭載したバージョン」を作り、そこから数を少し減らした「タブレット用」、さらには消費電力を少なくするために必要最小限にした「スマートフォン用」などとバリエーションを展開していくのだ。これにより、製造コスト、設計コストをPC、タブレット、スマートフォン向けでシェアしつつ、製品の展開が可能になる。

アップルの場合は多額の投資を既にAシリーズに対して行なっており、そこに新たなバリエーションを作る程度のわずかな投資で、PC用のAシリーズを展開することが(理論的には)可能だ。

このため、アップルにとってMac用のSoCを製造することは、インテルからSoCを買うよりも遙かに低コストだと考えられる。

ただ、課題もある。これまで、あらゆる現場で通用するような「ハイパフォーマンスのArmベースのSoC」は商業的に成功した例はない。Armベースの設計は、いずれもモバイル向けであり、一部のWindows向け(直近ではマイクロソフト「Surface Pro X」に採用)ですら、やはりモバイル向けの製品だ。

その意味では、まずはMacBookやMacBook Airのようなモバイル向けの製品から展開が始まり、徐々にハイエンドの方に移行していくという、段階的な戦略をとってくる可能性が高い。ハイエンドの方はしばらくインテル製品を継続し、ハイエンド向けの製品もある程度目処が立ったら展開するということになるのではないだろうか。

これまでモバイル用でしかなかったAシリーズで、インテルに対抗できるようなハイパフォーマンスの半導体を作ることができるのか? いかにアップルといえど、そこはまだ未知数で、答えは数年後になってみないとわからない。

(文・笠原一輝)

  • Twitter
  • Facebook
  • LINE
  • LinkedIn
  • クリップボードにコピー
  • ×
  • …

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み