リン・マニュエル・ミランダ(『ハミルトン』より)。
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リン・マニュエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda)は一見、突然現れたかのように見える。ミュージカル『ハミルトン(Hamilton)』を世に送り出した後、ミランダはその名を知られるようになり、それ以来、活躍の場を広げている。
ミランダが脚本、主演を務めた『ハミルトン』は2015年にオフ・ブロードウェーで初演後、すぐに史上最も人気の高い、最も利益を上げたミュージカルの1つになった。『オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)』や『ライオンキング(The Lion King)』『ウィキッド(Wicked)』といった人気作品に並ぶほどだ。
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)のせいで2020年3月にブロードウェーが閉鎖されるまで、『ハミルトン』はブロードウェーで最も人気の高いショーの1つだった。チケットには数百ドル(転売サイトでは数千ドル)の値が付き、何カ月も前に手配しないと入手できなかった。
だが、ミランダの最初のヒット作は『ハミルトン』ではない。ミランダは大学在学中から取り組み始めたヒップホップとサルサを組み合わせたミュージカル『イン・ザ・ハイツ(In the Heights)』でも脚本、主演を務めている。40歳になったミランダはこれまでにピューリッツァー賞、エミー賞、トニー賞、グラミー賞などを受賞している。
ミランダのこれまでのキャリアを振り返る。
(敬称略)
リン・マニュエル・ミランダは、子どもの頃からミュージカルに興味があった。
2008年。
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ニューヨーク市で生まれたミランダは、アッパー・マンハッタンのワシントン・ハイツで育った。
7歳の時、家族と一緒にブロードウェーで初めて見た『レ・ミゼラブル』がミュージカルを志すきっかけになったと、ミランダは話している。
ハンターカレッジ高校に進学すると、ミランダはミュージカル劇にも参加した。
大学進学後、ミランダは初めてのミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の作詞・作曲を手掛け、主演を務めた。この作品は2008年、ブロードウェーで上演された。
『イン・ザ・ハイツ』でミュージカル作品賞を受賞したミランダ。
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ミランダの"休みなし"の職業倫理は、ウェズリアン大学で始まった。1999年、大学2年生の時にミランダは初めてのミュージカル『イン・ザ・ハイツ』の草稿を書いた。2000年4月には大学の劇団「Second Stage」によって上演された。
ヒップホップにサルサとラテン音楽を組み合わせたこのミュージカルは、ミランダが育ったヒスパニック系アメリカ人が多く暮らすマンハッタンのワシントンハイツが舞台だ。
初演後、ミランダのもとには、ショーをブロードウェーに持って行かないかとアプローチがあった。2005年にコネチカット州で上演された後、『イン・ザ・ハイツ』は2008年2月、ブロードウェー進出を果たした。ミランダが28歳の時のことだ。評判は上々で、多くの批評家がミランダの感情豊かな歌詞を強みと見なした。
『イン・ザ・ハイツ』はトニー賞13部門でノミネートされ、ミュージカル作品賞、オリジナル楽曲賞を含む4部門を受賞。ショーは2011年に終了した。
だが、その間もミランダは他の仕事で自身の生活を支えていた。
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大学を卒業した後、20代のミランダは『イン・ザ・ハイツ』に取り組みながら、政治家の宣伝文を書いて生活を支えていた。
元ニューヨーク州知事エリオット・スピッツァー(Eliot Spitzer)といった政治家の宣伝文を英語とスペイン語で書いていたという。ミランダはこの仕事を政治コンサルタントとして働いていた父親を通じて得ていた。
『イン・ザ・ハイツ』と『ハミルトン』の間に、ミランダはミュージカル版『ブリング・イット・オン(Bring It On)』の音楽を書いていた。
グレゴリー・ヘイニー(Gregory Haney)とミランダ。2012年の『ブリング・イット・オン』のブロードウェー初日に。
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ミュージカル『ブリング・イット・オン』で、ミランダはトニー賞のミュージカル作品賞などにノミネートされた。
ミランダは2009年、『ハミルトン』に取り組み始めた —— ブロードウェーで上演されるまでに6年かかった。
アレクサンダー・ハミルトンを演じるミランダ。
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歴史家ロン・チャーナウ(Ron Chernow)が書いた2004年の伝記『ハミルトン —— アメリカ資本主義を創った男』を読んだのがきっかけで、ミランダは建国の父アレクサンダー・ハミルトンのヒップホップ・ミュージカルを書こうと決め、2009年からミュージカル『ハミルトン』の取りかかり始めた。
ハミルトンは、ラッパーのトゥパック・シャクール(Tupac Shakur)を思い起こさせるとミランダは語っていて、これがハミルトンの生涯をヒップホップ・ミュージカルにしようというアイデアにつながったという。
メンターでもある作詞・作曲家のスティーブン・ソンドハイムを含め、周りの人々からこれはうまくいかないと言われながらも、ミランダは『ハミルトン』に取り組み続けた。中でも『アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)』と『マイ・ショット(My Shot)』は、曲作りにそれぞれ1年かかったという。ミランダは諦めることなく創作を続け、『ハミルトン』は2015年、パブリック・シアターでデビューし、数カ月後にはブロードウェーに進出した。
『ハミルトン』でミランダはトニー賞、ピューリッツァー賞、ケネディ・センター名誉賞を受賞した。
2018年、ミランダはケネディ・センター名誉賞を受賞した。
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『ハミルトン』は一夜にして大ヒットし、チケットは完売した(数千ドルで転売されていることもあるが)。2016年には戯曲部門でピューリッツァー賞を受賞した。
ブロードウェーに進出してから5年が経っても、『ハミルトン』のチケットは飛ぶように売れていて、観客は何カ月も前に高価なチケットを買わなければならない。2018年には、1週間で400万ドル(約4億2800万円)を売り上げ、興行成績としては過去最高を記録した。その後、『ハミルトン』はロサンゼルスやシカゴなどアメリカ国内のさまざまな都市だけでなく、ロンドンやシドニーといった世界各地の都市でも上演されるようになった。
『ハミルトン』の大きな魅力の1つは、キャスティングにおいて歴史的な正確さよりも多様性を重視しているところだ。
『ハミルトン』の出演者たち。
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プエルトリコからの移民の息子であるミランダは、"多様性"を自身の作品にとって不可欠な要素としている。『イン・ザ・ハイツ』はマンハッタンのヒスパニック系アメリカ人が多く暮らす地域が舞台で、キャスティングもそれに合わせて行われた。
もしアレクサンダー・ハミルトンとその仲間のミュージカルを他の誰かが書いていたら、これらの歴史上の登場人物は白人だったことから、出演者も全員白人だっただろう。だが、ミランダはそうはしなかった。
ミランダにとっては、アレクサンダー・ハミルトンの精神、建国の父の精神、アメリカ独立革命の精神を表現することの方が見た目の歴史的な正確さよりも重要だった。
「ヒップホップを革命の音楽にするというアイデアは、わたしにとって非常に魅力的でした」とミランダは2015年、ニューヨーク・タイムズに語った。「正しいと感じました」
オリジナル・キャストは『ハミルトン』から離れたものの、人種を意識したキャスティングは続けられていて、ツアーキャストも同様だ。
出演者としてショーを去った後も、ミランダは『ハミルトン』関連のコンテンツを作っている。
ミランダとクリストファー・ジャクソン(Christopher Jackson)。
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次に進むため、ミランダは2016年にショーを離れたが、『ハミルトン』への情熱は全く失っていない。この年、アリシア・キーズ(Alicia Keys)やケリー・クラークソン(Kelly Clarkson)、ジョン・レジェンド(John Legend)といったアーティストによる『ハミルトン』のカバー曲をまとめたアルバム『The Hamilton Mixtape』がリリースされた。
アルバムは、ビルボード200で1位になった。
2017年12月、ミランダはもう1つの関連プロジェクト『Hamildrops』を発表。
2018年3月24日、ステージでパフォーマンスするミランダとベン・プラット(Ben Platt)。
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最初の『Hamildrop』はザ・ディセンバリスツ(the Decemberists)がパフォーマンスした 『ベン・フランクリンの歌(Ben Franklin's Song)』だった —— これはショーからカットされた曲で、ミランダが書いた詞だけが存在していた。 次の年にかけてほぼ毎月、ミランダは歌をリリースし、合計で12曲出した。
同じく2017年、酔っぱらったミランダがアレクサンダー・ハミルトンについてあまりに長く語ったため、ケーブルテレビ局コメディ・セントラルの番組『Drunk History』はミランダの出演パートの放送時間を延ばさなければならなくなった。
『Drunk History』に出演したミランダ。
Comedy Central
『Drunk History』は、コメディアンや俳優たちが酔っぱらって、歴史上の出来事を語る番組だ。
2017年にこの番組に出演したミランダは、アレクサンダー・ハミルトンとアーロン・バー(Aaron Burr)について話した。エミー賞にノミネートされたこともある番組のプロダクション・デザイナー、クロエ・アービトゥル(Chloe Arbiture)は、ミランダがあまりにもハミルトンについて熱く語ったため、ミランダの出演回は放送時間を延ばしたとBusiness Insiderに語っている。『Drunk History』は通常、1エピソードあたり2つか3つの歴史上の出来事を取り上げるという。
「リン・マニュエル・ミランダの回は、彼がハミルトンについて語るとわたしたちは分かっていました」とアービトゥルは語った。「でも、これだけで1エピソードになるとは思っていませんでした。ただ、あまりにも素晴らしかったので、カットできなかったんです。それでミランダだけのエピソードにしました」
ミランダはその曲作りの才能を『モアナと伝説の海』や『スター・ウォーズ』『リトル・マーメイド』など、さまざまな映画でも発揮している。
『モアナと伝説の海』のプレミアで。左からミランダ、アウリイ・クラヴァーリョ(Auli'i Cravalho )、ドウェイン・ジョンソン(Dwayne Johnson)。
Alberto E. Rodriguez/Getty Images for Disney
劇場やテレビの仕事に加えて、ミランダは2016年のディズニー映画『モアナと伝説の海』の作詞・作曲でオペタイア・フォアイ(Opetaia Foa'i)、マーク・マンシーナ(Mark Mancina)と協力した。『どこまでも ~How Far I'll Go~』でミランダは2017年、アカデミー賞にノミネートされた。ミランダは『ハミルトン』がブロードウェーに進出する1年前の2014年からこの映画の音楽に取り組み始めていた。
ミランダは2015年の映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に登場する『ジャバ・フロー(Jabba Flow)』を共同で制作し、ボーカルにも参加している。
2017年には、作曲家のアラン・メンケン(Alan Menken)とともにディズニーの実写版『リトル・マーメイド』の新曲を作っていることが分かった。ミランダは2021年に公開予定のアニメーション映画『Vivo』の音楽も書いている。
俳優として関わる作品も増えている。ミランダは映画『メリー・ポピンズ リターンズ』やテレビドラマ『ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤』『ブルックリン・ナイン-ナイン』などに出演した。
『メリー・ポピンズ リターンズ』のプレミアで、エミリー・ブラントと。
Mike Coppola/Getty Images
2018年のディズニー映画『メリー・ポピンズ リターンズ』でミランダはジャックを演じ、そのパフォーマンスでゴールデングローブ賞にノミネートされた。
忙しさがまだ足りないとばかりに、ミランダは著書『Gmorning, Gnight!: Little Pep Talks for Me & You』も書いた。
『Gmorning, Gnight!: Little Pep Talks for Me & You』
Katherine Frey/The Washington Post/Getty Images
ミランダはほぼ毎日、朝と夜に心温まるちょっとしたメッセージなどをツイートすることで知られている。こうしたツイートをイラストレーターのジョニー・サン(Jonny Sun)と組んでイラスト付きの本にまとめ、2018年10月に発表した。
ミランダはプエルトリコのための活動にも参加している。ハリケーン・マリアの後はなおさらだ。2019年には『ハミルトン』のプエルトリコ・ツアーにアレクサンダー・ハミルトン役で参加した。
プエルトリコの結束を呼びかける集会で演説をするミランダ。
Paul Morigi/Getty Images
2017年9月、ハリケーン・マリアはプエルトリコに大きな被害をもたらした。プエルトリコはミランダの両親が育った場所で、ミランダも子どもの頃は夏をプエルトリコで過ごし、祖父母を訪ねていた。
ハリケーンに見舞われて以降、ミランダは自身のプラットフォームと声を災害復興のための啓蒙と資金調達のために使った。プエルトリコを訪れ、祖父母が愛した家がほとんど残っていないのを見た。
ハリケーンが襲来した翌日、ミランダは『Almost Like Praying』という曲を書いた。この曲にはジェニファー・ロペスなどプエルトリコ出身のアーティストが参加し、2017年10月にリリースされた。この曲は17の国でiTunesで1位になった。収益は全てハリケーンの災害復興に当てられた。
2019年1月、『ハミルトン』のプエルトリコ・ツアーでミランダは主演を務めた。ローリング・ストーン誌によると、3週間のツアーはチケットが完売、ミランダのFlamboyan Arts Fundのために1500万ドル(推定)が集まったという。
2018年、ミランダはジョナサン・ラーソン(Jonathan Larson)のミュージカル『チック・チック・ブーン!』の映画版で監督デビューを果たすことが分かった。
『チック・チック・ブーン!』撮影現場でのアンドリュー・ガーフィールド(Andrew Garfield)とミランダ。
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『チック・チック・ブーン!』は、『レント』で知られるラーソンのもう1つのミュージカル作品。2018年にその映画版の監督をミランダが務めることが発表された。その後、ネットフリックス(Netflix)がその権利を獲得。主演はアンドリュー・ガーフィールドが務める。
2020年夏、映画版『イン・ザ・ハイツ』が公開される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で延期された。
『イン・ザ・ハイツ』の撮影現場で、監督のジョン・M・チュウ(Jon M. Chu)と。
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主役のウスナビをもう一度演じることはないが、ミランダはピラグエロ役またはピラグア・ガイ役で出演する予定だ。
映画は2020年夏に公開される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で丸1年延期された。
デビューから5年、劇場収録された映画版『ハミルトン』は7月3日からDisney+(ディズニープラス)で世界同時配信される。
2016年、『ハミルトン』で最後のアレクサンダー・ハミルトン役を演じたミランダ。
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オリジナルキャストで収録された映画版『ハミルトン』は当初、2021年10月に劇場公開される予定だったが、2020年7月にDisney+で配信されることになった。
ブロードウェーでは3月中旬から公演を見合わせていて、業界団体ブロードウェー・リーグ(Broadway League)は6月29日、年内いっぱいの休演を発表した。
(翻訳、編集:山口佳美)