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パワハラ告発アップリンクに未来はあるか?映画業界の問題も浮き彫りに

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「アップリンク」の浅井隆代表を相手取り訴訟を起こした元従業員たち。

撮影:大塚淳史

映画配給会社のアップリンクがパワハラ問題で揺れている。アップリンクと関連会社の元従業員5人が、代表の浅井隆氏(65)からパワーハラスメントを受けたとして、損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。

同社は映画業界での知名度が高く、東京の渋谷、吉祥寺、京都でミニシアターを運営。配給会社としても個性的な作品を各地の映画館に届けている。

6月16日の告発会見では、5人のうち4人が実名と顔を公表した。Business Insider Japanは後日改めて5人の証言を聞いた。また、映画業界に巣くう「やりがい搾取」「パワハラ」問題を改めて浮き彫りにした。

元従業員たちが受けた痛み

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東京・渋谷にある「アップリンク渋谷」。

提供:アップリンク

錦織可南子さん(26)は、アップリンクの映画館運営スタッフとして、アルバイトから正社員に登用された。アップリンク吉祥寺の立ち上げスタッフとして2018年9月から現場で奔走した。オープン直前の同年12月に入ると、ほぼ休みがなく、連日朝から深夜まで働きづめで心身が疲労していったという。

さらに錦織さんを追い込んだのが、浅井氏からのパワハラ被害だったと語る。休日であっても、プライベートの携帯電話に浅井氏から頻繁に連絡があり、身も心も休まらなかったという。

「精神的に参ってしまって、続けることが難しいと上司経由で浅井氏に伝えると『とりあえず君は疲れている。休みを取って、それから辞めるか続けるか考えればいい』と言われました。京都でもミニシアターをオープンする予定だったことで、人手が足りていなかったのでしょう」

錦織さんは2019年7月下旬に5日間休みを取り、なんとか気持ちを切り替え、「休んで、もう一度続けたい気持ちになり、浅井氏に伝えました」(錦織さん)。

ところが浅井氏は面談で、なんとか気持ちを立て直した錦織さんに、心ない言葉をかけたという。

「君がこれまでやってきたことは、アルバイトのプチリーダーと変わらないよ」

さらに追い打ちをかけたのが、雇用契約について。

「そんな仕事なら、続けるとしても、君は精神が不安定だし、正社員から有期雇用の契約に変更する」

数日後、浅井氏、上司を含めて3人で話し合いの場が設けられた。錦織さんは、有期雇用への変更を口頭で伝えるのはおかしい、納得できないと伝えたが、浅井氏は冷たく言い放ったという。

「こっちは何度も説明している。もうそれが飲めないんだったら、辞めればいいじゃん」

錦織さんが、降格は不当だと食い下がると「じゃあ裁判で戦えば」と応じたという。

ただ、今度は錦織さんの肝が据わった。「わかりました(裁判で戦います)」と答えると、逆に浅井氏は「本当に訴えるの?」と聞いてきたので、「本気です」と返したという。

結局、錦織さんは2019年10月に正式に退社し、裁判の準備に入っていった。

他にも告発者5人は、浅井氏から社内で以下のようなパワハラや暴言を受けたり、目撃した例を証言している。

・Twitter上でエゴサーチをし、アップリンクに関する悪評が書き込まれていると、「(その時に対応していた劇場の)従業員は誰だ!呼び出せ!」と命じた

・アップリンク渋谷をリニューアルする際には、突然レストランの閉鎖が決定。レストランスタッフたちにメールで解雇を伝えたが、(労働基準法で定める解雇予告の猶予期間である)1カ月をすでに切っていたため、トラブルに

・夏休みや有給休暇制度がいつの間にかなくなり、会議で訴えると浅井氏から「辞職をするか、文句を言うな」。ただ、そのやり取りを録音していたのを知ると「労働基準監督署に持っていかれると困る。君はマナーがない」(浅井氏)

なぜこれまで表面化しなかったのか

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アップリンクの浅井隆代表。

提供:アップリンク

告発直後には、アップリンクの現従業員や退職者からも、原告が開設したSNSや問い合わせ窓口に連絡があったという。

常態化していたという浅井氏とアップリンクによるパワハラ問題は、これまでなぜ表面化しなかったのか。

錦織さんは、そこには浅井氏の映画業界内における影響力があったと指摘する。

「今まで立ち上がろうした人達はいたと思う。今回、いろいろな人に呼び掛ける中で『映画業界で引き続き生きていきたい(から告発に協力できない)』という声があった。こういう考えがネックになったのかもしれません」

また、アップリンクで働いた経歴は業界内で評価されるのだという。

「1年間、アップリンクで働き続けたという事実があるだけで相当評価されます。だから、ハラスメントや“やりがい搾取”を受けても、頑張ろうとなります」

告発者のひとり、清水正誉さん(34)によるとアップリンクから大手映画会社に羽ばたいた人は「結構います」。ただ、辞めていった従業員たちは、浅井氏から「敵視されます」(錦織さん)。

清水さんは退職する際「お前は同業他社に行くのかと浅井氏からしつこく聞かれました」と苦笑した。

浅井氏の周囲も見て見ぬふり

浅井氏は6月19日にアップリンクのホームページ上で公表した声明文で、反省の弁を記した。

「これまでにスタッフから何度も『これはハラスメントである」という指摘を受け、是正するよう言われてきました。そのたびに理解したつもりになっていましたが、理解できていませんでした」

自らのマネジメント不足を認め、カウンセリングへの参加、外部委員会の設置、ハラスメントの窓口の設置、取締役会の設置などを表明した。

だが、錦織さんは「世間の目を気にしたダメージコントロールのように見えた」とあきれたという。「そもそも発表する前に私たちへは特に謝罪や連絡はありません」と話した。

問題は根深いと指摘するのは、宣伝部門で勤務していた浅野百衣さん(31)だ。

「浅井氏のハラスメントを、皆見ているはず。でも、周りの人が作った浅井さんに対する評価によって、見過ごされた部分がある。周囲が放置したことで浅井氏も改善してこなかった」

清水さんも、こう語る。

「(今年6月のアップリンク京都の開業など)事業規模を拡大していたところだから、より独善的になりやすかった。結局、浅井氏のワンマンオーナーの会社というのは大きい。スタッフの入れ替わりが激しく、結果的に大ベテランと3年未満の従業員しかいない。スタッフの層が二極化していた」

浅井氏の言動に慣れきった人か、こうした実態を初めて目の当たりにする人しか、周囲にいない状況が生まれていたということになる。

映画業界がやりがい搾取産業になってはいけない

映画業界はやりがい搾取が横行しているとの指摘は以前からある。

映画『淵に立つ』などで知られる深田晃司監督は、5人の告発直後、Twitter上でいち早く原告側への賛同を示し「決して他人ごとではない」とつづった。

深田監督は6月18日にYouTube上で配信された「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」主催のトークイベントでも、精神論に陥りがちな映画界の労働環境への危惧を訴えた。

「労働環境に関して言うと、少しでも改善していかないといけない。アップリンクだけの雇用の問題を切り捨てるのではなく、私たちの業界がミニシアターの業界も映画の業界でもどれもよく聞く話なので、きちんと私たちの働く場所が安全であると証明しなければならない。業界の改善を、精神論だけでは無理。映画の多様性を守りながら、商業性の高い映画、低い映画を安全に守っていくのを考えていかないといけない」

ただでさえ働く人たちの雇用形態が不安定で、高い収入が得られにくい業界だ。特に、個人や中小企業など運営資金が限られているミニシアターでは、ギリギリの経営をしているところも多い。

内側からも変革を求む

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6月22日、アップリンクパワハラ告発者3人が、東京都内の弁護士事務所で再度会見を開いた。

撮影:大塚淳史

新型コロナウイルスは映画界に大きなダメージを与えた。とりわけ、各地のミニシアターが苦境に陥っている。

ミニシアターを助けるべく、クラウドファンディング「ミニシアターエイド基金」も立ち上がり、4月中旬から約1カ月で3億円以上を集めて話題になった。

その発起人が深田監督や濱口竜介監督であり、告発されたアップリンクも基金の参加団体だった。

記者自身、基金に関する話題で浅井氏を2度取材していただけに、今回の元スタッフからの訴えには驚いた。

告発者のひとり鄭優希さん(25)は「内部の社員も傍観するだけでは、結果的に浅井氏のハラスメントに加担していることになってしまいます。直接の被害者と加害者だけの問題に押せず、周りも声を上げて欲しい」と訴えた。

錦織さんは、元従業員として「外側」から声を上げたことと同時に内側からの変革も望んだ。

「内部から変わらなければアップリンクに未来はないのでないでしょうか」

錦織さん、浅野さん、鄭さんの3人は、浅井氏の謝罪文を踏まえて6月22日に再び会見を開いた。

錦織さんは涙を見せながら「謝罪が私たち向けではなく世間に向いていて悔しい」と話した。さらに錦織さんは「今年6月からパワハラ防止法(労働施策総合推進法)が施行されましたが、大企業だけ。中小企業は2年の猶予期間がある。おかしい。少しでも早めて欲しい」と、法制度に感じる問題点も指摘した。確かにパワハラは、絶対的な影響力を持つワンマンオーナーの会社で起こりやすい傾向がある。

日本では近年、長時間労働やパワハラに関する問題意識がより高まってきた。2015年末には電通社員の高橋まつりさん(当時24)が過労を苦に自殺した問題が大きく注目された。これをきっかけに、この社会問題に対する取り組みが進み、横行してきた「見なし残業」やハラスメントを見過ごしてはいけないという意識が高まっているのは事実だ。

映画を愛し、夢を抱いた人たちが集まるがゆえ、中の問題が顕在化しにくかった映画業界。業界に一定の影響力をもつアップリンクを舞台とする今回のパワハラ訴訟は、業界の体質や沈黙にメスを入れることができるのか。

今回の件で浅井隆氏に取材を申し込んだが断られた。浅井氏は被害者たち、そして映画を愛する人たちにここから、どう向き合っていくのだろうか。

編集部より:原告が解説した窓口について、初出時から表現を改めました。2020年6月29日 21:30

(文・大塚淳史

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