REUTERS/Kim Kyung-Hoon
ソフトバンクと中国配車サービス首位の滴滴出行(Didi Chuxing)が日本で運営する「DiDiモビリティジャパン」が、サービスエリア縮小やアプリ利用料の徴収など、事業の調整に踏み切った。背景にあるのはもちろん、新型コロナウイルスの影響だ。
人の移動が減ったことで、タクシー業界全体が苦境にあり、解雇や倒産も起きている。DiDiの日本事業見直しはやむを得ないだろう。
一方で、中国のDiDiは厳冬を乗り越え、攻めに転じた。コロナ禍ではなく、不祥事によって経営が混乱していた同社は2年近くかけて体制を見直し、「アフターコロナ」時代に再びモビリティ業界のけん引役になろうとしている。
自動運転車配車と貨物配送を開始
DiDiは6月27日、自動運転車での配車サービスを始めると発表した。
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6月27日、DiDiは上海で自動運転車による配車サービスの試験運用を始めると発表した。ユーザーはDiDiのアプリで利用登録し、審査を通過すると、上海の専用テスト道路の範囲内で自動運転車を呼べる。ただし試験運用であることから、「もしものときのために」同社スタッフが車両に同乗し、乗客も注意事項を記した同意書に署名しなければならない。
DiDiの自動運転カンパニーの孟醒最高執行責任者(COO)は少し前に開かれたオンラインイベントで、運転手が確保しにくい地域で自動運転車を展開する構想を明かし、「2030年までに100万台の自動運転車を投入する」と表明した。
世界では自動車メーカー、IT企業入り乱れ、次世代カーの開発と模索が進む。中国はバイドゥ(百度)が自動運転技術の開発に巨額の投資をしているが、DiDiも2016年に研究開発に着手しており、2019年8月には自動運転事業を子会社として独立させた。
子会社は2020年5月に5億ドル(約530億円)を調達。中国の自動運転会社による資金調達としては最高額で、リード・インベスターはソフトバンクのビジョン・ファンド2号だった。DiDiは調達した資金をテスト車両の自社製造やデータ分析に活用するとしている。
DiDiは6月27日、中国の自動車メーカー北京汽車との提携も発表した。緊急時にも運転手が対応しない「レベル4」の自動運転車の共同開発を行う。
DiDiの新たな動きは他にもある。6月23日には杭州市と成都市で、toB向けの市内貨物配送サービスを始めた。ユーザーはDiDiのアプリから貨物配送を依頼。DiDiによると初日の依頼件数は1万件を超え、建材、金属、アパレル用品などの配送に使われた。
新型コロナは人の移動を減らす一方、宅配需要を増やした。貨物配送への参入は、まさに「アフターコロナ時代」を見越した動きだ。現地の報道によると貨物配送事業では8000人の運転手を確保し、警察と連携しながら安全研修を行ったという。
2018年に起きた2件の殺人事件
貨物事業参入にあたり、DiDiがわざわざ「警察と連携」し、安全研修を実施したとアピールしたところに、同社の“十字架”がちらつく。
DiDiは2018年、契約運転手による女性客殺人事件によって、安全軽視の経営体制が中国全土に知られることとなった。5月に1件目の事件が発生した際は、社会の批判も比較的短期間で収束した。だが、8月にほぼ同じ構図の乗客殺人が再び起き、同社の主要業務だった相乗りサービス「順風車」(Hitch)は無期限業務停止に追い込まれた。中国当局もDiDiを含む配車サービスの規制を強め、黒字間近だったDiDiは成長目標を凍結した。
DiDiは2018年末の従業員のボーナスを前年の半分に減らし、幹部はボーナスゼロにした。その結果、ドライバー、従業員の両方が流出し、「アプリで配車を依頼しても来てくれない」事態が発生した。DiDiはドライバーを引き留めるため、奨励金の投入を余儀なくされ、さらに赤字が膨らむという悪循環に陥った。
2019年2月には、業績悪化を理由に全従業員の15%に相当する約2000人の削減を発表。始めたばかりの出前事業もスタッフの半分削減が決まり、出鼻をくじかれた。
医療スタッフ専用配車機能で復活
感染症対策のため、車内を消毒するDiDiのドライバー(2月、北京で撮影)
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DiDiは配車アプリ企業乱立時代に、他社を吸収しながら一強体制をつくりあげた企業だ。だが、慢心が自らの首を絞め、2019年には有力IT企業が配車サービスに参入し、ライバルの台頭を許すことにもなった。
その逆風をリセットしたのが、2020年の新型コロナウイルスだ。
1月23日、武漢市が封鎖され交通が遮断されると、DiDiはアプリに医療スタッフ専用の配車依頼機能を追加。防護服で身を固めた運転手が、「医療保障車両」とステッカーが貼られた車両を徹底消毒しながら、医療スタッフに無料送迎サービスを提供した。
当初、武漢市で始めたサービスは湖北省、そして全国に広がった。契約ドライバーやパートナー企業には、ロイヤリティー免除や無料健康検査も導入し、SNSなどでも「自分たちも大変なときに、新型コロナ対策に多大な貢献をした」と評価された。
DiDiは新型コロナが拡大する前の2019年11月、殺人事件が起きた相乗りサービス「順風車」をハルビン、北京など7都市で試験的に再開、事業の正常化をうかがっており、新型コロナ対策での貢献は、結果的に不祥事の“みそぎ”にもなった。
同社は6月、前述の自動運転車配車サービスや貨物配送参入と並び、順風車サービスを300都市に拡大するとも発表した。
2018年8月以降、時計の針が巻き戻ったかのように、負の遺産の処理に追われてきたDiDiが、再び野心をあらわにし始めたことについては、複雑な反応が寄せられている。
中国メディアによると、自動運転カンパニーの孟醒COOが6月のオンラインイベントで、「2030年までに100万台の自動運転車を投入する」と表明したとき、参加していたアナリストからは「期待したいが、その過程できっと、いろいろなことが起きるだろう」とのコメントが発された。
ユーザーや投資家の警戒心は、まだ緩んでいないようだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。