コロナウイルスによって変わらざるを得なかった学習環境。オンライン授業のメリットもあるが、懸念すべき点もある(写真はイメージです)。
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新型コロナウイルスの感染拡大に伴う臨時休校の期間中、一部の学校は授業をオンラインに切り替えた。それまで学校に通えなかった不登校児の中には、在宅で授業が受けられるようになり、「学び」へのアクセスを取り戻した子どもたちもいる。
オンライン学習を出席扱いにするという文部科学省の方針もあり、今後、不登校児の選択肢は広がりそうだ。
ただ不登校の背景に貧困などの問題があるケースも多く、オンラインで学べる環境の整った家庭と、そうでない家庭との間に「学習格差」が広がる恐れもある。また保護者からは、「学校に行けないならオンラインで勉強を」という判断が、精神的に疲れ切った不登校児たちをさらに追い詰めかねないとの声も上がっている。
「リアルより集中できる」の声も
「オンライン授業になって、とても健康的な生活をしています」
横浜市内で不登校・ひきこもりの若者らの支援に当たる「NPO法人パノラマ」の織田鉄也さんは緊急事態宣言の発令中、電話連絡を取った10代後半の女性利用者から、こんな明るい言葉を聞いた。
宣言発令中、パノラマの運営施設は休止となり、施設長の織田さんらは電話やメールによるヒアリングや相談対応に切り替えた。その中でのやり取りだ。
この女性は通信制高校に在籍。勉強は得意でレポートは順調に提出できていたが、人と接するのが苦手で、登校が必要な「スクーリング」になかなか行くことができなかった。
体調を崩して年度末が近づいても残り1回のスクーリングをこなせず、このままでは必要な単位を取れない恐れがあった。しかし3月以降のコロナ感染拡大で、スクーリングがオンライン授業に切り替わり、登校しないでも単位を取ることができた。「ほっとした」と女性は語ったという。
また織田さんは「『オンラインの方が話者の話に集中できる』という利用者もいた」と振り返る。
人間は話す時、身振り手振りや表情、ちょっとしたニュアンスなど、言葉以外にもさまざまな情報を発信している。ただ、感覚が非常に鋭かったり発達に凸凹があったりする若者の中には、受け取った大量の情報を処理しきれず、かえって混乱してしまう人もいる。
織田さんは「オンラインは受け取る情報量が言語に絞られるため、かえって内容を理解しやすくなったようだ」と分析した。
オンライン学習が出席扱いに
不登校の子どもたちにとって、「みんなが休んでいる」という状態は安心感を与えたという(写真はイメージです)。
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文部科学省の調査によると、不登校の小中学生は2018年度末で16万4528人にのぼり、6年連続で増え続けている。高校中退者も4万8594人と、前年に比べて約1800人増えた。
臨時休校は不登校の子どもたちにとって「学校に行かなければ」というプレッシャーから束の間、解放される期間でもあったようだ。
神奈川県内でフリースクールを運営するNPO法人の関係者は「子どもたちは、すべての子どもが休んでいるという安心感からステイホームを楽しんでいた」と話す。
文科省の同じ調査によると、不登校児の約6割が学校を90日以上欠席しており、学習の遅れは大きな課題となっている。だが、コロナによる休校中は授業の動画配信を実施した自治体もあり、子どもたちは在宅で学校のカリキュラムに沿った学習をすることが可能になった。
2017年に施行された教育機会確保法は、不登校の子どもたちを無理に学校に戻すのではなく、フリースクールや夜間中学、家庭教育など学校以外にも多様な学びの場を提供する重要性を掲げている。
オンライン学習も選択肢の一つとされ、文科省は2019年、インターネットなどを使った学習についても、学校長が内容を踏まえて出席扱いにできるとの通知を自治体などに出した。
前述のNPO関係者は「動画は自分のペースで早送りや繰り返しができて、大きな音が苦手な子は音量も調節できる。出席扱いになるなら、動画視聴を選ぶ子どもは今後増えるのではないか」と話す。
不登校の背景に貧困や親の病気も
オンライン授業には必要不可欠なインターネット環境。全ての家庭にWi-Fi環境やPCなどの機器が揃っているわけではない(写真はイメージです)。
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ただオンラインや動画による授業は、家庭にWi-Fiやインターネット回線が整い、子どもたちがパソコンやタブレット端末を利用できてこそ成立する。特に小学生のうちは、親の端末を借りて勉強する子も多く、毎日長時間の学習には使えない子どもたちも多い。
臨時休校中、ネット環境などのない家庭にポケットWi-Fiやモバイルルータ、パソコンなどを貸与した自治体もあったが、ごく一部に留まった。
神奈川県内に勤務するスクールソーシャルワーカーの女性は、「不登校の背景には、ひとり親家庭の貧困や、精神・発達障害などの親の病気、家庭内暴力があることが非常に多い」と指摘する。例えば、シングルマザーが深夜までダブルワークをしているため朝起きられず、子どもたちも登校しなくなってしまう、といったケースだ。
女性が過去に訪問した家庭の中には、母親がアルコール依存症でゴミ屋敷になっている家や、6畳間に7〜8人のきょうだいが生活している家もあったという。こうした家庭は、そもそも子どもが落ち着いて勉強できる状態にない。
政府は2020年度の補正予算で、オンライン学習の環境が整っていない年収400万円未満の家庭に対して、モバイルルータの整備を支援するとして147億円を計上した。しかし、パノラマの織田さんは、「圧倒的に孤立している人は、オンライン教育に対する意欲にも知識にも乏しく、政府が支援してもこぼれ落ちてしまう」と話し、まず家庭の立て直しが先決だと指摘する。
私立中学・高校の中には臨時休校中、全校生徒にタブレット端末などを配布し、毎日5〜6時間のオンライン授業を実施した学校もある。不登校でオンライン学習にアクセスできない子どもたちは学びからますます遠のき、オンラインとリアル、双方の学習を駆使する子どもたちとの学力格差が開いてしまう懸念もある。
不登校児を追い詰める懸念
オンラインの授業が進むことで、子どもたちは外で友だちと遊んだり、一緒に何かを成し遂げるといったリアルな世界から遠ざかることも懸念されている(写真はイメージです)。
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一方、千葉県横芝光町でフリースクールを運営する内田美穂さんは「オンライン学習が不登校の子どもを、逆に追い詰めてしまうのではないか」と心配する。
内田さんの長男は、中2の三学期から中学卒業まで不登校だった。「ひどい時は生きるしかばねのようで、笑顔どころか表情すらなかった。入浴できず爪も切れず、ベッドに横たわっているだけの状態だった」(内田さん)
しかし、内田さんが長男に「そのままでいいよ」と言い続けるうちに、少しずつエネルギーを貯めて外に出られるようになり、現在は高校に通っている。
「学校生活に疲れ果てた子どもたちは、『学校に行けないなら、オンラインで勉強しなさい』と言われてもできる精神状態ではない。何よりもまずゆっくり休む必要がある」(内田さん)
ある程度元気を取り戻し、登校は無理でも家でなら勉強できる段階に至った子どもなら、オンライン上で学習を再開できる可能性もある。ただ内田さんはその場合も「子どもの声を聞いて」使うべきだと強調した。
またパノラマの織田さんは「オンライン学習によって、子どもたちがリアルから遠のいてしまわないようにする必要がある」と話す。
「他人を信頼できない、自分に自信が持てないといった不登校児の本質的な『生きづらさ』を和らげ、他人とつながれるようにするのが本来のサポート。オンラインが、学校だけでなくフリースクールや居場所など外の世界への『窓口』になればいいと思う」
(文・有馬知子)