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疑惑のロシア軍秘密機関「29155部隊」その正体とは。アフガニスタンで米兵殺害工作に暗躍、NYタイムズ報道

ニューヨーク・タイムズ スクープ

米兵殺害にロシア秘密機関が報奨金を出していたことを報じたニューヨーク・タイムズのスクープ記事。

Screenshot of New York Times

6月26日、ニューヨーク・タイムズが驚くべきスクープ記事を報じた。

情報機関筋によると、ロシアは秘密裏に米兵殺害の報奨金をアフガニスタン民兵に提供していた

同記事によると、アフガニスタン駐留の米英軍の兵士殺害に報奨金を出すというロシアの秘密工作が行われたのは2019年。報奨金の提示を受けたのはタリバン系の過激派組織とのことだった。しかし、アメリカ政府のロシアへの対応が定まらず、その後もとくに対策はとられていないという。

他の米主要メディアも後追い取材し、ほぼ同様の内容を報道した。しかし、これらの報道に対し、トランプ大統領は自らのツイッターで「誰からもそんな報告は受けていない」と否定した。

だが、複数の米主要メディアの続報によれば、米情報機関がそれらの情報をトランプ大統領に報告していたのは事実のようだ。

ニューヨーク・タイムズ(6月29日)によれば、現地から情報がもたらされたのは2020年1月。その後、米情報機関はこの情報の信憑性が高いと判断し、2月下旬に「大統領日報(PDB)」と呼ばれる毎朝のブリーフィング時に提出するメモ文書で、トランプ大統領に報告した。

米中央情報局(CIA)はこの情報を、正式な情報分析評価報告書である「世界情報報告」(5月4日)にも記載したという。

米軍がタリバンの拠点から50万ドルを押収

トランプ大統領

トランプ大統領には、ロシアからの米兵殺害報奨金について情報がもたらされていた模様だ。

REUTERS

他方、AP通信の記事(6月30日)では、この情報が最初にホワイトハウスに報告されたのはそれより1年以上前の2019年初頭で、当時の大統領日報にも記載されたという。

同年3月にはボルトン大統領補佐官(安全保障問題担当、当時)が、同僚にこの話題について話したこともあったとされる。

なお、この情報はもともと、別々の場所で拘束した複数のタリバン系民兵への尋問で得られたものらしい。

ロシア情報機関がタリバンおよびタリバン系の反米最強硬派「ハッカニ・ネットワーク」に接近を図っているという情報に付随して得られたものだったが、米情報当局は当時、ロシアの暗躍は特段新たな情報でないと判断し、それほど重視していなかったようだ。

ところが、2020年に入って、米軍の特殊部隊「シール・チーム6」(筆者注、2011年にオサマ・ビン・ラディンを殺害した部隊)がタリバンの拠点を急襲した際、50万ドル(約5500万円)の現金を押収したことで、ロシアから(米英兵士殺害に対する)報奨金が供与されていた疑惑が再浮上。再びトランプ大統領に報告された流れだったという。

なお、2019年4月にアフガニスタンの首都カブールの北方で、米軍海兵隊員3人が自動車爆弾で殺害されているが、その事件はロシアの報奨金によるものだった疑いがあるようだ。

これらの報道の詳細について、トランプ政権の担当者たちは認めていない。しかし、これだけ多くの具体的なリークがメディアにもたらされていることを考えると、米情報当局からホワイトハウスに(ロシア報奨金の)報告がなされていたことは、ほぼ疑いない。

現在、ワシントンDCのメディアの関心は、「トランプ大統領は情報報告をきちんと聞く気があるのか」「トランプ大統領に国の安全を守る能力はあるのか」に移ってきている。

秘密機関「29155部隊」とは

イギリス アフガニスタン 兵士

アフガニスタンの首都カブールにて。警戒中の英軍兵士。ロシア秘密機関から報奨金を受けた過激派組織のターゲットにされていた疑いが浮上している。

REUTERS/Omar Sobhani

各メディアの報道によると、ロシア軍の情報機関である「参謀本部情報総局(GRU)」の「29155部隊」が秘密工作の主体となった模様だ。

この部隊には少なくとも2008年から活動の痕跡があり、2009年に初めて部隊名が確認されている。しかし、海外破壊工作専門の部隊としてその存在が西側メディアに注目され始めたのは、2019年10月8日のニューヨーク・タイムズ記事以降のこと。

ロシアの秘密機関が欧州の不安定化狙い暗躍している、安全保障当局がコメント

29155部隊はモスクワ東部の第161特殊訓練センターを本部とし、アンドレイ・アベリヤノフ少将が指揮官を務めている。任務は海外での「陽動作戦」で、そのなかには爆弾テロや暗殺などのダーティワークも含まれているという。

部隊にはそうした海外での秘密工作に従事する約20人のセクションがある。そこのメンバーたちは電波傍受や化学兵器取り扱いなどの特殊訓練を受けており、幹部の何人かはアフガニスタン、チェチェン、ウクライナなどの戦争で勲章を得た将校だという。

ニューヨーク・タイムズの記事によると、ロシア国防省が2012年に表彰して報奨金を出したGRUの3つの「功績ある部隊」の1つがこの29155部隊だった。

他の2つは、のちにアメリカ大統領選挙(2016年11月)に介入する「74455部隊」と、のちにクリミア半島併合(2014年3月)で暗躍することになる「99450部隊」だ。

イギリス、ブルガリアで暗殺未遂事件に関与

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イギリス亡命中の元ロシア軍セルゲイ・スクリパリ大佐を狙った暗殺未遂事件の実行役、アレクサンダー・ミシュキン大佐(別名アレクサンダー・ペトロフ、左)とアナトリー・チェピガ大佐(別名ラスラン・ボシロフ)。両名とも「29155部隊」の一員だ。

Metroplitan Police handout via REUTERS

29155部隊の将校で最も注目すべきは、「殺しのライセンスを持つ男」デニス・セルゲイエフ少将(別名セルゲイ・フェドトフ)。イギリス亡命中のセルゲイ・スクリパリ元GRU大佐が化学兵器「ノビチョク」で暗殺未遂に遭った事件(2018年3月)の首謀者だ。

事件の実行役を担ったアレクサンダー・ミシュキン大佐(別名アレクサンダー・ペトロフ)とアナトリー・チェピガ大佐(別名ラスラン・ボシロフ)も、29155部隊の一員。

計画実行の約1年前の調査段階で、実行犯のミシュキン大佐を含む3人のGRU将校が現地入りしていたことも判明している。他の2人の将校の1人は最注目のセルゲイエフ少将と、セルゲイ・リュウテンコフ(別名セルゲイ・パブロフ)だった。

GRUの暗殺部隊長であるセルゲイエフ少将は、イギリスでのスクリパリ暗殺未遂事件の以前、ブルガリアの武器商人エミリアン・ゲブレフの毒殺未遂事件(2015年4月)でも、現地入りしていたことが明らかになっている。このときも、未確認ながら神経剤の一種が使用された模様だ。

なお、このブルガリアの毒殺未遂事件については、独シュピーゲルとイギリスの公開情報調査グループ「べリングキャット」らの共同調査により、関与したGRUのメンバーが特定されている。

スクリパリ暗殺未遂事件の調査で現地入りしたセルゲイ・リュウテンコフに加え、ウラジミル・モイセーエフ(別名ウラジミル・ポポフ)、イワン・テレンティーエフ(別名イワン・レベデフ)らで、みな29155部隊に所属している。

「29155部隊」の存在に気づいた西側情報機関

アフガニスタン 米軍兵士 遺体

アフガニスタン東部ナンガルハル州で殺された米軍兵士の遺体が祖国に到着。ロシア秘密機関の報奨金との関係は、このケースでは不明だ。

REUTERS/Michael A. McCoy

前出のニューヨーク・タイムズ記事によると、米中央情報局(CIA)を中心とする西側情報機関が29155部隊の存在に気づいたのは、モンテネグロでのクーデター失敗(2016年10月)のあとで、さらにその2年後に起きたスクリパリ暗殺未遂事件でようやく、29155部隊の詳細に迫ることができた。

なお、モンテネグロのクーデターでは、軍の一部による首相暗殺と国会占拠が計画されていたことが明らかになっているが、それを裏で仕組んだのが29155部隊だった。失敗後に現地で起訴された2人のGRU将校のうちの1人は、前述したブルガリアでの武器商人毒殺未遂事件に関与したウラジミル・モイセーエフだった。

29155部隊では、同じ工作員がさまざまな秘密工作に参加していることがうかがえる。

29155部隊はほかにも、前述のロシアによるクリミア併合、モルドバでの政情不安工作、ロシアのドーピング問題に関する「世界反ドーピング機関」(WADA)への諜報工作などで暗躍したとみられる。また、スペインのカタルーニャ独立運動を扇動した疑いについても、スペイン情報当局が捜査に乗り出している。

いずれにせよ、暗殺に限らず幅広いダーティな工作を担当していることは確実だ。

アフガンでの米兵殺害工作をロシア中枢は知っていたか

ロシア プーチン大統領

ロシアのプーチン大統領。「29155部隊」への指令は大統領も認識していたのか。

Sputnik/Mikhail Klimentyev/Kremlin via REUTERS

29155部隊はこれまで欧州を中心に、身分を偽装した要員を送り込み、暗殺を含むダーティな秘密工作を行ってきた。

冒頭で紹介した米兵殺害への報奨金工作が29155部隊の仕業だったとすれば、その活動の舞台がアフガニスタンだったことは、目新しいポイントといえる。もちろん、工作の内容からすれば、29155部隊がまさに適任であるのは言うまでもない。

ただ、この作戦が29155部隊独自の作戦なのか、あるいはGRU司令部あるいはロシア軍参謀本部、さらにはロシア国防省、ロシア安全保障会議、大統領府、プーチン大統領までが承認した作戦だったのか、そのあたりは不明だ。

29155部隊はすでに書いたようにGRUに所属するいちユニットだが、そのダーティな任務内容ゆえに、GRUの一般隊員にもその存在・実像が知られていない。

こうした犯罪的行動をとる超秘密機関の場合、どんな破壊工作を実施するかについては、部隊にある程度まで裁量の権限が与えられている可能性がある。例えば、GRU司令部から「米軍の撤退を早める工作を進めよ」という大枠の指令が出ているようなケースだ。

米兵殺害の報奨金工作という内容から、それなりに資金が必要であることは間違いないが、過激派の一部を焚きつけるだけの小規模な工作だったなら、現場の工作班が独自に進めていたということもあり得るだろう。

とはいえ、発覚したら国際的に大問題になることは容易に推察され、普通に考えれば、現場だけの判断では済まされず、ロシア国防省あるいはロシア政権中枢の事前承認が必要になりそうだ。

常にダーティな工作を実行してきた29155部隊にとっては、さほど特別な任務ではない、ということなのかもしれないが、いずれにしても事態の推移を注視したい。


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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