家族は仲が良いのが当たり前、家族って素晴らしいもの ── 「家族 is the best」の意識が強い日本だが、家族のつながりに苦しんでいる人も少なくない。
2019年11月開催ビジネスカンファレンスMASHING UP Vo.3では、そんな「家族」のあり方について問い直すセッションが行われた。
スピーカーは、社会学者で東京大学名誉教授の上野千鶴子氏と、エッセイストの犬山紙子氏。
独自の視点で様々な社会問題に鋭く斬り込む二人が、介護問題や結婚、子ども、おひとりさまの老後について語り合った。
「家族のように……」は二流品であることを認めることではないか
社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長 上野 千鶴子氏。
セッションの始まりは、あるテレビ番組での上野氏の発言から。
介護現場を訪問していた上野氏が、ドクターの「家族のように面倒を見る」という表現について嫌悪感を示したのだ。
「『家族のように』という形容詞にはすごく抵抗がある。家族がベストなら家族以外のものが家族のようなことをするのは、代用品でしょう。代用品は二流品じゃないですか。自分たちがやっていることを二流品と考える必要はまったくない」
番組で「家族のように」と口にしたのは、家族を捨て、また家族から捨てられたお年寄りを在宅で看取っているドクター。上野氏は「家族がやらない、家族ができないことをやってらっしゃるプロなのに、どうしてそのことにもっと誇りを持たないのかという考えが、この発言に背景にはある」と語る。
この発言を聞いて犬山氏は、「私はいつも『女のように』とか『男のように』という言葉には意義を申し立てていたのに、『家族のように』という言葉はそのまま受け入れていました。それが良いものだというイメージが勝手に作られている」と気付いたという。「人間同士の思いやりだとか尊い営みを、まるっと『家族』と呼んでしまっている」ことも。
犬山氏同様、家族をめぐる上野氏の発言に共感する人は多かったようだ。「日本は家族大好きだから、バッシングが来るのを覚悟していたら、実は共感する声の方が多くて、拍子抜けしちゃったの」(上野氏)
「私の周りでも、家族の呪縛を口にする方は多いですね。女の子だから親の面倒を見ないとダメだとか、親の言うことを聞かなきゃダメだと言われて育ってきた世代がようやく、『これは呪いなのでは』と気付き、異を唱え始めています。上野先生はその気持ちを代弁してくださった」と犬山氏も同意する。
介護こそ、家族に向かない仕事なのでは
エッセイスト 犬山 紙子氏。
犬山氏は自身が20歳の頃から、難病にかかった母親の介護を続けている。「母親が好きだからできている」というが、世の中全員がそうではない。実際、同世代の女性から「私はお母さんが大嫌い。お父さんのことが絶対に許せない。そんな親でも介護しなきゃいけないの」という質問をよくぶつけられるのだという。
これに対して上野氏は「相手が弱者になったからといって、恩讐の彼方にというわけにはいかない。過去がある分、その経験を飛び越えることは簡単にはできないから。介護は家族に向かない仕事ではないかと思う」と語った。
女性には「家族を作れ」という呪縛も……
話題が「結婚」へと移り、犬山氏は、女性には「家族を作れ」という呪縛もかけられていると話す。犬山氏自身は結婚して子どもがいるが、「結婚という制度を使っておいた方が得だという打算的なところもあって結婚した」そうだ。また周りには、「将来が不安だから結婚しないといけないと思っている友人も多い」という。
これに上野氏は強く物申す。「家族は保険だと、どこかで思っているのでしょう。それは妄想であって、ただの紙切れ一枚」とばっさり。「老人介護の現場を見ていると、保険だと思って加入したはずが、その保証が何のあてにもならなかったという実例が山ほどあります。家族は土壇場になると年寄りを捨てるんです。そこまで家族を追い詰めてしまう社会が困りものなのですが……」(上野氏)
子どもに対してはどうか?
犬山氏が「将来、自分の世話をしてもらうために子どもを産んだかというと、絶対にそうではない。子どもを保証にすることの怖さもすごく感じた」と語れば、上野氏はこう答える。
「子どもを産んだ女性たちは、自分の人生のどれほどの時間とエネルギーを子どもに使っている? それほどのことをやってきたのだから、『世話にならない』なんてかっこつけないで、『お世話になるかもしれないからよろしくね』って言えばいいんです。私たちの世代は特に、その上の世代から耐えきれないほどの重荷を背負わされたから、こんな思いは子どもたちにはさせたくないっていう気持ちがあると思う。でも今は、介護保険というありがたい制度があるから、耐えきれないほどの重荷ではなく、耐えられる程度の重荷を背負ってもらえばいい。だから、『お前の世話になんてならないよ』と憎まれ口を叩かない方がいいよと、同世代の女性に忠告しています」(上野氏)
もう一点、上野氏が「それは、妄想です」と斬り捨てたのは、老後についての、犬山氏の「血のつながりではなく、友人同士だとか、SOSを出し合える間柄を作ることも大切なのでは」という提言。
「私も過去に考えていましたよ、仲の良い相手と老後は一緒に暮らそうねと。でもその時は、老後まで想像力が及ばなかった。同世代の助け合いといっても全員が老いていくの。一人ずつ亡くなっていって、最後の一人になった時どうする? なんて想像しないでしょう。友人がいることはとても大事だけれど、電話やスカイプで話せばいい。今は、やっぱり自分の住みなれた場所で、おひとりさまで暮らせばいいじゃないという気分になっています。そして、そのまま要介護になって、そのままある朝亡くなっていたというのが理想。これを孤独死とは言われたくない。“在宅ひとり死”と名付けました。目指せ、在宅ひとり死。上野の次の目標です」(上野氏)
呪いの言葉を撃退するためには
セッションの最後は、犬山氏からのクエスチョン。「家族に関する呪縛、呪いの言葉から自分を解き放ち、自分を生きやすくするために、私たち一人ひとりにできることは何でしょう」
「降りかかってくる火の粉みたいな呪いの言葉をかけてくる人が、あなたの人生を本気で考えている人だとは思えない。そう開き直って、返し方のノウハウを蓄積しておけばいいんです。私も昔は即座に言い返せたわけではないの。『悔しい!』が貯まっていくうちに、傾向と対策を立てられるようになった。何型、何型、何型と、タイプ別に対応を決めておいて、そのタイプが来たら『来た来たー!よしこれで言い返そう』って楽しめばいい」(上野氏)
例えば……「2人目は産まないの? きょうだいはいた方がいいよ」という呪いには「じゃあ、産んだらあなたが育ててくれますか?」、「結婚しなさい」と言う母親には「お母さん、あなたの結婚は幸せだったの?」と聞き返してみる。
また、実は自分で自分に呪いの言葉をかけている場合もあるという。
「晩御飯のおかずは3品作らなきゃいけないとか、誰も頼んでいないのに、自分で自分に呪いをかけているようなもの。自分の呪いは自分で解けるから」(上野氏)
「家族である」のは人生の一時。みんな家族を卒業していく
最後に、上野氏は最近気付いたことがあると、次のように語った。
「私はおひとりさまで家族を作らなかった人間だけど、私くらいの年齢になると家族を卒業していくのよ。夫と離別や死別したり、もう少し年を取ると子どもの方が先に亡くなったり。私はずっと自分がレアな人間だと思っていたけど、気が付けばみんな家族を卒業するのよね。後からおひとりさまになった人に、私が言うセリフは『おかえりなさい』。家族をしていた時期は人生の中で一時だったねって」
これまで強く根付いていた日本の価値観を覆す発想に、納得し、共感を覚えた人も多かったのではないだろうか。自分自身の家族のカタチについて問い直し、家族という呪縛に縛られていた人はその呪いを解き放つきっかけになったはず。女性がまた少し生きやすくなる術を与えてくれたセッションだった。
執筆 ・上妻靖子、撮影・今村拓馬
MASHING UPより転載 (2022年6月26日公開)