撮影:今村拓馬、イラスト: Hiroshi Watanabe / Getty Images
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理するこの連載。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか?
参考図書は昨年末に発売されて瞬く間にベストセラーになった入山先生の『世界標準の経営理論』。ただし本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
今回は、アメリカから世界に広がったBLM(Black Lives Matter)運動の話題を取り上げます。この議論はラジオ形式収録した音声でも聴けますので、そちらも併せてお楽しみください。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:11分53秒)※クリックすると音声が流れます
白人の若者も声を上げるBLM
こんにちは、入山章栄です。
少し前から、BLM(Black Lives Matter)という人種差別反対運動が世界的な盛り上がりを見せています。アメリカでは亡くなった方の名前をとって「ジョージ・フロイド問題」と呼ばれていますが、今回はこのイシューについて、経営学を思考の軸にして考えてみましょう。
BLMという人種差別反対運動そのものが生まれたのは2013年のことです。しかし、その名が世界的に知られるようになったのは2020年5月にアメリカのミネソタ州ミネアポリスで、黒人のジョージ・フロイド氏が白人警官に首を膝で押さえつけられ窒息死した事件がきっかけでした。
白人警官が黒人の被疑者を拘束する際に殺害したのはこれが初めてではありませんが、今回は警官がフロイド氏を死に至らしめるまでの一部始終を撮影した動画がSNSなどで拡散され、アメリカ全土はもとより世界各国にBLMが波及することになりました。
ジョージ・フロイド氏殺害事件をきっかけに、Black Lives Matter運動は世界に波及した(写真は2020年6月15日のワシントンでの様子)。
Erin Scott / REUTERS
ちなみに、フロイド氏を殺めた白人警察官デレク・ショーヴァンは、人種差別主義者というわけでもなかったという話もあります。僕は彼を擁護する気は1ミリもありませんが、彼はもともとが暴力的な人で、白人相手にも同じようなことをしたことがあるようです。
彼の奥さんもアジア系だし、黒人への差別意識があったというよりは、もともと暴力を制御できない性質を持っていたのかもしれません。しかし、今回は犠牲になったのが黒人の方だったので、結果としてBLMにつながったという見方もあります。
余談ですが、僕が注目しているのは、今回のデモに参加している人の中にはいわゆる「白人の若者」が多く含まれているという点です。
もともとアメリカはいろいろな人種がいる国なので、差別問題はあります。1992年にも、ロサンゼルスで大きな暴動がありました。しかしこの頃はデモに参加したり、暴動を起こしたりするのは、差別される側の黒人がほとんどでした。
それに対し、今回デモに参加しているのは白人の若者も多いのが特徴です。ミレニアル世代や、もっと若いZ世代、つまり10代後半から30代前半くらいまでの若者が参加していて、比較的穏やかなデモをしているというのが今回のBLMの特徴です。
つまり、アメリカの若い世代と中心になんとかして多様性を受け入れようという意識を持ち始めたというのが私の理解です。
差別を社会分類理論で考える
撮影:今村拓馬
僕自身は2013年までアメリカに10年住んでいましたが、人種差別による直接的な被害を受けたことはありません。ただし、「あれ、なんだかちょっと特別な目で見られているかな?」と思ったことは、何度かあります。
僕が住んでいたのは政治的にリベラルな人が多いアメリカ東部の文教地区。僕は大学教員で、周囲は当然リベラルな人ばかりですから、基本的に受け入れられていました。
しかし一度、アメリカの中西部を家族で旅行した時、とあるドライブインに駐車して家族4人で歩いていたら、向こうから来た白人の母親が、自分の子どもの手をすごい勢いで引っ張って、僕たちから子どもを遠ざけたのです。
当時の僕はあまり気にしなかったけれど、いま思えばあれは、アジア人が珍しかったからでしょう。悪意のある差別というよりは、全然見たことのないタイプの人間から瞬間的に子どもを守ろうとしたのかもしれない。
あのドライブインでの経験は、今も入山先生の記憶に鮮明に残っているという。
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では、なぜこのような差別が起きるのでしょうか。もちろんいろいろな背景があるでしょうが、ここでは経営学(あるいは心理学)からの説明をしたいと思います。この説明によれば、残念なことではあるのですが「人はそもそも本質的に差別をしがちである」ということを、我々は自覚しなければならない、ということなのです。
それは、経営学や社会心理学で使われる、社会分類理論(Social Categorization Theory)という理論で説明できます。
人は、認知に限界があります。したがって、どうしても多くの人がいると、その人1人ひとりを丁寧に理解したくてもできない。結果、複数の人を「グループ化して区別する」傾向が、認知的に出てくるのです。
そして、その区別に最初に頼るのは、肌の色のような見た目になりがちです。結果として、「自分は白人、相手は黒人」というように認識しがちなのです。
最近はアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)という言葉も、ビジネスでよく使われるようになりました。このように、人とは、どうしても人を「見た目で区別してグループ化」する傾向があり、それが時に差別につながっていると考えられるのです。
逆に言えば、多人種国家のアメリカと異なり、日本ではまだそれほど国籍や民族による差別が(実際にはあるはずですが)、それほど十分に顕在化していないのかもしれません。その代わり、「性別によるグループ化・区別や差別」が顕在化しているのです。性別は、人種同様に、見た目に頼った区別だからです。
肌の色と同様、性別もまた見た目で区別されがちな要素だ。
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例えば、現在の日本では女性を登用することでダイバーシティを実現しようとしています。しかし女性の管理職比率はいまだに15%程度にとどまっている。この背景には、やはり社会分類理論のメカニズムがあると考えられます。
既存の日本企業の多くは、いまだに男社会です。日本人の中年の男性が多い。そこに「ダイバーシティを進めなければ!」と言って、無理やり若い女性を一定数入れても、男性は男性で、「自分たち男性グループと、あちらの若い女性グループ」と無意識に分けがちです。これは女性も同様で、「自分たち女性グループと、あちらのおじさんグループ」と分けがちです。
結果、企業の中で心理的な分断が起き、「これは効率が悪い」ということになり、結局はダイバーシティが進まないのです。
このように、残念ながら人が人を区別する傾向は、本質的に人の認知にあります。だからこそ、多様性(ダイバーシティ)には、それを受け入れる「インクルージョン」の仕組みがセットで必要なのです。
実際、グーグルのような多様性が進んでいそうな企業でも、どうしてもこの「無意識の区別」が起きるので、実は社内研修などで徹底して、この無意識の区別をとるようにしているようです。
こう考えると、アメリカのような多様性に富んだ国でも、インクルージョンは十分ではないわけです。人は、本質的に他人をグループで区別してしまうからです。だからBLMのようなことが起きると考えられます。
その意味では、冒頭に申し上げたように、若い世代が社会的にインクルージョンを進めようとしているのは希望が持てるかもしれません。
一方、アメリカよりもはるかに同質性の高い日本ですが、今後は女性の社会への参加はさらに進むでしょうし、LGBTQや障害者の方、あるいは外国人の社会参加も進むでしょう。そのような中では、単に多様性を増やすだけでなく、「無意識のグループ化」を排除する施策が、ますます必要なのだと思います。
【音声版フルバージョン】(再生時間:24分12秒)※クリックすると音声が流れます
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。