7月1日付けで就任した千葉ジェッツの田村征也社長。
撮影:大塚淳史
バスケBリーグの千葉ジェッツは7月1日付けで田村征也社長が正式に就任する。
千葉ジェッツといえばリーグ屈指の強豪であり、さらに島田慎二前会長(現Bリーグチェアマン)という敏腕経営者によって、倒産寸前のチームを黒字へ立て直し、スポーツビジネスという面でも注目されてきた。2019年8月に就任した米盛前社長は1年未満での交代となり、田村新社長は正式就任前にあたる5月中旬から本格的に指揮を執り始めている。
千葉ジェッツは、ミクシィとはパートナー(※)として関わり始め、2019年4月にミクシィの傘下に入った(※千葉ジェッツはスポンサーのことをパートナーと表現する)。
田村新社長は、ミクシィの執行役員スポーツ事業本部本部長でもあり、過去にはモンスターストライクやeスポーツのイベントなどで実績を上げてきた。
今回の社長交代は明らかに、ミクシィが千葉ジェッツを通してスポーツビジネスを本格化させていく号砲だ。千葉ジェッツがミクシィと共に歩むことで、チームはどう変わるのか、何を実現していくのか、田村社長に聞いた。
新型コロナの影響を受けて「社長交代」
田村社長はミクシィでモンスターストライクやeスポーツのイベントを担当した。
撮影:大塚淳史
まず、田村社長は今回の交代について、新型コロナウイルスの影響が大きかったと説明した。
「コロナが一年待てば収束しそうとかわかれば良かったのですが、影響が現時点でも読めない。また、その中でアリーナへの投資を進めていくところで、ミクシィとジェッツをスムーズに連動させる必要があり、体制を変えることになりました」
千葉ジェッツはBリーグ屈指の人気球団で、2018・2019年シーズンのリーグ戦の平均観客動員数は5204人と4シーズン連続でリーグトップを誇る。また、チームには地元企業を中心に約300社(2019・2020年シーズン)ものパートナーがついている。
地元から愛される千葉ジェッツ。ホームゲームの平均観客動員数は5000人超でリーグトップ。
©CHIBA JETS FUNABASHI/Photo:JunjiHara
米盛前社長からバトンを受け取った田村新社長は、人気チームの経営トップに就いた重みを実感する。
「千葉ジェッツがブースター(ファン)に、地域に、パートナー様に愛されていることを感じました。皆さんの期待を背負っているプロ球団ということをかみしめました。ジェッツをさらに成長させるために来ましたが、重責を感じます。ただ、自分ひとりでやろうとは一切思っていません。常任理事たちと一緒になって責任を持ってやっていきたい」
田村社長はさっそくパートナーへのあいさつ回りを行い始めている。
「まだ今シーズンの営業活動を始めたばかりで、パートナーの契約がどうなるかは読めません。しかし、(新型コロナの)状況下でもパートナーの皆様から、引き続き変わらず応援します、との多くの声は頂いています」
新アリーナで描く未来図
現在のホーム会場である船橋アリーナでのキャパシティは限界に達しており、新アリーナの建設計画はこういった背景もある。
©CHIBA JETS FUNABASHI/Photo:JunjiHara
7月に34歳になる田村社長は、ミクシィが千葉ジェッツのパートナーになった2017年頃からチームと関わるようになった。
「(当時、ミクシィのエンタメ事業部門である)XFLAG(エックスフラッグ)スタジオがパートナーになり、私がスポンサードの演出などアクティベーションなどを担当しました。過去に2回、モンスト(※)のイベントを試合で行いました。ジェッツが好きな方とモンストが好きな方、それぞれに興味を持って頂けるような演出を心がけました」
(※モンスターストライク。ミクシィが運営する人気ゲームで、同社の主力事業)
当時は千葉ジェッツの純粋なパートナー企業、現在は親会社となっている。立場が変わることで、視点も変わる。
「当時は純粋なパートナー企業ということもあり、冠試合でのイベントは派手な演出をしましたが、今後は裏方に回ってジェッツを支える立場になります。ジェッツがそういう演出ができるように、(ミクシィも)ジェッツにパートナーを連れてこれるように一緒に支援していきます」
学生時代に約9年サッカーに打ち込み、フォワードだったという田村社長。小学校時代は、ミニバスケットボールの経験者でもある。Bリーグとは、千葉ジェッツのパートナーとして関わる前に見に行ったことがある。
「Bリーグ初年度(2016・2017年シーズン)に友人に誘われて、代々木体育館に見に行きました。その試合が、偶然にも千葉ジェッツとアルバルク東京でした。不思議なご縁です。こんなに近くで見られるのかと感動し、また、音楽が試合中にかかっているのも驚きました。千葉ジェッツのブースターがアウェーにも関わらず、まとまって赤いTシャツを着て応援していたのも印象的でした」
その後、パートナーとして関わってからは定期的に試合を観戦しにいった。田村社長の記憶に強く残っている試合が、2019年1月12日の全日本総合選手権(天皇杯)準決勝アルバルク東京戦。
「残り0.5秒から逆転勝ちしたのですが、現地で見ていて涙が出ました」
天皇杯準決勝での奇跡の逆転シーン。
出典:YouTubeのバスケットLive公式チャンネル
ジェッツとミクシィをどう深化させていくか
千葉ジェッツのエースで人気選手である富樫勇樹。昨年1億円プレーヤーになって話題になった。
©CHIBA JETS FUNABASHI/Photo:JunjiHara
田村社長に期待されるのは、2019・2020年シーズンが無冠に終わったチームの強化はもちろんだが、やはり経営面だ。特にミクシィのノウハウをどう取り入れていくかは、手腕が問われる。
「試合のリアルでの演出や興行の部分は、既に確立されていると思います。私からは、それ以外、ITを活用した部分の経験を提供できます。オンライン上でどうコミュニケーションを取るのか、(SNSサービスの)ミクシィで学びました。オンラインとオフラインを行き来させることでコミュニティーを形成し、ファンの熱量を可視化させ、長くゲームを楽しんでもらえるという経験はモンストで得ました。これらの経験をベースに千葉ジェッツで活かしたい」
また、千葉ジェッツはアリーナ建設を表明している。現在のメイン試合会場である船橋アリーナは観客の容量が限界に達しており、チームの収益基盤を増やすためにも、またアリーナならではの演出を強化するためにも新設する必要性がある。こちらも資金面含めて、ミクシィの協力が欠かせない。
「現時点ではまだ場所や時期など決まってはないのですが、確実に前進はしています」(田村社長)
もうひとつ、千葉ジェッツの新アリーナが、ジェッツにとっても、そしてミクシィにとっても大きい。バスケの試合だけでなく、eスポーツイベントを開催する際に、アリーナは適した会場になりやすい。
「アリーナでバスケの興行やeスポーツのイベントを行うのは変わらないので、(盛り上げるため)基本的には光と音の演出になります。ただ、それより重要なのが、どうストーリーを立たせるか。チームに歴史があると“去年勝った、負けた”という実績が出て、“今年は勝ちたい”といったように一体感が生まれやすい」
田村社長自身、eスポーツを担当していた時に経験した。
「(イベントを)続けることでファンが増え、選手も試合を重ねることでストーリーが生まれました」
新アリーナができれば、これまで以上に非日常的な経験が味わえる。
「ジェッツのブースターの皆さんに喜んでもらえるような新しいものを提供したい」と田村社長は夢を馳せる。
こういった事業規模の拡大に伴い、千葉ジェッツのスタッフは、この2年ほどで約20人から50人ほどまで増員している。ミクシィのスポーツ事業部からも人材が送り込まれている。
一方で、ミクシィ側がここまでスポーツ事業に力を入れる背景には、ミクシィの業績がある。現在もモンスト人気のおかげで、2020年3月期決算は102億円の最終利益を出しているが、減少率は2019年比で59%と、この1年で半分以下に。経営の大幅な「右肩下がり」が続いている。そんななかで、収益源として力を入れる事業のひとつがスポーツ事業だ。
ベンチャーマインドのジェッツ
2019年の天皇杯では、劇的な試合を勝ち抜け、見事3連覇を達成した。
©CHBA JETS FUNABASHI
田村社長のインタビューで、千葉ジェッツの事務所を訪れたが、毎回驚かせられることがある。
来客(筆者)がフロアに足を踏み込んだ瞬間、スタッフ全員こちらを見て、「お客様がいらっしゃいました!」という大号令でこちらを、約50人のスタッフが一斉にあいさつしてくる。東京・渋谷にあるミクシィの本社も取材で訪れたことがあるが、明らかに社風が違う。田村社長は戸惑わなかったのだろうか。
「ジェッツスタイルですね(笑)。礼節を重んじる面はジェッツの方が強いですが、ミクシィがないわけではないです。一体感はジェッツが強いかもしれません。ミクシィは既に1000人を超える企業、ジェッツは数十人の組織なので、スピード重視で物事が進められます。ベンチャーマインドを持ってやれます」
新体制になって変わったのが、打合せの頻度の増加。客に対して、何を提案、提供していくべきかの企画・発想が求められているという。田村社長に何か変わったかと振られ、広報担当者が以前との違いを話してくれた。
「以前は、PDCA(※)サイクルを回すことは意識していても、細分化まではしていませんでした。今はKPI(※※)を細かく設定しています」
(※Plan計画→Do実行→Check評価→Action改善)
(※※Key Performance Indicatorの略、重要業績評価指標)
田村社長はこれを聞き、スタッフに求めるものの変化をバスケのプレーで例えた。
「スポーツでいう連動性を重視しています。例えば、バスケットボールでいうと、ピックアンドロールみたいに、スクリーンをかけた瞬間、他の味方選手と一緒に動いて、(マークが離れて)空いている選手を作る。チームと同様、フロントスタッフも連動性が重要だと考えています」
田村征也社長。なお、サッカー・鹿島アントラーズの社長でメルカリの会長の小泉文明氏は、以前ミクシィでCFO(最高財務責任者)だった。田村社長は小泉社長と親しい先輩後輩の間柄だという。
撮影:大塚淳史
そのためには、自分がどういう攻め方をしたいか、自分がどういう仕事を成し遂げたいか、一方で、チームが、会社が求めている部分を合わせていく必要がある。フロントスタッフも選手たちも目指すべきやり方は同じということ。
経営方針、手法の変化はあれども、もちろん目指すべきは勝利。
「ジェッツは数々の奇跡を起こしてきたチーム。経営難から天皇杯3連覇であったり、チャンピオンシップ2シーズン連続準優勝だったり。どん底の状態からてっぺんの手間まできているというのが、ブースターの皆様に響いていると思います。そこには勝利があるからです」
(文・大塚淳史)