この連載では、日々の企業ニュースを切り口に、会計とファイナンスを学びながらニュースの真相に迫ります。
今回取り上げるのは、コロナ禍で深刻なダメージを受けた百貨店業界。休業要請による一時的な影響だけでなく、このパラダイムシフトを経て顧客の購買行動自体が変容する可能性もあり、百貨店各社はポストコロナ時代に適応したビジネスのあり方へと早急な戦略の転換が求められています。
そんな厳しい経営環境にあって、ひときわ高い営業利益率を誇っているのが丸井グループ。他の大手百貨店グループとは桁違いの利益率を実現できているのはなぜなのでしょうか? ファイナンスのプロである村上茂久さんに、3回にわたって考察していただきます。
コロナ禍でしばらく続いていた休業要請も、6月に入って段階的に緩和され、徐々に社会経済活動に再開の動きが本格化してきました。
コロナによって影響を受けた業種は多くありますが、なかでもダメージが深刻だったのは百貨店やデパート等の小売業ではないでしょうか。コロナの影響を受けたここ数カ月の売上の落ち込みは言うまでもありませんが、消費税増税前の駆け込み需要があったと思われる2019年8月・9月を除くと、前年同月比で見てもマイナスが続いています(図表1)。
(出所)日本百貨店協会のデータをもとに筆者作成。
このように、百貨店・デパート業界全体としては厳しい景況感ですが、個別の企業はどうでしょうか。大手百貨店の2019年度の決算を見てみると、前年比での売上高と営業利益は図表2のとおりです。
(出所)J.フロントリテイリング、三越伊勢丹HD、高島屋およびH2Oリテイリング各社の有価証券報告書より作成。
大丸松坂屋百貨店やパルコをグループに抱えるJ.フロント リテイリングがわずかに売上を伸ばしてはいるものの、その他は微増もしくは下落と芳しくありません。営業利益に至っては4社とも軒並み減益という厳しい状況です。特に三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹HD)と、阪急百貨店を展開するH2Oリテイリングの営業利益は、なんと前年の半分近くまで落ち込んでいます。
ビジネスの転換が求められる百貨店業界
このように、百貨店業界全体の業績は厳しい状況ではありますが、各社とも地盤沈下を手をこまねいてただ見守っているわけではありません。
J.フロント リテイリングは2018年度から2019年度にかけて、新生渋谷パルコの開業を筆頭に、錦糸町パルコや川崎ゼロゲートを開業。パルコ事業における不動産開発では、売上高を約200億円、利益は53億円増やしています。
また、売上高が前年比微増、利益が微減となっている髙島屋は、百貨店事業の売上高こそ前年の7920億円から今期は7847億円へと72億円の減収となっているものの、商業施設や複合施設等の内装や空間創造を手がける建装業(子会社2社で構成)は2479億円から3319億円と約84億円の増収、11億円の増益となっています。
このように、既存ビジネスの売上減少が続く百貨店グループや大手小売にとって、他の事業を伸ばすことで売上や利益を確保することが喫緊の課題となっています。
そんななか、従来の百貨店事業からいち早く戦略をアップデートした会社があります。丸井グループ(以下、丸井もしくは丸井G)です。
丸井も上述した百貨店のように、主に店舗で洋服等の販売をしていますが、11期連続で増益と、他の百貨店グループとは一線を画した業績を達成しています(※1)。直近の2020年3月期は、減収にもかかわらず増益になっていて、利益率は改善していると言えます(図表3)。
(出所)丸井グループの有価証券報告書より筆者作成。
また、他の百貨店グループとの比較でも、営業利益率は文字通り桁違いの高さです(図表4)。
(出所)J.フロントリテイリング、三越伊勢丹HD、高島屋、H2Oリテイリングおよび丸井グループ各社の有価証券報告書より作成。
「洋服を売っている」という点では似ていても、他の大手百貨店グループと丸井では利益率は大きく異なっています。その理由はビジネスモデルに違いがあるからです。このことは、実は決算書を読み解くことでもわかります。
そこで今回は、「資金効率を見る指標」を新たに学びながら、丸井とその他百貨店グループのビジネルモデルの違いを解明していくことにしましょう。
営業キャッシュフローの解像度を高める
この連載の第9回では、キャッシュフロー計算書(C/S)について取り上げました。C/Sは営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローという3つのキャッシュフロー(CF)で構成されています(図表5)。
上記3つのCFのうち、今回は営業CFをさらに分解していくことにしましょう。
営業CFとは、営業活動を通じて獲得するCFのことです。ここで言う「営業活動」とは、例えば洋服を仕入れて店舗で販売する場合、次のようになります。
まず洋服を仕入れることで在庫を確保し、店舗で販売します。洋服の値段が数万円もするような場合はクレジットカード決済が多くなることから、実際に入金するのは販売から一定期間が過ぎた後です。このように、仕入れから始まって入金するまでの一連の活動を「営業活動」と言います。図表6のようなサイクルを回すことで、企業は売上と利益を確保するのです。
筆者作成
では、この営業活動を資金面から捉えるとどうでしょうか? 仮に入金を販売後30日とすると、図表7のように表現できます。
筆者作成
まず、洋服を業者から仕入れます。ここでは仕入代金を100万円としましょう。この100万円の支払い(買掛金)は翌月行うとすると、仕入れてから30日後には仕入れ分の支払いをする必要が出てきます(支払いまでの期間)。
一方で、仕入れた洋服が売れない限り売上は立ちません。ここでは単純化して、在庫がすべて売れるまで60日かかるとします(在庫の期間)。また、売れた在庫がクレジットカード経由で入金されるまで30日間かかるとします(入金までの期間)。そうすると、仕入れた商品が現金に変わるまでは、在庫の期間と入金までの期間の合計90日かかることになります。
つまりこの例では、仕入れをしてから30日後に仕入代金を支払い、その60日後にお金が入金されるということになります。資金ギャップが生じるこの60日間は、資金繰りが破綻しないように資金を用立てる必要があります。
資金効率を見る指標「CCC」
このように、「支払いまでの期間」と、「在庫の期間」および「入金までの期間」の間に必要となる資金を「運転資本(Working Capital)」と言います。
そして、運転資本を日数で表したものを「運転資本の回転期間」と言い、専門用語では「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(Cash Conversion Cycle、以下「CCC」)と呼びます(※2)。
さて、ここまで使ってきた「支払いまでの期間」「在庫の期間」「入金までの期間」という言葉を、財務の現場でよく使われる用語に置き換えておきましょう。
・支払いまでの期間=仕入債務回転日数
・在庫の期間=棚卸資産回転日数
・入金までの期間=売上債権回転日数
この定義に従ってCCCを式で表現すると、図表8のようになります。式の下に書かれた数字は、先ほどの例で出てきた日数です。
CCCのエッセンスを一言で言うと、事業活動を通じて仕入れから販売、現金回収に至るまでの日数を見る指標です。事業活動からのキャッシュ化が早いほど資金繰りは楽になりますから、当然、CCCは短い方が望ましいと言えます。
CCCがマイナスの企業も
いま「CCCは短い方が望ましい」と書きましたが、世の中にはCCCがマイナスという企業もあります。CCCがマイナスというのは、仕入代金を払うより先にキャッシュが入ってくる状態のこと。ビジネスを拡大すればするほどキャッシュが増えていく、夢のようなモデルです。
CCCがマイナスである企業の代表格はアマゾンです。同社の2019年度の実績は次のとおりです。
・売上債権回転日数=平均27日
・棚卸資産回転日数=平均45日
・支払債務回転日数=平均104日
これをもとにアマゾンのCCCを計算すると、図表9のとおりマイナス32日となります。
CCCがマイナスになっている主な理由は、支払債務回転日数が91日もあること。通常ならばサプライヤーへの支払いは30〜60日前後ですが、アマゾンはこれを104日と、通常の小売りよりも遅らせることができているのです。
CCCがマイナスとなるケースは日本の小売業にも見られます。有名なところでは、100円ショップのキャンドゥなどがそうです。キャンドゥは基本的に現金決済が多く、売掛金はほとんどありません。そのため、売上債権回転日数は3日と非常に短いです。一方、支払債務回転日数にはだいぶ余裕があることから、結果的にCCCはマイナス30日ほどになっています。
このように、CCCがマイナスということは、支払いの前に入金があるため、必ずしも運転資本を必要としません。むしろ、売上が拡大すれば手前で入るキャッシュがどんどん増えていきますから、資金繰りはかなり楽です。さらに、売上債権が少ないため未回収リスクも減らせるので、CCCがマイナスになることは経営にとってかなり望ましいと言えます。
これに対し、CCCがプラスの場合はどうでしょうか。入金より先に仕入代金の支払いが発生しますから、その間の運転資本が必要になります。また、売上が増えれば増えるほど資金繰りが苦しくなる傾向になり、その分の運転資金を金融機関等から借りる必要が出てきます。
さて、ここまででCCCの基本的な考え方を見てきました。この指標を使って、次回ではいよいよ、丸井とその他百貨店グループのビジネルモデルの違いを分析していくことにしましょう。
※1 経済産業省が実施する商業統計調査の基準によれば、百貨店は「衣・食・住の商品群の販売額がいずれも10%以上70%未満の範囲内にあると同時に、従業者が常時50人以上おり、かつ売り場面積の50%以上において対面販売を行う業態」と定義されています。「衣・食・住の商品群の販売額がいずれも10%以上70%未満」という点を踏まえると、丸井は衣と住はともかく、食の点で、10%以上の販売額を満たしていないと言えるでしょう。実際、丸井は日本百貨店協会にも加盟していません。しかし、衣料の販売といった点では、大手百貨店と丸井は競合関係にあると言えます。
※2 CCCは今や、ROEと並んで上場企業の財務KPIとなっているケースもあります。例えば資生堂が2018年に発表した「新3カ年計画」(2018年~2020年)では、財務KPIとして、ROE14%超等に加え、CCC100日以下を目指すことが言及されています。
※次回は7月8日(水)の更新を予定しています。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:1980年生まれ。経済学研究科の大学院を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして大手企業や地方の新規事業の開発及び起業の支援等をしている。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も実施している。