(出所)内閣府「2020年1〜3月期四半期別GDP速報(2次速報値)」2020年6月8日。
6月8日に発表された2020年1〜3月期のGDP成長率(2次速報値)。季節調整済前期比では0.6%のマイナス、年率換算では2.2%のマイナスと、コロナショックの爪痕が数字となって表れました。
報道や政策論争の場では、政策の是非とGDPへの影響を議論する意見が多数飛び交っていますが、「そうした議論の中にはGDPについての誤解があることも少なくない」、と元日銀マンのエコノミスト、鈴木卓実さんは言います。
そこで今回は、GDPにはどんな特徴があるのか、誤解されやすいポイントはどこなのかを解説していただきます。
内閣府は6月8日、2020年1〜3月期のGDP(国内総生産)成長率の2次速報値を発表しました。季節調整済前期比では0.6%のマイナス、年率換算では2.2%のマイナスです。
2019年7~9月期は消費税増税前の駆け込み時期で、10~12月期は反動減で振るわない数字でしたが、そこからさらに悪化したことで、改めてコロナショックの波紋の大きさが浮き彫りになりました。
(出所)内閣府「国民経済計算(GDP統計)」をもとに編集部作成。
GDPだけでなく、景気ウォッチャー調査(本連載の第6回を参照)などの統計も軒並み悪化しました。報道や国会審議といった政策論争の場でも「予想される減少分を含め、GDPを取り戻す」「真水で100兆円が必要だ」といった声が複数飛び交い、政策の是非とGDPへの影響を議論する意見が百出しました。
政府が打ち出す政策を国民がしっかりチェックすること自体は健全なことですが、この時に注意しなければならないのは、そうした議論を発する側も受け取る側も、GDPについて誤解したままでいることが少なくない、ということです。
そこで今回は、私たちにとっても身近な統計指標である「GDP」を取り上げ、この指標にはどんな特徴があるのか、誤解されやすいポイントはどこなのかを解説していくことにしましょう。
企業が最も気にする指標
GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)は国内で生産された付加価値の総和を表す指標で、内閣府が作成しています。3カ月に1回発表される四半期別のほか、年度や年のデータも公表されています。新聞やニュースで報じられることも多いため、みなさんにとってもお馴染みの指標でしょう。
GDPは景気・不景気の判断材料になることもあれば、時にはあたかも政権の経済運営を評価する“通知表”のように使われることもあります。経団連が会員企業を対象に実施したアンケート調査でも、日銀短観の大企業製造業の業況判断DI(本連載の第6回を参照)と並んで、四半期GDPは「最も利用する指標」として名前が挙がっています。
このようにGDPはよく知られた指標である一方で、報道や国会審議といった政策論争の場では、GDPに関して誤解された情報が流布されていることを見かけることも少なくありません。一見わかりやすいからこそ、数字の見方には気をつけなければいけない指標とも言えます。
方程式?それとも恒等式?
まずは、高校の政治経済、あるいは大学1年生で習うような見慣れた式でGDPをおさらいしておきましょう。
編集部作成
このような式を見たことがある方は多いと思います。左辺が生産面から見たGDP、右辺が支出面から見たGDPで国内総支出(GDE:Gross Domestic Expenditure)と呼ばれます。左辺が供給側、右辺が需要側に当たります。
上の式は、消費や投資といったコンポーネント(項目)を積み上げて、生産が決まるという方程式(右辺を計算した結果、左辺が決まる式)だと理解されることが多いのですが、概念上、左辺と右辺を独立して計算しても一致するように定義されているので、恒等式になります。
「消費が増えればGDPが増える」正しい?
コロナ禍を受けての現在のように、景況感が悪化してきた際によく聞かれる意見のひとつに、「消費を喚起してGDPを回復させよう」というものがあります。消費が増えればGDPが増えるというのは一見正しいのですが、実はこの意見には見落としがあります。
例えば、前回取り上げた「コロナショックで化粧品が売れず、在庫が増えた」という場合を考えてみましょう。
仮に生産が100だったとして、それが全部売れても、逆に70しか売れなかったとしても、GDP上は同じ「生産が100」という数字でしか表現されません。なぜなら、生産したけれど売れなかった分は在庫投資になるからです。
つまり、生産した分がすべて売れれば100の消費。70しか売れなかった場合は70の消費と30の投資(在庫投資)になるということです。
このように、実際に売れても売れなくても、GDPでは生産(供給側)と支出(需要側)は一致します。また、思いのほか消費が増えた場合、生産で足りない分は在庫を減少させて補うので(あるいは生産水準を均すため、在庫の削減を優先して増産しないこともありえます)、この場合も生産と支出は一致します。
「コロナショックで化粧品が売れず、在庫が増えた」という状況は、在庫がダブついている状況ですから、たとえ化粧品の需要が回復したとしても、在庫の消化で間に合う程度の需要ならばGDPは増えません。
また、需要に見合う生産をしたくても、思い通りに生産できないケースもあります。増産する場合、工場がフル稼働でなければ増産の余地があるかもしれませんが、工場を動かす人がいない、材料が手配できないといった事情があればモノは作れません。
今回のコロナショックで経験した、トイレットペーパーやマスク、アルコール消毒用品、在宅勤務を想定したパソコン、周辺機器……などの品不足はその好例です。消費者が欲しいと望んでも、それが手に入らなければ統計に表れる消費は増えないのです。
先に取り上げた「消費を喚起してGDPを回復させよう」という意見は一見、正しいように聞こえますが、気軽に言うほど簡単にできるものではありません。在庫でまかなえないような需要があり、その需要に応えられるだけの供給があってはじめて、GDPが回復する余地が出てくるのです。
3月頃には多くの小売店でトイレットペーパーの欠品が相次いだ。
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また、消費者のニーズがないから生産しないということもあります。外出自粛が解除されても、まだ「混み合った場所での飲食は避けたい」「旅行は当面控えたい」という方も少なくないでしょう。
そうした需要の低下を見越して、休業要請が解除されたとしても営業再開を見合わせる店舗もあります。この場合は、需要が弱いであろうことを見越して生産を減らしたことになります。
このように、供給ショックがあっても、需要ショックがあっても、統計上は需要と供給は一致することになります。
統計はあくまでも結果にすぎません。GDPを眺めただけでは数値が増減した因果関係や理由は分かりませんから、要因を突き止めるためには別途、各種の統計を掘り下げたり、ヒアリング調査で補う必要があります。
実感と統計で消費は乖離
ここまでで、GDPとGDEの関係を概観してきました。次に、CやGといったそれぞれのコンポーネントで誤解しやすいポイントを確認していきましょう。
まずは消費(C)から見ていきます。GDPの構成要素である「消費」は、正式には「民間最終消費支出」と言います。
GDPの消費を見る際、一般的な消費の感覚とはズレがあるという点に注意が必要です。そのズレの原因として最もわかりやすいのが、中古品の扱いです。
例えば、あなたが中古の車を100万円で買ったとしましょう。あなたにとっては立派な消費でも、統計上はその金額がそのまま消費としてカウントされるわけではありません。
この点に関して、大学の講義などで「中古車の販売は消費に含まれない」などと具体例で説明された方も多いと思いますが、この説明では少々不足があります。
実際には、中古品に支払った金額がまったく消費に含まれないわけではなく、一部は含まれることがあるのです。
再び中古車を例にとって説明しましょう。仮に、ディーラーが70万円で仕入れた中古車を、あなたが100万円で購入したとします。この場合、差額の30万円は中古車ディーラーが生産したサービスであり、それを家計が購入(消費)したことになるので、GDPに計上されます。
では、中古車の仕入れ値である70万円はなぜGDPに計上されないのでしょうか?
それは、この中古車がもともと新車として生産された時点で、一度GDPに計上されているからです。中古車となった段階での取引では新たな付加価値の発生には寄与していない、だからGDPには含まれないというわけです。
中古車を購入しても仕入れ値はGDPにカウントされない。
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中古品の売買であっても、企業であれば各種の統計調査から取引の動向を(精度はともかく)推計することはできますが、個人間の取引となると把握は極めて困難です。郵送にかかった費用ならば捕捉できますが(郵送サービスが生産され、それを家計が購入したとみなす)、それ以外についてはどんな付加価値があるのか分からないので、統計に計上できません。
取引のデジタル化が進む近年では、この傾向はますます強まってきています。例えばメルカリなどのプラットフォームを利用したとして、メルカリに支払う手数料は把握できても、それ以外はよく分かりませんよね。
在宅勤務に必要なものを買い揃えようと、メルカリなどでPC関連機器やデスクチェアを購入された方も多いと思います。その支払い額に比べると、GDPの消費に含まれるのはごく一部。このように、取引のデジタル化が進むことによって、GDPと消費者の実感は乖離する傾向が増していきます。
また同様に、例えばコロナの影響で学校が休校しても、授業料の支払いがなくなるわけでもなければ、職員の給与払いがストップするわけでもないので、統計上、学校によるサービスは生産され続けていることになります。このように、GDPは必ずしも実態を表していない面もあります。
インバウンド消費は「消費」としてカウントされない
「インバウンド消費」という言葉にも注意が必要です。目下、コロナショックでインバウンド消費が激減していますが、インバウンドの消費はGDPでは「消費」ではなく「輸出」としてカウントされます。
逆に、日本の居住者が海外で消費した場合(アウトバウンド消費)は、GDPの消費に含まれると同時に、控除項目である輸入に含まれます。
なぜこのような計算の仕方をしているのか。それは、国際収支を把握するうえで、インバウンド消費・アウトバウンド消費を把握し、それとGDPとで平仄を合わせる必要があるためです。
一見ややこしい計算をしているように見えますが、
この式の「IM(輸入)」を左辺に移項して、
とすると、国内総生産に海外からの供給である輸入を含めた総供給と、海外の需要である輸出を含めた総需要が等しいという形になり、分かりやすくなると思います。
小売店や飲食店、宿泊施設からすると、インバウンド消費は売上の増加要因ですが、GDPでは輸出になります。GDPの消費の数字が下がっているのを見て「インバウンド消費が落ち込んでいるからだ」というのは間違いなので、注意が必要です。
定額給付金が1人100万円になってもGDPは増えない
GDPの議論で特に誤解が多いのが、G(政府支出)かもしれません。
「政府支出」と言う場合、文脈によって、政府最終消費支出だけを指すのか、それとも政府の固定資本形成(いわゆる公共工事など)が含まれるのかはまちまちです。
しかしGDPでは、政府支出とはあくまで政府最終消費支出のことを指し、以下の2つで構成されます。一方、公共工事などの政府による固定資本形成は国内総固定資本形成に含まれます。
政府最終消費支出とは
(1)政府サービス生産者の生産額から、他部門に販売した額を差し引いた一般政府の自己消費
【例】公務員の給与は給与分と等しい政府サービスが生産されたとみなし、政府による消費と政府による生産が同時に行われたと考える(ただし、国公立学校の授業料は他部門にサービスを販売したことになり、民間最終消費支出になる)
(2)医療費、教科書購入費等の家計への移転支出(現物社会給付等)
コロナショックによる政府支出については、論者によって用語の使い方がバラバラです。なかにはGDPの式を持ち出しながら、統計的には政府最終消費支出に含まれない項目について議論している例も散見されました。
その顕著な例が、政府が国民全員に一律支給を決めた10万円の定額給付金です。定額給付金はそもそも政府最終消費支出には含まれないので、これが1万円だろうが100万円になろうが、「Gが増えるから、GDPが増える」というロジックは成り立ちません。
加えて言えば、定額給付金だけでなく、年金も現金給付なので政府最終消費支出には含まれません。現金を配布しただけでは、何の財・サービスも購入していないからです(ただし、振込手数料など現金配布にかかるコストは政府最終消費支出に含まれます)。
政府から給付された現金が家計によって財・サービスの購入に充てられてはじめて、GDPの「民間最終消費支出」の項目に計上されるのです。
“真水”をめぐる誤解も散見
コロナ禍においては、いわゆる“真水”についての議論もありました。真水とは、GDPを直接押し上げる効果のある政府支出のこと。例えば、景気対策の公共事業をめぐって、「予算は多いが、土地購入分も含まれるから、真水では少なくなる」といった使われ方をします。
ただし、真水という単語は統計用語として定義されているわけではないので、論者によっては減税額や給付金なども真水に含めているようです。
このように、議論したり報告したりする際、用語の定義を踏まえずそれぞれが勝手にイメージしている言葉を使うと、受け手が誤解するリスクが生じます。
まして、GDPの式を持ち出したうえで「真水で100兆円」などと言い出すと余計な混乱を招くので要注意です(ちなみに、公務員の給与は支払額がそのままGDPに反映されますので、“純粋な真水”になります)。
新型コロナウイルスの感染対策で生産が制限されている業種があるため、GDPを嵩上げしようとすれば、それ以外の業種の生産を増やす以外にありません。他の業種も3密を避けたりと平時の生産活動を行えない状態なので、本稿の冒頭に挙げた「予想される減少分を含め、GDPを取り戻す」などというのは土台無理な話です。
簡単なようでいて、実はいろいろと誤解のあるGDP。統計の表面だけを見ていると見落とすものも多々ありますので、注意が必要です。
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(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
鈴木卓実:たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。元日銀マン。新潟生まれ、仙台育ち。2003年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。日本銀行にて、産業調査、金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年、独立・開業。経済・金融や健康のリテラシー向上のため、セミナーや執筆等を通じて情報を発信。既存組織に属さないフットワークを活かし、ポジショントークのない活動を行う。