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ウィズコロナ時代に必要な「人文学」とは?京大・出口教授が語る「いま立ち止まって考えること」の重要性

「生き方を変えろ、社会を変えろと言われても、これまでの延長線で考えたところで答えは出てこない。これまで歩いてきた道が、足もとからフッと消えてしまった。それが今の我々の状況です」

こう話すのは、京都大学大学院文学研究科で哲学を専門とする、出口康夫教授だ。

明日使える情報に飢えている今、一度、立ち止まる必要性がある

出口教授

京都大学大学院文学研究科の出口康夫教授。

撮影:三ツ村崇志

2月中旬頃から、日本はもちろん、世界各国が飲み込まれた新型コロナウイルスのパンデミックの渦。

日々、さまざまな情報が駆け巡り、状況が変わっていった。

「コロナ禍では差し迫った情報、いわゆる“How to”の情報が多くなります。『感染しないためには』『人にうつさないためには』そして『社会を再建するためには』というようなものです。

切実な問題だからこそ、具体的なソリューションが世の中にあふれています。我々もそれを求め、明日使える情報に飢えているような状況が続いています」(出口教授)

出口教授はその一方で、変わりつつある社会に戸惑う人々の心に目を向ける。

「私達の日常の生活のあり方、社会のあり方自体がこのままではいかなくなりました。『大きく変わっていく』という漠然とした気持ちが、広く共有されているのではないでしょうか

しかし、どう変えればよいのか、正直なところ分からない。だからこそ今、「立ち止まって、考える」ことが必要なのだという。

今、必要な「人文学」

立ち止まって考える

無料オンライン講義「立ち止まって、考える」。7月4日から約2カ月の間、YouTubeなどを通じて講義を視聴できる。

提供:京都大学

出口教授をはじめとした京都大学の人文学系の有志研究者らは、7月4日(土)から約2カ月の間、毎週土日に無料のオンライン公開講座「立ち止まって、考える」を開講。

「コロナパンデミック」「ウィズ・コロナ」「アフターコロナ」をキーワードに、人文学的視点に立って、大きな変化が求められる現代に必要な、新たな「視座」の提案を図る。

なぜ今、人文学が必要とされるのか。

出口教授は、

「人文学は自然科学とは異なり、個々のソリューションを見いだすものではありません」

という。

たとえば、医学なら「新型コロナウイルスに感染しないためにはこうすればよい」という科学的事実をベースにした回答(ソリューション)を見い出すことができるが、人文学にそういった回答は期待できない。

ただし、岐路に立っている今だからこそ、人文学の視点が重要になると出口教授は指摘する。

「何をするにしても、『そもそも良いこととは何なのか?』『幸せとは何なのか?』を考えなければ、追求すべきソリューションは見い出せません」(出口教授)

直近の問題を解消するためのソリューションは、いわば「ベクトル」。ある種の方向性を持っているものだ。

ただし、ベクトルによって示された方向にどんな意味があるのか、プラスなのかマイナスなのかを決めるのは、その背景にある「座標」だ。

出口教授によると、同じように私たちの生活にも一定の座標軸(いわば価値観のようなもの)があり、その前提があって初めて、どういった方向性(ベクトル)のソリューションが必要なのかを見い出すことができるという。

人文学とは、この「座標軸」に関わる学問だといえる。

渋谷の様子

緊急事態宣言が発令された当時の渋谷の様子。

撮影:竹井俊晴

考えてみると、緊急事態宣言が発令される前後、社会では「感染対策」が最大の善だとみなされていた。いわばこれも一つの座標軸だ。だからこそ私たちは、外出自粛や休業などの取り組みを「ソリューション」として許容してきた。

しかし、経済の再建を始め、ウィズコロナがキーワードとなった今となっては、それに固執することは必ずしも良いソリューションとは言えない。

人文学は、人類が到達してきたさまざまな『座標軸』を提供して、その中から方向性を見出していく学問です。近視眼的なこと(コロナにかからない)についての方向性はすでに明確になっています。

ただ、その中で『どんな生き方をするのか』と聞かれたときには、人類が蓄積してきたこれまでの座標軸を見て考えるしかありません」(出口教授)

人類がこれまで辿ってきたさまざまな世界と、そこに存在した座標軸を学ぶことは、今必要とされる「新たな生活様式」における「座標軸」を見い出す上で、大きなヒントになるはずだ。

人文学にはこれまでの「価値」が言語化され、蓄積されている

本

HalitOlmez:EyeEm/Getty Images

出口教授は、

「人文学では、『人の生き方』や『どういう社会をつくっていくべきなのか』ということを提案します。そこで問題になるのは、科学でいうところの『事実』ではなくて、どう生きるべきかという『価値』です」

と話す。

ただし、いかに客観的に語ろうとしても、人の価値にはどうしても主観が混じる。

主観は、自然科学からすると単なる雑音に過ぎない。しかし、人文学においては、逆にそれが重要だと出口教授は話す。

「私たちは社会をつくっていく人間である以上、価値から逃れられない。その価値のあり方を個人的なものにするのではなく、なるべく長いスパンで、色々な人の考え方を集約し、『座標軸』のような形で提供していくことが重要です。


また、価値は、それぞれの人の中に非言語の状態で存在しています。それを、社会的な同意、選択肢として提示するためには言語化しなければなりません。


このとき、どういう言語で出すのかも決定的に重要です。言語は価値が透明な媒体ではないんです。どういう言語で出すかによって価値が決まり、その価値観が採用されるかどうかも左右される。人文学の役割も、そういった点にあります」(出口教授)

価値は主観的。一方で、世の中は(主観者である)自分ひとりでは生きていけないのも事実だ。

「私はこういう価値観である」と世の中と決定的に違う選択肢を取るだけでは、生活が成り立たなくなってしまう。だからこそ、人間社会ではこれまで、個人や社会、あるいは地域などの中で、それぞれのレイヤーの価値を言語化・明確化し、合意を形成してきた。

人文学には、このような過程を経て言語化されてきた過去の価値たちが、大きな財産として蓄積されているといえる。

「今、(コロナの影響で)大きな変革が来ています。既存の価値では、対処できない『新しい生活』とまで言われている。そうなってくると、価値の問題を考えざるを得ない。


価値を一(いち)から作っていくということになると、前提となる科学的な事実も重要ですが、どういう価値が必要とされるのかも重要です。だからこそ人文学と科学の連携・協働が求められているのではないでしょうか」(出口教授)

企業に必要とされる「人文学の視点」

リモートワーク

リモートワークなどをはじめ、社会では大きな変化が起きている。コロナが収束すると、ある程度揺り戻しが来るかも知れないが、私たちはすでに一度大きな変化ができるということを経験してしまっている。もう、元には戻れない。

kohei_hara/Getty Images

21世紀になってからというもの、AppleやGoogle、Facebookなど、ビジネスの文脈で社会に新たな「価値観」を提案する企業が注目されてきた。新しい製品を出し、それが社会に受け入れられたことで、彼らは大きく成長し、それに伴い世界のあり方も変わっていった。

その成功の背景にあったのは、明確なコンセプトとライフスタイルの提案だ。

実は、こういった新たなコンセプトを提示するやり方には、日本の企業も以前から関心を示していた。

しかし、日本の多くの企業は「前の製品よりも軽い」などといった、いわばこれまで進んできた道(価値)の延長線上にあるソリューションを追い求めることのほうが得意だった。

「一時期、ソニーが世界的にも大きく注目されていたのは、ウォークマンなどをはじめとした新しいライフスタイルを提供できていたからではないでしょうか」(出口教授)

どんなコンセプトで、何を提案するのか。それは「どんな価値を提案するのか」ということにほかならない。

こういった企業活動における課題意識は、新型コロナウイルスの流行によって、今まさに私たちが取り組んでいる新たな価値観を作り上げていく過程とよく似ている。

実際、コロナ以前から、出口教授のもとには、価値について考える必要性を感じた新たなサービスを考える企業から、共同研究の声がかかっていたという。

京都大学

京都大学。

YMZK-Photo/Shutterstock.com

出口教授はウィズコロナ時代における大学の役割の一つとして、

「そういった視座の提示を補っていくことにあると思っています。人文学には、言語学や歴史、哲学などさまざまな分野がありますが、あらゆる人文学で、それぞれの視点からの新たな視座(座標軸、価値)の提案は可能だと思います」

と話す。

ただし当然、人文学に携わるすべての人材が、そういった視座を提示できるわけではない。

しかし、それぞれが宝の山のような「財産」を持っていることが確かである以上、今後は、社会のニーズとつなげ、組み合わせる、いわば知のコーディネーターの存在が重要になってくる

緊急事態宣言にともなう社会の強制的な変革は、すでにさまざまな影響を与えてきた。

「もちろんコロナがある程度収束すれば、以前と同じ状況に戻ってしまう部分もあるとは思います。ですが、我々はある意味、“ルビコン川”を渡ってしまった』」(出口教授)

もう元には、戻れない。

ウィズコロナ時代にいったいどのような価値が求められるのか。今一度、立ち止まって、考えてみたい。

京大のオンライン公開講座には、11人の異なる専門領域の教員が有志として参加する。毎回、30分程度の講義のあと、コメント欄を利用した双方向的な質疑を行う予定だ。初回の講義は、7月4日(土)午前11時から始まる

講義スケジュール 京都大学

提供:京都大学

文・三ツ村崇志

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