ポストコロナの時代の新たな指針、「ニューノーマル」とは何か。各界の有識者にインタビューをしていくシリーズ。今回訪ねたのは、日立製作所で大胆な人事制度改革の指揮をとる、CHRO(最高人事責任者)の執行役専務、中畑英信氏だ。
日立は人事戦略で「日本の大企業としては異例」と言われる、大きな変革に挑んでいる。終身雇用や年功序列といった日本固有の働き方を終わらせ、2024年度中にはグローバル基準のジョブ型へと完全移行する方針だ。
すでに資生堂やKDDI、富士通などが取り入れつつあるジョブ型は、まだ日本企業では一部の導入にとどまるものの「やがて他の会社もついてくる」と、中畑氏は見据える。その理由とは。
大きな変化の時代を迎えた日本企業とその雇用に、何が起きているのか。
——国内企業でいち早く、ジョブ型(※)へと舵を切った背景には、過去の大きな赤字転落からの再建という側面があります。
日立製作所の働き方の改革は、実は10年前からやっています。
2008年度に大きな赤字を出して(国内製造業で過去最大となる、7873億円の最終赤字を計上)、川村隆・元会長兼社長(前東京ホールディングス会長)、中西宏明会長(現職、日本経団連会長)が経営陣に就任しました。その時点で事業を大きく変えなくてはならなかったのです。
それまでは製品、システムをきちっと作ってお客様にお納めすれば、生き残れる時代でした。日本がGDP(国内総生産)で世界ナンバー2となった、1980年代まではそれでよかった。クライアントも大きな会社で、やるべきことは明確でした。
日立製作所のCHRO(最高人事責任者)の執行役専務、中畑英信氏。大胆な人材戦略の変革で指揮を取る。
撮影:竹井俊晴
その時点のビジネスでは(人事政策も)メンバーシップ型の方がよかった。一律的なレベルの人たちが集まってたくさん残業をやりながら、お客様に言われることに頑張って応えていました。
ところがそれをやっていたら、7873億円の赤字を出してしまった。(韓国や台湾など)新興国が強くなる中、製品力では勝てなくなっていたのです。
※ジョブ型の大きな特徴は、ジョブディスクリプション(職務記述書)が全てのポジションに示され、求められる能力や経験に見合った人材が、年齢や年次にかかわらず、社内外から採用・配置される。仕事に対して、人を充てる。一方、日本固有のメンバーシップ型は、新卒一括採用で人材を確保し、人に対して仕事を割り当てるため、仕事内容は固定化しない。基本的に年功序列、終身雇用が適用される。
液晶パネルや薄型テレビの工場に多額の投資をしても、リターンが得られなかった。このまま電機メーカーとしてやっていくと、同じようなことが起こることは明白でした。製品はコモディティ化(付加価値が低下して一般化)する。
2010年、事業そのものを変えていこうと、日立は総合電機メーカーから社会イノベーション事業に方針転換しました。デジタルを使って、モノだけでなくサービスによって社会課題を解決する会社になろうと決めたのです。
現在、日立グループで働く約30万人は、その半分が海外人材。すでに日本固有の会社ではない。
出典:日立グループ会社紹介映像
——社会課題解決の会社だと、なぜジョブ型なのでしょう。
(社会イノベーションという)サービス事業はマーケット(市場)を知らないといけない。世界で人々が何に困っているのか、何が課題か。一緒に考えて、社会課題解決のサービスを提供する必要があります。似たような日本人男性だけで、グローバルのサービスは作れない。女性、男性、外国人、年齢の高い人、若い人、いろんな人が必要です。
さらに言えば、世界で日本は再びGDPナンバー2にはなり得ません。それどころか、あと何年かでインドに抜かれるでしょう。国内市場はシュリンクしていますが、企業は伸びるマーケットをやっていかないと生き残れないと、軸足をグローバルに移す必要がありました(※)。
※日立は2008年度時点で売上高の6割は日本市場だったが、2019年度では売上高の海外比率は半分にまで高めている。今後は海外売上比率をさらに引き上げる方針。
人事政策は事業そのものです。グローバル化を進めるに当たっては評価や昇給制度もグローバル共通の物差しが必要になりました。共通の人事制度を作ろうと社員のプロフィールのデータベースを作ったことが、ジョブ型(※)につながっています。
※日立のジョブ型:2020年度から全社員(世界30万人、国内16万人)のジョブディスクリプション(職務記述書)を作成。その達成度合いで評価するほか、ポジションが空けば、社内外から手をあげてポジションに応募する流れを作っていく。管理職は2013年からすでにジョブ型へ移行。
——具体的に求める人材とは。
必要な人材に求めるものは、3つ挙げられます。
マーケット(市場)を知っていること、国をまたがって仕事をできること。そして受け身で待っているのではなく、自ら動ける人です。
——2020年は、コロナ以降も在宅ワーク(※)を本格的に導入する方針を示したことでも注目を集めました。
2010年以降に人材戦略の方針転換を行い、ジョブ型に向けた議論と合わせて、全世界的にタイムアンドロケーションフリー(時間と場所にとらわれない)な働き方を進めて来ました。
多様な人材が多様な働き方をすることは、単に残業が減ることではないとの考えからです。
※日立の在宅勤務制度:2021年4月からの本格導入は週に2〜3日、勤務日の50%程度を全社的に在宅ワークにすると、2020年5月末に発表。
今後導入を目指している在宅勤務は工場も含め誰でも使えるものを目指します。これまでも在宅勤務制度はあったし、自宅と会社以外で働けるサテライトオフィスも作ってきました。書類申請などを一切なくし、上長に口頭で伝えれば在宅ワークができるよう、制度も緩やかにしました。
ところが、日立グループでサテライトオフィスは国内7万人(述べ人数)が出張先などで使っているのですが、在宅勤務制度はほとんど使われてなかったのです。(日立製作所単体でも)週に1回以上使う人は5%、月1回でも14%程度。
育児や介護など「どうしても使わなくてはならない人」の利用にとどまり、いわゆる(時間制約のない)“普通の人”は使っていなかったのです。
——その流れの中で、新型コロナウイルスが起きたのですね。
そうです。(2020年)3月から(コロナの感染流行に伴い)半強制的に在宅となりました。役員も社長もそうです。そうなると「自分だけ……」という抵抗はなくなる。
ただ、(コロナ以降の全面的な)在宅勤務について社内で調査(3万人を対象)したところ、5割は「仕事の効率が下がった」と答えています。
効率が落ちた人の最大の理由は、IT環境でした。社員が一斉にクラウドに集中すると、作業スピードは遅くなるという問題があった。その次が、直にコミュニケーションができなくなり、効率が落ちたという声です。
職種・業種によっても違いますが、こうした課題をどう解決するか、半年かけて検証し、時間をもらった上で4月に正式に在宅ワークを導入するという考えです。
撮影:竹井俊晴
——在宅ワークの普及は、日本企業のメンバーシップ型に変化をもたらしそうです。
在宅ワークで効率が落ちた背景として、メンバーシップ型に関係する理由もあります。仕事の役割がクリアじゃないので、何が自分の仕事なのか、誰がどの仕事をしているのかは見えづらかったという。
メンバーシップ型の人事制度を採用しているのは日本くらいで、海外はジョブ型が主流ですが、日本人でも在宅ワークになるほど仕事の内容をオープンにする必要が出てきます。
そうすることで、ジョブ型は進むでしょう。メンバーシップ型では仕事の様子が見えない以上、評価はしづらくなるためです。
——コロナで在宅勤務が普及したことで、メンバーシップだと覆い隠されていた、なんとなく会社に来ているが仕事をしない人……というのも、あぶり出されますね。
だからこそ、ジョブ型です。メンバーシップのままでの在宅は、仕事がなくなる人が出てきます。毎日会社にきて、資料をみてハンコを押していた人はすることがなくなり、今後もっと問題になってくると思います。
この層をどうにかしないと、企業は生き残れない。なぜなら今後、(法改正に伴い)段階的に70歳定年へと引き上げられていきます。70歳までの人をどう活用するか。日立だけでなく日本企業にとっても、重要な問題になっています。
日立では60歳以上の比率が約5%ですが、仮に70歳まで継続雇用した場合は、2025年には2割程度になる見込みです(シミレーション値)。70歳定年だから会社に残るが働かない…などとなったら大問題です。
ジョブ型は、ポジションに求められる能力を明確にする。能力が達していない人に「チャンス」を与えたいと、中畑CHROは言う。
撮影:今村拓馬
ジョブ型ではポジションに求められる能力を内外にオープンにしますから、(ポジションにいながらも)求められる能力がなかったりジョブを遂行できていなかったりする人もクリアになる。例えば、ジョブディスクリプションでは英語が必要とされているのに、実は英語ができない……などです。
その時、どうするか。
日立としてはチャンスを与える、という方向で運用したい。このポジションに必要な能力をきちんと伝えた上で、その教育費用は会社が負担します。日立グループには研修のための会社(日立アカデミー)もありますので。
研修を受けて、2〜3年経っても必要な能力に達成できていなかったら、それは申し訳ないけれど、あなたがやれるポジションに行ってくださいとなります。
——降格はあるにせよ、いきなりレイオフではなくチャンスを提供する、いわば日本型ジョブ型ということですね。とはいえ、ジョブ型の導入で、日本組織の従来の良さが失われるとう指摘はやはりありますね。
ジョブ型導入など働き方に関する講演をすると必ずそう言われますが、そもそも日本の良さとはなんですか。果たして、それがジョブ型で消えるのか。そこはもう一度、考える必要があります。
よく指摘されるポイントは3つあって、まずチームワークがなくなる、2つ目が忠誠心がなくなる、3つ目は中長期的な人材育成投資がなくなるというものです。
これは、事実と違いますよね。
チームワークは、ジョブ型で「これしかやりません」などという人は、私は見たことがない。
ジュニア(若年層など経験が未成熟なレベル)ではそういう面もあるかもしれませんが、ホワイトカラーのあるレベルになったら、むしろ逆で、仕事の幅を(ジョブディスクリプションに示されているもの以外に)広げたいと思う。
その先昇進していくためには、むしろジョブを広げなくてはと考えるからです。ただし、その広げた分の報酬は要求するという考え方です。「これしかしません」「自分の仕事以外は助けません」が起きてチームワークに支障をきたすとしたら、ジョブ型ではなく別の問題でしょう。
日立グループでは「日立が好き」と答えた人の割合は、日本人以外の方が高かった。
GettyImages
忠誠心の話でいうと、世界30万人の社員に対しグローバル調査(※日立インサイト)を実施しましたが、日本人、インド人、アメリカ人など各国比較で「日立が好きだ」と答えたのは海外が8割と日本を上回りました。
3つ目の中長期的な人材育成についても、教育投資は海外企業もやっている。リーマン・ショック以降、欧米と比べて日本の社員教育費は落ちているくらいです。
なぜなら、ジョブ型では社員を(会社に)引き止める手段として社員に教育投資をするからです。
※厚生労働省の「労働経済の分析」(2018年)によると、GDPに占める企業の能力開発費(2010-2014)の割合の国際比較では、アメリカ2.08、フランス1.78、ドイツ1.2に対して日本は0.1と非常に低く、経年的にも低下している。
日本の組織にはチームワークの良さがあるのは確かですが、ジョブ型でなくなるというのは「幻想」だと思います。
——そもそも、日本社会ではなぜ、ジョブ型への抵抗感が強いのでしょうか。
理由は、過去に日本が成功したから、です。
敗戦後にボロボロの国だった日本が、高度成長期に短期間でGDP世界ナンバー2に上り詰めたのが1972年。ここまで持っていけたという成功体験は、ものすごく大きい。
日立の場合、(2008年度の巨額赤字を契機に)先にビジネスモデルが変わったと言いましたが、事業モデルを変えないと生き残れないという認識を、まだ持てていない企業が多いのかなと感じます。
生き残れないという切迫感は、電機メーカーがやはり大きい。他の業界の日本企業は、例えば自動車にしても、まだものづくりで差別化できていますよね。効率化して製品力で勝負すれば、ものづくりの力でまだ勝てる。
ですから、自動車メーカーや材料系などものづくりで勝てている業界は、意識を変えるのが結構難しいのではと思っています。
——ポジションに対して社内外から人を募るジョブ型では、人材の流動化が進むと言われますが、日立だけがジョブ型を推進するのは難しいのでは。
おそらく、他もついてくる。みなさんジョブ型になっていくと思います。国内市場が伸びる保証があれば別ですが、誰が見ても、伸びませんよね。
日本は少子高齢化で人手が確実に足りなくなります。同じ会社にたくさん採用して(新卒一括採用)そのまま育てるモデルは通用しなくなる。その点についてはどこも同じです。
ただ、日立が違うのは、事業変革からの(人材戦略の方針転換という)ニーズが高かったので、ジョブ型への移行を先にやらせていただいたということです。
生産性は、成長する事業に人を入れていれば上がるんです。成長しない事業、伸びないなあというところに、人材を張り付けていると生産性は落ちます。
日本は伸びない事業にいい人材を張り付けています。昔かつて日立もそう言われていました。人を無駄遣いしている、と。
そこは日本全体としてシフトしていかないと、日本という国が今後、伸びなくなると思います。
(聞き手・滝川麻衣子、浜田敬子、構成・滝川麻衣子)
中畑英信:日立製作所、代表執行役 執行役専務、コーポレートコミュニケーション・オーディット責任者兼CHRO兼人材統括本部長兼安全マネジメント推進本部長。1983年3月九州大学法学部卒。同年4月株式会社日立製作所入社。グローバル事業本部経営企画部長、インフラシステム社総務本部長、執行役常務などを経て、2018年4月より現職。