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米兵殺害に報奨金出したロシア秘密機関「29155部隊」。双頭をなす特殊部隊「ヴィンペル」の実態も明らかに

アフガニスタン 米軍

アフガニスタンの首都カブールに展開する米軍の危機対応ユニット。ロシア諜報機関の殺害支援工作にさらされていた可能性が高い。

ndrew Renneisen/Getty Images

ロシアの秘密諜報機関がアフガニスタンでタリバン系民兵に報奨金を出し、米兵殺害を扇動していたとされる問題では、トランプ大統領が米情報当局からの報告を放置し、ロシアへの対策を怠っていたことが政治問題化している。

トランプ大統領を見限ったのか、米情報当局者からメディア各社へのリークは止まらず、ホワイトハウスは「機密情報の漏洩だ」といった反論に出るようなありさまだ。

一方、米兵殺害をそそのかすという、国際問題に発展しかねない工作活動におよんだロシアの傍若無人ぶりは、とどまるところを知らない。

7月1日にはロシアで憲法改正の国民投票が行われ、本来なら2024年までだったプーチン大統領の任期が、2036年まで延長される道が開かれた。

事実上の終身大統領となるプーチン氏を後ろ盾に、ロシア諜報機関のダーティな破壊工作は今後さらに拡大されるだろう。

前回記事で詳細に紹介したように、アフガニスタンで米兵殺害の秘密工作を担当したのは、ロシア軍「参謀本部情報総局(GRU)」内の超極秘機関「29155部隊」とみられる。

なかでも、2018年にイギリスで元GRU大佐を軍用神経剤「ノビチョク」により暗殺しようとした未遂事件や、2015年のブルガリアでの武器商人毒殺計画を首謀したとみられるデニス・セルゲイエフ少将を中心とする、約20人の海外秘密破壊工作チームの暗躍ぶりがすさまじい。

アフガニスタンでの秘密工作にこのセルゲイエフ少将が関与しているか否かは不明だが、29155部隊の作戦であれば、少将に連なるラインで実施された可能性がきわめて高い。

ただし、ロシアの諜報機関でこうした海外での破壊工作を担っているのは、GRUだけではない。ロシア連邦保安庁(FSB)にも、同様の任務を遂行する裏チームがある

実は、イギリスでの暗殺未遂事件やブルガリアでの毒殺未遂事件から、29155部隊のメンバーを細かく特定したのは、イギリスの公開情報分析グループ「べリングキャット」だった。

独シュピーゲルやロシアの民間調査グループ「インサイダー」などと協力し、旅券番号や出入国記録、旅客機の搭乗者記録、自動車記録、電話記録などを徹底的に分析し、本名や所属まで突き止めたのだ。

公開情報分析グループ「べリングキャット」による深層調査

イギリス 公開情報分析 チーム べリングキャット

イギリスの公開情報分析グループ「べリングキャット」のウェブサイト。

Screenshot of bellingcat

そのべリングキャットが6月29日、また新たな調査結果を発表した。

FSBのマグニフィセント・セブン~ベルリンとイスタンブールの暗殺事件を結ぶ新たなリンク

ドイツの首都ベルリンで元チェチェン独立派指揮官ゼリムカン・カンゴシュビリが射殺された事件(2019年8月)について、FSB暗殺チームの背景を割り出したという。

この事件では、現地で発生直後に実行犯のロシア人が逮捕された。同年12月4日にはドイツ政府が、事件に関与したとみられるロシア大使館員2人を国外追放。2020年6月18日にはドイツ連邦検察庁が犯人を起訴している。

べリングキャットはやはりシュピーゲルやインサイダーと共同で、2019年9月、12月と、この射殺事件の犯人を特定する記事を発表している。

それらの記事によると、ワジム・ソコロフという偽名を使っていた実行犯の正体は、ワジム・クラシコフという54歳の男だった。もともとプロの殺し屋で、ロシア当局から国際手配されていたが、2015年に取り下げられていた。

べリングキャットは、元チェチェン独立派指揮官の射殺が、FSBによって計画されたことも突き止めた。実行犯のクラシコフがロシア政府発行の偽装身分でドイツ入りする前の数カ月間、モスクワ東部郊外にあるFSB特殊部隊の訓練所にいたことを確認したのだ。

べリングキャットは暗殺に関与したとみられる本名不詳の人物も追っている。偽名は「ロマン・ダビドフ」というロシア人で、射殺事件当時はベルリンにいて、現在はロシアにいるとみられる。

ロシア連邦保安庁

ロシア連邦保安庁(FSB)の正規工作員とみられるロマン・ダビドフ(偽名)。べリングキャットの調査記事より。

Screenshot of bellingcat

ダビドフは実行犯のクラシコフと同様、暗殺直前に偽装身分を取得し、ドイツ入りしていた。また、ロシアでもクラシコフと同じように、FSB特殊部隊の拠点のある町にひんぱんに滞在していたことも判明した。

こうして少なくとも2人のFSB工作員が射殺事件に関与していたことが分かった。そのうち現場で逮捕された実行犯のクラシコフは、おそらくこの作戦のために雇われた殺し屋だが、ダビドフのほうの身分は不明だ。

しかし、ダビドフはFSBの正規の工作員である可能性が高い。というのも、ダビドフについては、以前発生した別の暗殺事件との関連が浮上している、7人のFSB秘密工作員のひとりであることが確認されたからだ。

トルコ・イスタンブールで元チェチェン独立派指揮官アブドルバヒド・エディルゲリエフが暗殺された事件(2015年11月)で、実行犯と共通の手法で発行されている偽装旅券を持つ7人の男をベリングキャットが突き止めた。そのうち「ロマン・ニコラエフ」という偽名の男が、顔写真からダビドフと同一人物と確認されたのだ。

ロシア連邦保安庁による秘密破壊工作のキーマン

ロシア連邦保安庁 特殊部隊 ヴィンペル

ロシア連邦保安庁(FSB)特殊部隊ヴィンペルのイゴール・エゴロフ大佐とされるパスポート写真。べリングキャットの調査記事より。

Screenshot of bellingcat

べリングキャットの調査はさらに深くまでおよぶ。

上の7人のFSB秘密工作員の一部の偽装IDの発行パターンが、FSB特殊部隊「ヴィンペル」の上級幹部であるイゴール・エゴロフ大佐が使用している「イゴール・セメノフ」名義のIDとリンクしていたことも掴んだ。エゴロフ大佐自身、ベルリンでの射殺事件の前にドイツに滞在していたことも明らかになった。

このエゴロフ大佐について、ベリングキャットは別の調査報告(2020年4月24日)でも、その暗躍ぶりを詳細に調査して伝えている。

FSBの神出鬼没の“エルブルス”の正体~MH17からヨーロッパでの暗殺まで」(※MH17はウクライナで撃墜されたマレーシア機)

同記事によれば、エゴロフ大佐は、ロシアのウクライナ侵略の際に現地で暗躍した「エルブルス」というコードネームのFSB秘密工作員で、近年もひんぱんに欧州各国を往来しているという。欧州以外にもイスラエルやアラブ諸国、中国、シンガポールなどに足跡を残しており、おそらくFSBの海外破壊工作の専門家だ。

FSBはもともとソ連時代の国家保安委員会(KGB)国内部門の後継機関。その特殊部隊ヴィンペルは、チェチェンやウクライナといった紛争で、暗殺を含むさまざまな破壊工作を実行してきた。エゴロフ大佐は、その破壊工作チームの現場統括者ということだろう。

「スパイ・マスター」の重要性

カセム・ソレイマニ イラン

2020年1月に米軍に殺害されたイランのカセム・ソレイマニ少将。海外での破壊工作を自ら采配していた。

REUTERS/Aziz Taher

このように、ロシアの海外での秘密破壊工作の中心にいるのは、GRUでは29155部隊のデニス・セルゲイエフ少将、FSBでは特殊部隊ヴィンペルのイゴール・エゴロフ大佐だ。

国家機関による裏の工作は基本的に組織で行われるものだが、組織内に活動的なメンバーがいるか否かが、実は大きい。

例えば、数々におよぶイランの海外での破壊工作は、2020年1月に米軍に殺害されたカセム・ソレイマニ少将(革命防衛隊コッズ部隊司令官)が采配していた。

冷戦時代でいえば、1980年代の米中央情報局(CIA)と米国家安全保障会議(NSC)によるイラン・コントラ工作(=イランに秘密裏に武器を売却し、その利益を中米ニカラグアの反共ゲリラ「コントラ」に流用した秘密工作。のちに政治問題化した)では、NSC軍政担当官のオリバー・ノース海兵隊中佐が決定的な役割を果たした。

さらに時代をさかのぼれば、古くは日露戦争時に北欧での対露工作を担った明石元二郎大佐、あるいは満州事変や日中戦争で特務(スパイ)機関を率いた土肥原賢二(のちに大将)など、旧日本軍の破壊工作でも突出したスパイ・マスターの存在が大きかった。

担当者がどれだけアグレッシブに自ら行動しようとするかで、その成果はかなり左右される。時代を問わず、秘密工作の世界はそうしたものだ。


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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