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7月1日、米電気自動車(EV)メーカーであるテスラの時価総額が、トヨタ自動車を抜いて自動車メーカーで世界首位になったことが話題になった。同じ日、「テスラキラー」とも称された中国EVメーカーのBYTON(バイトン)が事業を停止した。
「テスラキラー」「赤いテスラ」ともてはやされた中国EV企業が行き詰まるのは、これが初めてではない。過去には中国人企業家が米カリフォルニア州に設立したファラデー・フューチャー(FF)が、「テスラのライバル」と注目されながらも企業、創業者ともに資金トラブルを抱え、スキャンダルに発展した。
「中国のテスラ」「テスラキラー」と海外メディアに注目されることそのものが、死のフラグであるようにすら見えてくる。
丸紅と提携の裏で給与未払い14億円
BYTONは1月、総合商社の丸紅との資本・業務提携を発表、米ラスベガスで開かれた世界最大の家電・技術見本市CESでは北米市場に投入するSUV「M-Byte」の実車と価格を発表し注目を集めた。Business Insider Japanも報じている。
一方でその頃、中国では既にBYTONが「オオカミ少年ではないか」との疑いの声が大きくなっていた。
現地の報道によると、BYTONは3月に従業員への給与を支払えなくなった。4月末には上海オフィスが閉鎖され、その後、南京本社で開発を率いるキーマンが離職、さらには南京の工場の電気も止められた。
BYTONの中国拠点で働く従業員は6月27日に緊急開催された全体会議で、Daniel Kirchert最高経営責任者(CEO)から、7月1日に事業を停止すると伝えられた。米シリコンバレーと独ミュンヘンのオフィスは既に閉鎖の手続きが始まり、中国の従業員は当面自宅待機になると説明された。半年の事業停止期間中、雇用を維持されるのは生産・研究開発に携わる少数にとどまる見込みだ。
全体会議では7月10日までに3月の給与を支払い、4月以降の給与も、分割して支払うとも説明があった。Kirchert氏の説明では、支払いが滞っている給与は総額約9000万元(約14億円)に上るという。このほか、取引先への支払い遅延も発生している。
1月の華々しいCESでの発表内容とは真逆の事象が本国で起きていたわけだ。2020年前半には新型コロナウイルスが世界で拡大し、多くの企業が打撃を受けているが、BYTONの経営危機については、少なくともコロナは直接的な要因ではない。複数の中国メディアの報道を基に、BYTONの創業から現在までの4年間を振り返ってみよう。
想定外だったフォックスコンとテンセントの離脱
BYTONの共同創業者Carsten Breitfeld氏(右から3人目)は2019年4月に退社し、 以降はDaniel Kirchert 氏(同2人目)がかじ取りをしている(2018年撮影)。
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BYTONはBMW出身のCarsten Breitfeld氏と、日産自動車のインフィニティブランドの中国法人で役員を務めたKirchert氏という2人のドイツ人が2016年4月に共同で創業したEVメーカーだ。だが、たどっていくと設立の経緯はより複雑だ。
BYTONの前身プロジェクトはiPhoneの生産を受託するフォックスコン、10億人以上のユーザーを持つメッセージアプリWeChatを運営するテンセント、自動車メーカーの和詣汽車が共同出資して設立された。
その会社のトップとして、自動車メーカーで豊富な実績を持つBreitfeld氏に白羽の矢が立てられ、面談にはフォックスコンの創業者郭台銘(テリー・ゴウ)氏、テンセントのCEOの馬化騰(ポニー・マー)氏も立ち会ったとされる。 さらにBreitfeld氏を支えるため、「中国通」のドイツ人Kirchert氏も招かれた。
3社の豊富な資金力と、自動車メーカーのプロ経営者を携え、順調な船出となったはずのプロジェクトだが、テンセントとフォックスコンがそれぞれの事情から撤退。2人の経営者は大企業の幹部経験はあったが、起業は初めて(しかも自分たちの意志で起業したわけではない)で、しかも中国人でなかったことから、新たな出資者探しでは苦戦を強いられた。
ドイツ人プロ経営者とイーロン・マスクの決定的な違い
革新性が高いBYTONのEV者は車好きをワクワクさせたが、販売に至らないまま事業を停止した(2019年1月、CESで撮影)。
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転機が訪れたのは2017年。南京市政府が産業振興の旗手として同社に目を付け、出資した。BYTONは本社を南京に置き、市の全面的なバックアップを受けたことで資金調達も軌道に乗った。
同社はラウンドBまでに7億8000ドル(約840億円)を調達。補助金や融資を含めると10億ドル(約1070億円)近い資金を得て、開発規模を拡大した。
そこから先は、採算無視の規模拡大と派手なPR、そして資金難というありがちな展開だった。
量産を目指した高級車は細部に至るまで新たな試みが盛り込まれ、研究開発の長期化、部品調達のコスト増大を招いた。
ドイツ人経営者は国内だけでなく香港、シリコンバレー、ミュンヘンにオフィスを開設し、高給で多くの人材を雇った。報道によると、シリコンバレーでは最盛期に600人が働いていたという。余談ではあるが、アリババも創業直後の最初の資金調達後、同様の“国際化”で失敗している。
Breitfeld氏は2019年4月にBYTONを離職し、今は、同じく「中国のテスラ」と呼ばれたFFの幹部に転身している(FFも一時期破産寸前に追い込まれたが、まだEV車の量産化を諦めていないようだ)ことも紹介しておきたい。
BYTONはCESに2019年、2020年に出展し、「そんじょそこらの中国企業とは違う」技術力をアピールした。きらびやかな経歴の経営者、イノベーション満載のコンセプト、市政府のバックアップ。注目を浴びる要素は多くあったが、創業者の熱量や起業経験、そして覚悟はテスラのイーロン・マスクCEOには遠く及ばず、それを知っていれば「テスラキラー」とは呼べなかった。
丸紅が資本・業務提携したことで、日本メディアのBYTONに対する信頼が上がる一方、他業界で資金調達→無軌道な規模拡大→破綻のサイクルに何度か遭遇した中国の投資家やメディアは、BYTONの評論において慎重さを忘れなかった。
Breitfeld氏が去った後にかじ取りを任されたKirchert氏は、6月末の全体会議で、事業停止中に株主と再建策を協議すると説明した。現実的には救済してくれる企業を見つけるか、破産するかの二択だが、中国メディアは「自動車に進出したいが、技術基盤が全くない他業種のメーカーに買収されるのが最善」と分析している。
発売前から海外で注目された本当の理由とは
中国にはNIOのようにBYTONと同時期に創業し、すでに複数の車種を発売しているEVメーカーもあり、なぜBYTONが「中国のテスラ」と言われるのか、個人的には疑問だった(写真はNIOのEV車)。
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筆者は前々回の連載で、「日本のメディアで特定の中国企業が話題になるときは、だいたい伏線がある」「現地事情を知らないと確かめようのない『すごい数字』がばらまかれ、突如『話題になっている感』が醸し出される」と指摘した。
BYTONもその典型事例だったと言える。
同社はたしかに中国の注目EV企業の1社だったが、中国の新興EVメーカーを俯瞰すれば、2014年に設立されたNIO(蔚来汽車)は2017年に最初の車を発売し、2018年9月にニューヨークで上場。さらに理想汽車が最近ラウンドDで資金を調達し、早ければ月内にもアメリカで上場する見通しとなっている。
この2社を差し置いて量産体制をつくれていないBYTONがなぜ「テスラキラー」として注目されたのか、筆者は不思議に思っていたが、そのヒントになりそうなBYTON元社員の証言を中国メディアで見つけた。証言によると、創業者のBreitfeld氏はアメリカのオフィスの責任者として、一時期は研究開発の中心地も中国からシリコンバレーにシフトさせ、人員を大幅に増やしたという。
BYTONに出資する中国企業がその体制を懸念し、アメリカのオフィスのコスト削減を要求したことから、Breitfeld氏が離職したと報じるメディアもある(Breitfeld氏は2019年9月、公の場で株主から過剰な介入を受けたのがBYTON退社の理由だとも発言している)。
南京の本社そっちのけで、ドイツ出身の彼にとってやりやすいアメリカに資源を割いたことが、「中国のテスラ」として注目される要因になったなら、ジョークのような話でもある。
ビジネスモデルないままユニコーンになる企業
2019年5月にナスダックに上場したLuckin coffeeは、粉飾決算が発覚し、6月29日に上場廃止された。
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2018年1月に1号店を出店後、2019年に中国の店舗数でスターバックスを超え、同年5月、創業1年半でナスダックに上場したLuckin coffee(瑞幸珈琲)は、2020年4月に22億元(約337億円)の巨額粉飾が発覚し、6月29日に上場廃止となった。
同社が快進撃を続けていたころ、海外メディアは「中国でコーヒー戦争勃発」「史上最速のユニコーン企業」ともてはやしたが、中国ではシェア自転車の寵児として業界を席捲しながら、短期間で経営危機に陥ったofoになぞらえて「コーヒー業界のofo」と懸念する報道も少なくなかった。
そのofoや同業のモバイクも、成長期は「中国の爆速成長企業」として日本で度々報道された。
BYTONの事業停止にあたり、日本のメディア関係者から「危ない中国スタートアップ」見抜く方法があれば教えてほしいと言われた。
この問いに一言で答えるとすれば、「中国に限らずスタートアップは危うさに満ちた存在なのだから、成長の要因とリスクをさまざまな角度から分析する」ことに尽きるだろう。
金余りの中国では有望分野にVCや政府系ファンドの資金が大量に流れ込み、ビジネスモデルも製品化の道筋も固まらないうちにユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)に育つことがままある。調達した資金が海外進出やPRの拡大に向けられることも少なくない。
筆者も日本のウェブメディアに「中国の●●社のビジネスモデルを解説してほしい」と依頼されることがよくあるが、ビジネスモデルや黒字化へのロードマップはぼんやりとしていることの方が多い。
ただ、経営破たんのリスクを背負うユーザー、取引先、債権者、従業員が存在する以上、現地では多くのメディアや専門家が、急成長している企業の“水面下”にあるものを解き明かそうと試みている。そこから情報収集するだけで、より客観的な視座を持てるだろう。
逆の視点で考えれば、ユーザーや取引先がいない海外での報道は、その企業にとって都合のよい内容になっているかもしれない。
「急成長」は演出やバブルである可能性
中国は報道規制が敷かれていることで有名だが、国や体制の批判に直結しないビジネス分野は、比較的自由に情報が流通している。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が6月25日の株主総会で、アリババの取締役を退任すると発言したことを受け、中国のソーシャルメディアBT財経にソフトバンク・ビジョン・ファンドに関する分析記事が掲載された。
記事は、ソフトバンクグループが出資するイギリスの通信衛星ベンチャーOneWeb(ワンウェブ)が、コロナ禍の苦境に直面しながらソフトバンクなどの追加出資を受けられず経営破たんした事例を挙げ、「ソフトバンクのファンドはベンチャー企業が本来必要としている以上の額を出資し、急拡大を迫り、バブルを生み出し、健全な成長を阻害してしまう。ベンチャー企業は経営基盤を強化できないまま規模拡大に走る」とソフトバンクの投資の在り方に疑問を呈した。
「必要以上の投資によって急拡大を迫り、健全な成長を阻害する」構図は、中国のスタートアップだけでなく、インドのOYOや米WeWorkにも当てはまる。
「急成長」は、つくられた話題、あるいはバブルかもしれない。それを冷静に分析するのがメディアの仕事でもあるが、コロナ禍の数少ない貢献の一つは、背伸びし過ぎたスタートアップの真の姿を、メディアの代わりに明らかにしてくれることだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。